謎スキル『スライムマスター』のせいでスライムにモテモテになった件 〜最弱と名高いスライムですが実は最強の力を持っているみたいです〜 ‬

熊乃げん骨

第一章 スライムマスター

第一話 目覚め、そしてスライム

 俺は死んだ。



 え? 唐突過ぎるって?

 そりゃそうだ。漫画でもあるまいし、死に様がドラマチックな奴なんてそうはいない。


 でもその日は唐突に来る。

 伏線もなければ説得力もなく。


 さて、事の発端は記録的猛暑が印象に残るある夏の日のことだ。

 自他共に認める社畜マンである俺、菊地誠26歳は今日も健気に会社へ向かうためえっちらおっちらと自宅から駅までの道を歩いていた。


 その道中、何の変哲もないコンクリート製の階段で俺は階段を踏み外した。

 階段が老朽化してたとか誰かに押された訳でもなく、俺は自分自身の不注意で足を踏み外し4段ほど階段を転げ落ちたのだ。

 野球少年であった高校生のころならいざしらず、今の俺は運動など無縁なぽっこりお腹の持ち主だ。

 当然受け身などとれず思いっきり頭を地面にうちつけぽっくりあの世行きという訳だ。


 なんと空しい人生だろうか。


 結婚はおろか彼女も出来ず、日々の楽しみは猫カフェなどの小動物と戯れる場所に行くことだけだった。


 もし生まれ変わることができるならば、次は小動物と戯れながら幸せに暮らせる人生を送りたい……


 そんなことを考えながら、俺の意識は失われていったのだった。





 ◇




「…………んん」


 頭が痛い。

 まるで後頭部を思いっきり殴られたような痛みだ。

 痛い箇所を触ってみるが特に傷もなければ腫れてもいない。よかった。


 あれ?

 そういえばさっきまで俺は何をしてたんだっけか。

 今俺は横になっており、体に布のようなものをかけている。

 なので部屋で寝ているのだと思ったのだが、それにしては下が硬いぞ。

 俺の部屋のベッドならもっとフカフカのはずだ。


 しょうがない。まだ眠いがいったん起きるとするか。


「ふああ……ん?」


 体を起こし、辺りを見回すとそこは見知った自分の部屋ではなかった。

 それどころか会社でも病院でもない。

 今俺がいるところは木造の家の一室みたいで、せまい部屋の中には今にも壊れそうなベッドと使い古された机しかない。

 部屋の床や壁はお世辞にもちゃんとしているとは言い難く、板と板の間には隙間が目立ち隙間風が絶え間なく俺に降り注いでいる。


 いるところも変だが服装もおかしい。

 今身にまとっているのは寝巻きではなくビジネススーツ。流石の俺でもスーツを着たまま寝たりはしない。


「いったいどうなってるんだこりゃ?」


 俺はさっきまで東京のど真ん中にいたはずだよな?

 なぜこんな田舎の家みたいなところにいるのだろうか?

 いくら頭を捻ってもわからず、ただ時間を浪費していると扉の外より足音が聞こえてくる。


「入りますよ」


 そう言いながら入ってくるのは修道服を身にまとった少女。キラキラと光る銀髪が特徴的な整った顔立ちの子だ。

 明らかに日本人ではないが日本語がうまいなあ。日本育ちなのだろうか。


「あ!! 目覚めてらしたのですね! よかったです、行き倒れたあなたを見つけた時はハラハラしました!」


 俺が目覚めたことに気づいた彼女は花が咲くような笑顔を俺にむける。見ず知らずの俺をここまで心配してくれていたとはなんと優しい少女だろうか。都会で荒んだ心が癒されるってものだ。


「えーと……心配してくれてありがとう。ところでここはどこなんだ? 悪いけど記憶があやふやなんだ」


「あ、そうなのですね。これは失礼しました」


 悪いことなどしていないのに彼女はあたふたしだす。

 なんというか小動物的な可愛さがあってなごむなあ。


「ここはアガスティア王国西部に位置します田舎村『タリオ』です。何もないところですがゆっくりしていって下さいね」


「……え?」


 ちょっと待ってくれ。

 確かに日本ぽくないとは思っていたが外国かすら怪しい地名が飛び出てきたぞ?

