第51話

「では、まずはカイくんから。

 カイくん、初めて君に会った時、第一印象は“うわー、凄く人生楽しく生きてそうな子だなぁ”と思いました。僕が転校生としてこの町に来た時、僕は既に以前の入院先で余命宣告を受けていました。人生に絶望しきっていた僕は君のその笑顔にいつの間にか救われていた。……本音を言えば、冒頭でも言った通り、人生何も悩み事が無くってふわふわしている子なんだろうなって思ってた。

 でも、僕が倒れてすぐの頃によくお見舞いついでにおしゃべりしたよね。――いつもは僕が頼ってしまってばかりだったのに、君から初めて相談を受けた時は初めてのことで最初は驚きました。いつも天真爛漫な、笑顔の絶えないカイくんだったからこそ余計に驚いた」


 ナツは一旦言葉をめる。ここから先を話してもいいのだろうか。これは彼のプライバシーに関わる。……だが一度話すと決めたこと。深呼吸をして続きを読む。


「……これは、カイくんのプライバシーに関わることだから、動画にすること、とても申し訳ないと思ってる。だけど伝えさせてほしい。もし君がこれで嫌な気分になったなら、僕を恨んでくれても構わないから。


 君はを患っていたこと、相談してくれたよね。


 きっと、ずっと辛かったんだよね。僕とは違う悩みを、ずっと抱えていたんだよね? ただ、君の場合、女の子の服を着たり、遊んだりすることが楽だって言ってたね。そしてそれが普通じゃないと言っていた。自分が他人とは違う感覚を持っていると理解した上で僕に、相談してくれました」


 だけどそれがどうしたというのだ。

 普通とは“なんだ”というのだ。


 ナツの中の感情が沸々と熱くなる。


「普通って、誰が決めたの? そんなの、自分で決めてしまえばいい。どこかの誰かが絶対に君のことを、ちゃんと『普通だよ』って認めてくれるはずだから。もし認めてくれる人がいなければ、僕やアナザーデイズの二人に打ち明けてしまえばいい。きっと力になってくれるだろうし、勿論、力になるから。

 だから安心して。もう悩まなくていいよ。悩む時間があるなら、それよりも楽しいことを考えよう! 君にはずっと笑っていてほしいから――」


 思ったよりも手紙が長くなってしまった。まだ最後まで読んだわけではないが、ひと区切りとしてナツは手紙を仕舞った。

 ナツはカイに感謝していた。いつも愛らしい笑顔を向けてくれる彼に癒されてきた。

 だからこそあの日に彼が相談してくれた時、とても嬉しかった。ナツはカイに恩返しができると思っていた。けれど、返し切る前に僕は死んでしまう。せめて、君が悩みを少しでも解消できたなら、それは『返せた』と言ってもいいかな?


「……ダメだよなぁ……絶対」


 そんなのは甘えだ。自分が一番嫌いなことを自分で実行しようとするなんて。


 ――世も末だ。


 今までは何も考えてこなかった。考えることもなかった。本当にどうにかなってしまったようだ、と可笑しくなり笑う。


「気を取り直しまして。次はリクくん。

 リクくんは初めて会った時から……というか、今もだけど、物静かな子だなと思いました。元々大人しい子なのではないかと思っていました。……だけど、時としてその大人しさは君の武器になった。周りのことを見ることに長けていた。君のその大人しさは冷静はに代わり、その冷静な判断は僕の命を救った。本当にありがとう。家の人が病気で、そのお手伝いをしていたのかな? 意識が朦朧としていたからあまり倒れた時のこと覚えてないけど、とても手際が良かった。助けてくれて本当にありがとう。

 将来はお医者さんになるのかな? きっと君は頭がいいことだろうから、医大に入るのもないと思う。夢とか、語るタイプじゃないと思うけど、僕には分かるよ。君は将来お医者さんになる!

 もしも、リクくんがお医者さんになったなら、沢山の人を助けてあげて。きっとリクくんの力を必要としている人がいるはずだから。

 ……君は以前言っていたね。自分に自信が無い、怖いって。顔に出ない子だから、誰にも頼りづらいんだって。僕も分かるよその気持ち。でもさ、リクくんにはカイくんやソラがいる。少しでも頼ってみると悩み事が軽くなると思うから、もし二人が頼りなかったら僕に言いなよ! 人は誰かに頼っていきながら生きていく生き物だから。頑張って――」


 リクは大人し過ぎる傾向にある。もっと自分を出してほしい。大丈夫だ。リクは冷静に物事を判断できる子だから、もっと自信を持つべきだ。

 今は難しくても、10年後にはきっと立派な医者になっていることだろう。今から未来がとても楽しみだ。


 ――でも、その未来になった時、きっとそこに僕はいないだろうけどね。


 皮肉だ。希望は無い。でも不思議と後悔はなかった。自分で切り捨てることを選択したのだから。


「さあ、最後はソラだね。

 ソラは初めて会った時“初めて会った”気がしなかった。自転車で川に突っ込んできた時は何事? と驚いた記憶があります。突然現れて、僕よりも先にびしょ濡れになって。あの日、自転車や服がボロボロになったのに君は軽傷だった。驚いたよ。君が飛んできた時、僕はヒーローがやってきたんだと思った。悪者ぼくを倒しに来てくれたんだって。……でも実際は、当たり前だけど違った。

