冥護の槍士と十六夜の鬼 ～一寸法師鬼譚・帝都編

第31話 酒呑童子 2 潜入

　日もどっぷりと暮れ、町の人々が眠りに就こうとする頃。

　通りの宿屋の店先に簾笠（すだれがさ）をかぶった一人の娘が現れた。

　色鮮やかな着物に高価な装飾品を身に着けた姿は高貴な旅人を思わせる。

　従者が先導し、娘が店先に用意された牛車にゆっくりと乗り込むと、牛車は夜の灯りが続く繁華街へと進んで行った。

　繁華街を抜け、貴族の屋敷が建ち並ぶ三条大路のあたり、周りに人気は無く寂しい風の音と獣の遠吠えだけが聞こえていた。

　甘い香りが風にのって漂う。

　牛車を先導していた従者がいぶかし気な表情をし、警戒しながら牛車を振り返る。

　ドサリッ・・・突然、従者が道に倒れ込んだ。

「・・・」

　ガサリッと夜道から数人の人影が現れ、牛車の前に鬼の仮面をかぶった男たちが道をふさいだ。

　鬼の仮面をかぶった男たちは武器を持ち、慣（なれ）れた様子で牛車を囲む。

　男の一人が、牛車の簾（すだれ）を開け、中の様子を確認すると声を発した。

「騒ぐなっ！　おとなしくしていれば命はとらねえっ！」

　脅（おど）し文句を吐くと牛車の中の娘を外に連れ出し、男たちが用意していた大きな葛籠箱（つづらばこ）に娘を押し込んだ。

◇◆◇◆潜入

　鬼の仮面をかぶった男たちは、娘の入った大きな葛籠箱（つづらばこ）を運ぶ。　

　どれ程の時間が経っただろうか。娘を押し込めた葛籠箱（つづらばこ）は、既に都の外門から出た頃か、橋を渡り坂道を登った様子である。

　獣の鳴き声が多い、都近くの小高い丘の様である。

　しばらくすると揺（ゆ）れがおさまり、葛籠箱がゆっくりと地面に置かれた。

　葛籠箱の中の娘・於結（おゆい）は、恐る恐る葛籠箱の蓋（ふた）を押し上げ、隙間から外の様子を覗（のぞ）いた。

　頼政が持ち込んだ”神隠し”事件捜査の為の計画を小十郎に話すと、日頃冷静な小十郎も声を荒げ猛反対である。

　結局、皆から説得され小十郎もこの事件捜査に渋々加わり、後方支援として於結を見守る事になった。

　於結が囮（おとり）となり、敵の塒（ねぐら）に潜入し、小十郎と朱羅、頼政が率いる検非違使隊（けびいし）が、盗賊団の塒（ねぐら）に突入する手筈（てはず）である。

　於結を葛籠箱に押し込み、連れ去った男たちは、部屋の入り口に立っている盗賊の頭（かしら）らしい者と話しをしている。

「古那。上手く犯人の所に潜り込めたけど・・・どうするの？」

　普段、軽口の多い古那であるが、慎重（しんちょう）な様子で於結に返答する。

「長居（ながい）は無用だ、すぐここから脱出するぞ」

　運ばれる途中に感じた複数の妖気。ここに着いてからも無数の妖気を感じる。

　そして違和感を感じる微かな別の妖気が胸騒ぎとなり、古那の言動（げんどう）を慎重（しんちょう）にさせていた。

―――悪い予感がする。

　盗賊の頭（かしら）と男たちは話しを済ませると、於結たちの入っている葛籠箱に近づいて来る。

「・・・・・・」

　近ずく盗賊の頭（かしら）から発せられる強い妖気が肌に刺さる。

「古那・・・」

　古那を包んでいた於結の手の平が震える。

「仕方ない。行くぞっ」

　古那が葛籠箱の隙間から飛び出すと近くに立つ鬼面の男に一撃を打ち込む。

「うっ」一撃を受けた男は、何が起きたかもわからず気絶する。

