瞳の傍らで

交差点ー。


黒いニットにロングコートを羽織ったその男は、朝の人混みを掻き分け一人人波の中を歩いてゆく。


病的なまでに白い肌に、美形なのか個性的な顔なのか人により評価がわかれそうな雰囲気のその30代くらいの男は、謎の異臭をコートから漂わせながらカフェへと入店した。


「ベーグルとアップルパイをひとつ。」


「それとミルクコーヒーも。」


奇妙な挙動でコーヒー牛乳を啜るその男性は、市街の行き交う人々を見つめ、物憂げにこう呟いた。


「俺が子供の頃には、この交差点には銀杏が生っていたな。」


宮崎市街はかつて戦後闇市から発展した歴史がある。

戦前戦後の日本の復興期、空襲の災難を逃れた街の人々はその生存競争において他者に構う精神の余裕を持つものは少なかった。


神風が必ず吹く。そう信じたのは戦時中の子供たちのみならず、その男、石上(いそのかみ)自身も同じであった。


当時大日本帝国陸軍のとある歩兵連隊にて鬼のような先輩の扱きに耐えていた石上は現代人の感覚を逸して、外見に似合わず潔癖な面があった。


「あちらのアベック・・・・。(視線を感じて)ああそうか、ちょっとエチケットがな~。」

※アベック=カップルのこと


自らの体臭に眉をしかめる隣席の夫婦。あわてて黒いエナメルのバッグから謎のスプレーを散布する石上。

意識しなくてもこうした人々の刺すような不快の眼付は気になってしまう。


自らの肉体は黄泉送りの儀式によってとうに死者のそれとなってしまっていること、腐敗した臓器よりあふれる体液を特注の黒装束によって拘束しなければ、たちまち日常の活動にさえ影響が出る始末であった。


ブゥーン。


聴こえるエンジン音。どうやらバイクの音らしい。


「・・・・」


スタッ・・ガチャッ。


「あなたね、呼んだのは。」


いつにない緊張感が男の胸をおそう。なんだかこのおんな、怖い。石上の落ち着きのなさはいつにない挙動不審者のそれであった。今日のため文句たらたらこけにされながら九尾に散髪してもらったのは正解だったなと思いながら、(幻術にて今日限り復元した)己の顔をあげににやあとほほ笑む。


「ごきげんよう。」


付近の席に座っていた学生たち。釘付けとなる女子高生集団の目線は、石上の前に現れた、彼女へと移り行く。


「かぁぁーっこいいぃいー!」


「・・・・キレー!」


なんて綺麗な女性(ひと)なのだろう!


背中を覆うほどの整った黒い髪が白いヘルメットを取り外した彼女(ユタカ)の前髪と共に動き、女学生らの羨望と、仄かな思春期特有の不安定な嫉妬心(女性のジェラシー)を烈火の如くくすぐった。


だが、多分逆立ちしても勝てないであろうくらいの美(オーラ)の完膚なきまでの開きに感情もさっさと顔を潜め、それはただステンドグラスの美でも眺めるが如き諦観に変わった。


「ねえねぇ、あの人カップルやっちゃろうか?!」


「どんげやろ~ぜったい違うやろ、多分・・」


「でもよくみたら男の人もカッコ良くない?!歌舞伎役者の◯◯◯三郎みたいじゃね?!キョどってるけど・・・・。どうしたんやろ。」


不要な詮索に花を咲かせるある種の幸せな学生たちは当然二人がどういう関係(命を懸け戦う仇敵)か全く知るよしもなかった。


突如の敵襲来に、なんとも思わぬかの如く平常心を取り繕い煙草をふかせようとした石上は全力でむせかえった。

「カァー!カッカ・・・・?!」


以前のサイボーグ特有のダミ声は黄泉送りにて克服したものの、代わりに石上の臓器はいよいよタバコの主流煙にすら耐えられなくなっていた。


それはそうと、そのバイク(HONDA-GB250)である。彼女の車両はなかなか控えめながらも憎い洒落たものであった。丸目一頭、黒のフレーム。よく見なければ美観に気づけない白いタンクのネイキッド型の車両には、優しい朱色のラインと散る花のような転写が美しい。話の本題を忘れ石上は彼女が乗ってきた車輌を何度となくチラ見するのだった。


