第十一話 盗賊ギルド

 賊は三人。ほとんど暗闇になった小屋の中でも、『夜眼』の特技を習得していれば連携が取れる。


 賊のうち背の高い一人がそれを習得していて、俺が手刀を突きつけている男から何かの合図を受けたようだった。


「――お前ら、息を止めてろ!」


 盗賊が逃走のときによく使う『煙玉』は、煙を発生させて目眩ましをするだけでなく、刺激物を混ぜることで行動を阻害する効果がある。


「っ……おい、ずらかるぞ!」

「へ、へいっ!」

「畜生、覚えてやがれ……っ!」


 煙玉が効を奏した――そう思った盗賊たちが、声をかけあって小屋から飛び出していく。


「待てっ!」


 声を張ると三人のうち一人が投具を投げてきたが、煙の中で回避する。負傷はしていないが、肩を押さえて小屋から走り出る――三人に視認できる程度の速さで。


「へへっ……調子に乗って乗り込んできたわりには、大したことねえな……!」

「追いつけるもんならこっちに来てみなせえ!」

「こっちに来い、間抜……けがぁぁぁぁっ!?」


 三人のうち一人が、俺を挑発しようとした瞬間に、罠にかかって木に吊るし上げられる――さっきここに来る時に罠の位置をずらしておいたが、見事にハマったようだ。


「うぉぉぉっ……!?」

「ぬわぁぁぁっ……!?」


 次々に罠に引っかかる賊――足を縛り上げられ、逆さ吊りになった二人は、先に引っかかってブラブラと揺れている仲間を見て愕然とする。


「こういう罠は、発見されると逆に利用されることがある。俺を挑発して罠に嵌めるって発想までは悪くなかったが、詰めが甘かったな」

「ち、畜生……ここから下ろしやがれ!」

「その盗賊の腕、カタギとは言わせねえぞ!」

「あ、兄貴……まさかメイベルの姐御が、オイラたちのことに気づいたんでやすか……?」


 メイベル――その名前には覚えがあった。忘れようにも忘れようがない。


 盗賊ギルドの元締めであり、俺を育てた女盗賊。


「その名前を出すんじゃねえ、姐御の耳に入ったら俺たちは……」

「も、もう駄目だ……終わりだ、何もかも……」

「いや、盗んだ物を返せばそれでいい。メイベルの名前を出してくれたのは、俺としても有り難かった。今回のことに彼女が関わってないのは分かったからな」

「「「……へ?」」」


 絶望しきった顔をしていた男たちの目に光が戻ってくる。調子のいいことだが、もちろん同じことを繰り返させるわけにはいかない。


「次に盗みに入った時はただではおかない。当面はこの街にいるからな」

「い、いいのかよ……俺たちを逃しちまって……」

「逃がすんじゃない。これからはいつでも俺が見てると思え。盗品は今夜中に返しておくこと。いいな?」

「こ、今夜中……コッソリやっても捕まっちまいまさぁ」

「ま、待て、余計なことを言うな……やらねえと俺たちの命が……っ」


 大袈裟に捉えられているが、それくらいでないと抑止力にならないので触れずにおく。


「それと、もう一つ。教えてもらいたいことがある」


 俺の顔を見ながら、三人が息を飲む。


 それは彼らにとっては簡単に喋れないようなことだと分かっていたが、この状況で聞き出すことは難しくなかった。


   ◆◇◆


 定期的に拠点を移動する盗賊ギルドの現在地。今は都市の城郭内側にあり、開発の途中で放棄された地下水路がそのまま利用されていた。


 数ある井戸のうち一つの底が入り口になっており、一応見張りもいたが、交代の時間に隙を突いて侵入することができた。


 釣瓶のロープを利用して井戸の底に降りると扉があり、鍵がかけられている。合鍵無しでは盗賊でも解錠に時間を要するようなものだが、それでも俺が作り出す鍵はものともしなかった。


 地下水路に入ると、あとは迷うことはなかった。時折明かりがついた場所があり、ベッドを置いて寝ている人物もいたが、明かりが届かない場所を進めば気づかれない。


 誰にも気づかれないまま、目的の部屋を見つける。『在室中』と書かれた札がかけられていて、扉には鍵がかかっていた。


(この鍵も、昔だったら合鍵なしじゃ開けられなかったが……これじゃ賢者じゃなくて『鍵者』じゃないか)


 魔力で作り出した鍵を差し入れ、音を立てないように扉を開ける。


 ――まず感じたのは、ドアの外とは空気が違うということ。放棄された地下水路とはいえカビ臭さなどは感じなかったが、この部屋は甘い香気で満ちている。


 ギルド長であると同時に、女性の部屋ということか。メイベルは貴重な香水の類を集めていたし、水不足でもなければ毎日入浴したいと言っていた。


(この香りはそのせいか……ん……?)