 目の前の少女が嘘をついているとは考えにくい。とすればおかしいのは俺の頭か今いる場所だ。


「……失礼。ひとつ聞きたいのだが今は西暦何年か教えてくれるか?」


「西暦? 何でしょうかそれは? 魔導歴のことでしたら今は3450年ですけれど」


「はは……」


 思わず乾いた笑いが口からでる。


 しかし確定した。

 おかしいのは、この世界だ。






 ◇




 彼女、シスターのエイルには俺は記憶喪失ということにした。

 その方が色々と都合がいいだろうという打算的な考えでそうしたのだがエイルは本気で俺のことを心配してくれた。うう、良心が痛む。

 ちなみに最初はエイルさんと呼んでいたのだが「年下なので呼び捨てでいいですよ」といわれ今は呼び捨てで呼んでいる。聞くところによると彼女は16歳、まだ遊びたい盛りだろうに立派にシスターをして偉い子だ。


 その後、彼女からこの世界のことについて色々なことを聞いた。

 どうやらこの世界は俺のいた世界とは完全に異なるようで彼女は「日本」や「アメリカ」といった言葉のことは全く知らなかった。

 しかし「地球」や「月」は俺の世界とまったく同じ意味でこの世界でも使われているようだ。何でかはわからないがそういうものだと納得することにする。

 どうせ頭を捻ったところで今の俺にはわからないだろうからな。


 そして驚くことにこの世界には「魔法」や「モンスター」といったファンタジー全開の存在もいるらしい。


 流石にそれをすぐに信じることは出来なかったが、寝ていた教会の一室を出てタリオ村に出るとそんなことを言ってもいられなくなったのだった。


「エイル……あれはなんだ?」


 俺は村の人が三人がかりで運ぶある生物を見つけ指差してエイルに尋ねる。


「あれはグランドワームですね。この村の近くではよくとれるんですよ、あんな見た目ですが意外と美味しいんですよ」


 エイルがグランドワームと呼ぶその生物は全長1mはある巨大な黒い芋虫のような生物だ。

 当然あんな生き物、元いた世界にはいない。


 だけど俺が知らなかっただけかもしれない……という淡い希望はすぐに打ちのめされる。


火炎撃ファイアー!!」


 なんと村人がそう唱えると手のひらより炎が吹き出始めたのだ!!

 しかもその炎でグランドワームとやらをジュウジュウ焼き始めているではないか。アレを食うのか……。

 この風景を見たら流石に信じざるを得ないな。


 俺は元いた世界から剣と魔法のファンタジーの世界へ転移してしまったのだ。

 何でかはわからないけど。


 しかしそれより気になることが一つある。


「ちなみにあれって自分にもできるんですかね?」


 魔法と聞いて興奮しない男子はいない。

 せっかくこんな世界に来たんだから俺だって魔法を使いたい!


「魔法がですか? 適性があれば出来ますが記憶がないのでしたね……」


 しばし考えた後、エイルはポン! と何か思いついたように手を叩き提案してくる。


「ならば今から能力値開示ステータスチェックましょう! そうすればあなたのことが何か分かるかもしれませんしね!」


能力値開示ステータスチェック……ってなんですか?」


 俺がそう聞くと彼女は丁寧に教えてくれる。

 記憶喪失設定にしておいてよかった。


「いいですか能力値開示ステータスチェックというのは……」


 彼女の話を要約するとこうだ。


 この世界には魔法適性や特殊能力スキルといったものがあるらしいが、それは自分では気づきにくいらしい。

 そんな時に行うのが「能力値開示ステータスチェック」だ。


 神父やシスターが使える魔法らしく、対象者の特殊能力スキル、種族など色々なことが分かるらしい。

 なんでそんなことが分かるのかも聞いてみたが「神の思し召しです♪」とのこと。

 ようするに分かっていないのだろう。


 ともあれそれは是非とも受けてみたかった。

 もしかしたらなんかすごい能力を貰っているかもしれないからな。


 なんせ俺はこの世界の人からみたら異世界人。特別扱いされて然るべき人間のはずだ。

 しかし今の俺は特に体力も上がってなければ筋力も増していない。となれば不思議な能力か魔法の力が宿っているだろう。そうじゃなきゃおかしい。


「ささ、こちらです」


 エイルに手を引かれ小屋の横に建てられたこれまたぼろっちい教会の中に入る。

 女性に触れられるなんていつ以来だろうか……。

 柔らかいしなんかいい匂いがするしで理性が飛びそうになるがなんとか我慢だ、俺は大人で彼女はまだ成人前だ。この世界には条例なんてないとは思うが大人の余裕を見せなくては。