美しい黒髪の麗人そのものといった彼女の雰囲気は毅然とした物腰のなかにどこか脆く儚いものを感じさせた。


「なかなか・・・70年前なら恋に堕ちていた(バイクに)のだがな。私も惜しいことをした。いいやつだな。生産年はいつだ?」


「とんちんかんなのは変わらないのね。こんな風にしてたらテルヒコが嫉妬しちゃうわ。はやく話を終わらせて頂戴ね。」


「なに、あいつも嫉妬などするのだな~。石仏のような男だと思っていたが、親近感がわく。て貴様、嘘をはく冗談をいう余裕はそちらもあるようだ。あいにく貴様ら(オージたち)とは仲睦まじくなれないようだ。」


「私より彼(テルヒコ)の性格を知っているのね。あなたもよほどご執心じゃない。」


「カッカーラカウア(からかうな)、この私を。」


そのとき、咽ぶ石上は奇妙な感覚に襲われた。自分は目の前のこの女の、ペースを奪い去る独特の喋り方を覚えている。そんな気がしていた。

石上はさらに動揺していた。自分がなぜ動揺しているかもわからないからよけいたちが悪かった。


「クロウのカラスさん。なぜわたしをこんなところまで呼んだのかしら。」


「いまここで戦いをおっ始めてもいいわよ。あなたは私に瞬殺されるでしょうね。(ユタカ)」


「その覚悟はあってのことでしょう。三途の川の船頭にはよろしく言ってあげるわ。(ユタカ)」


「(なかなか変わった女だな~。←自分を棚にあげて思う)大した自信だなあ。なぜ確信がある~?(石上)」


「私が何者かあなたはよく知らないのね。そうでなければ私のような人間は来ないでしょ。(ユタカ)」


「口も達者なようで何より。あやつもよほどそなたには手を焼いているようだ~。察っせる。(石上)」


「あら、わかるのね?油断できないわ。(ユタカ)」


「私が質問したいことはひとつだ安心しろ。なぜ"あの場所"にいた?!(石上)」


「貴様は大善の・・・なんなのだ??!(石上)」


「彼は私を呼び覚まそうとした。ただそれだけよ。そして私が彼とはじめて接触したとき、テルヒコもいたのよ。

あなたの話ばかりテルヒコがよくするから来てみたけれど、あなたも思ったより気が小さいようね。もうこれでいいかしら。(ユタカ)」


「なるほどな、ならば思い過ごしか・・・。(石上)」


「私からも質問いいかしら。ずけずけ呼びつけておいてあなただけ一方的なのは癪にさわるから。(ユタカ)」


「テルヒコの動向をチェックしていたでしょ。何かにつけて気にかけている。まるで息子かなにかのような気にかかりようね。あなたこそなんなの。(ユタカ)」


「そりゃーやつは宿敵(ライバル)だ・・・だが、もし波長(フィーリング)が合えば黄泉軍(よもついくさ)の味方内に欲しいとさえ思う。

どうだ?戦士(やる気のある奴)なら他にはいくらでもいるであろう。

なぜよりによって奴を選んだのだあ?(石上)」


「・・・・!(ユタカ)」


「時節は来たり、やつの魂は擦り減り、混沌のなかだ。好都合にも私は黄泉送りにて超人化したものでいろいろよぉお~く見える。やつが超人的な死ねない化物だというのを知ったとき、戦慄したよ。化物、だ。しかもまともな人の一生が送れない。そりゃー人生に絶望もする。神を恨みたくはなる。わたしとその想いは、イコールだ。(石上)」


「彼・・・・照彦青年の心中(しんちゅう)で、「神は死んだ、」なんてな。(石上)」


※黄泉送りにより石上は冥王イブキとなった

(「神は死んだ、」※ニーチェの言葉)


「そこにおそらく、貴女(きさま)の影はいない。(石上)」


「やつの原動力は(かつてユタカを救えなかった)罪悪感だ。わたしは知った。(石上)」


「もう一度いうぞ(石上)」


「神は・・・・!(石上)」


「やめてッ!(ユタカ)」


パシィン!


