第34話 酒吞童子 5 魔炎

 古那こなに銀槍を突きつけられた御影みかげは、目を細めあごをしゃくる。

 いぶかし気な目で、探るように言葉を発する。


「貴様っ。魔物かっ?」

「こやつの闇から抜け出すとは・・・」

「・・・」

「ふんっ。大した事は無い・・・」

「闇にまれる前に”チクリッ”とやってやった・・・」

 

 御影みかげの口元が緩み、肩が小刻みに揺れる。


「・・・・・・」


 ササッと御影みかげの後ろに控えていた二人の娘が動き、主人を護る様に立ち塞がる。

 

 既に手にした太刀は半分ほど抜かれ、すぐにでも跳びかかれそうな程に肩を落としている。


「・・・」

「紅玉。藍玉。待てっ!」

 

 紅い着物の娘と藍い着物の娘は、於結たちをにらんだまま太刀をゆっくりとさやに戻した。

 

 御影は、ゆっくり立ち上がると紅い着物の娘が手にしている太刀のつかを握るとサッと抜き放った。

 太刀を灯りにかざし、刃の表裏を見ると切れ味を確かめる様に指先で刃先に触れた。


 「バシュッ」太刀を一振り・・・

 刃先の触れていないはずの家具が斬り倒れた。


「・・・・・・」

 

 そして、目の前の敵、古那に刃先を向けた・・・

 冷たい面影の口元が微かに動く。


「・・・・・・」

「かかって来い!」


 古那が身構え重心を落とす。


「・・・・・・」

 

 ザンッと後ろ脚を蹴って跳躍する。


「キンッ」


 金属のぶつかり合う音が響く。

 太刀を頭上に掲げ一閃、振り下ろす。

 小さな残像は、剣戟けんげきを避ける様に反転し横に飛ぶ。


「キンッ」「キンッ」


 絡み合った二人は、弾かれる様に跳び退った。


「・・・」


 御影が両手を広げ大きく息を吸い目を閉じる。

 すると剣を持たない手の平に紅の炎が一つ、二つ、三つ次々と浮かぶ。


「ボシュ」「ボシュ」「ボシュ」・・・「ボシュ」


 紅炎は玉となり円を描く様に動く・・・

 そして、生き物の様に次々と古那に襲いかかった。


「バシュ」「バシュ」「バシュ」


 襲いかかる紅炎の玉を銀槍で弾き落とす。


「古那!」於結の心配する声が響く。


 御影の鋭い視線が於結に一瞬向けられる。


「バシュ」一発の紅炎の玉が軌道を外れ於結を襲う。


「しまったっ!」


 連続攻撃を警戒していた古那。

 すかさず跳躍し於結を襲う紅炎の玉を打ち払う。


「ジュンッ」

 

 しかし、たて続けに於結を襲う紅炎に包まれ、炎を体で受け止める。


「くっ!」

「ガシャン」「ガシャン」


 紅炎の玉の勢いに押され、古那が壁際かべぎわに吹き飛ばされた。

 衝撃のあおりりを受けた於結も後ろの置物にぶつかり、足を取られて尻もちをつく。

 

◇◆◇◆魔炎

「紅玉、藍玉、その娘をとらえておけ」


 御影の命令に二人の娘が、於結を捕えようと動く。


「いやっ」


 尻もちをついたまま於結は慌てて後退りする。


「おとなしくしろっ」


 取り囲む様に於結に近づき、腕をとろうとする。


「ガツン」「ガツン」

「うっ」


 於結に触れ様とした二人の娘の体が横に弾き飛ばされ、床に倒れ込んだ。


「・・・」


 於結の前には、肩を大きく上下させ肩で息をする鬼娘・朱羅が立ち塞がっていた。

「於結!待たせたな!」

 

