グリーンスクール - 紅月

辻澤 あきら

第1話 紅月-1


              紅月


 某月某日―――晴。


 坂を登りきると、泉央高速鉄道の高架が見えた。まだまだずっと向こうにあるそれは、この場所から見えるというだけでその高さが伺える。

 イチローはそれを目指してひたすら走った。

 広い泉央一号線脇の広い歩道を黙々と駆け続けた。道路沿いの風景は新興住宅地が見える畑地で、ススキの穂が太陽の光を浴びて輝いている。春にはレンゲが咲き乱れるこの畑地も、秋の様相を呈している。

 風が気持ちいい。

 いつものように自分に課したランニングは、今では楽しみ以外のなにものでもなくなっていた。もちろんグラウンドでボールを扱うことも嫌いではない。ただ、土にまみれて練習するのは嫌いだった。毎日が試合ならどんなに楽しいだろうと思っていた。そういう思いが、自分をランニングに駆り立てている。

 信号を待ちながら遙か前方を見ると、ようやく高速鉄道がその姿の全景を見せている。地上十数メートルの高架の深山駅に上がって眺めてみれば、きっと見晴らしがいいだろうと思ったが、上がってみてみようという気にならないほど、それは冷たく無機的で、コンクリートの城壁のように聳えていた。信号が変わって近づくにつれてその威圧感は増してくる。いつもイチローはこの高架をくぐって線路に沿って走っている泉央一号線沿いにそのまま泉中央駅の方へ向かう。そこは、山を切り崩したニュータウンで、緑の豊富な景色はイチローのお気に入りだった。ただ、そこまで行くと帰ってくるのが面倒になる。今日は、ここ深山駅で折り返そうかと思っているうちに、ようやく駅に辿り着いた。


 ふうっと大きく息をつくと、振り返って今来た道を眺めた。田園風景の残る新興住宅地は、この狭い平野でも数少ない広々とした風景だった。高架の影に入るとうすら寒く感じられるほど季節が変わっていた。体を冷やすとやばいなと思いながら、体を動かしながら日向に出ようとすると、後ろから声が掛かった。

「あら、イチロー君?」

振り返ると、駅の入り口から出てきた一人の女性が笑顔を向けていた。

「あれぇ、由起子先生」

「どうしたのこんなとこで?」

「そっちこそ。オレはランニング途中だけど」

「あら、こんなとこまでくるの」

「いつもは、もっと行くんだぜ」

「頑張ってるわね」

「先生は?」

「あたし?あたしは……、お墓参り」

「へぇ、今頃?お彼岸はずっと前だよ」

「ふふ…、今日ね、命日なの」

「あ、そうなんだ。で、誰?」

「誰って…」

「昔好きだった人、とか?」

イチローはにやにやして訊ねた。由起子は笑顔を浮かべながら、どこか冷めたような笑顔だったが、静かに答えた。

「そういうんじゃないけどね……」

「あやしいなぁ」

「ふふ。よかったら、ついてくる?すぐそこだから」

「いいの?水入らずでお参りしたいんじゃないの?」

「んん。いいのよ」

どこかいつもの由起子先生と違う。イチローはそう思いながらも、興味があったのでついて行くことにした。


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