028 切り刻んだりしないから安心して

 テーブルをはさんだ応接室のソファの一方に俺とひみかが座り、向かい側にBBが座った。

「勝手に話を進めてごめんなさい」BBが、まず俺に謝った。

「こういうことは、よくあるのか」俺はBBとひみかを交互に見た。「ほかの国から魔法少女が派遣されてくるようなことは」

「私は聞いたことがないけど」と言うひみかに、BBは「まあ、なくはない、っていうところね」と言った。

「目的は?」

 ちょっと考えてから、BBは口を開いた。「そうね。あなたたちには、初めからすべてを話しておいたほうがいいわね」

 俺とひみかは顔を見合わせた。

「長い話になりそうだな」

「まあ、なんとか三千字以内に収めたいところね」

 Web小説一ページ分くらいか。そうであってほしいな。

「今回のクシーのプロジェクトの最終目的は、魔法少女を戦いから解放することよ」

 再び俺とひみかは顔を見合わせた。

「どういうこと?」と言うひみかに、「順を追って説明するわ」と、BB。

「ちょっと待って」俺は口をはさんだ。「その前に、もうそろそろヒントくらい教えてもらえないか。この、大昔から続いている魔法少女の戦いを支えている存在、BB、お前たちを使って、魔法少女を生み出し、クルーナーと戦わせている存在はいったい何なんだ」

「申し訳ないけど」BBは両手を広げた。「人の世の埒外にある存在、としか言えないわ」

 結局、根本部分の情報の開示はそのレベルか。

「分かった。とりあえず、今はそれでいい。続けてくれ」

「クシーは、人間じゃない」BBは言った。

「それは……」俺は考えを巡らせた。「魔法少女だという意味じゃなくて?」

「魔法少女も、正真正銘の人間よ」

 そうだよな。

「クシーは、バイオニックヒューマノイドなの」

「バイオニックヒューマノイド? 彼女が?」と驚くひみかに、俺は「って何だっけ?」と尋ねた。

 ひみかは、俺に説明した。

「これまで一般的に使われてきたバイオニックヒューマノイドという言葉の意味は、人間や実験動物の代わりとして、センサーを内蔵した精巧な人体モデルのことよ。まあ要は、人間の姿や機能をできる限り精密に再現した人形のこと。確かに、生体構造や臓器やなんかをなるべくリアルに再現しようとしてるけど、素材は樹脂やプラスチックのはずよ」

「ええ」BBはうなずいた。「一般的な概念はその通りね」

「でも、彼女はそうじゃない」ひみかは言った。「どこからどう見ても、本物の人間にしか見えない」

「ここで言うバイオニックヒューマノイドというのは、人工的に作られた、限りになく人間に近い有機生命体のことを指すの」

「限りなく人間に近い有機生命体?」ひみかが眉をひそめる。「それって、クローンのこと?」

「いいえ」BBは首を振った。「クローンによる人間の複製は各国の法律で禁じられているはずよ」

「ええ、その通りだわ」

「ごめん、あのさ」俺は話に割り込んだ。「北大路さん、医者か何かなの?」

「いえ」ひみかは俺を見た。「医者じゃないわ。薬学部出身なの。以前製薬会社に勤めてたから、普通の人よりは少し知識があるだけ。あと、ひみかでいいわよ」

 ひみかは俺にウインクをよこした。

「それで」ひみかはBBに視線を移す。「クローンじゃないとしたら、いったい何なの」

「さっき言った通り、ほぼ人体に近い有機体を人工細胞で造成したの。それ自体、特に難しいことじゃないわ」と、BB。

 ひみかは、膝に肘をついて、顔の前で手のひらを合わせた。「でも、それだと、ただ器を作っただけに過ぎない」

 BBはうなずいた。「十年前、アメリカで一人の魔法少女が戦闘中に命を落とした」

「それは聞いたことがある」ひみかが言った。

「彼女には妹がいて、その子も魔法少女だった。ところで」BBは俺たちを交互に見た。「魔法少女が死んだら、アバターはどうなるか知ってるかしら」

 俺とひみかは首を振った。

「魔法少女が死んでしまったら、アバターも消滅して、二度と復活することはない。でも、その妹は、姉が死んだ直後に自分の魔法少女としての能力すべてを使って、姉のアバターを固定化したの」

「ええと、つまり?」

 俺の問いに、ひみかが答えた。

「つまり、死んでしまったその子とほぼ同一の意識や記憶を持った存在であるアバターがこの世に存在し続けている、そういうこと?」

「その通り。でも、正確に言うと、もうそのアバターは存在しないけど」

 そう言ったBBが浮かべるいつもの笑みが、俺はとても不気味なものに感じた。

「あなたたちは」ひみかが、BBに言った。「そのアバターの意識を、さっきのバイオニックヒューマノイドに移植したのね」

「ええ」

「そのうえで、『エレウシスの密儀』を行った」

「その通りよ」

「それは?」

 と尋ねた俺に、ひみかが答える。

「『エレウシスの密儀』を行うことで、私たちには魔法を行使する能力が与えられるの。それ自体は、一瞬、光に包まれて終わる、それだけのことなんだけど。つまり、その子のアバターとしての意識を植え付けた有機生命体の器に『エレウシスの密儀』を行うことで、魔法少女を新たに作り上げた、そういうことね?」

