第2話 わたしも義兄さんについていきます!

 俺は耳を疑った。


「アルカディア公爵の娘を処刑するのですか?」


 王女ルシアは、俺の問いにうなずいた。ふわりと赤い髪が揺れる。


 アルカディア公爵家といえば、マグノリア王国の王室に連なる家系だ。王国七大貴族に数えられる最も高貴な貴族の一つである。

 

 その当主の娘であるソフィア・アルカディアは、たしかルシアと同じ17歳だった。美貌のほまれが高く、聡明だという評判も聞いていた。


 王太子エドワード殿下の婚約者でもあり、将来には理想の王妃ともなると期待されていたはずだ。


 そんな少女を、なぜ俺が処刑するのか。


「アルカディア公爵は反逆の罪を犯しました。アルストロメリア共和国と内通し、彼の国の力で自分自身が王になろうとしたのです」


 アルカディア公爵は前宰相であり、国王からの信頼も厚かった。だからこそ、娘が王太子の婚約者となったのだ。

 その公爵が国を裏切っていたとなれば、一大事だ。


「しかし、それなら、公爵の処断が先では……?」


「公爵は死にました。ソフィア以外の公爵家の全員がすでに近衛騎士団の手で処刑済みです」


「全員?」


 ルシアは黙り、代わりに後ろから召喚士シェイクが補足する。


「公爵の妾たちから、公爵家の四歳の三男まで、全員ということさ」


 俺は絶句した。一族のすべてを殺すとは、少なくとも王国の法では普通はありえない。

 ソフィアについても、王太子との婚約破棄はやむなしとはいえ、殺す必要まであるのか。

 

 シェイクは薄く笑った。


「ソフィアは手練れの魔術師だったからな。近衛兵の一人を殺害して逃亡した。なんでも、ソフィア自身も共和国の高官と密通していたとか。そんな淫売を生かしておくわけにはいかんだろう」


「しかし……」


 俺は口ごもった。公爵の反逆は事実なのか。セントポーリアの殲滅もそうだが、最近の国王の判断を、俺は信頼できなかった。


 けれども、俺は王の忠臣であり、それ以外の生き方をしたことがなかった。先祖も代々、マグノリア王国に仕える軍人の家系なのだ。


 ルシアも言う。


「これは王命です。逆らうつもりですか?」


 有無を言わせない響きが、ルシアの言葉にはあった。ルシアは真紅の瞳で、燃えるように俺を睨む。


 仮にルシアがこの命令に疑問を持っていたとしても、父親である国王の意思に背くことはできないだろう。俺も、この場で言えることは一つだった。


「謹んで王命を承ります」


「結構です。あなたがその義務を果たすことを、マグノリア王室は期待しています」


 俺は一礼すると、その場から立ち去った。

 こうして俺は、宮廷魔導師団副団長から、公爵令嬢の処刑人となることになった。




 

 俺は足取り重く、王都にある自宅へと向かった。魔法剣士団に所属する軍人だった両親は、カレンデュラとの大戦で戦死した。


 多くの人が死んだカレンデュラ大戦。


 俺の両親だけじゃない。帝国との国境沿いの市民は帝国軍に虐殺され、宮廷魔導師団の同僚たちも戦場で散った。


 犠牲者のなかには、かつての宮廷魔導師団団長にして国王最愛の娘だった第一王女フィリアも含まれていた。


 戦争が終局に近づいた頃、連合軍の手による報復として、カレンデュラ帝国の帝都カレンに、アストラル弾が二回にわたって投下された。


 アストラル弾は、連合軍最高の頭脳集団<七賢者>が作り上げた新兵器だ。その威力は凄まじいものだった。帝都カレンの街を一瞬で燃やし尽くし、人口730万人のうちおよそ400万人を死に至らせた。


 戦争が終わり、多くの犠牲の代償として得られたのは、平和ではなく、残った国同士の対立。侵略と虐殺だ。なら、あの戦いはなんだったのだろう?


