罪と一等星

でずな

血の奇人編

第1話 運命との出会い



「血の奇人が現れたッ!! 非番の奴らも追え!! ……追えぇぇええ!!!」


 太陽がジリジリと肌にやき付く昼下り。

 後ろをから死にものぐるいな叫び声が聞こえ、リアリーは何事かと後ろを振り向く。

 すると目の前から、ものすごいスピードでこちらに走ってくる人影が見えた。


「きゃっ!!」


 リアリーは反射的にかがみ込み、目の前から走ってきた人を危機一髪でよける。


 だがそんな中リアリーは、かがみ込むときに気が動転し可愛らしい悲鳴をあげてしまったことを恥ずかしく思っていた。

 そう彼女、リアリーは他所では女だとは思われないほど冷静でクールなキャラでいるのだ。

 なのでらしくもない声を出してしまい、顔を赤くして口を抑えうつむいている。


 けれどリアリーは、それもこれも私に向かって突っ込んできたあの人のせいじゃないか!と思い、走り去ったあとの床にカゴや果物が散乱している出店を見た。


「血の奇人……」


 それは無意識に、思い出すかのように呟いていた。

 リアリーは、急に人が走ってきて状況がわからず困惑していたが、確かに『血の奇人』と言っていたのだ。


『血の奇人』

 その言葉が彼女の頭の中で、まるで呪いにかけられたかのように脳内でに渦巻く。


『血の奇人』

 その二つ名はこの世界で知らないものはいない。

 リアリーも子供の頃、母親に「いい子にしないと血の奇人が来ちゃうぞ〜」と脅され大嫌いなピーマンを食べさせられたものだ。


 リアリーは子供ながらもその時は、ただの絵本の中にいる悪役で空想の人物だと思っていた。


 だが、自分以外の家族は血の奇人に殺された。


 その時リアリーは、幼く目の前で母親と父親が涙を流し生きたまま食い殺されていたのをただ見ていることしかできなかった。


『今はどうだ?』


 リアリーは自分自身に問いかける。


 血の奇人を殺すためだけに鍛え上げ、特待生として世界の秩序を守る『ヴィーガ』への入隊が仮確定している。今すぐにでも追って殺しに行きたいのだか、『訓練生は剣を抜くべからず』その規則がリアリーの判断を鈍らせる。


『今、動かないでどうする!!』


 あの時、見ていることしかできなかった無力な自分が何も変わっていない弱気な精神へと訴えかける。

 

 その時、リアリーの中で線が切れたような音がした。


 気づいたときには買い物をしていたカバンを地面に放り投げ、足を全力で動かし後を追っていた。

 薄暗く、道端に家のない路頭に迷っている人たちが住処にしている路地裏。


「いた……」


 小さな背中だが、確かに走り去っている黒い人影が見える。


 進むは一直線。

 地面に両手をつき、息を整え

 走り出す。


 道の途中で寝ているのか、死んでいるのかわからない人を飛び越え、

 ブンブンとハエが飛んでいる生ゴミを飛び越え、

 可愛らしい鳴き声で喧嘩中のねこたちの上を飛び越え、その背中を追いかけた。


 リアリーには、他の人とは比べ物にならないほどの基礎体力がある。走るだけなら負けるはずが無いと自負していた。


 ただ我武者羅にその背中を追った。


「……え?」


 リアリーは血の奇人があっさり自分の剣の間合いに入ったことに驚きを隠せなかったが、腰にかけていた剣を抜き取る。


「はぁあああああ!!!」


 力任せに振りおろした渾身の一閃で左腕が、血が、中に浮かぶ。


 二人はそんな中、足を止めずに路地裏から出て、周りに高い住居が立ち並ぶ大きな噴水のある開けた広場にでた。


(――まずい一般人に被害が出てしまう)


