021 デートしませんか?

 ひみかは俺のマンションまで俺とまひるを送って、重低音を響かせながら去っていった。

 さて。どうしたものか。

 さすがに夜中まで引き留めるわけにもいかないので、俺はいったんまひるを帰すことにした。でもその前に、俺一人――というか一匹では家に入れないので、例によってドアを開けてもらい、家の中に入れてもらう。これ、何とかならないものか。明日は早朝に来るというまひるに、無理はするなと言うと、部活の朝練があるらしい。「起こしに来ます!」と言って、まひるは帰っていった。

 さてさて。どうしたものか。

 と言っても、この姿でできることは限られてそうだけど。

 何か忘れているような気がして、今日の記憶をたどっていると、思い出した。そうだ。俺は昼間、会社でBBとLINEのやり取りをしていたんだ。その最中に、クルーナーが出現して……思い出した。アバターだ。

 俺は省エネモードを解除して、BBとの回線を開いてみた。

『どうしたの』と、すぐにBBが出た。

「仕事中にすまない」

『仕事? ああ、そっちは今休憩中。さっきの戦闘の後始末が大変で、それどころじゃなくなっちゃった』

「あー、じゃあ、かけ直すよ」

『大丈夫。ちょうど今落ち着いたところだから。それで?』

「昼間の話の続きなんだが」

『そうだった。忘れてたわ。アバターね』

「なんか、説明するから来いって」

『いつ来れる?』

「そうだな。明日の朝、変態解除して――時間はどれくらいかかる」

『三十分くらいね』

「それなら、出社する前に、そちらに寄るよ」

『ちょうどいいわ。アバターに行ってもらいましょう』

「会社に?」

『そのためのアバターだから。とにかく明日来てもらったら、説明するわ。鍵は開けておくから、勝手に入ってきて。それじゃ』

 BBの通話を終えると、もうやることが無くなってしまった。俺はテレビをつけて――リモコンの操作程度なら難なくできた――ネット配信のドラマを見ている途中で、いつの間にか眠ってしまった。

 ピーンポーン

 と、玄関のチャイムが鳴ったとき、俺はまたもや熟睡の最中だった。時計の針は七時を指している。こんなにも長く深い睡眠をとったのは思い出せないくらい久しぶりだ。

 前回同様、俺が声をかけると、「おはようございます」と言いながら、まひるが入ってきた。大きなスポーツバッグと、手にはラクロスのスティックを持っている。

 そうか。ラクロス部なんだ。そりゃそうか。

「中学でラクロス部があるのって珍しいんじゃないか」

 スニーカーを脱いでいるまひるに、俺は言った。

「全国でもまだ数えるほどしかありません。うちは、高等部のおまけみたいなものなんですけど」

 まひるは部活の道具を玄関に置いて、俺と一緒にリビングのソファに座った。

「ちなみに、ポジションは?」

「私はアタッカーです」

 だと思った。

「よく、突っ込みすぎだって、怒られます」

 うん。だろうね。

 変態解除可能時間はとっくに過ぎていたので、まひるはすぐに俺を元の姿に戻すと、朝練に出かけて行った。人間の姿になってからのまひるの反応は、これまでと比べると数パーセント程度柔らかくなっている気がしないでもない。気のせいかもしれない。まあ別にいいんだけど。

 俺は一応スーツに着替えて出社の準備をすると、『柳安荘』に向かった。

 BBが言っていた通り、入口のドアの鍵は開いていて、俺は応接室に向かった。ドアを開くと、前回と全く同じ格好で同じ場所にBBが立って本を開いている。

「いらっしゃい」そう言って、BBは本をぱたんと閉じて、本棚にしまった。「どうぞ」

 俺は前回まひるに抱きかかえられて座ったソファに腰を下ろし、BBは向かいソファに足を組んで座った。これも前回と全く同じだった。両手を膝の上に乗せて、BBは言った。

「だいたいのことは、チュートリアルを見てもらったから、分かっていると思うけど」

 昨日の夜、アバターについてのチュートリアルが視界に表示できるようになり、俺は一通り目を通していた。

「アバターとは直接会わないようにするのはどうしてなんだ」

「自分と全く同じ存在と接触することは、人間の自我にとってリスクがあるの。アイデンティティの揺らぎが発生する可能性がある。短い時間ならいいけど、長時間アバターと過ごすことは、人間にとってあまりいいことではないのよ」

「なるほど」正直、アイデンティティの揺らぎがどのようなものなのか、はっきりと想像することはできなかったが、なんとなく分かる気はする。

「なので、鼻の頭のスイッチを押すようなことはしなくてもいいわよ」

「そのネタ、今の若い子には通用しないぞ」

「あら残念」BBは肩をすくめた。「じゃあ、魔法少女は瞬間移動するのに仁丹を使わなくてもいいのよね、とかも」

「もっと分からないだろうな」

「ふふふ。やっぱり、あなたとは楽しいお話ができそう」

「言っておくが、俺は、F先生については結構うるさいぞ」

「奇遇ね。私もよ」

 と、このままいくと、膨大な数の作品についてお互い延々と話してしまいそうなので、俺は話を戻し、アバター使用時の注意点を聞いた。一通り説明を聞いたあと、俺はBBに尋ねた。

「それと、北大路ひみかの件についてなんだが」

「ええ」

「彼女たちの活動と、お前の――いや、お前たちと言うべきなのか、俺にはまだはっきりとは分からないが、とにかく現行の魔法少女の体制とは、互いに害をなさないのか」

「それはないわ」BBは即答した。「私は――私たちは、魔法少女に対しても、元魔法少女に対しても、できる限りの安寧を願っている」

「正直に言うが、俺はこの魔法少女のシステムに疑問を抱いている」

 BBはあいかわらずほほ笑んだまま、無反応だ。

「ただ、判断を下すには、まだ情報が少なすぎるのだが」

「前にも言った通り、私はここにいるから、いつでも話を聞きに来てもらって結構よ」

「分かった」

 俺は立ち上がった。

 その日の午前中は、とりあえずアバターに出社してもらうことにして、俺は家に戻った。遅い朝食の用意をしていると、スマートフォンにショートメールの着信があった。

 谷明日香からだった。俺、番号教えてないんだけどな。まあいいけど。明日香からのメッセージにはこうあった。

『デートしませんか?』

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