第23話 鬼の角
宮廷務めの女官たちが朝の御勤めを終え、宮廷の一画にある控室に集まって来る。
皇女様に御付きの女官である於結が控室に戻ると、一人の女官が詰め寄って来た。
「於結さま。於結さまっ」
キラキラと瞳を輝かせる目の前の娘は、於結に何か言ってもらいたい様である。
「・・・・・・」
―――んんんっ・・・
「・・・・・・」
娘の
「その髪飾りは?・・・」
於結が言い終わらないうちに娘は我慢できず口を開く。
「何でも最近、都に引っ越して来られた雅な
「”
「・・・」
「私もこっそり町に出かけ買ってまいりましたのっ」
と髪留めされた大きな額と露わになった両耳を突きだした。
「年頃の娘が人前で耳を出すなんて・・・はしたないわ・・・」
と横から割り込む別の娘。
娘たちは、あれやこれやと”華髪留め”や”麗人さま”談議に華を咲かせ始める。
◆華髪留め
宮廷の御勤めが非番の日。於結は幾日かぶりに実家の中納言屋敷に戻った。
屋敷の廊下を抜け、離れに建てられた部屋に向かうと羅刹の鬼娘・朱羅が
廊下を通る家の女たちが立ち止り、暫くすると気付いた様に顔を赤らめ奥へ戻って行く。
「・・・」
於結の視線に気付いた朱羅は、素振りの手を止め於結に近づく。
薄っすらと汗ばんだ褐色の赤い肌は、紅を差した様に艶やかに目に映る。
「於結っ!」朱羅の涼やかな声で、ハッとし少しあたふたとする。
―――あれ?
小さな二本の角を
「それは?・・・」
「都に引っ越して来た雅な麗人・・・って・・・あなた?」
「・・・」
「・・・」
「パシンッ」
「触るなっ!」
朱羅の手が於結の伸ばした手首を
「・・・」
「これは、古那にしか触らせんっ!」
朱羅の切れ長の目の奥にある碧の瞳が敵意を放つ。
於結の全身の血が
「・・・」
その時、奥の廊下から古那の声がする。
「おっ。於結っ戻っていたか?」
古那が幾日かぶりに顔を見た於結に近づこうと庭石をトントンと跳び移る。
「・・・」
於結は拳を握るとうつむいたまま、そそくさと奥の部屋に戻っていった。
古那が朱羅の頭の上にストンと着地する。
そして
「何かあったか?」
二人は首を傾げた。
◇◆◇◆鬼の角
皆が寝静まった深夜。
広い屋敷の廊下を音も無く歩く人影。
月の光りが庭園の池にも映え、ゆらゆらと揺れていた。
部屋の戸がゆっくりと静かに開く。
細い爪先が、一歩一歩近づく。
「・・・」
甘い吐息が古那の耳元で
「古那」「触って・・・」
「触って・・・」
朱羅の紅い唇が近づく。
「・・・・・・」
「古那・・・
涙目の瞳が、古那を映す。
「・・・・・・」
鬼の
鬼の角は特殊な役割を備えている。
鬼の種族や個人差によってその能力が異なるらしいが・・・
昆虫で言えば触覚。目の変わりに変化を察知し素早く脳に知らせる。
男鬼であれば強さの象徴。強くて立派な角は相手を威嚇し時に激しく戦う武器となる。
闘いの末に片角の鬼も珍しくない。
羅刹の女鬼に生える角も特殊な能力が備わっている。
気の流れを読み敵や周囲の状況を感知する。
気を集め体内に蓄積する。
生気が満たされるまで人間を次々と襲い生気を喰らう。
これが鬼として人々に恐れられる
古那と朱羅は角が抜け落ち、大人の角が生え換わる時期を待った。
「俺の生気を吸うといい」
古那のあっけらかんと言う口調に朱羅は目を丸くした。
◆
満月の夜。大きく輝く月が空に浮かぶ。
朱羅が抜けた
パサリッと広がる黒髪に乳白色の艶々とした角が二本伸びている。
「・・・」
古那が小さな手の平を伸ばし、艶々な角を優しく撫でた。
ピクリと肩を震わす朱羅。薄っすらと涙が浮かぶ。
「・・・」
「始めるか!」
古那は、両腕を大きく広げる、そして新しく生えた角に触れた。
「・・・」
「おおおおっ」
「なっ何なんだっコレは?」
「・・・」
―――
―――思った以上に・・・この鬼娘は・・・
古那は目を閉じる。
そして、
「・・・」
「朱羅よ・・・これも・・・くれてやる」
古那の体が光りに包まれる。
「おおおおおっ」
収まりきれないきれない力が光の粒となってほとばしる。
「・・・」
朱羅が大きくのけ反る。
「古那・・・もう・・・お腹いっぱい・・・」
「・・・・・・」
朱羅は一言いうと倒れ込んだ。
「・・・」
古那も力尽き朱羅に重なる様にして倒れ込んだ。
◆贈り物
古那は暑さと圧迫感で目が覚めた。
気付くと朱羅の胸元である。
―――くっ。朱羅の添えられた手が重いっ!
小さく寝息を立てて眠る朱羅の手からモゾモゾと抜け出そうとあがく。
「古那・・・気が付いた?」
朱羅が半目を開ける。
天井を見上げ独り言の様に言う。
「不思議・・・」
「何故か・・・
古那が何か言おうとしたが、無言で押し黙った。
◆
於結が灯りも無い薄暗い部屋で顔を伏せていた。
書斎の机の上に
木箱の
見つめ・・・手に取る
「・・・」
「古那・・・古那・・・古那・・・」
於結は髪を両手でかき揚げ束ねると手にした華髪留めをゆっくりと両の耳元に
「・・・」
目の前の
「・・・」
そのまま床に伏せ、肩を震わせた。
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