第十五話 祝杯

「えー、それじゃあ!! 新しい英雄の誕生と銀等級昇進を祝い!!」


「「「「「かんぱーい!!」」」」」


 ザガンの号令に合わせ冒険者達が本日何度目か分からない乾杯をしジョッキを激しく鳴らし合う。

 その度にいくつかのジョッキが割れ散り、酒がバシャバシャと床に滴り落ちる。そしてその度に受付嬢のローナさんの額に青筋が走る。酔いが覚めた後の彼らはどんな仕打ちを受けるのだろうか……。


「いやーそれにしてもまさか生きて帰れるとはな。あのヤローに遭遇した時は俺の悪運もここまでだと思ったね」


 向かいに座ったアンディは顔を赤くしながら上機嫌に話す。

 あのヤローとはもちろんギガマンティスの事だ。


 辛くもギガマンティスの討伐に成功した俺たちはその足で王国へ戻ったのだが、そこで待ってたのは冒険者と王国軍の混成ギガマンティス討伐部隊だった。

 ボロボロの俺たちを見て彼らは「よく逃げ切った! 後は俺たちに任せろ!」と言ってきたので俺が「俺たちが倒しましたよ」と言ったら彼らは「へ?」驚き目を剥いた。いやあ、あの時の顔は爽快だったな。

 ロバートもすごい心配していたようで俺の顔を見たとたん泣きながら飛びついてきた。ちなみに今は少し離れたところで泥酔し潰れている。

 俺のことを上機嫌で周りに自慢していたらしい。可愛い奴だ。


「おとなり、いいですか?」


 アンディと話してるとローナさんが隣に座ってくる。

 もう冒険者組合の仕事は終了しているので制服を着崩しラフな格好をしている、結んでいた髪もほどいており普段とのギャップに少しドキッとしてしまう。

 ちなみにアンディは親指を立てながらこっそり席を離れてくれた。どうやら俺たちを二人きりにしてくれるようだ。

 お前って本当にいい奴だな……。この恩はいつか返すぜ!


 ローナさんもほのかに顔を赤くしており少し酔っているようだ。

 もしかして大人な話が始まるのではないか……と思っていたが彼女は申し訳なさそうな表情をしている。どうやらそういう展開にはならなそうだ。


「本当にすいませんキクチさん……本来であれば金等級に上がるべき偉業だというのに。私の力不足で銀等級までしか上げられませんでした……!」


 ローナさんは目を潤ませながら酒をあおる。

 酒が入ると涙腺が緩くなるタイプのようだ。


「いいんですよ、気にしないでください。銀等級になれただけで自分は満足ですから」


「うう、キクチさんはいい人でずね……」


 俺が倒したギガマンティスはA級。それを倒した事と国と村を守った事。それは銀等級の冒険者であれば即金等級に上がる程の功績らしいのだが俺はまだ冒険者になって1日しか経ってないひよっこ、そんな奴が冒険者の憧れである金等級になるのは前例がないらしい。

 ローナさんは必死に抗議してくれたらしいが上層部が首を縦に振らなかったらしく折衷案として一つ下の銀等級になったというわけだ。

 そんなわけで俺の首には銀色のプレートがキラキラと光っている。


「で、でもその銀等級は金よりの銀です。なにかまた一つ功績を残せばすぐに金等級に上がれます!」


「ガハハ! それじゃあ俺が抜かれる日も近いかもな!」


 ローナさんの逆隣にどかっと腰を下ろしザガンが話に割り込んでくる。

 せっかく二人で話してたのに空気の読めない奴だ。


「やる奴だとは思ってたがここまでとはな! ほれお前も飲め飲め」


 そう言ってザガンはぐいぐいとジョッキを押しつけてくる。正直飲まされ過ぎてもう胃がたぷたぷだ。こいつも俺以上に飲んでるはずなのだが冒険者という連中はどれだけ飲めるんだ?


「こらからお前も俺と同じ銀等級なわけだが全部が全部いい事ばかりじゃあねえ。有名になるって事は厄介な事もあんだ」


 ザガンは急に真面目な顔でアドバイスを始める。

 意外と面倒見のいいタイプのようだ。


「銀等級ともなると優秀奴ばかりだ。するとそんな奴を自分の物にしてえって奴が絶対現れる。貴族や裕福な商人がそれだな。高い金払ってお前と契約しようとする奴も出てくるだろう。でもそんなのは8割が罠だと思った方がいいぜ」


「特にこの国では戦争時に貴族が自分の兵を国に貸し出す事になっているので、貴族は強い兵が喉から出が出るほど欲しいんです。強い兵が功績を上げればその分国から褒賞を貰えますからね」


