第5話 尋ね人
「…ロ…ルさん、キャロルさん……」
キャロルがそっと目を開けると、心配そうに覗き込むレビンの濃い栗色の瞳と目が合う。
「大丈夫ですか? 大分うなされていましたけど……」
「……ジュリアに似ているな」
「誰ですか、ジュリアって?」
「ロアンヌに着いたら紹介するよ。それよりも時間?」
「はい。もうすぐ馬車が来るそうですよ」
キャロルは枕代わりにしていた荷物を手に取ると軽く伸びをした。
昨夜は食堂を出たあと、レビンのために夜市で旅支度の装束や護身用の小剣を買い揃えていた。
意外なことにレビンはかなりの額の金銭を所持していた。それだけでもやはりただの奴隷とは思えなかった。それに、只の泣き虫坊ちゃんかと思っていたが、昨夜の説明を理解し直ぐに実行できる知性と利発さを備えているようだった。
馬車の待機所へ帰る道すがら小剣を振らせてみたが、それなりにしっかりした剣術を身に着けていた。これだけの剣技と知性があって成人の儀式を失敗したとなると、やはり入念に妨害工作が練られていたか、最初から儀式が成功できる物では無かったかいずれかだったのだろうとキャロルは思案した。
(やっぱり、お家騒動に巻き込まれたと考えるのが一番かな?)
外の様子を確認していたレビンが戻ってきた。
「外は大分強い雨が降っていますよ」
「そう……北の方は先日から雨が続いているから、もしかしたらロアンヌまでの道が荒れて通行止めになるかも知れないね」
「そうなったらここでしばらく待機ですか?」
「今の時点で分かっていればそうなるけど、途中で分かった場合はガルギア方面からくる街道へ迂回するだろうな」
キャロルは朝食用に買っておいたパパンを頬張りながら答えた。
「レビンも食べておきな」
キャロルはレビンにパパンを手渡す。
すっかり旅支度の整ったレビンを見てキャロルは感嘆の溜息を漏らした。
「うちの弟たちではこうは成らないな……わざと古着を着せた方が良かったか?」
立ち姿から気品が溢れてしまうレビンにフード付きのマントを手渡し、頭からしっかり被るよう言いつけた。
「そろそろ、下に降りて馬車までいこう」
昨日と同じように大きめのスカーフで顔の大部分を覆うとキャロルはレビンの肩を叩いた。
階下の停車場にはすでに他の乗客たちも集まっていた。
昨日から引き続いて同じ顔触れの乗客達。それ以外では見慣れぬ三人の剣士が御者と話している。
レビンは警戒して少しフードを下げた。
「あれは傭兵だよ。ロアンヌ周辺には荷馬車を狙う盗賊たちが出るから、ああやって警護の傭兵を付けるんだ」
キャロルは荷物を馬車に詰め込みながら説明した。
「じゃあ、こないだの人たちも?」
フードを更に目深にしてセッツとロスの二人組がいないか周囲を見渡すレビン。
「警備の連中の本拠地はロアンヌの傭兵小屋だから、サンタローサの連中ならいない。心配無いさ」
そう言いながらキャロルは客車からひらりと飛び降りた。
「それにまさか誘拐されたロアンヌへ逃げているとは思わないだろう」
その言葉をレビンは聞いてそっと胸を撫で下ろした。
出発を前にして御者に乗客と傭兵たちが集められた。
小柄な傭兵が一歩前に出ると全員に向かって声をかける。
傭兵は麻の服に皮鎧だけの簡素な装備であったが、腰に下げた小剣だけは手入れの行き届いていそうな代物だった。
「今日は俺たち黒丸三兄弟が守ってやるから安心していいぞ。なぁゴイの兄貴」
ゴイと声をかけられた妙に腹の出た男は無言でうなずく。
傭兵三人組の皮鎧には大きく黒丸が描かれている。
「有名な人たちなんですか?」
彼らのことが気になったレビンはそっとキャロルに耳打ちした。
「たしかゴロツキ上がりの連中さ。中堅ってところかな、大した奴らじゃない。ああいう奴らはロアンヌの街にはごまんといる」
三人組の一番後ろにいる長身の男が、大斧を抱えたまま口を半開きにし、中空を見つめている。夜道で出会ったらオルシエールの山中にいるオーガと間違えられてもおかしくは無い風体をしており、その場面を想像したレビンは軽く身震いをした。
「俺たちがいれば盗賊団が襲ってきたって心配いらねぇよ」
小柄の傭兵がまだ話を続けていた。
「今回も宜しくお願いしますね」
御者の男が小男の話を遮るように口をはさんだ。
「では。これから今回の行程の説明をいたします」
御者は乗客に向かって行程の説明を始めた。普段から同じことを話しているのだろう淀み無く流ちょうに説明を続けた。
「ここからロアンヌまでは三日の距離です。途中二泊の野営があります。野営する場所では簡単な食料や水を買うことも出来ます。天気予想は大雨なので、途中で橋が渡れずに通行止めになる場合があります。その際は迂回路を通ってロアンヌへ向かうことを第一とします。迂回も出来ず運航を続けるのが危険だと判断した場合はこの町へ引き返すこともありますのでご承知おきください……」
御者がひとしきり説明を終えると、乗客たちは仕入れた荷物などを背負って客車へと乗り込んでいった。
三人の傭兵たちはそれぞれの持ち場に乗り込む。御者の隣には小柄な男。客車の中にはゴイと呼ばれた肥満体の男。客車外の最後部にはオーガのような男が座った。
キャロルとレビンは客車内の最後部に陣取った。
乗客たちはサンタローサの町を出たときと同じ顔ぶれの商人たちだった。
外から御者の気合を入れる声と馬の尻を叩く鞭の音が聞こえると馬車はゆっくりと動き出した。
が、すぐに馬車は急停止した。
その衝撃で顔を上げたキャロルはゴイと目が合う。
外から甲高い男の声が聞こえる。前にいる背の小さい傭兵の声だった。
「どうしたザン? 何があった?」
ゴイは立ち上がり幌の隙間から顔を出すと前方へ声をかけた。
「あんたは……」
年季の入ったマントを羽織った大柄な男がゴイの体を押しのけて幌の中に入ってきた。
男の迫力に押されて思わずゴイは道を譲ってしまう。
男は後方に陣取るキャロルたちの姿を見て取ると大股で近寄ってきた。
レビンは慌ててフードを目深に被り直す。
「やっと追いついたな」
男は二人の前に立つとそうつぶやいた。
レビンは恐怖で体を硬直させる。
「顔を隠したってバレているぞ……、踊り子さんよ」
レビンは思わず顔を上げて男の顔を見遣る。
男はわずかに笑みを浮かべながらキャロルに向かって話しかけていた。
その彫りの深い顔には余裕があふれ、背中に大振りの剣を背負ったままキャロルの返事を待っている。
「あんたなんか知らないね」
キャロルはクロードを一瞥することも無くぶっきらぼうに答えた。
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