第三話 ロバート
「ほ、本当に行ってしまわれるのですか!?」
「だからそう言ってるだろ! 大人しくお留守番してなさい!」
馬車に乗りこもうとする俺に氷雨が泣きそうな声で縋り付いてくる。
俺はそれを振り払おうとするがいかんせん氷雨の握力が強すぎて中々離れない!
「おい! 誰か氷雨を離してくれ!」
俺は他のカラーズの面々にそうお願いするが、他の奴らも置いて行かれることに落ち込みシクシクしているため手伝ってくれない。
お前らは留守番が嫌な子供か!
「はあ、まさかこんなことになるとはな」
事の発端は俺がカラーズを今回の旅に同行させないと言ったことから始まる。
彼らは俺に好意を持っているスライムの中でも特に俺にベッタリだ。俺に好意を持ってくれることはとても嬉しいのだがそれにも限度というものがある。
少しは俺離れしてもらわないと今後彼らの為にならない。
なので今回の旅はカラーズを置いて行こうと思ったのだがこれがまた凄い嫌がられてしまった。
「なんでだよ旦那! 俺じゃ頼りにならないってのかよ!」
「後生ですマスター! せめて私だけでも」
「おいずりぃぞ! あたしだって!」
「あわあわわ」
「うう……ぐすん」
現場はもうパニック状態だ。
しょうがないから一人ずつ時間をかけて慰めていく。見た目は大人な彼らだが精神年齢はまだ子供だ。それを忘れないようにしないとな。
「うう、マスターがいないなら私たちは何をすればいいのですか……?」
氷雨は瞳に涙を浮かべながら訴えてくる。
そうか、俺がいないから何をすればいいのか分からないのか。
だったら何か目標を与えれば寂しさを紛らわせることが出来るかもしれないな。
とはいえどうするか。
売り物の生産はクリスに一任しているし彼らに出来ることといったら……。
「あ、そうだ。タリオ村の防衛設備を強化しておいてくれるか?」
「防衛設備……ですか?」
「ああ、魔物避けの柵だけだと少し怖いから何か代わりになる防衛設備を作って欲しいんだ」
俺がお願いし始めるとべそかいていた彼らは真剣に話を聞き始める。
よし、もう一押しだな。
「これはお前たちにしかできない事なんだ。頼まれてくれるか?」
「私たちにしか……出来ない事……!」
どうやらこの一言が決め手になったようだ。先ほどまでの情けない顔から一転して彼らは使命感に満ちた顔に変わる。よし。
「任してくれ旦那ァ! 最強の防衛設備を作ってやるぜぇ!」
「いやそんなに凄いものは作らなくていいぞ……」
「設計なら僕に任せてください。他の国にだって引けを取らない物を作って見せましょう!」
「いやだから……」
「あたしも燃えてきたぜぇ! 大砲とかも置こうぜ!」
「大砲!?」
「まずは城門でしょう。私が竜でも壊せないような城門を作りす!」
「いやだから……」
「楽しみですなあ旦那様♪」
「もう勝手にしてくれ……」
彼らはすっかりどんなものを作るかで盛り上がっている。
彼らに任せて村を後にするのは怖いが、まあ桃と緑がストッパーになってくれるだろう。
……なってくれるよな?
「キクチさーん! 話が終わったなら行くっすよー!」
先に馬車に乗ったロバートが急かしてくる。いかんいかん結構時間を食ってしまった。
俺は颯爽と馬車に飛び乗りロバートに出発を促す。
「それじゃあな! よろしく頼んだぞ!」
俺の言葉にスライム達は手を振って答える。
安心した俺は馬車に戻った。
……まさかこの時したお願いがあんなとんでもない事になるは知らずに。
◇
商国ブルムはタリオ村の南東に存在する。
直線距離ならアガスティア王国と同じくらいの距離なのだが、タリオ村の南に広がる大きな湖を迂回しながら進む必要があるので王国よりも少し時間がかかってしまう。
「迂回する都合上移動距離は王国の2倍になっちまうっす。なんで二泊しないと着かない……と言いたいところなんすがキクチさんにいただいたこの回復薬のおかげでハヤテは元気いっぱいっす。この調子だと明日には着いちゃうかもしれないっすね」
「おお、それは頼もしいな」
俺がロバートの愛馬ハヤテに称賛の声を上げるとハヤテはご機嫌な感じでいななきを上げる。
スライム謹製の回復薬の効果は凄まじいな。
そんな感じで街道を進んでいると前方より商人らしき人物の馬車が走ってくる。
既に王国と商国の分岐点は超しているため商国から来ているのだろう。
馬車が近づいてくると御者台にいる男が見えてくる。
そこにいたのは小太りの中年のおっさんだった。そのおっさんはこちらの姿が見えると声をかけてくる。
「お、ロバートじゃないか。どうした? ブルムに何か用でもあるのか」
「こんにちわっすベンさん。ふふん、聞いて驚くっす。実はブルムで商売ができるようになったんすよ!」
「なんと! それは凄いじゃないか!」
ベンと呼ばれたそのおっさんは嬉しそうに驚く。
どうやらロバートの商人仲間のようだな。ロバートの成功を喜んでいるあたり仲は良好なのだろう。
「あのロバート坊が偉くなったもんだ……おじさんは鼻が高いぞ」
「ちょ、ちょっとやめるっす! 人が見てんすよ!」
照れた様子のロバート。
まるで親戚のおじさんみたいな間柄なんだな。
ロバートとベンはそんな感じで数分談笑した後に分かれた。
「仲がいいんだな」
「俺っちはもっと小さい頃から王国で商売をしてるっすからね。王国の商人たちとは顔なじみっす。ありがたい事におっさん達からはまるで息子のように可愛がられてるっす。まあ最初は『商人を馬鹿にすんな、お前に見たいなガキはくるな』って言われてたっすけどね」
「そうか……」
たった一人でよくここまで成長したもんだと感心する。
彼のこのひたむきさが商人たちにも伝わり可愛がられるようになったのだろう。
俺だって同じだ。
こいつにはいろいろ世話になっている。もしこいつに危害を加えるような奴がでたらスライムマスターの名にかけてただじゃおかない。
俺は御者台に座る青年を見ながらそう決意をするのだった。
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