クメリーテ・アルスツ

生命の価値

 クメリーテはとても博識で、待機中にわたくしたちに色々な事を教えてくれました。ノヴゴロドへの留学経験があって、わたくしたちが聞いたこともないような最新の科学や魔導の知識を教えてくれました。しかし、かの国と敵対関係にある今、理不尽な言いがかりをつけられて暴力を奮われる事もままありました。


 開戦から三年が経過し、物資の不足が深刻になった頃から、言いがかりが更に酷くなってきて、軍医であるクメリーテの治療を拒む兵士まで現れる始末でした。


 特に激しい戦闘中の兵士は神経が昂ぶっていて、些細なことでパニックを起こすので手に負えません。仕方がないので、戦闘中は興奮した人をなだめるのが上手なキルシャズィアが看護にあたり、クメリーテは救助に専念していました。


 治療は一般兵を軍医であるクメリーテが、指揮官や砲科観測兵のような特殊な技能を持つ「代わりがきかない特殊な軍人」のうち「通常医療では戦線復帰が望めない」重傷者のみ治癒術師のわたくしが担当しました。彼らが戦線離脱すれば、ただちに部隊の戦闘能力が大幅に下がり、全体の勝率や生存率を大幅に下げてしまうからです。


 軍医であるクメリーテの知識や技術による治療は、たしかに劇的な効果は期待できません。その代わり、効果は安定しており、リスクとメリットは明確になっています。同じ状態の人に同じ処置をすれば、同じような効果が得られるのが医学なのです。


 一方、わたくしの扱う治癒魔術は奇跡のような効果を得られる事もありますが、まだメカニズムがわからない部分も多く、暴走事故で悲惨な亡くなり方をする人もいるのです。


 特に治療を受ける側の損傷が激しかったり、魔力が足りない時に大きな術を使うと暴走が起きやすく、術者のみならず、治療を受ける側や周囲の人々まで危険に晒され、何が起きるかわかりません。ですから、負傷者の数が膨大になった今、治療は極力クメリーテに任せて、どうしても治癒魔法を使わなければならない人だけを魔法で癒しているのです。


 それは「戦線を維持するために必要な者を離脱させないための最後の手段」であると同時に、「戦線復帰できないならば暴走事故で死んでも構わない」という非情な選択の表れでもありました。


 しかし、傷つき生命の危機にある兵士たちにとって、こういった治癒魔法と通常治療の使い分けは納得が行かないようでした。

 どうやら自分たちの生命の価値を軽く見られているように感じてしまったようです。


 今日も左手を砲弾に吹き飛ばされた歩兵一等兵がクメリーテに詰め寄っています。


「てめぇ……っノヴドロゴの淫売なんぞの治療は受けねぇって言ってんのが聞こえねぇのかっ!?おれの左手も聖女サマの魔法でちゃっちゃと生やせっつってんだよ!!」


「欠損部位の再生はリスクが高いのです。治療を受ける人の身体が持つ再生力を限界まで引き出すから、一度使えばその後自然治癒力は弱くなります。

 しかも、本来はゆっくり治っていくのに一気に細胞を増殖させるから、寿命を大幅に削る上、暴走する危険も高い。今は聖女様が魔力切れを起こしかけているので特に暴走しやすいはず。

 治癒魔法を使わなくても救命できる人には危険すぎて使えません」


 クメリーテが丁寧に説明していますが、興奮しきった兵士には伝わらないようです。


「ウダウダうっせぇ!!売女は黙れ!!」


 あろうことか、彼は銃把でクメリーテの頭を殴りつけました。不眠不休で治療にあたっているクメリーテは受け身を取る事もできずに吹っ飛んで、そのまま壁に叩きつけられ崩れ落ちます。一緒に治療を待っていた歩兵たちが調子に乗って意識のない彼女を蹴飛ばしました。


 どうやら聞く耳も理解する頭も両方ないようですね。言ってわからぬなら身体に思い知らせて差し上げればよろしいのだわ。


 疲労と睡眠不足と魔力切れで朦朧としていたわたくしは、彼らの前に出ました。


「あなた、どうしてもわたくしにその手を再生して欲しいのね?わたくしが魔力切れを起こしかけていて暴走しかねないとわかっているのに」


「当然だ!!もったいぶってないでさっさとやれ、このビッチ!!」


 わたくしが静かに問いかけると、一等兵は下品に喚きたてます。

 ああもう。救いようのない人ですこと。


 わたくしはため息をひとつつくと治癒魔法を唱えました。

 即座にまばゆい光が一等兵の左手を包み込み……魔力切れを起こしたわたくしはそのまま意識を手放しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る