第3話 紅月-3

 寺の境内の休憩所のベンチに腰掛け、缶ジュースを手にしながら、二人は無言のままだった。沈黙に耐えきれなかったイチローは何か言おうと思ったが、いつもと雰囲気の違う由起子に気圧されて、何も口にできなかった。手にしたジュースも口をつけることができず、ただ由起子の言葉を待っていた。由起子はぼんやりと境内を眺めている。往き交う人の姿を追うでもなく、飛び交う鳩を見るでもなく、ぼんやりとしているようにイチローには思えた。きっと過去に戻ってしまったのだろうと思い直し、手にしたジュースを口にした。音を立てないつもりだったが、ごくりと喉が鳴った。はっとして由起子を見ると、気づいていないようだった。ほっとして、ジュースのラベルを眺めた。

「もう、十年になるのね」

不意に由起子が呟いた。イチローははっとして由起子の顔を見た。由起子の横顔は何も変わっていない。ただ、静かに、口だけが動いている。

「イチロー君に、こんな話をしてもしかたないんだろうけど…、聞いてもらえる?」

イチローは静かに頷いた。それを見てか見ずか、由起子はゆっくりと話し始めた。


         * * *


 あたしが、不良だったことは知ってるわね?

 ―――ぅん。でも…、ファントム・レディって、不良じゃないんだろ。

 そのつもりだったけどね。やっぱり、端から見れば不良の一人よ。


 あたしが、上岡中へ行ってたのは知ってる?あたしは、いま直樹君たちが住んでるとこに住んでてね、姉兄弟はみんな緑ヶ丘学園に通ってたのよ。


 ―――どうして、上岡に行ったの?

 どうしてって訊かれれば、答は長くなるわ。あたしのお兄ちゃんが、いまの直樹君のように、すごくかっこよくてね、野球も上手かったの。それが、悔しかったのかな、女の子のくせに。何とかお兄ちゃんをやっつけたくてね、それで別の学校に行くことにしたの。


 ―――やっつけるって?

 野球で負かしてやろうと思ったの。だから、別の学校の野球部に入って、それで試合で負かしてやろうって。子供じみた考えでしょ、笑っちゃうわ。


 ―――で、どうなったの?

 …そんなにうまくはいかないわ。あたしが入った当時の上岡は学校が荒れててね、それはひどいものだったの。

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