カフェのベランダで思い切り平手を打ちかますユタカの姿があった。


青白いごつごつした皮膚がほんのりと赤く腫れる。


「・・・・。いっった・・・・なかなか戦闘力は、あるのだな確かに認めてやる。落ち着け、事実の比喩みたいなもんだ。(石上)」


「彼は私を信じてくれてる。そんな容易く悪魔のささやきに乗るような男ではないわ。やっぱりまだまだあなたは彼をよく知っちゃいないわね。(ユタカ)」


「嫉妬深いのは貴様のほうではないのかァア~?(石上)」


「そうよ。妬けちゃうわ?聖書にもあるでしょう?「私はねたむ」って。

私と彼の付き合いはあなたが思うよりはるかに長いのよ。(ユタカ)」


※(私は妬む=聖書で神が自らを信じず悪魔である異教の神々を信じた人々にめがけいった言葉。

自らを唯一の神とする聖書の神、いわゆるゴッドの厳格さを表現している。)

(※そのためその思想に対する批判もある。)


「神がかった返しだな。だが面白味はない・・・。

貴様らという坊さんと尼さんにより結成された奇跡のコラボレーションは。(石上)」


「お前らはファンタスティックな仲なのかと正直疑っていた。(石上)」


「あなたたちと戦っているとそんな夢みたいな暇はないの。詮索したらぶっ飛ばすわよ。(ユタカ)」


あきれた表情のユタカは、ふと遠くを見つめ忘れ去られた当時を回想した。


「・・・・・ただ、戦国時代くらいの頃かしら。あのとき一度だけ訳あっていっしょに暮らしたことがある。」


「そなたたちは同じ一族の出であったなア。(石上)」


「こんな話興味ないでしょうけど、(ユタカ)」


「魂は輪廻転生するから。私の方はそれで。彼に限っては単にそのまま若返ったり復活するだけ。(ユタカ)」


「私も※ホラー系はなんでも読み漁るほどオカルト主義者だ。蟲毒専門だがそっち系にも興味はある。夢ある話じゃないか~~~へェエ~。(石上)」

※(病院や床屋に置いてる恐怖系少女漫画)


