第七話 真打登場
エルフの仮村。
その中央では俺と緑とエルザが戦況を見守っていた。
俺たちが見ているのは机の上に置かれたこの村の俯瞰図だ。その上では木でできたチェスの駒の様な人形が
これは緑の魔法で作り出された『
各地でこっそり戦闘を監視しているスライムが見ている映像を
駒はその形と大きさ、色で誰か分かる様になっている。オークは赤色、エルフは緑色、スライムは青色といった感じだ。
「こんな物今まで見たことありません! すごい魔法ですね!」
「ま、まあこの魔法は僕の魔法の中でも自信作ですからね!」
エルフの長、エルザが『
まあ事実この魔法はすごい。
戦闘において情報は何よりの武器になると聞いたことがある。リアルタイムで戦況のわかるこの魔法なら的確な指示を無駄なく出すことができる。
「正門と裏門、両方とも首尾は上々の様だな」
戦争盤の上では次々と赤い駒が倒れていっている。
特に裏門はオークの数も少ないためもう壊滅状態だ。どうやら今のところ作戦通りだな。
村を覆った柵は正直そんなにしっかりした物ではないため、オークの攻撃には耐えられない。
柵を作った目的はオークの侵入経路を限定するためだ。
あらかじめ柵を作って村を囲っておき、更にオークが入ってこれる入り口を作っておけばそこを攻めたくなるのが生き物としての
裏をかこうとする者も現れるだろうから裏門も作っておいた。
あとは両方の入り口に巨大な落とし穴を置いておけば作戦準備完了だ。
オークはエルフをナメているからな。面白い様に引っかかってくれた。
「あら? 正門の方に大きな駒が現れましたよ?」
エルザに言われ戦争盤を見てみると確かに赤く大きな駒が正門前に現れている。
この駒の大きさは強さを表している。そしてこの駒の大きさは先ほど紅蓮達が倒したハイオークの駒よりも大きい。
ということは。
「オークキング……ですね」
緑の口にしたその名前を聞いたエルザは急に顔を青ざめる。肩は震え、綺麗な唇は紫色になってしまう。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。ダメですよね。みんな戦っているというのに。安全な所にいる私がこんなに怯えてちゃ」
エルザは気丈に笑って見せるが以前顔は引きつっている。
よほど恐ろしい目にあったのだろう。
「情けないですよね、でも思い出してしまうのです。目の前で私の父親が頭から食べられてしまうあの光景を……!」
そう切り出すとエルザはオークの襲撃にあった日の事をポツリポツリと語り始める。
オークとハイオークが襲撃してきた時、エルフは苦しいながらもなんとか持ち堪えることができていたらしい。
強力な魔物がたくさん住んでいる大森林で長年生きてきたエルフ達だ。集団戦ならハイオークにも劣りはしない。
しかしその頑張りもオークキングが来た瞬間無駄になった。
黒く分厚い皮膚を持つオークキングにはエルフの魔法、弓術、剣技のどれも全く歯が立たず、逆にオークキングの規格外の怪力の前にはエルフの作った防壁や盾は紙くずの様に壊されていった。
勝ち目が無いことを悟ったエルフの男達は女子供を逃し、自分たちはオークの足止めをすることにした。自分が助からないことに気づいていながらも。
族長であるニーファとエルザの父親はもう高齢だったためエルザ達と共に最初は逃げたらしい。
しかししつこいオークの追っ手を振り切るため自らを囮にしエルザ達を逃したらしい。その時にエルザは己の父親がオーク達にちぎられ、食われ、咀嚼される様子を目の当たりにしてしまった。
族長を失ったエルフ達の新しいリーダーは、族長の娘であるエルザに自動的になってしまう。
まだ若い彼女にとってそれがどれほどの重責であるか正直俺には想像がつかない。
気づけば俺は立ち上がり、座りながら涙を流す彼女の肩に手を置いていた。
「え……?」
「安心してくれ。オークキングは俺が倒す」
不思議そうな顔で俺の方を向くエルザに俺はぎこちなく笑って見せ、正門の方へ足を向ける。
「ここは任せたぞ緑」
「はい、キクチ様もお気をつけて」
俺は後のことを緑に任せオークキングのいる正門へ走り始める。
正直俺はオーク達が完全に悪いとは思っていない。
彼らもそうしなければ自分たちが死んでしまうからそうしてるのであり、そこに善悪の概念はない。
しかしそれでもエルフ達を可哀想だと思ってしまう。贔屓だと言われれば贔屓だろう。
それに助けを求める人を見過ごしてしまえばスライム達の教育上良くないだろう。
彼らの精神はまだ幼く、純粋無垢だ。俺が悪い手本を見せるわけにはいかない。
そしてなにより……
「美人の頼みは断ったら男が
◇
その頃正門前。
そこでは紅蓮と雷子がオークキングと死闘を繰り広げていた。
圧倒的な火力で攻め立てる紅蓮と雷子だったが、それを上回る強靭な肉体を持つオークキングに苦戦を強いられていた。
「くそっ! このままじゃキリがねえ!」
「紅蓮、こうなったら協力して技をだそうぜ!」
「ブハハハハ!! 何をしようと無駄無駄ァ!!」
余裕の表情を見せるオークキングに向かい紅蓮と雷子は魔力を練り始める。
炎と雷、二つの異なる魔力は彼らの間でぶつかり混ざり新たな魔法へと変化していく。通常魔法を合体させるなど一朝一夕で出来ることではなく、かなりの練習を必要とする離れ業なのだがスライム同士であれば
「「くらえ!
