第44話 決断をするのは難しいよな

 翌日の夜。

 先日同様に陽介の部屋へと窓から侵入する伊織とアルマ。


「窓が開いていると手間がなくていいな」


「伊織! 無事だったのね!」


 陽介の部屋に降り立った伊織に真っ先に声を変えたのは、伊織と陽介の共通の幼なじみである結城詩織だった。


「結城、久しぶりだな。元気そうで安心したよ」


 昨日、奴隷同然の生活と戦闘訓練で彼女が相当疲弊していると陽介から聞いていただけに、目の前の彼女の笑顔に安堵した。


「伊織と連絡が取れなくなった翌日なんか、陽介は教室の窓からずっと校門の方を見ていたんだから」


「ばか、お前! よけいなことを言うんじゃないっての」


「本当のことじゃない」


「忘れた」


「あたしは憶えているよ、目をつぶると憂いを含んだ陽介の寂しそうな顔が浮かぶもの」


「だから、お前はそういうのやめろって言ってるだろ」


 じゃれ合う二人に伊織が言う。


「そろそろ状況を説明して欲しいんだけど、いいかな?」


 伊織の視線が陽介と結城の二人からこの部屋に集まった十三人の男女――クラスメートへと移った。

 クラスメート、特に数名の女子生徒の視線は伊織と陽介の間を行き来させながら意味ありげな笑みを浮かべている。


 その反応に伊織がため息を吐く。


「相変わらずだな……」


 本当に奴隷のような扱いを受けて無理矢理戦闘訓練をさせられているのか疑ってしまう。

 ため息を吐く伊織を見て陽介が結城を責める。


「詩織、お前のせいで伊織が落ち込んでいるだろ」


「あたしのせいじゃないよ。絶対に陽介が原因だよ」


 結城が意味ありげな反応をしている同志に「ねー、あたしのせいじゃないよね」と問いかけると、彼女の同志たちは一斉にうなずいた。


「もういい。伊織、状況を説明させてくれ」


「ああ、そうしてくれると助かるよ」


 ここに集まった、陽介と結城を含めた十五人はこの国の王族と神殿に対して復讐をしたいと考えている者たちだった。

 当然、直ぐに日本へ帰れなくてもいいとの覚悟の上である。


「本当にいいのか?」


 伊織生徒たちの隷属紋を解除しながら聞いた。


「復讐なんてくだらないことだと言うことは理屈では理解できるし、さっさと日本に帰って親や友人を安心させたいという気持ちもある。しかし、復讐をしたいという感情がそれを上回っているんだ」


 大内はそう言うと、皆を振り返ってさらに続ける。


「それはここの集まった人たち全員が同じ気持ちだ」


「もちろん、志乃さん――、伊織のお祖母さんの助けを借りれば日本に帰れるという安心があるからだけどな」


 陽介が付け加えると、その場にいた生徒たちがなんとも居心地悪そうな顔をする。


「反乱は成功すると思うよ、人を殺すことが出来ればだけどな」


 伊織の言葉に陽介と結城だけでなくその場にいた生徒たちが表情を固くした。


 人を殺す。

 果たして自分にそんなことが出来るのかという不安は全員が持っていた。


 さらに一人を殺せても次々と殺すようなことが出来るのか。

 途中で逃げ出してしまわないか、と改めて震えた。


 そんな生徒たち反応を見て伊織が言う。


「隷属紋の解除とここから逃げ出した後の当面の資金と武器は用意するけど、俺ができることはそこまでだ。日本に帰るにしても準備が整うまでは身を潜めていてくれ」


「武器と資金を用意してくれるのか?」


 生徒の一人が聞いた。


「日本の帰れるのが二、三ヶ月後になると思うから、その間生活できるだけの資金は用意する。潜伏するのも観光するのも自由にしていい」


 生徒たちの間にざわめきが起きた。

 伊織の提示したものが彼らの予想を遙かに上回っていたことが伝わってくる。


「その上でもう一度聞く。反乱を起こして復讐をするのか?」


「俺はやる!」


 真っ先に意思を示したのは大内だった。

 続いて陽介が言う。


「俺も反乱をする。この国を乗っ取って異世界の生活ってヤツを堪能したい。日本にいたら出来なかったことが出来るんだ。それに分の悪い賭けじゃないんだろ?」


「お前たち勇者の力はこの世界の人間とは比べ物にならないくらい強力だ。隙さえ見せなければ少数で大軍を壊滅させられる」


 伊織が陽介の問いを肯定した。

 そもそも他国との戦争を召喚された彼らだけに任せるつもりだったのだからその戦力は推して知るべしであった。


「あの、質問いいかな?」


 挙手した女生徒に「いいよ」とうながす。


「あたりは魔法のスキルが幾つかあるんだけど、これって日本に帰ってからも使えるのかな?」


 伊織はその質問に、志乃が日本とターミナルを行き来しているのが魔法によるものなのか、科学技術によるものなのか確認していなかったことに軽い後悔をした。

 質問している女性とはそのこと次第で決断を変える可能性はある。


 伊織は慎重に言葉を選ぶ。


「それは俺にも分からない。俺自身、魔法が使えるようになってから日本に帰ったことがないからな」


「お祖母さんに聞いてみることは出来ないの?」


 伊織がアルマに目配せをすると、彼女が窓から外へと飛び出した。


「少し待ってくれ、確認をさせている」


「なあ、最上。いまの可愛い子はお前の何なんだ?」


 一人が無粋な質問をすると、他の生徒たちも気になっていたようで次々と聞いてきた。

 人生の選択を迫られているときに、同級生の隣にいた可愛い女の子がきになるのかよ、と呆れながら説明をする。


「彼女は俺の秘書だ。この世界で俺は支社長みたいなことをしているんだけど、それをサポートしてくれる存在だ」


 彼女だとかそんな浮ついたものじゃないと付け加えた。

 ひとしきりアルマの話題で盛り上がったところに彼女が戻ってきた。


「後継者様、確認が取れました」


 そして本型デバイスを開いて志乃からのメッセージを伊織に見せる。

 皆が息を飲むなか、メッセージに目を通し終わった伊織が言う。


「結論から言うと魔法は使えない。というか、地球で自由に魔法が使えると他の世界に悪影響がでるので魔法とこちらの世界での記憶を封印して日本へ帰すことになる」


 封印が出来ることに伊織も驚いたが、集まった生徒たちの衝撃は彼以上だった。


「ちょっと待ってくれよ、そんなの聞いてないぞ……」


「安心しろ、こちらの世界の記憶だけが封印されるからいままで通りの生活を送るには支障はない」


「でも、記憶をいじられるのはちょっと怖いかな……」


「それに魔法が使えなくなるのも惜しいよな」


「そうだよね。戦闘訓練じゃなくて、普段の生活で魔法を自由に使ってみたいよね」


 伊織自身、いまさら魔法が使えなくなるなど考えたくなかった。

 眼前の生徒たちの反応も理解できる。


 それでも決断を迫らざるを得ない。

 隷属紋が消えていることが一人でもバレれば、召喚された生徒全員の身に危険が及ぶ可能性があったからだ。


「それで、どうする?」


 伊織が決断をうながした。

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