第十四話 第一のクエスト 野菜畑にて

 ギルドから東に向かい、東門を出てしばらく歩くと、大きな川に差し掛かる。そこに架けられた石橋を渡ってしばらくすると、農村地帯に入った。


「こんなのどかな農村に、本当に魔物が出るんですか?」

「依頼書にはそう書いてあるわね。地図によると、依頼人の畑は、あのあたり一帯みたいだけど……」

「土も瑞々しいし、風も気持ちがいい。こんなところで採れる野菜は、さぞ美味いだろうな」


 三人は全く身構えていないが――畑に出る植物の魔物というと幾つか考えられるが、このレベル帯だとどんな魔物が出るだろうか。あいにく戦ったことがないので、俺にとっても初めての経験だ。


「植物ってことなら、地面の下から来る可能性もある。そろそろ気をつけて――」

「っ……な、なに……?」

「みんな、気をつけろ! 何かが来るっ……!」


 警告したところで、いきなり地面が揺れ始める――そして。


「きゃぁぁぁっ……!!」

「ひぇぇっ……!!」


 まさに一瞬の出来事だった。地面が盛り上がったかと思うと、何かつるのようなものが飛び出してくる――リスティ、ナナセの足元から。


「こ、こらっ……離しなさい、このっ……!」


 蔓に足を絡め取られ、リスティとナナセが宙吊りにされてしまう。二人ともスカートなので反射的に押さえるが、かなり厳しい体勢だ。


「な、なんだか力が抜けていくんですけど……あ、やばいです、思いっきり吸われてますっ……精気みたいなのが……あぁー……」

「くっ……蔓のくせに何という硬さ。刃が通らない……っ!」


(蔓を切断しないと……狙いがつけにくいなら、根本から断つ!)


 ダガーでも仕入れてくれば良かったが、適性のない武器は使いにくい――奇しくも、賢者でも扱うこと自体には問題ない硬貨を武器にしたのは正解だったらしい。

 

(――そこっ!)


 コインに二枚弾いて飛ばす。プラチナの剣では刃が途中で止まってしまったが、回転を加えたコインは蔓に命中すると、そのままあっさりと引き千切りながら突き抜けた。


 俺がリスティを、プラチナがナナセを受け止める。さらに地中から出てくるかと思ったが、幸いにも追撃はすぐには来なかった。


「これが、植物の魔物なの……?」

「うむ……何かに似ているな。これは……」

「……カブの葉っぱ……ですか?」

「そういうことか……植物の魔物というか、野菜が魔物化してるんだな」

「そ、そんなことがあるの? 魔物化するなんて聞いちゃったら、これから安心して野菜が食べられないじゃない」


 リスティが心配そうに言うが、ふだん食卓に上がるような野菜が魔物化することはそうはない。


「……むっ……リ、リスティ」

「え……きゃぁっ……!」


 奇襲を受けたということで仕方がない――のだが、リスティのスカートが破れていて、露わになった肌が見えてしまった。高速で目を逸らすと、その先にはナナセがいて、やはり服が破れてしまっている。


「な、なんなんですかこれ……カブってエッチな野菜なんですか?」

「そういうわけでもないと思うが……このまま魔物退治とはいかないか。三人とも、ここは俺に……」


 三人が凄く残念そうな顔をしているので、任せてくれとも言えなくなる。なるべくなら全員が経験を積んだ方がいいというのはある――だが、今回の仕事は女性冒険者には厳しい気がする。


「何を言っている、マイト。まだ私はお前の盾になっていないぞ」

「いや、このままじゃプラチナも二人と同じことになるだろう」

「くっ……なんと的確な指摘……! しかし私は鎧が重いので、簡単には吊られないぞ」

「すごい力だったわよ、カブなのに。マイトのコインが無かったら、どうなってたことか……」

「この葉っぱをポーションにしたら、吸われた力も戻ってきそうですね」

「っ……だ、駄目、それは私には飲ませないでね。試飲するときは別の材料にして」


 ナナセのポーションの試飲は俺もやらされるのだろうか――と戦々恐々としていると。


「みなさーん、冒険者の方ですかー! こちら、依頼人でーす!」


 依頼人の農家の娘らしい少女がこちらに走ってくる。仕事に入る前に戦闘になってしまったが、ここは改めて話を聞いた方が良さそうだ。


   ◆◇◆


 俺たちは少女の家に案内され、依頼人である母親に引き合わされた。


「ようこそお越しくださいました、冒険者の方。このたびギルドに依頼を出させていただきましたアリー・ミラーです」

「娘のマリノ・ミラーです」


 ミラー家はこの辺りで代々農家をやっているそうだった。先代、すなわちマリノの祖父母は現在旅行に出ているという。


「申し訳ありません、夫は今街の診療所におりまして……」

「お父さんは最初に魔物に襲われちゃったんです。私を庇って、地面から出てきた葉っぱに絡みつかれて……」

「やはり女性を狙うのか……なんと破廉恥なカブなのだ」

「カブ……やっぱりあれはカブなのですね。ああ、どうしましょう……」

「アリーさん、もし心当たりがあったら教えてください。カブが魔物化した経緯について」

「はい……私たちは、大地の恵みに感謝して、毎年地霊を祭ることを続けてきました。ですが、その……しばらくそれを怠ってしまったせいで……」


 地霊――大地を豊かにすることもあれば、怒らせてしまうと人間に害をなすこともある。


 その正体は場合によって違うが、今回の場合はおそらく地精ドワーフの類だ。


「このままではカブだけでなく、他の農作物も魔物化してしまうでしょう。地霊が原因とするなら退治してしまうか、交渉する必要があります」

「あ、あの……冒険者さん、地霊さまが怒ってしまったのは、その……私とお母さんが……」

「ふむ……その、地霊を祭る儀式というのか。そういったものを行えない理由があるということだな。良いだろう、私たちが代わりに……」

「本当ですかっ……!?」


 マリノがプラチナの手を取る。その目はキラキラと輝いている――そして半分泣きそうになっている。


「……あの、儀式って、どんなものなんですか?」

「それとすごく申し訳ないんですが、服が破れてしまったので、何か着られるものを……自費で買い取らせていただきますので」

「いえ、その必要はありません。こちらで全てご用意いたします、祭礼を手伝っていただけるのであれば」


 なぜかアリ―さんとマリノは、少し顔を赤くして俺を見る――これはもしかしなくても、男である俺に対して何か気を使うような、そんな祭礼ということか。


「では……祭礼に用いる衣装を合わせますので、こちらにいらしてください。ええと……」

「俺はマイトと言います。ここで待っていた方がいいですか?」

「は、はい。まず、女性だけ着替えていただきますので……しばらくお待ちくださいね」


 リスティたち三人が、ミラー母娘に案内されて別室に向かう。残された俺は、出された茶に口をつけて「うまい」と独り言を言いつつ、何となく落ち着かない気分でいた。

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