 朱羅がゆっくりと振り返る・・・

 顔を伝う血痕、裂けた服に腕の傷。


「・・・」


――紅い肌、ひたいから生える短い角・・・


「貴様!・・・貴様! まさか・・・」


 朱羅の傷つき一戦交えた跡の様子に、御影が戦況せんきょうを察しワナワナと体を震わせる。


椿つばき・・・まさか・・・貴様・・・椿つばきを・・・」

「・・・」


 目の前に突然表れた敵の鬼娘に、激怒し御影が襲いかかる。


「貴様っ!」

「グッ!」


 御影の一撃が朱羅に命中する。

 朱羅のひざがガクリと落ち・・・座り込む。

 更に一発。打倒された朱羅は床に転がる。


「・・・」

「貴様!よくも椿つばきを・・・」


 肩を震わせながら横たわる朱羅をにらむ。

 床に倒れ込む朱羅に止めを刺そうと、鬼の形相をした御影が太刀を振り上げた。


「・・・」


 その瞬間。

 於結の肩が一瞬揺らぐ。

 その華奢きゃしゃな体が御影のふところに潜り込んだ。

 腰に差していた朱色の短刀を逆手で抜くと、御影の体に刃を突き立てた。

 ・・・反射的な動きであった

 於結の短刀を握る手に生温かい血が絡みつき滴り落ちた。


「はあっ。はあっ。はあっ」


 御影は、よろめきながら後ろに一歩さがる。

 於結の着物の背中ガシリとつかむと力まかせに於結を引き離した。


「きゃあっ!」


 床に倒れ込む於結。


 勢い余って、よろめきながら数歩さがる。

 血が滴る自分の腹を押さえ・・・現実か?という目で血で染まる手の平を凝視した。


「・・・」

「御影様っ!」「御影様っ!」

 

 思わぬ事態に床に倒れていた紅玉と藍玉が驚きの声をあげる。

 御影は出血した腹部を押さえると、手の平にべっとりと着いた自分の血と於結を交互に見返した。


「お前が・・・その剣で?」

「貴様っ! 何者じゃああああ!」

 

 無機質な表情が一変し、顔がゆがむ・・・

 短刀を握る於結の姿を、目を見開き鬼の形相でにらみつけた。


「・・・」

「貴様っ!」「貴様っ!」「貴様っ!」

「俺を殺す存在かっ!」

 

 御影がワナワナと震え、両腕で自分の肩をガシリと掴む。

 

 グッ!グッ!・・・ビリッビリッ・・・羽織ていた着物を破り捨てる。

 半身が露わになった体に刻まれた梵字ぼんじの様な入れ墨が血の様に赤く浮き上がる。


「・・・」

「俺を殺す者!・・・俺を殺す者!」

「・・・」

 

 御影の広げた両方の手の平から黒炎が浮かび上がる。

 黒炎は恐ろしい妖気を放ち膨れ上がる。

 

 既に人を覆う程の大きさに膨張し、妖気で部屋の空気が揺れガタガタと鳴る。

 紅玉と藍玉は、足が震え床に座り込む。


「・・・」

「はあっはあっはあっ」

「この部屋全て!・・・いや!・・・この都・・・全て呑み込んでやる!」

「このいまわしき闇の黒炎で全ての魂を消し去ってやるわ!」


 目を吊り上げ、牙を剥き、黒炎を握る両手を震わせ、天に向かって叫ぶ。


「ゴゴッゴゴゴゴゴッ」


 黒炎は生き物の様に呼吸し、空間をゆがませる程にらぐ。


「御影っ! やめなさい!」

 

 肩を押さえながら表れた、椿つばきが戸口から叫ぶ。

 そして足を引きずりながら椿が駆け寄り、御影の前に両手を広げ立ちはだかった・・・

 黒炎の妖気は禍々しく放出され、立ち塞がる椿の体をのみみ込もうとする・・・


「シュンンンン」


 椿つばきの耳元を銀色の閃光が走った。


「バリバリッ」「バリバリッ」

 

