第28話 彼を尋ねて......。

 ――――最初は、ただの興味だった。なんとなく、困ってそうだから仕方なく泊めてあげたつもりだった。…………不思議だった。会って間もない人だというのに…………。あだ名が昔、仲の良かったある人と同じってだけなのに。彼と生活を共にしていくうちに、彼を知っていき、そしていつの間にか元々男だったはずのは……私の心は、染まっていったのだ。


 男の自分が、女として生きる事に悩んでいた時期も昔にあったが、案外が来てみると受け入れられるものなんだなぁ…………。









         *


 目覚めた時には、既に遅かった。


 ――セリノへ照らされている日光が、徐々にその明るさを増してゆく。…………それと共に、彼女は本能的に今が朝である事を感知して、目を擦りながら、起きていく。



「……!?」

 彼女は、慌てて家の時計を確認しに、リビングルームへ早歩きで向かう。



 昨日の夜アランへ自分の過去を打ち明けて、どうしても行って欲しくないと伝えた彼女は「絶対に寝ないで彼がもし、ダスティンの元へ行ってしまうならそれを止めてやるんだ!」っと心に決め、アランが眠ってしまった後のかなり遅い時間まで一緒のベッドで横になりながら目をぱっちりと開けて平気で起きていた。……このまま寝ないで起きていられると思っていたのだが、しかし何故かはずなのに彼女は



「……もう、お昼じゃない…………」


 今日初めて、時計を見ると自分があまりに寝すぎてしまった事や1日の半分を無駄にしてしまったような感覚にとらわれて、少し落ち込む。――また更に彼女は、一つの違和感を感じ、ショックする。


 ――――アランが、いない……………………。



 分かってはいた。…………自分がこんな時間まで平気で眠ってしまっていた時点でこうなる事は予想できていた事だ。――彼女は、しばらくそんな自分に対してどうしようもない怒りを感じて、壁を蹴ったり、どうしようもなく大声を出したりして気を紛らわそうとする。



「……あぁ、くそ。私の馬鹿…………」


 彼女は、その場にしゃがみこんで自分の髪の毛をわしゃわしゃとシャンプーをつけるような雑な感じに手で頭を掻きまくった。



 ――セリノの頭の中に、昨日の事がより鮮明に映像として浮かび上がってくる。



「…………まずい」


 彼女は、思った。


 ――――問題なのは、彼が朝早く出て行った事ではなく、その向かった先だ。


…………セリノの頭の中に嫌な考えが生まれる。だが、その嫌な考えというのが、なんだか合っているような気がしてしまい、不安が加速する。



「…………やっぱり、ダスとんゴミ野郎の所へ行ってしまったのかな…………」


 いてもたってもいられなくなった彼女は、急いで簡単に着替えを済まして、外へ駆け出した。





「…………すみません! 身長はこのくらいで、髪の毛は黒くて、明らかにこっちの世界にはないような服を着た男を見ませんでしたか?」


 ――――何度も何度も聞いて回った。今まで話した事ない人にも聞いた。そして聞き終わると、すぐに走って別の人へ聞いて回った。

 しかし皆、言う事は同じだった。「知らない」「見てない」「分からない」誰もアランを今朝見たという人はいなかった。


 貧民街にも行った。彼と一緒に買い物をしに行った時にいた卵を売るおばちゃんにも質問してみた。…………けど


「…………昨日来たあの子ねぇ。うーん、見てないねぇ」


 やはり、ダメだった。ここにも彼は来ていない。



 ――――一体、何処にいるの……アラン。



 不安が高まり続けた。



 こういう時、魔法が使えれば…………。昔のように許可証とかなしで、簡単に魔法を使う事ができれば…………。12年前なら、魔法で逸れた仲間を探して見つけて、すぐに向かう事ができたのに…………。


 いや、あるいは自分にお金があれば、その許可証だって簡単に手に入るはずなのに…………。



「…………アラン」


 セリノは、地面に手をついて、目から涙を零しそうになった。


 ――――自分は、また大切な人を失ってしまうんじゃないか…………。こうやって、自分はいつも大事な人達を気づいた時に失くしていってしまうんじゃないか…………。もしかしたら、この先も…………。


 頭の中に、どんどん嫌な考えだけが生まれては溢れてきて、希望だけが外へと吸われていく…………。そんな眩暈のする程、苦しくて胸が締め付けられるくらい痛い感覚が、彼女の心と体を蝕んでいく。



 ――――どうすれば良いのだろう。そもそも、今の自分が彼のいるであろう場所まで行って何ができるのだろう? というか、もしかしたら…………本当にもしかしたらではあるが、彼はそもそもダスティンの元へなんて行っていないで、何処か別の場所へ向かったのかもしれない…………。


 しかし、そこまで考えてすぐに彼女は悟った。…………そもそも彼は、この世界に来たばかりで、私と一緒に歩いた貧民街の町以外はほとんど何処も行った事がないのでは……と。






 ――だが、セリノはここで一つを思いつく。


「もしかしたら…………」


 それは、セリノとアランが初めて会った場所。彼女が、家に来なよと彼を誘った場所。この奇妙な関係の全ての始まりの場所…………。







 彼女は、全身の疲れなんて忘れて無我夢中で走り出す。走っている途中で、彼女の汗まみれで少し汚れた格好を何度も人々に見られたりしたが、この時のセリノは、そんな事なんて気にしない。



