スミくん・イチャコラ・チャンス(とは?)
◇2022/2/25(金) 晴れ◇
「おーっす」
俺がこたつ部の扉を開くと、まだ人間は誰も来ていなかった。とりあえず荷物を置き、靴を脱いで畳に上がる。掘りごたつに入った。
しみわたる温かさを感じながら、斜め下の人外に声をかける。
「今日はどうしたんだ、スミくん」
\にゃー/
黒猫の姿をした妖怪猫又であり、こたつ部の第二十二代目部長・スミくんがこたつ布団のなかで丸くなっていた。
\とくにようじはないけどー/
「ないんだ。そういえばあの日はどうしてた? 圧倒的猫の日」
\ねこのひー?/
「二〇二二年二月二十二日だったじゃん。語呂合わせでいくと
\ふーん/
スミくんはあまり興味を示さなかった。俺の元へもぞもぞとすり寄ってくると、腕に抱きつきぶら下がり始める。
「重い」
\きょうがなんのひだろうが ねこには かんけいなーいよ/
「ああ、確かに……」
\これからせんねんいきるしなー/
そう言いながらアームをガッチリとホールドしてくるスミくん。可愛い。この可愛さが千年も保たれるのはアツいな。猫又、すごい。
次に二が揃うのは二百年後。
その時までこたつ部が存続していたならいいな。
まあ学校ごとなくなってる可能性はあるが。
遥か未来のこたつ部にはどんな強火の個性の持ち主が現れているのか空想に耽っていると、部室の扉がスッと開いた。
「こんにちは」
入ってきたのは、銀行強盗が着けてそうな目出し帽をかぶった、後輩のぬくもちゃんだった。
「お、ぬくもちゃん。こんにちは。みかん食おうぜ」
「はい。あっスミきゅん! ずるいです先輩、スミくゅを独り占めなんて」
「ああ、これ? これはスミくんに腕からエナジードレインされてんだよ」
「HPを吸われた先輩に追い打ちのこたつキックを当てれば今日こそ倒せるってわけですね」
「やめてね」
ぬくもちゃんが正方形のこたつの、俺から見て右辺に座った。目出し帽のままで「ふぅ……」と息をつく。
目出し帽のままでみかんを剥き、果肉を口に入れる。
それからリプトンの紙パックから伸びたストローをちゅう、と吸った。目出し帽のままで。
俺は一息ついて、宣言する。
「スミくん・イチャコラ・チャーーーーーーーーンス!!!!!!」
「ひょあっビックリした!」
「説明しよう! スミくんとイチャコラできるチャンス。それがスミくん・イチャコラ・チャンスである!」
「突然どうしたんですか……!?」
\とつぜんどうしたんだー?/
「これより三本勝負を開始する。二度この俺に勝利できたなら! スミくんとイチャコラする権利を与えよう!」
「それは腕が鳴りますね。何を言ってるんですか?」
「スミくん、いいな?」
腕に巻き付いたままのスミくんの、金の瞳を見つめる。
\いいよー おもしろそー/
「スミきゅ……!? 先輩の奇行に付き合わなくても」
\スミはー ぬくもおねーちゃんと いちゃいちゃしたいにゃー/
「やります」
「勝負の内容を決めるぞ! ルーレット・スタート! ドュルルルルルル」
俺は自作のルーレット(〝にらめっこ〟としか書いていない)を激しく回転させた。
「絶対にらめっこじゃないですか!!」
「笑うと負っけよ! あっぷっぷ!」
ぬくもちゃんは目出し帽のままなので表情が伝えられない。しかも恥じらいが邪魔をして、表情を派手に変えることができないようだった。俺は横っ面にこんにゃくをぶつけられた時の西郷隆盛みたいな顔をした。瞬殺であった。
「俺の勝ち! 次の勝負いくぞ! ドュルルルルルルルルルル……」
「ま、まって、待ってください」
「デーン! 『にらめっこ』!!」
「あの、待っ」
塩をふりかけられて溶けていくナメクジの顔をした。瞬殺であった。
ぬくもちゃんはボロボロの体で膝をつき、俺はそんな彼女を遥か高みから見下ろす。
スミくんは俺の首に巻き付いて\にゃー/とあくびをしている。
「残念だったな……スミくん・イチャコラ・権利は俺のものだ」
「いくらなんでも私に不利すぎますよね!?」