「ではこちらに手をついてください」


 そんなことを考えているといつの間にか教会の一番奥。身の丈ほどの大きい十字架が立っている場所に案内され、そこに鎮座する台の上にある何の変哲もない紙に手を置くよう言われる。


「それでは能力値開示ステータスチェックを始めます。あ、それと言い忘れていましたが私はまだシスターとしては一人前ではないのでざっくりとしたものしかわかりません………申し訳ありません」


 彼女は申し訳なさそうにそう言うが全然問題ない。

 ざっくりでもわかるだけ大歓迎だ。


「いえいえ問題ありません。お願いします」


「わかりました。それでは……」


 彼女は「こほん」と可愛く咳払いすると能力値開示ステータスチェックを開始する。



『天地にまします我らが神よ、どうかこの者に宿る力、秘めし力を示したまえ。能力値開示ステータスチェック!!』



 だいぶ簡潔でわかりやすい祈りだ。この世界の神はもったいぶらないタイプなのだろう。

 そんなことを考えていると触れている紙が急に光出し、数秒のちに収まる。


「……ふう。それがお告げです。どうぞ読んで下さい」


 彼女に促されその紙を手に取る。

 大きさはA4くらいだろうか。その紙にはまるで機械でうったかのように綺麗な文字で俺のことが書かれていた。ちなみにこの紙は能力値表ステータスシートと呼ばれているらしい。


「どれどれ」


 さっそくその紙に目を通す。後ろからエイルさんも覗いてくるが気にしない。

 見られて困ることは書いていないだろう。


 そして肝心の紙には次のように書かれていた。





 対象者:キクチ マコト


 種族:人間ヒト


 階級ランク:F


 魔法適性:ナシ


 特殊能力スキル:スライムマスター


 その紙にはなんと俺の名前が書かれていた。どうやら能力値開示ステータスチェックとやらに超常的な力があるのは疑い無いようだ。

 次に書かれていたのは種族。どうやら俺は人間のままのようだ。ひとまず安心。


 階級ランクってのはよくわからないけど高くはなさそうだな。強さのことか?


 そして肝心の魔法適性だがなんと「ナシ」。

 とほほ、どうやら夢の魔法使い生活は夢で終わりそうだ。


 しかし問題なのは最後の特殊能力スキルだ。

 ええとなになに……


「スライム……マスター?」


 スライムマスター。

 そこにあった見知らぬ単語に思わず首をかしげる。

 スライムっていえばあのスライムだよな? ぷにぷにしてる雑魚モンスターで有名なあの。


「これって……?」


 エイルの方を見てみると彼女はなんとも言い難い微妙な顔をしていた。

 そんなによくない能力なのか!?


「〇〇マスターというのはそのモンスターを使役できる能力です。つまりスライムマスターというのはスライムを仲間にすることのできる能力だと思います」


 まあ大筋思っていた通りの能力だ。スライムテイマーとでも言った方がわかりやすいか。


 それにしてもよりによってスライムとは。

 元いた世界ではスライムと言えば雑魚モンスターの代表格だ。

 だけどそれはあの有名なゲームで根付いたイメージであて元々はとても強いモンスターの設定だったはずだ。

 そう考えれば悲観する必要はないかもしれない。もしかしたらこの世界では最強格のモンスターかもしれないからな。


 そんな儚い希望を胸に抱き俺はエイルに尋ねる。


「あの……エイル? スライムってどんなモンスターなんだ?」


 俺の問いに彼女はこう答えた。


「非常に答えづらいのですが……スライムは階級ランクでいうと最低階級のG。つまりもっとも弱いモンスターの一つです。私でも素手で倒せるほどです」


「は、はは……」


 どうやら俺の異世界生活は、楽ではなさそうだ。

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