第3話 Curses Circus Qubit !

11月7日 月曜日 17時40分

私立祐久高等学校 旧校舎 理科準備室


#Voice :萩谷はぎや 瑠梨るり


 起動した。

 一瞬だけ、表示されたロゴ画面は、Curses Circus Qubit ! (カーサス サーカス キュービット)と、綴られていた。


 なにこれ?

 Cursesは、呪いの複数形。

 Circus は、サーカスや円形闘技場?

 Qubitは、量子ビット。


 量子化された呪いのサーカス??? 全然、解らない。

 いったい、木瀬さんと籠川さんは何をしようとしているの?


 通信環境の確認のあと、画面いっぱいに五十音表が表示された。中心には、鳥居みたいな図形。その下には、「はい」と「いいえ」の文字―― これ、とかって言われてる遊びを、アプリにしたものだよね?


 昭和時代には、こんな遊びが流行ったことがあるらしい。

 詳しくは知らないけど。


 それをタッチセンサー付きのタブレットパソコンでやろうっていうの?

 こんなの、絶対、やったらダメなやつだよ。

 わたしは、もう、眩暈しかしなかった。



 ◇  ◇


 

11月7日 月曜日 17時50分

私立祐久高等学校 旧校舎 理科準備室


#Voice :籠川かごかわ 里乃りの


 Wellcom to the "Curses Circus Qubit" !


 起動画面を見た瞬間、ズキンと頭痛がした。眩暈もする。反射的に画面から眼を背けた。おかげでこのアプリの催眠にかからなかった。


「ちょっ、ちょっと…… 木瀬さん、萩谷さん?」

 だが、ふたりは画面を無言で凝視したまま、動かない。十円玉を模した丸いカーソルが画面中心にあり、ふたりは人差し指でカーソルを押さえていた。


「キュービットさん、キュービットさん、おいでください」

 木瀬が呪文を唱える。

 声色がおかしい。

 背筋に寒いモノが奔った。

 完全に催眠状態にかかっている―― 直感で、そう感じた。


 にわかには信じられないけど、木瀬さんと、萩谷は、アプリの…… 何かの効果に操られている。おそらくは、画面のちらつきに何か仕掛けがある? 

 昭和時代のテレビCMや映画で、サブリミナル効果を使う例があって問題視されたとか聞いたことがある。しかし、サブリミナル効果が、こんなにも他人を操れるなんて聞いたことがない。


「キュービットさん、キュービットさん、おいでください」

 木瀬さんが繰り返した。

 すっと、円形カーソルが画面内を滑り出した。ふたりは指と目だけでそれを追っていた。


 円形カーソルが、「はい」の上に動いて停止した。

 こっくりさんやキューピットさんなどの遊びだとしたら、これが占いや願い事の始まりのはず。


 どうしよう。

 正直にいって、この展開に戸惑っていた。

 木瀬さんが、萩谷をイジメるらしいから、誘われたので私も軽く乗ってみた。

 私も木瀬さんも、ついさっきまでは、冗談のつもりだった。


 それが、まじめにこんな展開に…… ありえないと思った。

 少なくとも、私はこんなバカげたことに関わり合いたくない。


 下校時間も過ぎた旧校舎の理科準備室なんて、薄気味悪い。もう窓の外は暗くなっていた。木瀬さんと萩谷がいるから、ここまで付いて来たけど……


「逃げよう」

 だけど、私がスクールバッグを抱えて、さっさと立ち去ろうとしたとき、木瀬さんがしゃべったの。


「キャービットさん、お願い事、私はアイドルになれますか?」


 振り返った。

 木瀬さんの横顔は真剣だった。

 そして、カーソルが走る。


 「か」

 「な」

 「わ」

 「な」

 「い」


 木瀬さんの瞳が赤らみ濡れていく。

 わたしは、ゆっくりと歩み寄っていた。


 木瀬さんは、教室では、弱い子いじめをしている。

 そんな木瀬さんが、実はアイドルを夢見ていると、うわさ話は聞いたことがある。


 わたしは、スクールバッグからスマホを取り出して、録画を始めた。

 催眠状態のふたりは、撮影されていることに気づかない。


 いま、木瀬さんは、教室の誰にも言えない心の底にある願い事を占い、否定された。勝気で暴力的な木瀬さんの隠れた弱さが露呈している。


 これは―― なかなかに面白い見世物サーカスじゃないか。


 録画アイコンをタップした私は、魔が差したの。

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