　他の男たちが異変に気付いたが、短い悲鳴と共に強烈な痛みで地面に倒れた。

　古那が飛礫（つぶて）を放つ。

「キンッ」金属音が鳴る。

　盗賊の頭（かしら）が飛んでくる飛礫（つぶて）を鉄扇で打ち払った。

「・・・」

「貴様ら・・・何者じゃ」

　目の前に盗賊の頭（かしら）。

　薄絹で口元を覆（おお）い隠（かく）した女が立っている。

　高価な着物を身に纏った長い髪の女は、扇子を握り於結を指さした。

「お前が盗賊団の頭目（とうもく）か？」

　姿の見えない青年の声に一瞬戸惑った様子であったが、古那に気付き軽快に笑う。

「フフフフッ・・・面白い侵入者じゃ・・・」

「貴様は何時（いつ）ぞやの・・・」

「鬼娘と一緒にいたヤツか・・・」

「貴様っ”妖魔”か？」

　興味あり気に探る眼差（まなざ）しで問いかける。

「・・・」

「貴族の娘たちを次々とさらっているのは、お前たちの仕業か？」

「・・・」

「フッ・・・貴様は朝廷（ちょうてい）の回し者か」

「それなら・・・容赦（ようしゃ）せぬ」

　きっぱりと言い放つと鋭い視線を向ける。

　空気が一瞬で変わり殺気が肌を刺す。

　鉄扇を振り上げ攻撃を仕掛けようとする。

「キン」「キキキキｲ」

　古那が相手の繰り出す一手より先に攻撃を仕掛けた。

　鉄扇と古那の腰に巻いていた竜髭糸が鞭（むち）の様にうなり交差する。

「キン」「キン」「キン」

　古那の攻撃を右に左に打ち払い、余裕でかわす。

「シュッ」

　大きくうねった竜髭糸が顔をかすめる。

「ザンッ」

　女頭目は素早く後ろに跳躍すると腰に差す小太刀（こだち）を抜いた。

「・・・」

「貴様っ！」

　予想を超える古那の攻撃力に声を荒げる。

　顔を隠していた薄絹が弾き飛ばされ女頭目の素顔（すがお）が露（あら）わになった。

「・・・・・・」

　盗賊団の女頭目にして妓楼（ぎろう）の女将・椿（つばき）である。

　切れ長の目が古那をキッと睨（にら）むと小太刀（こだち）を構える。

「ヒュン」「ヒュン」

　暗器が椿（つばき）の手から放たれる。

「キン」「キン」

　古那が暗器を打ち払う。

「於結！隠（かく）れていろ」

「・・・」

「ふふふふっ・・・」

「後ろの娘を護（まも）りながら闘えるのかい？」

　椿（つばき）が小太刀を打ち下ろす。

「キンッ」

「キン」「キン」

　すかさず古那が手で印を結び真言を唱えた。

「・・・」

　竜髭鞭が銀槍に変形し光かる。

「・・・」

　ヒュンッ、壁を踏み台に跳躍すると力まかせに銀槍を薙ぎ払う。

「むっ・・・」

　椿が踏み出そうとした足を止め、後ろに退（ひ）いた。

　二人は一旦、距離を取り間合いを推し計る。

「・・・」

　その時、後ろから声が聞こえ、鬼娘の朱羅が駆（か）け込んで来る。

「ちっ。厄介（やっかい）が増えたねっ」

　と言うと椿が右手を天井に掲げた。

　キラリッと手から一瞬閃光が放たれる。

「ギッギギイイイ」

　きしむ床の音がしたかと思うと葛籠箱の影に隠れていた於結の体が急に軽くなり、

　下から吹き上げる風に身体全体が包（つつ）まれた。

―――落ちる・・・

目の前の画像が揺（ゆ）らぎ・・・床に空いた落とし穴に落ちていく・・・

「しまったっ」

　古那は跳躍すると、落ちていく於結の体を受け止める為、自分も落とし穴に飛び込んだ。

　体を回転させながら、竜髭糸を糸の様に四方に伸ばした。

