第44話 この世界の真実③

 ヒトザルの朝は、早い。――日の出と共に起き上がり、そして朝の散歩をしながら餌を求め、食べるものが見つかり次第、縄張りに戻る。しかし、見つからなければ一日中……それも日が落ちる頃まで覚えたての二足歩行で歩き続ける。



 ――――なんだか、一気にレベルが落ちた感じだ……。



 その様子を脳内に流れ込む映像で見ながらアランは、少し残念そうに思っていた。




 彼らの中に生活習慣だとか、一日三食だとかいうものは存在しない。彼らは、ただ生きるために毎日餌を求めて歩くだけ……それも自分達が逆に食われてしまうかもしれないという恐怖を心に抱きながら…………。






 そんなヒトザルの日々は、約25~30年位で終了する。――彼らには、まだこれを退屈だと思う程の知能もないため、そこに同じ種族同士の争いや誰かに恋心を抱くなんて事も全く存在しない。彼らは、ただ生まれて赤子の時期を過ぎたら餌を取るための旅に出る…………そんな、スーパーの店員が商品を並べに毎日毎日、同じ職場にやって来て同じようなものを並べに行くような、果てしない生涯を過ごすのだ。












 ――――だが、そんなヒトザルの歴史も3万年経ったある日を境に終わりを迎える。



 それは、ある日……ある一匹のヒトザルが狩りに出た時に起こった事だ。その時の彼の状態は、もう3日間何も食べていなかったためにガリガリにやせ細っていた。…………彼を見かけたヒトザル達は皆、彼はすぐに死ぬだろう。と何となく思っていた。――そしてそれは、間違いなかった。あまりに痩せすぎたその体じゃ獲物を追いかける事も、逆に逃げる事も不可能だった。



 ――――死ねなくても、時が来るまで死ねない…か…………。




 その様子を見ていたアランも、他のヒトザル達同様の諦めに似た感情を彼に抱いていた。






 ――しかし、そんな時に……奇跡と呼ばれるものは、起こるのだ。



 そのヒトザルが、とうとう今日が最後の日であると本能的に理解し、体を起こすと……なんと、外は生憎の雨だった。

 それも物凄く激しい雨で、こんな日に狩りへ出かけるのは元気な時でも到底不可能だろう。と……彼は、自然とそう思っていた。



 ――だからこそ彼は、今いる洞窟の中でその生涯を閉じる事を密かに決めたのだった。


 力の入らなくなった手や足を床に押し付けるような脱力しきった様子で寝転がっていると、






 彼の寝ている洞窟の奥から恐ろしい動物の鳴き声が微かに聞こえてくる。




 ――――本能的に、ビグッ! と恐怖を感じ、その反動でさっきまで動く気配のなかったはずの首が、ぐるっと後ろを振り向いた。



 ――――何かがこちらに向って来ている。…………ヒトザルは、本能的にそれを理解した。







 そして、理解するとともに何故だか、さっきまで動く気配のなかった他の手や足も急に動くようになり、彼はすぐにその洞窟から出ていこうとした。










 ――――しばらくして、彼が洞窟からようやく出て行けた時に、その動物は姿を現した。





 ――――虎か? いや、でも俺の知っている虎よりも牙が長くて、体にシマシマがない…………。





 その様子を見ていたアランは、なんだか見知った見た目をしたその肉食動物の姿に驚いていた。





 ――だが、驚くのもつかの間……そのヒトザルは、洞窟から出ていく事ができたものの、そこからその肉食動物から逃げ切れるほどの走力も体力も、もう残っていない。






 ――――万事休すか…………。






 ――――――と、アランが思ったその次の瞬間だった……!














 ――――シュババババババババババババババァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアア!!!!!!!









 とてつもない落雷が、その長い牙を持った肉食動物の体に激突。…………目を焼いてしまうような眩しい光の止んだ頃には、そこにさっきの肉食動物の凛々しい姿は、なかった。


 ――――あるのは、こんがり焼けた丸焼きと、雷が地面にした跡。






 なんと、その肉食動物は落ちてきた雷に撃たれて死んでしまったのだ。


 その様子を遠くから痩せた体のヒトザルは見ていた。…………少し経った後に、そのヒトザルは全力で走って丸焼きになった肉食動物の元まで駆け寄り、そしてかぶりついた。









 …………あまりに腹が減っていた事もあって、食事はあっという間に終わった。――彼は、食べ残った動物の骨を洞窟の中に何本か持って行き、そしてそれを振り回して遊んでいた。



 そんな時にふと、ヒトザルの脳内で一つの映像が流れた。……それは、さっきの雷。



「……………………



 ヒトザルは、それまで発する事のできなかった声をここでようやく発するのだった。





 ――――脳内に、また雷の映像が流れこむ……。



「…………




 ヒトザルの脳内では今、あの落雷は一体なんだったのか? という考えが巡っていた。



「……


 彼は、さっきの落雷を思い出しては「ワキ」「ワキ」と不器用にその口や喉を使ってした。


 こうして、彼の中でさっきのような落雷の正体は「ワキ」であると名付けられる。








 ――――そして、これこそが後の時代における「神」という言葉の人間でいう所の所謂アダムに相当するものとなったのだ。




 ――この事件は、まだ続いた。







 ――――ザクッ!



 ヒトザルが、食べ残った動物の骨を地面に突き刺す。…………彼は、これを寝るまでの長い時間の中で永遠に繰り返し続けた。




 ――――ザクッ!






 ――――ザクッ!






 ――――ザクッ!







 ――気づくと、彼の周りには大きな穴が出来ており、ヒトザルは仕方なく洞窟の少し奥の方で寝る事にしたのだった。


 久しぶりに満たされたお腹を優しく撫でながら、ヒトザルは自分で開けた大きな穴をジーっと見続けた。



 ――――しばらくすると、ヒトザルは寝ている体を起こして、その穴のある場所まで歩いて行った。



 …………彼が、その穴の上を二足で立っていると、急にヒトザルの脳内で一つのイメージが浮かび上がってくる。――それは、やはりさっきの落雷。……そして、その落雷によってぼっかりと開いた穴。ヒトザルは、すぐに持っていた動物の骨を力いっぱい地面に突き刺す!



 ――刹那、ヒトザルの脳内で落雷のイメージが重なる。




「…………!」



 ヒトザルは、楽しくなって更にその骨を何度も何度も地面に突き刺した。……そしてそのたびに頭の中でさっきの巨大な落雷のイメージをそこに重ねていった。




 ――しばらくして、ヒトザルは心で理解した。











    …………これなら、どんな動物も取り放題だと…………。














 ――それが、この先何万年という歴史を作り上げた人間の誕生だった。








 





 

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