挽歌

ナナシイ

序章 深き淵より

 薄暗い廃工場の中、鈍い打撃音がこだましている。

 クレーンに吊るされた半裸の男、その周囲をぐるりと黒服の屈強な男達が取り囲んでいる。


 ――オラァ、オラァ!


 鉄パイプが、男の腹部にめり込んでいく、その度、吊るされた男は小さな呻き声を上げた。男の肌は小さな無数の傷と痣に塗れ、どこからか血を滴らせいた。


 ――もう、やめて、くれ……

 ――ああ!?聞こえねえなあ。


 鉄パイプによる殴打は続く。この痛みは何時まで続くのか。男は薄れゆく意識の中考える。しかし、答えは出ない。やがて男の体から力が抜け、意識が彼方に飛んだ。しかし、その度に頭から氷水を駆けられ、現実に引き戻される。男は泣きそうになった。しかし、涙を出す力も無い。

そうして、男の反抗心は跡形もなく消え去った。


 ――何でも、します……。だから、助けて……。

 ――何だって?

 ――何だってします!助けて下さい!


 僅かに残った男の力、それはこの絶叫に使われた。

 

 ――親父、こいつ何でもするってよ!

 ――ああ、聞こえた。


 親父と呼ばれたその男は、囲みの外からこの様子を伺っていた、半笑いの男。真っ赤なスーツに袖を通し、花柄の紺色のワイシャツのボタンを胸まで開け、革張りのソファにふんぞり返っているこの男、西谷隆二。東堂会直系西谷組組長である。

西谷は立ち上がり、吊るされた男の方に近づいて行く。


 ――なあ、島田さんよ。俺言ったよな。

 ――すんません、勘弁して、下さい。

 ――言ったよなあ。利子分はちゃんと払えよって。もし駄目そうならちゃんと相談しろよって。俺、言ったよなあ?

 ――はいい。

 ――それが何でおめえ、逃げようとしたんだ?

 ――その、怖くって……。

 ――はあ?おい、パイプ。

 ――へえ。


 西谷は鉄パイプを握ると、島田の足に目掛けてフルスイングした。何度も、何度も。


 ――っっっ。

 ――なあおい、俺達は鬼じゃない。それがよう、逃げようなんかしたら、こうするしかねえだろうがよう。ええ、おい!?

 ――ごめんなさい、ごめんなさい。

 ――しょうがねえ、降ろしてやれ。

 ――へい。

 

 じゃらじゃらと鎖が音を立て、島田の足は地に着いた。しかし、彼に立つ力等なく、そのまま地面に倒れ伏した。

西谷は彼の髪を掴み、ぐいと顔を上げさせた。


 ――島田さん、仕方ねえからよ、選ばしたる。

お前、体も元気で、嫁さんも美人だったよなあ。ええか、お前の臓器売るか、嫁さん風俗に落とすか、直ぐ選べや。

 ――そんな……。

 ――一分で決めえ。それで、今回の事と、借金半分チャラにしたる。

 ――全額じゃないんですか!?

 ――この阿保う、そんな都合のええことあるかいな。問答無用で全部取ったってもええんや。ほら、はよしやな一分経ってまうで。

 ――臓器で、臓器売りますさかい、嫁には手を出さんでくれ。

 ――よう決めた!おい、こいつ奥寺のおっさんとこ連れていけ。ええか、肺も腎臓も肝臓も、こいつが死なん程度に取れるだけ取ったれ。おい島田、長生きせえよ。


 二人の男が島田を担いで、工場の外へと連れ去った。


 ――これでまあええやろ。

 ――お疲れ様です、親分。

 ――おう、お前らもお疲れ様や。今日はもう帰るで。

 ――へい。


 西谷は工場の外に出た。雨が降っていた。


 ――仕事終わりに、なんやけったいやのう。


 工場の前には、黒のセダンが止まっている。運転席にいた男が西谷の姿を認めると、直ぐに降りて、後部のドアを開いた。


 ――おう、おつかれちゃん。

 ――親分、終わりましたか。

 ――おう、ばっちりや……よっこらせっと。


 西谷が乗ると、車はゆっくりと進みだした。


 ――明日は定例会ですね。

 ――せやな。面倒やし、サボろうかな。

 ――それが本部から連絡ありまして、明日はサボんなと。

 ――名指しかいな。

 ――そりゃ常習犯ですから。

 ――なんかあんのかいな。

 ――それが会長から直々に大事な話があると。

 ――あの親父の言うことなんかいつも大したことあらへんやないか。

 ――それが、今回だけはと。

 ――ハン、何やっちゅうんや……。

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