　◆進むか？退くか？

「於結！・・・於結！・・・おいっしっかりしろ・・・」

「んっんんん」

　聞き慣れた声と手に触れた冷たい感覚。

　湿気の帯びたカビ臭い匂いが、頭の中を混乱させた。

―――足を踏み外し落下して・・・眩しい閃光・・・争う声

　時を巻き戻す様に頭の中に情景が浮かぶ。

「古那」「古那っ」

　於結は、暗闇の中で古那を探して見回した。

　頬っぺたに人肌の温かさが触れた。

「於結・・・気が付いたか？」

　古那の気遣う優しい声が耳元から聞こえる。

　懐かしい声に於結の目から涙がこぼれた。

　小さな古那を手で優しく包むと胸元に抱き寄せ泣いた。

「ぐすん・・・ぐすん」

　於結の涙が洪水の様に古那に降り注ぐ

「・・・」

「於結・・・すまん・・・」

「もう泣くな・・・」

「・・・」

　古那は泣く子をあやす様に腰に下げた薬瓢箪をとり出すと、瓢箪の口から薬丹を取り出す。

　そして於結の唇（くちびる）に優しく触れると薬丹を口の中へ運んだ。

　果物の様な甘く良い香りが口の中に広がる・・・

　鼻を何回もすすると於結は涙を拭い、頬っぺたを膨らませた。

　◆

　古那が目を閉じ耳をすまし集中する。

　微かだが・・・外からの空気が流れ込んで来ている。

　二人が落ちた穴の壁を探ると微かに壁が薄い反応がある。

「カッ」「カッ」

　壁を柄（え）で叩く。

　ガラガラと壁が崩れ薄暗い坑道（こうどう）が現れた。

「よし！ここを行こう」

　微かに流れて来る外気を頼りに古那と於結は地下の坑道（こうどう）を進む。

　坑道を登っていくと微かに光が差し込んでいる。

　二人は顔を見合わせると入り口を覆う草木を払い除けた。

「・・・」

　外に出ると木々が生い茂る林の中。

　於結はホッとした表情で外の空気を大きく吸った。

「・・・」

　林を抜けると山城を見渡せる小高い丘に出た。

「あれが盗賊たちの根城だな」

　木々に囲まれた中央に小さな天守閣の建物が見える。

「・・・」

　古那たちが連れて来られた入り口の洞窟のからすると、この小高い山全体が洞窟になっており、今見える山城の地下には坑道が張り巡らされた要塞の様である。

―――まずは、於結の安全の為、屋敷に戻り討伐の体制を整えるか？

「・・・」

　古那の表情を察した於結が古那を抱きあげて言う。

「古那。私の事は心配しないで」

「今、小十郎や朱羅たちがあの中で戦っている」

「・・・私たちも行きましょう」

「・・・」

「さらわれた娘さんたちを助けましょう」

　於結の瞳の中に現れる強い意志にドキリッとし心臓の血流が早くなる。

　大きな溜息を吐く。

「んんん・・・よし！行くか！」

「・・・後戻りは出来ないぞ！」

「・・・」

　古那の決断に於結が大きくうなずいてニコリと笑う。

「手を出してくれ」

「・・・」

　於結が不思議そうな顔で首を傾げながら左手を差し出す。

　古那が腰に巻いた銀色の竜髭糸をほどき、於結の手首に巻く。

　印を結び・・・真言を唱えた。

　手首に巻いた竜髭糸が光り於結の体を包む。

　暫くすると光が手首の竜髭糸に集まり銀の腕輪となった。

「綺麗！」

「この竜髭糸がお前を護る」

「強く強く・・・思いを念じるんだ」

「温かい・・・」

　於結が左手で銀の腕輪を握り胸元に引き寄せた。

「古那みたい・・・」