第35話 報復の返し矢

11月22日 火曜日 16時40分

私立祐久高等学校 生徒会室


#Voice :鹿乗かのり 玲司れいじ


 星崎先輩からのもうひとつの依頼―― 飯野緋羽のスクールバッグにお守り鈴を秘かに結びつけること。


 こちらも、難航していた。

 理由は、単純だ。


 飯野緋羽は、小さくて可愛らしくて明るくて、誰とでも自然と友達になってしまうタイプだ。ゆえに緋羽の机の周りには、放課時間も常に誰かいる。秘かに接近して、こっそり持ち物に細工するなど、不可能だった。

 とにかく緋羽の周囲には、人目があり過ぎる。


 同じ教室で毎日、顔を突き合わせているのだ。

 プリントとか、日直の学級日誌とか、ふつうに手渡しているのだから、小さな鈴くらい訳がないと油断したのが失敗だった。手渡すなら簡単だが、当の緋羽がお守り鈴を拒否している状況では、難易度は全く別物だった。


 チャンスを掴めないまま、ついに今日の授業が終わった。

 ホームルームも終わり、生徒たちが帰り始めた。


 どうする?

 大人しく生徒会室に行き星崎先輩に、任務失敗の報告を入れるしかないか。


 俺は、諦めて、生徒会室がある教務棟に向かった。

 と、そのとき、緋羽とすれ違った。


 ホームルームの後、弓道部の部室に立ち寄ってから、帰るつもり? のようだ。

 すれ違ったとき、緋羽は袋に包んだ和弓だけを持っていた。


 ―― 弓だけ?


 俺は、そこに引っ掛かった。

 スクールバッグを持っていない。

 本当に弓だけだ。矢筒も持っていない。


 なぜだ?


 俺は、そこに妙な引っ掛かりを感じて、緋羽の後を追っていた。



 ◇  ◇



11月22日 火曜日 17時10分

私立祐久高等学校 教務棟屋上


#Voice :飯野いいの 緋羽ひわ


 たくらみメガネを許すな。

 あたしの中は、葦之あしゆきの仇を取る。その一念に支配されていた。


 微かに心の片隅に、こんなバカバカしいことはしないで。

 いくらなんでも、オカルトなんてダメだよ。

 と、引き留める声がした。でも、その声は小さくて、あたしの行動を止めるまでには全然足りない。


 あのSMSで届いたメッセージには、「返し矢」という呪法が説明されていた。

 さっき、葦之が死んでいた場所に行ったの。


 SMSのメッセージのとおり、そこに矢が2本落ちていた。

 葦之の殺害に使われた矢のうち、地面に落ちていたものが、2本だけ残っていたの。

 それは、不思議な矢だった。


 半透明に透けて見えた。

 幽霊のような矢だった。

 でも、あたしには見えるし、拾うこともできた。


 でも、あたしの他には、誰にも見えないらしかった。

 矢筒なしで、矢を2本直接握って持ち歩いているけど、誰とすれ違っても、何も気づかれていない。 

 矢は、血で紅く染まっていた。

 見えるとしたら、間違いなく引き留められるだろうし、悲鳴をあげる人もいるはず。だから、きっと、誰にも矢は見えていない。


 

 スカートのポケットから、スマホを引っ張り出した。

 LINEを起動した。


 籠川さんにメッセージを送った。

「あなたを許さない。葦之はあなたが殺したんでしょう」

 すぐに既読が付いた。


「私は、名倉くんとは、矢の事件とは、直接には関係ありません」

 白々しい言い訳が返った。あなたが巻き込まなければ、葦之は死なずに済んだ。無関係の人を面白半分に犠牲にしたくせに、私は関係ないなんてよく言うわ。


「許せない。絶対に許さない」

 弓袋から、弓を出した。屋上の高架水槽の配管に引っかけて、作法は無視で弦を張った。葦之がいないなら、弓道部を続ける意味もない。弓を壊しても良いと思った。


 返し矢の条件は整った。

 あのたくらみメガネがしたことで、葦之は呪いにかかった。その矢を使い、籠川さんを、たくらみメガネを射る。

 LINEのメッセージでも、「矢」という言葉を投げてきた。


 これで、の条件は整った。


 籠川さんは、いま、2キロ離れた祐久駅にいる。すぐ2駅だけど籠川さんが電車通学をしているの、知っていた。いつも乗る電車の時刻も、乗降ホームも調べた。

 それに、あたし視力いいんだ。


 2キロなら、ギリギリ見える。


 見えない紅い矢をつがえる。

 引き絞る。

 放った。



 ◇  ◇



11月22日 火曜日 17時10分

祐久駅 2番ホーム


#Voice :籠川かごかわ 里乃りの


 唐突にLINEでメッセージが届いた。

 無視してしまえばよかったのに、不思議と気になって確認した。

「あなたを許さない。葦之はあなたが殺したんでしょう」

 緋羽からだった。

 ああ、そうか。緋羽は、名倉と幼馴染で両思いだった。名倉を奪われたから、私を憎んでいるんだ。

 誰かに、話しを聞いたのだろう?

