第三話 オーク

 村を出発して2時間ほど。

 俺の視界に巨大な森林が入ってくる。


 バスク大森林。

 王国よりも巨大な面積を誇るこの大森林には高ランクの生き物が多数生息しており、その平均ランクは何とC。

 銅等級冒険者の冒険者でもこの森に入るのは危険だろう。

 その為村の人もこの森には近づかない。


「で? このまま森に突っ込んでいいのか?」


「……はい。同胞の元へは私が誘導しますので気にせず走って下さい……うっぷ」


 ニーファが気分悪そうに口を抑えながら言う。

 どうやら飛ばし過ぎたようだ。気をつけて走ったつもりなのだが申し訳ない。

 とはいえ今は一刻を争う事態だ。俺は勢いそのまま森に突っ込み巨木の枝をジャンプしながら進んでいく。


「ここを右にお願いします!」


 ニーファは耳をピクピクさせながら俺に指示を出す。

 魔族図鑑によるとエルフの長い耳はアンテナの様な役割を果たしているらしく、それで仲間の魔力を感じ取っているみたいだ。


 そして大森林に入って20分ほど経つとニーファの耳が更に激しく動き始める。


「……!! この魔力、仲間の側にオークがいます!!」


「何だって!? 飛ばすぞ雷子!!」


 俺の呼びかけに反応し雷子は「おう!」と返し力を込めてくれる。

 するとスライムナイトの脚部が黄色に光始めバチバチと雷を放ち始める!


「な……何ですかこれは!?」


 それにビビったニーファはその豊満な胸を俺の背中にギュっと押し付けてくる。鎧越しなのが悔やまれるがそれでもちょっと嬉しい。


「飛ばすぞ! しっかり捕まれよ!」


 俺は弛む頬を隠しながら力強く走り出す。

 俺と雷子の力を合わせたスライムナイトの速さはまさに雷速。周囲の景色は一瞬で過ぎ去り踏みしめた地面や枝は木っ端微塵に吹き飛ぶ。


「……見えた!」


 速度を上げて少しすると複数の人影が見えてくる。

 もちろんエルフとオーク達だ。

 女性のエルフ達が必死に魔法で応戦しているがその力の差は歴然。このままではすぐにやられてしまうだろう。

 オークは食欲もすごいが性欲もすごいと書かれていた。そんな奴らに見目麗しいエルフが敗北してはどうなるかは説明するまでもないだろう。


 そんな事には絶対させない。


「そこまで……だあっ!!」


 俺は走る勢いそのままにオーク目掛け雷速の蹴りを放つ!

 雷をまとったその蹴りはオークの体を木っ端微塵にバラバラにして吹っ飛ばす!