 リアリーはそう思い周りを見渡したが、人影ひとつなくいつも出店で賑わっている広場は静まり返っていた。


 リアリーはこの場所に一般人がいないことに不思議に思ったが、考える余裕がないのでとりあえず、皆避難したのだと結論づけた。

 そんなことを考えていたら、血の奇人は数歩後ろに下がり距離を取った。


 二人は向かい合う形で対峙する。


 血の奇人は後ろに下がったが、逃げるすきを伺っているわけではない。

 リアリーは血の奇人がこの場所で自分のことを始末しようとしているのだと思い、剣を握っている手によりいっそう力が入りる。


 血の奇人はそんな様子をフード越しに見て不敵な笑みを浮かべ、リアリーに見せびらかすように自身が切られた腕の断面を見せる。


 断面からは骨が浮き彫りになり、血が考えられないスピードで床に水溜りをつくっている。

 リアリーは血の奇人がそんな痛々しいものを見せ、何をしたいのかと疑問に思う。そして、その挙動を見逃さないように真っ赤に充血した目で見る。


「シュゥ……」


 まるで、熱々のフライパンの中に水を入れたときのような音がした。

 そしてその音と同時に、腕のつけ根部分から骨が出来上がりその周りをニュルニュルと気持ち悪い音を立てながら、筋肉が形成されていく。


 血の奇人は、最後に白い皮膚で覆われた手を開いたり握ったりし感覚を確認するような動作をした。


 リアリーは初めて見る体の再生を見て、衝撃を受けていた。

 

「お前訓練生だな?? よく腕を吹き飛ばした。あとは我々に任せて後ろに下がりなさい」

 

 突然、リアリーの目の前に全身真っ白な服を着た男が現れそう言ってきた。


 この服装、リアリーには身に覚えがある。

 ヴィーガの隊員だ。


 リアリーはまだ戦えるのだと、強気になり反論しようとしたがそんなことを言うタイミングがなく、あっという間に何十人ものたちが彼女の前に、盾の様に立ち構えた。


 その背中は大きく頼れる背中だった。


「はぁ……はぁ………ふぅー……」


 リアリーは、この人たちに任せれば大丈夫だと思い言われたとおり剣をおろし呼吸の乱れを整え、後ろに下がることにした。

 だがその時リアリーの体に、緊張のあまり瞬きをするのを忘れ、息をするのを忘れてしまっていた反動がおりてきた。


 意識が遠のき、一瞬ふらっとしてしまったがなんとか意識を保ち、言われたとおり戦いの邪魔にならないように足を進めた。 


 だが


「がぁぁぁ」


 一人の男の悲鳴が建物で囲われた広場で反響する。

 何か空から液体がふってきた。

 そう思ったと同時に足元に人がふってきた。


 リアリーはその顔の穴という穴から血が出ている酷い姿を見て、唖然とし足を止めていたが次の言葉で目を覚ます。


「逃げたぞッ!! 追え!!」


 先程までの頼りがいのある背中からは、一切感じさせない弱々しい叫び声が耳に入った。


「ごめんなさい……」


 リアリーは寝そべっている男に1言謝罪をし、その場を後にし隊員の背中を追う。


 たとえ、前にいた人が突如宙に吹き飛ばされようとも。

 視界が血で真っ赤になろうとも、

 復讐でそまっているその足は止まることはなかった。


 リアリーは走る。


 いつの間にか国を出て、あたり一面緑色の草原を走っていた。

 そして、いつの間にか周りには、血の奇人を追っている人はリアリー以外誰もいなくなっていた。


 だが、リアリーはあきらめない。


 先程はすぐ追いついたのだが、今回はなかなか距離が縮まない。

 リアリーはまさか、さっきは血の奇人は手抜いていて今逃げるために本気を出しているのではないのかと勝手に思い込んだ。

 そして、リアリーの心は燃え足の回転速度はより早まっていった。

 

 徐々に距離が近づいていき……


「もらったぁ!!!」


 リアリーは、嬉しさのあまり大声でその首めがけて剣を振り下ろした。


 自分の顔にまでその血潮が飛び散り、首が跳ねるのだとそう思った。


 だが剣は空振りになった。

 否

 血の奇人はジャンプをし、避けた。

 リアリーの剣を避けたのではない。


「うぁああああ!!!」


 下にあった落とし穴を、避けたのだ。

 突如として感じる浮遊感。


 手をバタバタと鳥のように動かすが、もちろん飛ぶことない。

 

「っが……」

 

 リアリーの体は硬い地面に叩きつけられ、意識も闇の中へ落ちていく。


 そんな自ら落とし穴に落ちていく、滑稽な姿を落とし穴の上から赤く光る2つの眼光が見下ろしていた。

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