敵との謎の時間が流れる。ミルクコーヒーをストローでぐるぐる回す真剣な表情の石上。


「そ、それで?!!(石上)」


「あまりに長く旅して一緒にいすぎると、不思議なものよ。(ユタカ)」


「・・・・・・。(石上)」


「もっぱらみんな彼は記憶にすらない昔話だけど。(ユタカ)」


「でも、そんじょそこらの人(能力者)には鏡の縁、その力はわからないわ。あなたにも。

それが私はわかる・・・。

知ったような口をきくあなたを私は許さない。いつかその鼻っ柱も絶対にへし折ってあげるわね。(ユタカ)」


「こわいやつだな貴様も。そんなの黒い冗談に決まってるではないか。さっき言った奴の心は真っ黒な嘘だ。(石上)」


「が、おそらく貴女(きさま)は奴にとっては後悔の象徴(シンボル)にほかならない。

やつは今でももがいているからな。深層心理ではそなたを邪魔のように思っているかもしれぬぞ。(石上)」


「その心を利用して揺さぶるのは雑作もない。(ニチャアと微笑む)(石上)」


「あなたはどうなの?苦悶の塊のような気がするのは気のせいかしら。男(ライバル)に執着して、女々しいのね。(ユタカ)」


「女々しいのはヤツも私も似たようなもんだ。」


「我らは所詮宿敵(おとこ)だからな。

いつの日かその女々しさにかけ決着をつけなければなるまい。(石上)」


「もうひとつ知らないようだから教えるわ。テルヒコはああ見えて・・・強か(したたか)なの。

感情に惑わされることはない機械(マシン)よ。

そうでなければ戦えない。(ユタカ)」


「・・・・・・・(この女・・・・・するとなんだ、海照彦・・・奴の本性は。)(石上)」


「やつは・・・?!(石上)」


「比喩よ、察しなさい。

あれだけ信じた正義のためだけにハイリスクノーリターンで戦える者はそういないでしょ。(ユタカ)」


「だから、創聖者候補だった者たちとも何度も闘ってる。みな途中で脱落していくのよ。

そして愛した仲間だった者たちが、マガツカミに落ちぶれる。彼はそんなモノをずっと見てきたのよ。」


「普通の人間(やつ)ならあなたのような殺人鬼にでもなってるわ。(ユタカ)」


「ふふッ・・・ハハハハハ!結構だよ、なかなか面白い話を聴かせてもらったなあ・・・・(いったいどういうことなんだ?!)。(石上)」


「だから、ほかに神器を手に入れた二人も、彼の真実(すべて)はわからなかった。(ユタカ)」


「それを知っているのが私。(ユタカ)」


「弱点を探ろうとしていたようだけど残念ね。」


興味津々な石上を見かねたユタカはため息まじりに軽蔑したかのような美しい眼で石上(冥王イブキであるその男)を見た。


「日光に当たりすぎると毒よ?彼の、いえ私の意志があなたを必ず討つから。(ユタカ)」


「覚悟なさい、クロウのリーダー、石上少佐。」


微笑みと共にユタカの乗るバイクは靡く黒髪と共に音をたて公道の中を走り抜けていった。


石上が見えなくなったころ、彼女はバイクを停止させ林道の中一人思っていた。


「ぜったいに・・・ない・・・・ぜったいそんなことない!そんな事、彼は思っていたりするはずないわ・・・!(ユタカ)」


石上の言葉は意外にその胸に効いているようだった。


三時間ほど後。郊外の浜辺にて、青年(テルヒコ)はテトラポット付近にて小さくうずくまる、見覚えのある女性を発見した。


「・・・・あ!(突起物が額にあたる)痛っってー!・・・かみ、ひこうき?(テルヒコ)」


「誰だ・・・・・??!(汗)ユタカ?」


紙飛行機の先端が額にあたる。


視線を向けると、無表情で海をじっと見つめ次々と紙飛行機を折り、黙々と飛ばし続けるユタカの姿があった。


「・・・私の呪いよ。(ユタカ)」


「ユタカじゃないか・・・!(ノロイって何だ?!)どこ行っていたんだ?(テルヒコ)」


「・・・・・・・・・(ユタカ)」


「どうしたんだよ・・・?怒ってるのか?(テルヒコ)」


「べつにぃ、怒ってないわ。シュッ!!(ユタカ)」


「・・・・・・・・(あっ!また飛ばした!)(テルヒコ)」


「あなたも折ってみる?けっこうおもしろいのね紙飛行機って。(ユタカ)」


どこか不機嫌そうな彼女の顔色を見て複雑な面持ちとなるテルヒコだったが、

その直後いつもどうりの雰囲気に彼の顔もほころんだ。


「なんだよそれ!あはは!(テルヒコ)」


いつものごとく笑う彼であったが、次第に海辺を見つめるその顔は曇る。


「・・・・・・どうしたの?(ユタカ)」


「いや・・・・。あいつら(リョウとハナ)がいたらどんなだったろうなって思ったらさ。(テルヒコ)」


「ねえ、また・・・もし今ここで私がパッて消えて、いなくなっちゃったらお前はどうする・・・?(ユタカ)」


美しく輝く砂浜に、両腕を後ろに組んだユタカは冗談のような質問を彼に投げかけた。


風が吹き抜ける。海辺で海水に浸されたテルヒコと白いドレスの彼女のあいだ、千何百年という隔たりにその切ない風は流れているようだった。


「・・・・そんときゃ、どうするかなあ。日本一周の旅にでも出ようかな。(テルヒコ)」


「フフッなにそれ。・・・寂しかったり、しないの?(ユタカ)」


「縁起でもないこというなよ!・・・・・またどこかにいなくなるのか?!やめてくれそんな冗談は・・・!(テルヒコ)」


テルヒコは恥ずかしげに嘘っぽい大きな笑い声でユタカと歩いた。


ユタカはその時みた表情を見て思った。この男たち二人にたいした差異はないのかしら、と。


「でもさ、なんで・・・」


真剣な顔で青年は彼女を見ていった。


「もうそんな話するなよ。」


時間が停止したかのように鮮やかに碧(あお)く波が光った

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