「はいスミくん、あーん」
\んあー あむっ もきゅもきゅ/
「んん~~かわいいでちゅね~~」
「ころします」
「フン……戦意は未だ萎えていないとみえる。ならばその目出し帽を外し、とびきりの変顔を見せて我を笑わすがいい……」
「嫌ですが……」
「いやもう目出し帽外したらぬくもちゃんの勝ちでいいよ」
\ぬくもー いちゃいちゃしようよー/
「ぅぐ……」
なんか知らないけどこの子は先週の十五日からずっと目出し帽でこたつ部に来ている。なぜ、と訊くとめっちゃ話を逸らされる。もう諦めて何も聞かずにいるが、さすがにそろそろ外してほしい。
まあ気持ちはわかる。ぬくもちゃんのことだから、たぶん、先週のバレンタインデーの時のことを気にしているんだろう。あの日、「ぴゃーーー!!!」と言って逃げてしまって以来、自分の臆病な部分に嫌気が差してしまっているのかもしれない。
あるいは……
照れ顔を見られたくないのかも。
あの瞬間、ぬくもちゃんがこぼした二文字の言葉を思い出す。
ぬくもちゃんのペースも尊重したい。だからゆっくりと自分から外すのを待つべきだとも思った。
だけどもう、待ってはいられないよ。
「話があるんだ。この話だけは、ちゃんと聞いてほしい」
「……!」
「顔を見せてほしい」
「嫌……です」
「そう……なら仕方ないか」
俺が諦めるそぶりを見せると、ぬくもちゃんはほっと息をついた。
その、隙に!
俺は音速を超えてぬくもちゃんの目出し帽を掴むッ!
「ひぃぃっ!?」
「うおおおおおおおおおおお!!!!! 脱げえええええええええ!!!!!!」
「いーーーーーやーーーーーーでーーーーーーすーーーーーー!!!!」
「スミくん!! 手伝え!!」
\ふにゃーん/
スミくんがこたつ机の上で仰向けになってお腹を見せ、うにゃうにゃした! その可愛さによりぬくもちゃんから力が抜ける!
すぽーんと飛んでいく目出し帽ッ!
勢い余ってバランスを崩し、俺はぬくもちゃんと一緒に畳に倒れ込むッ!
(ヤバイ)
完全に俺がぬくもちゃんを押し倒した形になった。
(この体勢、ぬくもちゃんしか見えなくなるんだ……)
『ぬくもさんッ!! なぜ逃げるんですのッ!?』
『そうだぞ!! た、体力のない僕をこんなに走らせないでくれ!!』
『ぬくもちゃん!! どこへ行く!!』
『わかりません!! もうわかんないです!! 秘密にしてたのに!! 好き、って!! よりによって
「好きだ」
素顔は久しぶりに見るはずなのに、いつも思い描いていたから、そんな感じがしない。
「バレンタインデー、めちゃめちゃ嬉しかった。無限倍にして返すわ」
頬の色が、みるみるうちにピンクに染まっていく。
「あれから待たせちゃってごめん。好きだよぬくもちゃん。結婚したい。同じ棺桶で死のう」
「わ……わたし……」
涙でいっぱいの目を細めるから、あふれて、つうっと伝っていく。
「わたしも……好きです。大好きです……。結婚して……同じ棺桶で死ん……だと思ったらそれはコールドスリープ装置で一万年後に覚醒して荒廃した世界でふたり手を取り合って生き延びましょう」
「荒廃した世界で生き延びて滅んだ文明の科学技術で肉体改造を施して不老不死を手に入れ永遠にふたりで寄り添いあおう」
「悠久の時が過ぎて、地球自体が滅んでもふたりで宇宙へ飛び出して、まだ見ぬ知的生命体の在処を求めて旅をしましょう」
「新たな生命との邂逅を果たしてその命に愛を教えようぜ」
「愛を知った生命はやがてたくさんの命のうねりとなって惑星を変え、銀河を変えていくんですね」
「そして俺たちは繁栄する星々を眺めながらこたつでのんびりするんだな」
「いつまでも……どんなことがあっても、温もりのなかでふたり話せたらいいですね」
俺たちは決して叶わないバカみたいな空想をなぞって笑いあった。
こつん、と額と額を触れ合わせる。
だけど、すべてが叶う気がした。
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