「ふぅ……お湯を沸かす魔道具が手に入って良かったわ。こんな稼業だから、の浴場にはなかなか行けないし」


 声が聞こえてくる――俺に話しかけているんじゃない、独り言だ。


 そして彼女は驚くほど無造作に、タオルで髪を拭きながらこちらに出てきた。施錠していて誰も入ってこない前提なのだから仕方がない。


「……侵入者か……!」

「っ……待っ……」


 問答無用ということか、メイベルがいつでも手の届く所においているのだろう、ダガーを手に取って瞬時に間を詰めてくる。


 しかし繰り出したダガーは空を切る。ここで『武器奪取』を使えればいいが、今の俺には使えない。


 できるのは単純な組み付き。しかし力任せにはしたくない――彼女が俺のことに気づいてくれれば、話はできる。


「大人しくしな、この……っ!」


 振り向きざまにメイベルが身体に巻いていたタオルが飛び、視界が遮られる。同時に回し蹴り――容赦なく重ねられる連撃を、俺は避けずに腕で受けた。


「……メイベル、俺だ。『クロウ』だ」

「……っ!?」


 盗賊ギルドで使っていた隠し名を名乗ったところで、今の姿で信じてもらえるかは難しいと分かっていた。


 しかしメイベルは、それ以上攻撃しては来なかった。俺をじっと見たままで立ち尽くし――俺が差し出したタオルで、自分の身体を隠す。


「……ギルド長の部屋に無断で入るような男に育てたつもりは、なかったんだけどね」

「すまない。俺はあんたの所を一度離れた人間だ。あんたと話すには、こうするしかなかった」

「はぁ……本当はもっと辛辣なことでも言いたいんだけどね。あんたがそんな姿で戻ってきたんじゃ、怒る以前の問題だよ」


 メイベルはタオルを身体に巻き直す。その間は俺も横を向いていた――すると、メイベルが笑っている気配がする。


「なんだい、そんな魔法使いみたいな格好しちゃって。そういやあんた、魔法に憧れてるって言ってたこともあったけど……」

「ああ……驚くかもしれないけど、今の俺は『盗賊』じゃない。『賢者』になれたんだ」

「……えっ?」


 生まれながらに決まっている職業は、どんなことがあっても変えられない。そんな常識外れのことを言っても、すぐに理解が得られるわけもなく――そんな反応をされるのは無理もない。


 転職などという奇跡を起こすには、女神の力でも借りなければならない。メイベルも、その結論に至ったようだった。


「……まさか、あんた……本当に、女神の神託通りに、魔竜を……」

「ああ。ここを出たのは、十年前か……おやっさんの後を継いで、ギルド長になったんだな。メイベル姉さん」

「……ちょうど十年前だよ。あんたより、あたしの方がよく覚えてる。あの日のことはね」


 俺はここにいた頃の姿に戻っていて、メイベル――昔は姉さんと呼んでいたので、もとに戻す――は大人になっている。


「今さら、盗賊ギルドに戻りたいってわけでもないんだろうし。話くらいなら聞かないでもないけどね……着替えるから、そこで待ってなよ」

「ご、ごめん。こんな時に忍び込んだりして」

「……ほんとならもっといい大人になってるはずなのに、ここを出ていった時のままだし、怒るより驚きの方が上っていうかね。若返りの秘薬みたいなお宝でも見つけたの? なんて、そんなことじゃないんだろうけど」


 メイベルは一旦別室で着替えてくるようだ。ひとまず話ができそうだということで、安堵の息をつく。


 ここを出た時のことを考えれば、問答無用で追い出されることも覚悟していた。盗賊ギルドの一員として期待されていたのに、冒険者になるために出ていったのだから。


 積もる話はあるが、まず話すべきことは、盗賊ギルドの規律を外れて盗みを働かないように、対策を打つこと。リスティ達の所持品がまた狙われては困る――リスティとプラチナは素性を隠しているのだから、所持品から身元を知られるようなことは防いでやりたい。


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