二人の間で混ざり合体した炎と雷の魔力の塊が完成する。
黒い球体に赤と黄色の雷を纏っているような見た目のそれは常人では認識すらできぬほどの速さでオークキングに放たれる。
「ブハハ! 面白い!」
高笑いするオークキングの腹にその魔法は直撃し、ズドオオオォンッッ!! と巨大な爆発音を響かせながら爆発する。その魔法が通った後の大地は焼け焦げ炭化している。それを見たオーク達はその魔法の威力を想像し身震いしてしまう。
いかに自分の王であろうとあれをくらえば無傷とはいかないだろう。そんな不安が彼らを襲う。
「へへ、キクチの出る幕を奪っちまったみたいでワリーな」
「そうだな……ん?」
雷子の言葉に同意した紅蓮は自分の巻き起こした砂煙の中に何かを発見し声を上げる。
何とそれは……しっかりとした足取りでこちらに歩いてくるオークキングだった。
「ブハハ、いい攻撃だったぞ」
「馬鹿な!? 俺たちの攻撃をくらってあんなピンピンしてるなんて!?」
「確かにお前らの攻撃は大したもんだ。現に俺の体の半分以上は消し飛んじまったよ。まあそんくらいなら数秒で回復するがな」
紅蓮と雷子はそれを聞き自分の認識の甘さを悔やむ。
もし最初から全力で戦い、魔力を全て使えば体全部を消滅させて勝つこともできた相手だろう。しかし相手を侮り力をセーブしたせいでこの様だ。
確かにスライム達は強い。しかし圧倒的に経験が足りなかった。
今まで戦闘とは無縁の生活をしていたため勝利に対する貪欲さが足りないのだ。
「まずは赤い男、キサマを殺す。その後は黄色い女、お前を犯しながら村に入ってやろう」
舌なめずりしながら雷子の肉付きのいい体を眺めるオークキング。
その気持ち悪さに気の強い雷子も「ひっ!」と小さな悲鳴をあげ後ずさる。
「ブハハ! 甘ちゃんどもがオレに逆らった事を後悔しろ!」
うねりをあげてオークキングの拳が紅蓮めがけて放たれる!
避けることは可能だがここで避けてしまえば背後の村に侵入する道が出来てしまう。ゆえに紅蓮は刀を構え防御に専念する。
「すいません旦那……」
紅蓮は敬愛する自らの主人に謝罪する。
「俺が甘くなければこんなことには……」
そんな風に自らの行いを悔いる紅蓮の元へ、聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
「いいじゃないか、甘くて」
「え?」
「俺はお前らのそういうとこ、好きだぞ」
なんと目の前に紅蓮たちの主人、キクチが立っていたのだ。
しかも紅蓮に向けて放たれたオークキングの拳を片手で受け止めているではないか。
「な、なんだお前は!? ナゼ俺の攻撃を止められた!?」
突然現れた謎の男の存在にオークキングは慌てふためく。
しかし慌てるのも無理はないだろう、拳を受け止めたのは自らよりもずっと小さなただの人間。とても強そうには見えない。
「さて、ウチの可愛い子達を怖がらせてくれたみたいじゃないか。その罪、償ってもらうぞ!!」
そう言ってキクチは拳を止めた反対の手でオークキングの腹部を思いっきり殴りつける!
オークキングですら反応できない速さで放たれた拳はその腹に深々と突き刺さり、その巨体を吹き飛ばしてしまう。
「ぐっ……があ!!」
想定外の攻撃にオークキングは受け身をとることすら叶わず地面に激しく体を打ち付ける。
キクチはその様子を見て慌てふためくオーク達の生き残りめがけ高らかに宣言する。
「俺はスライムマスターキクチ! 俺が来た以上はスライム達には指一本触れさせねえ!!」
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