 ――――そして彼女は、ついにそのへと辿り着く。


「……はぁ、はぁ…………」

 走るのをやめると一気に足が痛くなり、体が重くなって息が荒くなる。…………踏ん張って、その店のドアを開けた。



 ――カランカラン……。と鳴りだす音と共に、へとへとの彼女の姿がその店の中に現れる。


「いっ、いらっしゃい…………」

 店の奥の真ん中でグラスを磨く立派な黒い髭が特徴のダンディな男の店員が、驚いた顔で彼女の姿を見ていた。――この時になって、ようやく彼女は汗でびしょびしょになったせいで下着の姿が若干露わになった上半身と下半身が繋がった白い色の婦人用ドレスを見て、ギョッとするのだった。


 ――幸い、まだこの時間は客が全然いない事がほとんどのため、客に見られはしなかったが、彼女にとっては、その店員に驚きの眼差しを向けられるだけで十分恥ずかしかった。

 

 ――――しかし、いつまでも恥ずかしがっているわけにはいかなかったセリノは、手で自分の胸を隠して、アランがここにいるか、または来ていなかったかを聞いた。



 だが…………。


「いっ、いやぁ見てないな。そもそも、今日はまだ1人も客なんて来ていないし…………」




 そこまで聞くと、彼女は「…………そう」と静かに告げて、ゆっくりとドアを閉め、その場からいなくなった。




「…………もう、ダメなのかな」

 トボトボと1人、下を向きながら昼間の人でいっぱいの都会の町を彼女は歩き続ける。…………最早、今のセリノにとって下着が透けているとか、汗でびしょびしょで髪の毛もちゃんと解かされていないなんて事は、どうでも良い事に思えた。

 最後の希望もなくなり、完全に彼女の心は折れかかっていた。



「……別に、行っても無駄だもんね。…………きっと、この世界の神様が行った所で無駄だからって、そう言って…………私をここに留めておいて、もう諦めろって……そう言う事、だよね。結局、私はまた大切な人の帰りを一生待ち続ける事になるんだよね…………」




 ――――ポタッ……ポタッ……………………。



 セリノの影が伸びる地面に1つ、2つ……と雫が、零れていく。――それは、段々と増えていって、ついには彼女の顔の影全体のみが、大雨に撃たれた時のように湿りだす。


「…………うっ、うぅ……うぅぅぅ…………」


 不思議だった。…………セリノは、前世で男として生まれ、育った。その時は、「男だから泣くんじゃない」と教育されて育った事もあってか、全然悲しい時に泣けなかった。


 なのに、今は……違った。何処からか湧いて来る止まらない無限の悲しみが、滝のように…………いや、嵐の中の大雨のように自分の目をびちゃびちゃに潤わせて、通過していく。













 もう、彼の元へ行く事はできないのか…………。そう思ったその時だった。



「…………そこの女」


 自分の目の前から透き通るような美しくも幼い女性の声がした。――それは、明らかに自分に向けて言われているような気がして、セリノは手で一生懸命涙を拭いてからその女の方をゆっくりと向いていった。


「…………男を探しているらしいな」


 その女の子は、黒いパーカーを被っており、顔はよく見えなかった。が、声を聞く限り自分よりも若い、それこそ少女のように感じる。


 セリノが、コクッと頷くとパーカーを頭まで被ったその少女は、続けた。


「…………アタシは、貴様が言うその男のいる場所を知っておる」


「…………!?」


 この瞬間、彼女の瞳の中に溜まり、通過していっていた水分たちの流れが止まった。


「…………どっ、何処なの? ねぇ、お願い教えてよ!」

 セリノは、最後に舞い降りたその希望をなんとか我が物にせんとするかの如く、少女の肩を力いっぱい掴んで、グラグラと揺らしながら何度もその言葉を言うのだった。



 ――――しばらくして、さすがにうざったく思ったのか、少女は自分の肩をガシッと掴んだ手を静かに退かしてから、セリノを見下すように鼻で笑った後に言うのだった。


「…………アウトノ・フォリノ・オリギナーヤギまで列車に乗って行ったぞ。…………アタシの予想だとおそらく、そこの開発工事中であるスタビーラ洞窟だろう」




「…………?」

 ――――そこで、ふとセリノの中で少女に対する疑問が湧き出した。


「…………え? なっ、なんで…………」

 セリノが、続きを言おうとする前に、少女が喋り出す。


「それは、アタシにも分からぬ。…………だが、もし行くというなら今から列車に乗って追いかける


「…………どういう事?」

 更に、セリノが続ける。

「…………アナタは、何者? なんでそこまで詳しいの?」


 セリノは、真剣な眼差しで少女の見えない顔を見つめる。







 ――――――しばらくして、少女は不敵な笑みで言った。


「…………何者でも良かろう。アタシとて、お前と同じ気持ちではあるのだからな」


 そう言うと、少女は手を差し伸べる。


「…………? 何?」

 セリノが、若干身を引きながら怪しそうにその手を見つめる。――少女の手は、その怪しさと相反してとても白くて柔らかそうなちゃんと年相応の女の子って感じの手をしていた。





 ――――それから少女は、無理やりセリノを手を掴むと、反抗する彼女を横目に見ながら、言った。


「…………アタシが、バカあるじの所まで連れて行ってやろう」



 


 

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