 たぶん、私が警察に保護されたから、そこから犯人扱いされているのかも?


「私は、名倉くんとは、矢の事件とは、直接には関係ありません」

 どう詫びて良いか言葉が見つからなかった。だから、送り返したメッセージはつい弁解じみたものになった。

 

 ホームに電車の到着を知らせるメロディが流れ始めた。

 スマホを仕舞った。

 私はホームの一番前に立っていた。


 そのとき……


 風を切る音を聞いた気がした。


「ぎゃっ!?」

 悲鳴をあげたのは、私だ。

 後から激しい痛みが右肩を貫いた。


 何が……!?


 振り向いた。そして目を疑った。私の右肩に矢が刺さっていた。

 反射的に抜こうとして手を伸ばしたけど……?


「触れない?」

 それは半透明な矢だった。しかも血が流れている。

 でも、私の血じゃない。

 反射的に気づいた。名倉くんの血だ。


 電車がホームに滑り込んできた。

 鋼鉄の車輪が軋むブレーキ音が響いた。


 再び、矢の風切り音が聞こえた。



 ◇  ◇



11月21日 火曜日 17時10分

私立祐久高等学校 生徒会室


#Voice :鹿乗かのり 玲司れいじ


 俺は、緋羽を追いかけて屋上に上がった。

 ちょうど、そのとき、緋羽は遥か彼方に向かって矢を放った。


 緋羽が泣いていた。

 あっけに取られた俺の前で、緋羽は赤く染まった2本目の矢をつがえた。


「たくらみメガネ、これで、死になさい」

 緋羽の押し殺した声が死刑を宣言した。


 りーん


 鈴がなった。

 俺の制服のポケットの中で、星崎先輩から預かったお守り鈴がなった。

 そうだ。

 この鈴は、飯野緋羽のもの。きっと悪いモノから遠ざけてくれる。そう、星崎先輩は祈っていたはずだ。


 緋羽が何を射るつもりなのか、俺にはわかっていた。が、異常すぎて理解が追い付かなかった。しかし……


 俺は、全力で駆けだしていた。



 ◇  ◇



11月22日 火曜日 17時11分

私立祐久高等学校 教務棟屋上


#Voice :飯野いいの 緋羽ひわ

 

「外した…… どうして?」

「良かった。間に合った」

 あたしの震え声に、鹿乗くんの安堵の声が被さった。


 籠川さんは、ホームで倒れて、駅員さんに介護されている。失敗だった。本当は、電車が来る直前に、籠川さんの頭を射抜いて、線路に転落させるはずだった。


 なのに外した。

 あり得ないと思った。

 返し矢は絶対に当たるの。

 ミスはあり得ない。


 頭を射抜いて、線路に転落させることは難しそうに聞こえるかもしれないけど、返し矢なら、絶対に命中するの。

 そうしたら、絶対、たくらみメガネをぐちゃぐちゃに潰せる。


 ぐちゃぐちゃになったら、急いで祐久駅に走って、見物して笑ってやろうと思っていた。他人の困った顔を嘲笑うために、いたずら目的で巻き込んで、葦之を死なせたんだから、あたしにも籠川さんの死をけらけらと嘲笑う権利があるはず。

 そう信じていたのに……


「どうして邪魔をするんですか!」

 叫んだ。こんなこと、理不尽だと叫んだ。


「こんなバカなことはやめるんだ。キミは呪われているんだ。だから、こんな異常な行動も疑問に思わず行動に移してしまうんだ。この状況自体を、おかしいと気づいてくれ!」

 鹿乗くんが、こんな風に叫ぶのを初めて見た。

 そっか、鹿乗くん。いつもは鉄仮面でクールだけど、こんな風に誰かのために叫ぶこともあるんだ。うれしいよ。仲間を想って一生懸命になれるのって、素敵だと思う。

 でも、もう、全部、手遅れなんだよ。


 あたしは、鹿乗くんを振り払って、弓も投げ捨てて走り出した。 

 もう、何も残っていなかったの。

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