6段目 精神モニタリング

 ロウがベッドの中に転がりこんだ途端に、腕に巻いている小型端末が電子音を鳴らす。

 盛大に舌打ちを鳴らしてから、ロウは端末の画面をタップした。


「なんだ」

『メインコンピュータ:あなたのアルキュミアから、マイマスタにご提案が』

「……言えよ」


 返事の代わりに、無音のままアルキュミアのホログラムが出現する。

 足先から始まり青いスカート、ジャケット、白い顎、そして黄金の瞳――まるで植物が伸びるように立体映像が組み上がっていき、編み上げた水色の髪のてっぺんが出現したところで、人工知能らしい不自然さでホログラムが微笑んだ。


『マイマスタの精神状況をモニタリング及び解析した結果、カウンセリングが必要であると、あなたのアルキュミアは提言致します。あなたのアルキュミアにカウンセリングモードの起動許可をお願いします』

「……おい。いつからオレのモニタリングなんかしてた」


 この宇宙船に乗り始めて二ヶ月弱、ロウは一度もそんな話を聞いていない。

 万が一事故が起こったときの調査のために、船内の様子を録画されていることは知っていたが、頭の中まで覗かれていたと思えば背筋が冷えた。


『あなたが私の主人となった五十五日と二時間三十二分前からモニタリングは継続して行われています。秒以下は省略いたしましたが』

「黙ってこそこそ、そんなことしやがって……」

『こそこそはしていません。本船の搭乗員の全ての行動・精神状況・肉体状況は船内においては全てモニタリングされているという事実を、メインコンピュータ:あなたのアルキュミアは常に搭乗員に公開しております』

「録画については聞いた。だが、精神状況のモニタリングってのは何だ! どうやってオレの中身を見てる!?」


 鳥肌がぞわりと立ちあがる。

 母親の遺産に自分の内側を覗かれるなんて、母親自身に覗かれているのと同じような気色の悪さを覚えてしまう。

 当の本人は既に死んでいると、誰よりも自分がよく分かっているのに。


『マイマスタがなぜそんな過剰に反応されるのか不可解です。言動、生理的欲求への反応、身体の健康状態など外面的な情報から、総合的に分析しただけの結果です』


 苛立ちで沸騰しかけていたロウの頭が渋々回転を始め、アルキュミアの発言の意味を探った。

 どうやら、外部モニタリングの結果を自動的に解析する機能がついているらしい。


 いくら行動をモニタリングしたところで、人工物に人間の気持ちが分かるはずもない。

 つまり、当たらない夢判断やら精神診断と対して変わりのない代物に過ぎないはずだ。

 ようやく落ち着ける結論を見出して、アルキュミアの足元を見つめたまま、ロウは息を吐いた。


「――で。その、カウンセリングモードってのを発動したらどうなる?」

『あなたのアルキュミアが、マイマスタの心を癒やします』

「癒やす、かよ」


 アルキュミアらしくない曖昧な言葉を、鼻で笑おうとして失敗した。

 引きつった頬をそのままに、もう一度口の中で呟いてみる。癒やす。


「はっ……人工物に、そんなこと出来るワケねぇ」

『では、お試しになりますか?』

「やってみろよ」


 胸のどこかに潜む恐怖を押し潰すように唇を歪め、意識的に挑発して見せた。

 許可を受けた途端に、ホログラムが枕元に跪く。

 金色の瞳が、ベッドに横たわるロウの高さにぴたりと合わせられる。

 照明の影でホログラムの瞳は深く色づく。いつもの人工的な金よりももっと深い――まるで碧のような。


『……ロウ』


 呼ばれて、驚きで勝手に肩が跳ねた。

 囁くように掠れたその声を、自分は確かに知っている。


『――Hush-a-by baby……』


 凝視する先でロウの髪を撫でようと伸ばされた指先は、だが――所詮ホログラムでしかなかった。

 物質にぶつかって、輝きながら揺れて崩れる。分かっているはずなのに、ロウを落ち着かせようとして無意識に手を差し出したのだろう、と一通り推測してから――言葉の皮肉に気付いて泣きたくなってきた。


 無意識――無意識だってよ! そもそも人工物に意識なんて、ねぇだろ!?


 ロウの表層を引き摺り込むように、記憶の奥の方にしまってある聞き覚えのある歌声が耳に届く。


『――Hush-a-by baby, on the treetop――』


 夢の中の記憶と寸分違わぬ掠れた声。ばくばくと早鐘を打つ心臓が、高らかに警鐘を鳴らした。

 その歌は。その声は。


「――あんた、は――」


 身体を起こそうとした瞬間に、くらりとめまいがした。

 重力に抗えずシーツの中へ沈んでいく身体を、上から押さえつけるように歌声がしみ込んでくる。


『――When the wind blows, the cradle will rock――』


 歌声は耳元で――それとも、遠くで? 距離も正確に認識できないほどに、意識が薄れていく。

 霞みつつある意識を掻き分けるように、流れ込んでくるその声は、確かに。


 もう、この世にはいないはずの。

 オレの母親――マーチ――!


 そこに突き当たった途端に、この宇宙船アルキュミアを作ったのが誰なのか、否応なしに思い出させられた。

 生前の母親は、何を思ってこんなプログラムを用意したのだろう。

 問いただしたいのに、考えることすら放棄させられて、眠りの渦の中に落とされていく。


 引きずり込まれた闇の中、今はもうない母親の――マーチの声だけがぐるぐると耳の奥に響いていた。

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