 このままでは、マグノリアとアルストロメリア共和国との戦争は不可避だ。アルカディア公爵は、そういえば共和国との平和路線を推進していたな、と思い出す。


 王都の商業地区から、少し離れた住宅街に俺の家はある。マーロウ家はいちおう男爵の称号を持つ貴族だ。それなりに広くて古い一軒家を所有している。


 そして、俺にも、たった一人だけ家族がいた。

 夕焼けを背にしながら、俺は自宅のドアを開けた。


 すると、玄関には一人の小柄な少女が、エプロン姿で立っていた


「お帰りなさい、クリス義兄にいさん。遅かったですね?」


 少女は嬉しそうに微笑む。開いた扉から吹き込む風で、銀色の髪がふわりと揺れた。肩にかかるぐらいの長さの、綺麗な髪だ。夕日に照らされて、美しく輝いている。


 俺は彼女に手を合わせた。


「待たせて悪かったよ、クレハ」


「いえいえー。さっそく晩ご飯にしましょうか」


 クレハは……俺の妹は、弾むような楽しそうな声で言う。そして、銀色の瞳で、上目遣いに、可愛らしく俺を見つめた。


 じっと見つめられると、どきりとする。まだ十四歳の幼い少女だけれど、かなり人目を引く可憐な容姿だった。


 クレハは、妹といっても、血はつながっていない。もともとは俺の父の親友の娘だった。

 クレハの父が病死し、それで、俺の両親が引き取ったというわけだ。それが五年前。クレハが九歳のときのことだ。

  

 そして、両親も戦死した今では、クレハは、俺のたった一人の家族だった。

 俺自身は戦争中は家にいないことが多かったし、たった五年しか一緒にいない。それでも、そんな俺に、クレハは懐いてくれているようだった。


「今日はとっておきの羊肉の煮込み料理なんです」


「それは楽しみだね。クレハの料理は美味しいから」


「クリス義兄さんがそう言ってくれるのは嬉しいです!」


 クレハは本当に嬉しそうに笑った。


 通いの家政婦は雇っているし、家にいる間は俺も料理をしたりする。けれど、クレハに家事をやってもらうことも多くて、申し訳ない気持ちになる。


 もっとも、クレハはクレハで、学校の授業料や生活費を俺が負担していることを気にしているらしい。そんなこと気にしなくていいのだけれど。俺はクレハの保護者なのだから。


 俺も準備を手伝おうか、と声をかけるけれど、「義兄さんは座っていてくださいな」とクレハは朗らかに笑った。

 食卓のテーブルに腰掛けた俺に、クレハは少し離れた台所から尋ねる。

 

「宮廷魔導師団からの呼び出しは、何の用事だったんですか?」

 

 副団長をクビになったなんて、言いづらい。


 もともとセントポーリア公国殲滅から戻った後、俺は休暇中だった。だから、クレハは俺が急に呼び出しを受けたことを気にしているようだった。


 俺が口ごもっていると、クレハは台所からやってきた。クレハは……とても不安そうな表情をしていた。


「義兄さん、あの……。また遠くに行ってしまったり……しませんよね?」


「いつも家にいないことが多くてごめん」


「義兄さんが謝ることじゃないです。ルシア殿下にこき使われているせいでしょう?」


 俺は苦笑した。


 まあ、たしかにルシアのため、宮廷魔導師団のため、俺は常に忙しく働いていた。クレハはなぜかルシアに敵意を持っているようでもあり、それが「こき使う」という表現になったのだろう。


 いずれにせよ、状況は変化した。


「実は……」


 俺は宮廷魔導師団をクビになったことをクレハに話すと……クレハは目を輝かせた。

 ……なぜ?


「だって、これでずっと義兄さんと一緒にいられるじゃないですか! 宮廷魔導師団の仕事で、遠くの国に行く必要もなくなるんですよね?」


 子供のように喜ぶクレハを見て、俺は苦笑する。いや、クレハはまだ14歳の子どもだった。

 あっ、とクレハは手を口に当てた。そして、銀色の目を伏せる。


「すみません。喜んだりして。そのクビになったことを喜んだつもりなんてなくて、ただ義兄さんと一緒にいられるのが嬉しくて……」


 クレハは顔を赤くして、俺を見つめた。そんな照れた表情をされると、俺の方も恥ずかしくなる。

 俺は照れ隠しに、早口で言う。

 

「クレハがそう言ってくれるのは嬉しいんだけれど、また出かけなくてはいけなくて……」


 俺は事情を説明する。公爵令嬢ソフィアは、アルストロメリア共和国を目指して逃げ出した。だから、また王都を離れ、彼女を追わないといけない。

 と、クレハは顔色を変えた。


「そんなの、おかしいじゃないですか。義兄さんをクビにしておいて、それなのに汚れ役を押し付けるなんて、理不尽です」


「理不尽はいつものことだよ」


「だったら、そんな命令、聞く必要がありません」


 そうはいっても、王命だ。逆らうわけにはいかない。俺がクレハになだめるように言うと、クレハはむぅと頬を膨らませた。

 そして、クレハは銀色の瞳で俺を見つめると、綺麗に澄んだ声で、宣言した。


「だったら……わたしも義兄さんについていきます!」





【あとがき】


次回から旅立ちです。続きが気になる、クレハが可愛い、と思っていただけましたら……


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