 なるほど、名が売れるのも大変なんだな。

 まあ誰かに仕える気はないし全部断ればいいか。俺にはあの村とスライム達がいれば他には何もいらないからな。


「忠告ありがとうございます。気をつけます」


「おう! お前なら大丈夫だと思うがな!」


「くれぐれも冒険者をやめるなんて言わないでくださいよ? 私はいつでもここで待っていますから!」


 俺たち笑いながらジョッキをぶつけ合う。

 彼らとは仕事上での付き合いだ。しかしこの時俺は彼らとの確かな「絆」を感じたのだった。







 ◇





 次の日。

 少しガンガンする頭をさすりながら俺は正門に向かって歩いていた。

 王国に来てから3日目、今日はタリオ村に帰る日だ。


 いざ王国ここを離れるとなると少し寂しいもんだな。また近いうちに来たいものだ。

 ローナさんはもちろん、ザガンやトライデントのみんなにも会いたいからな。


「早く出たのはいいがまだ時間があるな。そら、喫茶店でもよるか?」


「うん! そらね! じゅーすがのみたい!」


 そらの了承も得られたので俺は以前スライム研究家のクリスと行った喫茶店へ足を運んだ。

 風通しのいいテラス席に座った俺はコーヒーとジュースを頼み到着を待つ。

 ちなみにこの世界でコーヒーが作られたのはわりと最近らしい。俺と同じ異世界人なのだろうか。


「考え事の最中にすまない。合席してもいいかな?」


 俺が考え事をしていると不意にそう話しかけられた。

 話しかけてきたのは金髪の美男子だった。切れ長の目に甘いフェイス。そして上品な立ち振る舞いは俺がもし女性だったら惚れていただろう。


「あ、ああもちろん。す、座っちくれ」


 緊張して思わず噛んでしまう。

 殺してくれ。


「ありがとう。それじゃ失礼するよ」


 これまた目の覚めるような優雅さでその美男子は俺の向かいの席に座る。

 イケメンは何をやっても絵になるんだな。なんて不公平な世界なのだろうか。


「店員さん、僕にもコーヒーを頼みます」


「は、はい!」


 女性の店員さんもそのイケメンオーラにやられたのか震えながら返事をする。

 あの感じで飲み物を持ってこられたら全部こぼれてしまうぞ。


「挨拶が遅れたね、僕はフロイ、よろしくね」


「ああ、俺はキクチだ。よろしく」


 フロイと名乗った人物は俺と挨拶を交わすと視線をそらに移す。


「ところでその肩に乗っているの、スライムだよね? もしかして君がスライムマスターかい?」


「え? なんで知ってるんだ?」


「そりゃもちろん知ってるさ。怪物ギガマンティスを倒し国を救った冒険者、大々的に発表はされてないけどもうその噂はかなり広まっているよ」


 驚いた。どうやら俺のしたことは国中に広まっているようだ。


 ちなみになんでギガマンティスのことを冒険者組合が発表してないかと言うと何故ギガマンティスがあそこにいたかが不明だからだ。

 あんな高ランクモンスターが国のそばにいると国民が知ったら大騒ぎだ。ゆえに組合は箝口令を敷いたのだがそれは失敗に終わったみたいだ。


「ところでひとつ聞きたいんだけど……君はどこかの組織に入るつもりはあるのかい?」


「!!」


 その言葉に場の空気が固まる。

 フロイの目はまるで俺を見透かすかのように涼しげながらも隙がない。俺を品定めしているのか?


 ザガンとローナさんに言われた言葉が脳裏をよぎる。

 この国の貴族は強い戦士を欲している。だとすれば目の前の青年がその貴族の一人だとしても不思議ではない。

 いやむしろ気品のある所作の持ち主がいいところ出身でないはずがない。


 それにしてもまさかこんなに早くコンタクトされるとは。完全に油断していたぜ。

 慎重に回答せねば。


「組織っていうと、この国の貴族のことかな? もしそうなら俺にその気はない。俺は自分の村で平和に過ごせればそれでいい、冒険者業もたまにやる程度にするつもりだ」


「ふうん。なるほど……」


 俺の答えを聞いてフロイは考えこむそぶりを見せる。

 もし食い下がってくるようなら力づくで逃げることも考えなきゃいけない。そうなるとこの国にくるのも面倒になりそうだ。はあ。


 そして肝心のフロイはというと考えるそぶりをやめ、俺をまっすぐに見つめ口を開いた。


「そっか! ならいいんだ!」


 フロイはそう言うと運ばれてきた飲み物を普通に飲み始める。

 いったい何が起きてるんだ……と思っているうちに俺とそらも飲み物を飲み干しフロイと別れる流れとなった。


「今日は会えてよかったよキクチ。また会えるといいね」


「あ、ああ」


 こうして俺とフロイは妙なわだかまりを残したまま別れた。

 あいつは一体何をしたかったのだろうか?

 俺を勧誘しにきたもんだと思ったのだけど違うのか?


 まあ考えてもわからないものはわからん。早く集合場所に向かうとするか。







 ◇





 キクチがフロイと別れてすぐのこと。

 さきほどまでキクチが座っていた喫茶店の席にフロイはまだ座っていた。

 しかしその向かいには先ほどまではいなかった屈強な男が座っていた。分厚い鎧に身を包んだ強面のその男はおよそこの喫茶店には似つかわしくなく、ただお茶しにきたわけではないことは誰が見ても明らかだ。


「それで……何か分かりましたでしょうか、フロイ様」


 鎧の男はフロイに敬意の込もった口調で尋ねる。


「ああ。彼は今のところ放っておいても大丈夫だろう、今すぐこの国の敵になるってことはないよ」


 フロイは新しく頼んだ紅茶を優雅に飲みながら答える。


「そうですか。それはよかった」


「まあ今のところは、だけどね。このまま帝国にもなびかないでくれればいいんだけど。聖王国は……ありえないか。スライムを操る人間なんて彼らからしたら大罪人だろうからね」


 フロイはやれやれといった感じで首を振る。その目には深い疲れの色が出ている。


「……それでは城に戻りましょう。早くしないとに気づかれますぞ」


「ああ分かっているよ。こんな事してるって父上・・に気づかれたら面倒だからね」


 そういって二人は席を立つ。

 そして店から出て行ったのを見届けた店員はそこでようやく腰を抜かす権利を得たのだった。

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