 突然、雷鳴と地響きで部屋が揺れる。


「バキッバキッ」

 

 ドォォン!!と天井を突き破り落雷が落ちる。


「りゃああああ」

 

 黒炎に突っ込む古那・・・

 落雷が古那の振り上げた銀槍・雷霆らいていに吸い込まれる様に絡み着く・・・

 その銀槍はいかずちまとった金色の大太刀となって、黒炎を放とうとすり御影の頭上に振り下ろされた。


「・・・」

「ピカッ」


 ジリジリと火花が散る・・・


 一瞬全ての音が黒炎に込まれ・・・衝撃波が拡散する。


 濃縮された妖気を放つ黒炎が圧縮されたまりの様に変形し・・・

 真っ二つに割れた・・・

 

 そして、白い光に包まれたかと思うと、それは弾けた・・・


「ドカン」「ドカン」「ガラン」「ガラン」「ガシャン」


 御影が壁に弾き飛ばされ家具が砕け散る。


「御影っ!」

 

 椿の悲痛な叫び声が響き渡った。


「・・・・・・」

「カランッ」


 そこには、床に大の字に倒れた御影の姿があった。


「・・・・・・」


◇◆◇◆闘いの果て

「ガラン」「ガラン」

 

 砕け散った家具を払い除ける音・・・

 御影が目を開けた・・・

 

 目の前に屋根を突き抜け、大きな穴の開いた天井を見上げた。

 

 穴の開いた天井からは、輝く星がのぞく・・・


「おい! 御影おまえっ!・・・危ないだろうが!」

 

 天井の穴から見える輝く星を覆い隠す様に古那の顔が御影の顔を覗き込む。


「ふうううう」


 銀槍・雷霆を御影の喉元に当てたまま、古那が深く息を吐きながら一息つく。

 そして腰に下げた瓢箪ひょうたんを持ち、せんをポクリと抜くと、一息つく様に瓢箪から流れ出る液体を口を含んだ。


「ゴク・・・ゴク・・・」

「ふうううう」


「・・・・・・」


「貴様っ!・・・この香り・・・」


 御影は、鼻をヒクヒクさせ、辺りに漂う香りを嗅ぐ。

 左手の人差し指を自分の鼻の頭に沿える。

 

 そして古那の体を頭の天辺から爪先まで探った。

 視線が古那の手に持つ瓢箪ひょうたんで止まる。

 そして、ペロリと舌出す。

 そして左手をゆっくり差し出し、手の平を天井に広げた。

 何か貴重なものを握る様に長い指を動かした。


「その瓢箪ひょうたんを俺に渡せっ!」

「・・・・・・」


 二人は、にらみ合ったまま動かない。

 古那が手に持つ瓢箪を軽く数回振った。

 何とも言えない福与ふくよかで甘い香りが漂う。


「貴様っ!」

「・・・・・・」

 

 御影が、古那を握り潰す様に左腕を伸ばした。


「ふうううう」


 目をゆっくり閉じる。


「・・・・・・」

「おいっ!誰かっ!」

「急いで俺の部屋から桃源を持って来いっ!」

 

 御影が侍女の一人に命令した。


 ◆一献

 侍女が大事そうに布に包まれた物をかかえ戻って来る。

 抱えて来た包み奪い取り、中から白磁の陶器でできた酒瓶を取り出した。

 そして白磁の酒瓶を床に置くと胡坐あぐらをかき座り直す。

 

 古那もニヤリと笑い、御影の前にドカンと胡坐あぐらをかき座る。


「・・・・・・」

 

 御影がふところをゴソゴソと探り、さかずきを二つ取り出す。

 見事な細工さいくがされた逸品のさかずきである。


「秘蔵の酒だ!」「飲めっ!」

 

 と御影は少し照れくさそう言い、二つ並んだ盃にゆっくりと酒を満たした。

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