第11話 ダンジョン設営

 ファトノバ市に滞在すること十日間。

 観光と惰眠を満喫していたアルマと伊織であったが、ついに伊織がファトノバ市を後にする決心をした。


「祖母ちゃんの指示通りこの世界の常識も備わったし、そろそろダンジョン設営予定地へ行こうと思うんだが何か意見はあるか?」


「今日は予定があったのですが?」


 ベッドのなかに潜り込んだままのアルマが面倒臭そうに答えた。


「予定なんてあったか?」


「一日中、宿屋でゴロゴロするという予定がありました」


「却下だ」


「酷い!」


 掛け布団から顔だけ出して「鬼ー、悪魔ー。労働者の権利を認めろー」などと抗議するが、伊織は耳を貸すことなく彼女に告げる。


「祖母ちゃんから現状を知らせて欲しいとメッセージが届いていた」


「直ぐに出発しましょう! ダンジョン造っちゃいましょう! ダンジョン設営楽しみですー」


「知ってはいたけど、現金だな、お前」


「社会人になったことを思い出しました! お仕事優先だと思い出したんですー」


 本音は魔王の不興を買わないことである。

 何はともあれ、二人はダンジョン設営地へ向かうことで意見が一致した。


 ◇


 道中、監視衛星と各種センサーをフル活用して魔物や盗賊たちを避けて進むこと四日余。

 途中で街道から外れて森へ分け入ったので馬車で進めるはずもなく、目的地へ到着するころには二人とも疲労困ぱいであった。


「こ、後継者様、早速ダンジョンの設営をしましょう」


 地面に大の字に倒れ込んだアルマが伊織を促す。


「で、どうやってダンジョンを造るんだ?」


「え? 勉強してなかったんですか?」


「してない。だから聞いているんだ」


 驚くアルマに向かって伊織がシレっとした顔で言った。


「聞かれても答えられないことだってあるんですよ」


 アルマもアルマである。


「仕方がない、調べるか」


 伊織は本型デバイスを取り出しながらアルマを促す。


「アルマの方にも新しいメッセージが来ていないか確認してくれ」


「はーい」


 渋々と言った様子で本型デバイスを開くアルマをよそに伊織も志乃からの未開封のメッセージを確認する。

 すると、「ダンジョン設営の手引き書」と書かれたファイルが添付されていた。


(これか。それにしても手引き書なんてものがあるのか)


 企業としてダンジョンの作成から運営までしているのだと改めて実感する。

 ファイルに目を通しているとアルマが声を上げた。


「ありました! 魔王様から、ダンジョン設営の手引き書、が届いていました」


「こっちも来ていた」


 二人は手引き書に従って早速ダンジョンの設営に取りかかる。


「えーと……、ダンジョンコアに蓄積された魔力を使ってダンジョンの階層を作成する、とありますね」


「ダンジョンコア?」


 空間魔法庫パーソナルストレージからボーリングのボールほどの水晶球に似た球体を取りだした。

 透明な球体のなかに白い煙のようなものが渦巻いている。


「これがダンジョンコアなのか?」


「あたしも初めて見ます」


「このなかにある魔力を消費してダンジョンのフロアをイメージする、とあるな」


 伊織はプレーしていたRPGゲームに登場する石造りのダンジョンをイメージした。

 すると、地面が小刻みに揺れだす。


「キャッ」


「なんだ?」


 驚いて飛びついたアルマを抱きしめる。

 図らずも二人で抱き合う形となった。


「地震です!」


「もしかして、ダンジョンを作成中なのか……?」


 二人は地震が収まるまでの間、その場で抱き合ったまま辺りの様子をうかがう。

 地震は数分で収まった。


「終わったようですね」


「ああ……」


「どうしました?」


「入り口だ」


 アルマは伊織が見詰める先を見た。

 そこには伊織がイメージした通りの――、石造りの門が出来ていた。


 門をのぞき込むと地下へと続く階段があった。


「オペレーションエリアの設置や魔物の配置など、ダンジョンとしての機能が整うまでは誰も入ってこないよう、入り口をカモフラージュするように書いてあります」


 設営途中のダンジョンを発見され、冒険者たちに踏み込まれては堪ったものではない。


 それこそダンジョンマスターを筆頭とする従業員や設備が危険にさらされる。

 それを未然に防ぐ安全装置なのだ、と伊織は理解した。


「取り敢えずやってみるか」


 伊織はアルマを外に残して石造りの入り口を入ると、手引き書に従って入り口をカモフラージュする。

 しかし、何の変化もなかった。


 入り口はそこに存在したままである。

 そのとき、


「消えました! 入り口がどこにあるのか分かりません!」


 本型デバイスからアルマの声が響いた。


「こっちからは何の変化もないけど、外からは見えなくなっいてるってことか?」


「見えないどころか存在そのものが消えたようです」


 カモフラージュが機能していることに安堵する彼の耳に本型デバイスからアルマの声が届く。


「凄いですよー! 入り口のあった場所に立ったり、石を投げたりしましたが何もない空間と変わりません」


「今度はアルマの方でカモフラージュを解除してみてくれ」


「了解です」


 という言葉に続いて「入り口が出現しました」とアルマの喜色を含んだ声が響いた。


 ◇


 出来上がったダンジョンを探索すること三時間余。

 一通り見終わったところでアルマが疲れた様子で言う。


「次は我々の居住空間――、オペレーションエリアの設営をするように書かれています」


「最下層に作成するのがお勧めってあるな。もう、二、三フロア作ってから居住空間を作るか」


「いやいや、魔力不足に注意って書いてあるじゃないですか!」


 追加フロアを作成して魔力が足りなくなっては、それこそダンジョンで野営することになる。

 それは避けたいとアルマが必死で訴えた。


「オペレーションエリアはあたしたちが生活する空間というだけじゃありません。各種通信設備や転送装置を設置して本社とのやり取りをする重要な場所なんです」


「そ、そうだな。それじゃ居住空間の設営を始めるよ」


 アルマの勢いに押されて居住空間を作成する。


 伊織がイメージしたのは古民家。

 いわゆる田舎――、祖父母の家というものを知らない伊織は田舎の家というもに漠然とした憧れを抱いていた。


「これで出来たはずなんだが……」


 今度は地震も起きなければ地鳴りも聞こえなかった。

 何の変化も見当たらない。


「えーと……。オペレーションエリアへの進入方法は……。ありましたこれです」


 空間魔法を使って任意の場所に入り口を開くことが出来るという。


「あたしがやりましょうか?」


「頼む」


 二人とも空間魔法を使えるが、伊織の場合は所持していると言うだけで実際に使ったことがなかった。

 安全を考慮してアルマに頼む。


「オペレーションエリアへ」


 右手を突き出してそう口にすると二人の目の前に空間の裂け目が現れる。

 その裂け目から覗く景色は古民家と広々とした田舎の家の庭が広がっていた。

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