第一話 魔力と実験

 扉を抜けたあと、ひたすら真っ直ぐに歩き続ける。


 よそ見をするつもりはなかった。だが、その違和感はどうしても無視できなかった。


 向かう先とは違う方向。横にそれたところに扉がある。薄く透けているが、確かに扉だ。


 だが、ドアノブも何もない。どうやって開けるのかも分からない。


 今は通り過ぎるしかない――後でここに戻ってこられるのかも分からないが。


 そのまま進んでいくと、さらに光が強くなる。思わず眩しさに、腕で目を覆った――そして。




 気がつくと、森の中にいた。


 木々の向こうに、見覚えのある建物の一部が見える――俺の生まれ故郷と呼べる場所、歓楽都市フォーチュンの見張り塔だ。


「帰ってきたのか……って……」


 自分の声が想定とは違って聞こえ、思わず喉に触れてみる。


 ――喉仏があまり出てない。すぐ近くにあった池の水面に自分の顔を写してみると、二十代も半ばを過ぎた男の顔ではなかった。


「……若くなってる……のか?」


 見たところ、16歳くらいの姿に戻っている。もっと痩せこけていたし、一日剃らなければ無精髭も生えていたのだが――何故こんなことに。


 信じられずに自分の頬を引っ張ったりしてみたが、やはり現実らしい。


 他に気づいた変化といえば、装備が変わっている。盗賊でないと身に付けられない装備が消失した——かと思ったが、すぐ近くに収納球アイテムキューブが落ちていた。


 この手のひらに乗る大きさの八方体の結晶を使うと、見た目以上の大きさの収納力を持つ空間に物をしまっておくことができる。しかし魔力を使わなければ中の物を取り出せない。


 俺が本当に転職していれば。魔法を使える職業に変わっていれば、使えるはずだ。


「……頼む……っ!」


 仲間たちがそうしていたように、キューブを左手に乗せ、右手をかざして『開け』と念じる――すると。


 キューブの中に入っているものが何なのか、情報が頭の中に流れ込んでくる。


 盗賊として装備していたものと各種の道具、全てがこの中に入っている。試しに一つ取り出してみると、愛用していた『伝説の盗賊アンバーのダガー+99』が出てきた。


 装備品を鍛えると、鍛冶屋によって強化した回数が刻まれる。間違いなくこれは俺の武器だ――だが、持つと『ものすごく持ちにくく』感じてしまう。


 俺の職業はもう、このダガーを使える『盗賊』じゃない。そして、キューブを利用することができる魔力がある。


「これが魔力……そうか、こういう感じなのか……!」


 女神は有言実行で、俺の職業を変えてくれた――そう考えていいらしい。


 ギルドに行けば、自分の職業を確認できる。それで正式に『賢者』になれたかどうか確定できる。


 フォーチュンの盗賊ギルドにも知り合いはいるが、抜ける時に少し揉めているので、安易に顔は出せない。今の俺はレベル1のはずだから、初心者ギルドに行くのが良さそうだ。


「その前に……ええと、こうだったか。炎よ、我が敵を撃て。『ファイアボール』!」


 黒魔法の基礎中の基礎で、賢者ならばレベル1でも使えるはずの攻撃魔法。


 詠唱は合っているはずだが――何も起きない。


「……『ファイアボール』!『ファイアボール』!」


 ――うんともすんとも言わない。


 右手を前に伸ばし、魔法を撃つポーズを取っていた俺だが、無性に恥ずかしくなってきて手を引っ込める。


 俺の職業は賢者ではないのか、それとも何か初歩的なミスをしているのか――と考えたところで、ようやく一つ思い当たった。


「そうだ、杖とかの発動具が必要なんだな。まずそれを買わないと」


 シェスカさんは聖杖を持っていて、エンジュは身体のあちこちに魔法の発動具を装着していた。今の俺は布の服を装備しているだけだ。


 まずは都市に向かうことにする。レベル1でも倒せるような弱い魔物が近くにいたが、せっかくなら魔法で倒したいので、今は避けていくことにした。


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