第28話:決意の調査

 突風が吹いて、足元のブランケットがはためいた。思考の集中が、少し緩む。

 自分の考えがブルーナの死から離れ始めていることに気が付き、反省をした。今は物思いにふけっている時ではない。


 私はもう一度ブルーナの体を視界に収め、その上にしっかりと布をかけた。そして、彼女の周囲へ注意を向ける。痕跡は、ブルーナの体だけにあるとは限らない。


 石畳の道の中央に立って、視線をさまよわせた。

 上下左右の光景を頭に入れながら、道を十メートルほど進むと、道の左に大地が少し突き出ている場所があった。その先端には、エレベーターの姿。すぐに、昨日アデリンが使ったかもしれない、と考えが展開する。


 昨日のあの行動は、ブルーナの件と何か関係があるのだろうか。事件を起こしたのが彼女なら、体を放置した場所があまりに迂闊な気もするけれど。


 いや、でも。


 アデリンは、私たちが後を追っていたことを知らないのだ。私が怯えていただけで、実際のところ、彼女に背後を気にするようなそぶりはなかった。とすれば、必ずしも迂闊な行動とは言い切れないのかもしれない。


 ただ、これは全くの印象論だけれど、彼女であればこちらの存在を知らなくても痕跡を残したりしないような気がする。自分との関連性を疑われないよう工作を加える、くらいのことは当たり前にしそうだ。


 アデリンの存在を思いついた瞬間の輝きが、急速に色あせていくのを感じる。とはいえ、エレベーターが現場のすぐ近くにあるのは事実で、私は何かしらの痕跡を求めてそちらへ足を進めた。


 大地の先端にあるガラスの筒は、向こうの山並みをほぼ完全に透過させている。ガラスの向こうでは、山肌を照らす朝日が、まぶしいくらいに輝いていた。


 開閉パネルに触れて内部に乗り込み、ガラスの壁面を一面ずつ確認。ざっと眺める限り、エレベーターの中に目立つ痕跡は無さそうだった。残留物は、床の上に落ちた土くらいのもので、それを事件に結び付けるのは難しそうに感じる。


 カサカサに乾いた土を指で拭うと、ガラスの底面を通して下の大地が見通せた。雑草の生い茂った地面は、しかし自然のままの状態というわけではなく、土色の見えている部分が細く林の中に続いていた。


 あれが、川へつながる道なのかもしれない。そんなことを思うと同時に、頭の中で靄の浮いた川面の映像が再生され、そこで出会った少女の姿を思い出す。アドリアは、今どうしているのだろう。


 ――。


 胸の痛みにしばらく耐えた後で、私は手前にある崖の方に視線を移し、岩の壁を下からたどって、エレベーターの内部に視線を戻した。

 再びガラスの底面に焦点があったところで、胸の中に違和感を覚える。一瞬前の視界に、何か風景にそぐわないものがあったような。


 視線の動きを逆再生して、ゆっくりと岩の表面に視線を這わせた。


 すると、歪曲しながら奥まっていく崖の上部に、穴が開いているのに気が付いた。横に長い長方形の穴には、メッシュ状になった金属の蓋。疑いようもなく人工物だ。何のためにあるのだろう。排水溝? もしくは、空気穴だろうか。


 土の中を貫き通す道を思い描き、その道を屋敷の方へたどっていこうとしたものの、かすかに人の話し声がして、想像図がかき消えてしまった。ガラス越しに屋敷の方を確認すると、右手に伸びた黒い柵の向こうに、人の姿を確認できる。痕跡調査も、そろそろおしまいのようだ。


 私はエレベーターの外に出て、屋敷の方へ向かい、建物を支える崖の前で右折した。視界の先では、ブルーナの付近に、人が集まってきている。人数は現時点で五人。これからどんどん増えてくるだろう。


 彼女たちの方へ近づいていくと、数人の視線がこちらに集まったものの、みんな一瞬で興味を失ったようで、再びブルーナの方へ顔を向けた。正確に言えば、彼女の体を覆うブランケットに。


「出歩かないでと言ったはずです」

 声の主は、昨日コイトマと私たちを見つけに来た女性である。門番に立っていた女性やアデリンなどを含めた数名が、この街の警備担当者という位置づけなのだろう。


「すみません、叫び声が聞こえたのでつい」

 私は、歩いてくる間に考えた言い訳を披露した。

「そういう場合は、私たちに伝えてくださればこちらで対処します」

 若干口調を弱めた彼女。


「今度からはそうします」

「ぜひよろしくお願いします」

「では、離れの方に戻りますので」


 私は丁寧に頭を下げ、彼女の横を通り過ぎた。最後に、ブランケットのかかったブルーナの体に視線を送ってから、正面を見据える。

 悲しみを涙で表現することはできないけれど、事件を解決するまでの過程に込めることはできるはずだ。

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