 それだけだと回復される恐れがあるが雷のせいで傷口が焼け焦げている。これなら回復出来ないだろう。


「そこまでだ。これ以上やるなら俺が相手になるぜ」


 オークとエルフの間に立ち俺はオークを牽制する。

 オークは興奮した様子で豚の顔に怒りを浮かべている。

 2mをこす巨体には脂肪がたっぷりと詰まっており腹は醜く垂れている。手には棍棒や大剣などが握られており、その先端にはまだ新しい血の跡がこびりついている。

 おそらくエルフの男衆のものだろう。おぞましい。


「大丈夫ですか!? 助けを呼んで来ました!!」


「ニーファ! 無事で良かった!」


 ニーファとエルフ達が再開を喜び抱き合う。

 エルフ達は致命傷こそ受けていないが体のあちこちが擦り切れとても消耗している様子だ。

 飯も落ち着けて食えてないのだろう。綺麗な顔もこけ始めている。


「ニーファ、この方は?」


「彼はキクチ。私達を助けに来てくれたの」


「それはとても助かるのだけど……一人で大丈夫なの? 相手はたくさんいるわ」


 不安になるのも無理はない。

 オークは少なくとも20体はいる。側から見たらとても勝ち目は無い。


「オイ! 餌がマタ増えたゾ! しかもエルフと違って食いでガありそうダ!」

「ガファファ! エルフのオトコは肉が少ねエからナ!」


「貴様ら……!」


 ニーファ達女エルフは憎々しげにオークを睨みつける。

 目の前で同族が食い殺される苦しみは想像を絶するだろう。


「お前ら! 行くぞ!」

「「「「「はい!」」」」」


 俺の呼びかけに5人のスライムが飛び出し人型に変身する。

 それぞれ手には得物を持っている。これは自らの体の一部を変化させた物だ。進化したスライムのみが使えるらしい。


 得物は紅蓮が太刀、氷雨が大楯、緑が杖、雷子が槍、桃がメイスと様々だ。


「スライムが変身した!?」


 後ろではエルフ達がスライムが変身した事に驚いている。

 まだ驚くには早いぜ。


「ヒルムな! 所詮スライムダ!」


 痺れを切らしたオーク達が一斉に襲いかかってくる。

 物凄い悪臭だ。吐き気がする。

 すると緑が俺が嫌がるのを察したのか一歩前に出て杖を構える。


「近づかせませんよ! 緑蔓捕縛グリーンバインド!」


「ナ、ナンダ!?」


 緑の魔法が発動し地面から無数の蔓が生えてオーク達を縛り上げる。

 先頭のオーク達が縛り上げられたため後ろのオーク達は先頭のオークに衝突しお互いにダメージを受ける。


「次は私が! 氷突猛進フリーズチャージ!」


 大楯を構え氷雨がオークの群れへと猛然と突っ込む。

 氷の属性が込められたその一撃はぶつかったオークを氷漬けにし粉々に砕く!

 高い再生力を誇るオークも流石に凍りついては再生できないようだ。


「さて、次は私たちの番ですね。粘体闘気スライムオーラ!」


 そう言うと桃は手に持った小ぶりのメイスを振る。

 すると紅蓮と雷子に青いオーラの様なものがまとわりつく。これは桃が得意の強化バフ魔法だ。

 ただでさえ身体能力の高い二人なのにこれのせいで更にパワーアップしたことになる。


「サンキュー桃! あたしも行くぜ!」

「おいおい俺も忘れるなよ!」


 得物を構え雷子と紅蓮が目にも留まらぬ速さでオークの群れに突っ込む。


「くらいやがれっ!」


 紅蓮が振るうのは真っ赤な刀身の太刀。火の力を宿したその太刀はオークの分厚い脂肪を物ともせず切り裂いていく。カラーズの中でも最も高い攻撃力を持つ紅蓮の攻撃は肉だけでなく骨まで両断し次々と迫り来るオークを絶命させていく。


「あたしも負けてらんねえな!」


 雷子は持ち前のスピードを生かし次々とオークに向かう。

 すれ違い様に槍で頭部を打ち抜きすぐに次の相手に襲いかかっている。雷撃の力を込めた槍は速度が上がるだけでなく熱のせいで威力も上がる。オークに再生する暇など与えず絶命させていく。


「ナ、なんダこいツら……!」


「おい、逃げられると思うなよ」


 一人逃げようとするオークがいたので俺はそいつの前に立ちはだかる。


「グッ……! 人間ふぜいガ俺タチオークにたてつきヤガって! 死ネッ!」


 両手を突き出しオークが襲いかかってくる。技もへったくれも無い攻撃だがあの大きな手で握り潰されてはただでは済まないだろう。

 スライムナイト状態であれば平気だろうがあの臭い手に触られるのも癪だ。

 その前に倒してやる。


「頼んだぞ、サン」

「うん!」


 俺の手のひらに現れたのは黄色のスライム、しかし普通のスライムと違いその表面からは水蒸気の様なものが出ている。

 こいつはただのスライムではなく「酸性粘体生物アシッド・スライム」というスライムだ。

 その名の通り体が強酸性であり、触れたものを溶かしてしまう。

 その他者を傷つけてしまう体質のためサンは今まで他のスライムとも接さず一人で生きていた。

 しかし俺の噂を聞き、意を決して村に来てくれたのだ。

 そして一緒に特訓したおかげで今は酸の力をコントロールできる様になったのだ。


酸性大球アシッドボール!!」


 俺はサンの力を最大限引き出し大きな酸性の液体を生み出す。その大きさは巨体のオークを丸々飲み込むほどだ。


「ナ、ナンダこれハ!?」


「お前が馬鹿にしたスライムの力、思い知れ!!」


 俺の放った酸はとぷん、とオークを飲み込む。

 オークは液体の中で絶叫をあげようとするが口からごぼごぼと空気を吐き出すことしかできない。自業自得だ、せいぜい苦しむといい。

 酸の溶かすスピードはオークの回復速度を優に上回っており、すぐに全身を骨すら残さず溶かしつくす。


「さて、向こうも終わったかな」


 振り返ると紅蓮達も終わったみたいでこちらに手を振っている。

 かわいい奴らだ。


 俺は手を振り返しながら彼らの元へ向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る