 BBはうなずいた。「『エレウシスの密儀』によって、アバターが持っていた意識と器としての肉体が完全に融合して、生前の彼女とほぼ同様の存在を再現することができた。ただ、記憶は完全には復元できなかった。生前の彼女の記憶はほとんど失われている」

 俺たちの間に、沈黙が下りた。

「それって」俺は口を開いた。「それって、倫理的にどうなんだ? 確かに彼女が生まれた過程はクローン技術を使ってはいない。でも、アバターをベースにしているとはいえ、彼女の自我は人間と同じなんだろ?」

「人間と同じよ」

「それは、クローンで複製された人間と、どう違うんだ?」

「仮に同じだとして」BBは言った。「では、十五歳以下の彼女たちが魔法少女として、危険を冒して戦っている状況は、倫理的にどうなのかしらね」

 お前がそれを言うか?

「それに、これは一度死んだ人間を生き返らせていることになるんじゃないのか? もしもこの事実を彼女の家族が知ったら――いや、そうか、だから日本なのか」

 BBは、笑みを浮かべたままだ。

「そもそも」俺は続けた。「魔法少女が死んだら、家族にはどう説明しているんだ」

「事故ということで、処理しているわ」

 俺は首を振った。

「俺は……俺には、分からない。これは、人間が行って許される範囲を超えてしまっているんじゃないのか」

「では、このまま、これからもずっと、魔法少女たちが戦い続けなければならい世界を選択するというのね」

「それは……」俺は言葉に詰まった。

「それはつまり」俺の言葉を、ひみかが引き継いだ。「クシーのような人工的に作られた魔法少女を量産して、クルーナーと戦わせようと考えている、そういうことね」

「ええ。最初に私が言った、今回のクシーのプロジェクトの最終目的が、魔法少女を戦いから解放するものだ、というのはそういう意味よ」

「彼女は」俺は言った。「クシーは、このことを知っているのか」

「知ってる」BBはうなずいた。「今、私が言ったことをすべて。自分が魔法少女のアバターを基に作られた、人工的な存在であることも、自分の寿命も。クシーのような存在は長くは生きられない。最大で五年の寿命と言われている。それも、クシーは知っている」

 俺は一瞬、言葉を失った。

「知ったうえで」ひみかが言った。「それでも、彼女は、私たちのために戦おうとしているというの?」

「彼女が魔法少女でいられるのはあと一年。そのあいだ、できる限りのデータを取得して、人工の魔法少女を作り出すための存在となる。それを彼女は了承している」

「それは」俺は言った。「それしか、彼女には選択肢がないからじゃないのか」

「いいえ」BBは首を振った。「別の場所で、普通の人間として寿命がつきるまで生活する選択肢も、私たちは提示した。そのうえで、彼女はこちらの道を選んだ。これは紛れもない事実よ」

 初めて俺がこの部屋に来た時、俺はBBに、十五歳までの少女たちが魔法少女として戦わなければならないことの是非を問いただした。もしも、彼女たちが戦わなくても済むのなら、それはとても喜ばしいことだ。でも、そのために、誰かが犠牲になっていいわけがない。仮にそれが、人として認められていないような存在でも。戦うためためだけに生み出された存在だとしても。

「量産される人工的な魔法少女たちは、クシーの自我がベースとなるのか」

「おそらく」BBがうなずいた。「ただ、ほとんど自我のない、純粋にクルーナーと戦うだけの存在になるはずよ」

 何か得体の知れない黒くて重いものが、俺の背中にのしかかっている、そんな気がしてきた。

「おおよそのことは伝えたわ」BBが両手を広げた。「お二人には、できる限りクシーのサポートと、現行の魔法少女たちとの仲立ちをしてほしいの」

 どう答えていいか分からず、俺はローテーブルの表面についている小さな傷を、じっと見つめていた。

「状況は分かったわ」ひみかが答えた。「やることはこれまでと同じよ。それと、私はあくまでも、クシーもこれまでの魔法少女と同様に接するわ。それでいいかしら?」

「構わないわ」とBB。

「ひとつ、大事なことがあるわ」ひみかが言った。「このことを、あの子たちに、あかねたちに伝えてもいいのかしら」

「その判断は、あなたたちに任せます」BBは俺とひみかを見た。「このまま彼女たちがクシーの正体を知らなくても、一年後にクシーは魔法少女ではなくなる。そこから先の具体的なことはまだはっきりとは決まってないけど、おそらくヨーロッパの研究機関に預けられることになる。もちろん、きちんとした待遇は約束されているわ。切り刻んだりしないから安心して」

「山田さん?」ひみかが、俺の顔を覗き込んだ。「大丈夫?」

「ああ」俺はうなずいた。「ちょっと頭がまだついていってないだけだ」

「今ここで何かを決めなければならないことはないみたいだから、あとは二人で相談しましょう」

「了解した」

「分からないことがあったらいつでも聞いて」BBが言った。

 ひみかはうなずいて、立ち上がり、俺たちは『柳安荘』をあとにした。

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