 僕はね、多分カイくんやリクくん、きっと家族よりもソラに感謝しているんだ。何故だろうね。会う前から君のこと、どこかで特別だって思ってた」


 その理由は、もう解っていた。

 でもまだその理由は言えない。言えるはずがない。


「ソラはいつも知らないはずの僕を優先してくれた。過去にも似たような経験があったんだと思いました。だから2回目は失敗しないように、っていつも君は僕を通して誰かを見ているようだった。その目は……自分を責めているような、そんな気がしました」


 言えない理由がそこにある気がした。


「君は今日まで僕に色々なものを見せてくれました。

 “生きること”を教えてくれた。諦めずにいてくれた。それは凄く嬉しいことなのに、嬉しいはずなのに……。僕の意志が変わることは無いよ。ごめんね、ごめん。……こんなことを言うときっと君は言い訳だーって怒るかもしれないな。でもね、これでも前向きになれたんだ。それはソラのおかげなんだ。だからありがとう。こんな僕の為に色々考えてくれてありがとう。僕はもう大丈夫だから、ソラも前に進んで……――」


 そこでナツの言葉がストップする。背後から、何か音がする。夏目が何かを言っていたけれどそれは聞こえず、その光景に思わず目を疑った。


“はい、えーと、こんばんは。アナザーデイズのソラと、カイと、リクです”

“ナツ! 花火をしよう。退院したら、思い切りナツのしたいことをやろう!”


 ソラたちが花火をしている動画が病院の外にある広場に手作りのような白いスクリーンに映し出されている。人の目線から撮った映像だろうか? きっとリクが撮影したのだろう。よく撮れている。


 ――僕が、花火が見たいと言ったから?


 特別に撮影してくれたのだろうか?


「最近、見舞いに来てくれなかった理由は、これの為?」


 少し寂しいと感じていた。でもみんなには未来があるからと、忙しいからと、どこかで諦めていた。

 いつもの、ナツが望んだアナザーデイズが、今夜復活したのだ。


「……夏人くん?」


「……どうして、こう……。生きたいと思わせるんだ……。馬鹿だなあ、ソラ。……僕はもう、君の気持ちには応えられないんだってば」


 ナツは俯いた。泣きたくなる気持ちをなんとか押し殺す。


 ――これで僕はを言わざるを得なくなるじゃないか。


 スクリーンの中で、病室の窓際でソラたちの動画をただ見ているナツがぽそりと何かを呟いた。はっきりとは聞こえず、その当時カメラを回していたであろう夏目も「夏人くん?」と言っていた。ナツはカメラを向かなかった。


「夏人くん、大丈夫かい?」


「……本当はね。これは言わずに死のうって決めていたことがあったんです。墓場まで持っていくつもりだった。でも、彼らが、ソラが僕の為に僕のやりたかったこと……見たかったものを作ってきてしまったから。僕もそれに応えなくちゃいけない」


 ソラには、伝えなければならない。再びカメラに目を向けたナツの表情は、なんだかとても申し訳なさそうに眉を潜めていた。


「――夏目さん。今から話すこと、ソラのプライベートなのでメディアには絶対に使わないでください。お願いします」


「それは、別に構わないけど……」


 この話をナツから聞いた時、この動画自体をメディアには出さないと、夏目は決めていた。それに、今のナツの表情を見てしまったら、誰も何も言えなくなるのは必然だった。

 窓際からベッドに戻り腰を掛ける。そして2回程深呼吸をして、ナツはその重い口を開き始めた。


「ソラはきっと唯一郎さんに聞いたことがあると思うけど、僕は小さい頃、内臓の病気を患った。まだ10歳の時だ。内臓が壊死していく、そんな病気だ。ピアノのコンクールで優秀賞を受賞した日に倒れたんだ。緊急手術をして、入院してから2年が経過しても一向に僕の病気は治らなかった。いや……気持ちの問題だったのかもしれないけれど、ね。

 そんな心が腐り掛けていた時期だった、君に出会ったのは。

 入院生活からも逃げられない。母さんをピアノで失望させた。その現実を見たくなかった僕に、ソラは希望をくれたんだ。

 君はいつもキラキラしていた。でも君はそんな小さな体に色々な不安を持っていた。それが沙世子さんだったね。


 ――ソラ、あのね。僕、この時に1回ドナー手術を受けてるんだ。


 ……僕の中には、沙世子さんの内臓があるんだ」

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