第20話 鬼の娘 前編 

 帝都の最南端には都の玄関口・外門にあたる羅城門がそびええ立つ。大陸の都を模した建築様式は、見上げる程に高い朱色の柱と、珍しいかわらが曲線を描く様に敷き詰められ、都の玄関口として太陽の光を浴びキラキラと輝いていた。

 羅城門から北には宮廷に続く大通りを中心に街並みが広がる。南を見渡せばいまだ開拓されていない広大な土地が広がり都のさらなる発展余地を思わせる。


 全国から集まって来る旅商人たちや住人たちで賑わうこの羅城門も夜ともなれば往来する人々の姿は無く、灯りも消え寂しい門となる。何処からともなく聞こえる怪しい獣の声が響き渡り、昼間姿を隠している野盗や無頼ぶらいの者が集まりたむろする。


 そんな夜、南に広がる大地の暗闇から、すだれで覆ったかさをかぶり、ひざまで隠れる旅のマントを固く身にまとう、一人の旅人が現れる。

 背丈せたけはさほど高くもなく、どちらかと言うと華奢きゃしゃな体格である。

 そして、無頼ぶらいの者を横目に夜の羅城門をくぐろうとする。


「おい!待ちな!」


 焚火たきびを囲んで座っていた数人の男たちの一人が立ち上がり、野太い声で通りすぎようとする旅人に声をかける。

 無精髭に軽備な胴甲冑を身に付けた男は、手に槍を持ち旅人の前に立ち塞がった。むきき出しの太い腕とほこりをかぶった風体ふうていは、兵士くずれの野武士の様である。

 男の声を合図に数人の武器を持つ男たちが旅人を囲む。

 無精髭の男は、旅人より二回りは大きく、目の前の旅人を見下ろす様に道をふさいだ。


「・・・」

「おい、お前」

「この羅城門を通りたければ、有銭ありがねを置いて・・・」

「グッウウッ・・・」


 言い終わらないうちに無精髭の男は苦しそうな悲鳴を上げる。

 地面に付いていた足が離れ、宙吊りの状態でバタバタと動く。


 「グッ」無精髭の男は、力無くうな垂れ、言葉が途切れた。


 無精髭の男の喉元のどもとに差し伸べられた旅人の腕が高くかかげられると、うな垂れる男を人形にんぎょうの様に投げ捨てた。


「なっなっ何しやがる!」


 一人の男が震える声を絞り出し、甲高い声で旅人に罵声ばせいをあびせた。


「ヒュン」


 旅人のマントのすそが小さくひるがえり、一瞬、黒い何かが光る。

 声を出した男の体がくの字に折れ曲がり、地べたに倒れ込んだ。


 囲んだ男たちは皆、息をするのも忘れ身動き一つしない・・・


 旅人は、何事も無かった様に灯りの消えた羅城門をくぐり街中に消えて行った。

 

◇◆◇◆ 降魔

 寺の本堂に火壇の炎が明々と燃えていた。

 護摩ごまかれ、顔を覆った呪術師が呪文を唱える。

 奇妙な文字が描かれたふだが炎の中に投げ込まれ、呪文と数珠の音が本堂に響く。

 呪術師の後ろには、見るからに高貴そうな数人の貴族が呪術師の真似をしていのっている。

 暫くすると真っ赤に燃える炎は、黒い炎となり、何やら形となり天井に舞い上がったかと思うとスッと消え去った。


「ぬうううっ」

「思い知るがいい!成り上がり者め!」

「一族のうらみ・・・思い知るがいい!!」

「・・・」

われが封印を解きし魔物に食われるがいい!」

「・・・」


 呪術師の後ろに居た貴族の一人が燃え盛る炎に両手をかざし悪鬼の様な表情でさけんだ。


 ◆

 都の人々が寝静まった頃。


「カンッ!カンッ!カンッ!」

「カンッ!カンッ!カンッ!」


 突然、都に火事を知らせるかねの音が鳴り響いた。

 南の方角。羅城門の辺りがオレンジ色の明かりに包まれていた。

 周辺の城下町に火の手が上がり、燃え上がる炎は一つの町を呑み込み、火柱となって天に昇っていた。

 都を警備する為に設置されている官邸では兵士たちの様子が慌ただしくなり、各々の兵士たちは急ぎ対応に走った。

 官邸にいた渡辺小十郎も衛兵用の甲冑を素早く着こむと、馬にまたがりすぐさま朱雀大路を南へ、炎の上がった羅城門へ向かった。

 途中、現場に駆け付ける衛兵隊と合流する。

 既に武装した兵士たちが集まり現場に向かおうとしていた。


「状況は!?」


 馬にまたがったまま、小十郎は衛兵隊の隊長に問いかける。


「少佐!大変です」

「”魔物”が数体、南町に現れ町を襲撃。六波羅の院に向かっております」

「火の手が上がり現場は混乱しております」

「六波羅の院だと!」


 退位された前の帝・上皇が住まう院の方角であり、今、都で権力を振るう平家の本拠地である。


「すぐに討伐とうばつにでかけるぞ」


―――今までこんな事は無かった、”魔物”とは単独で現れ闇で密に暗躍し、人を襲う。こんな大規模に襲って来る事があるのか。


 小十郎と騎馬数十騎は、火の手の上がる町へ馬を走らせた。


◇◆◇◆ 防衛戦

 六波羅の官邸に架かる橋のたもとに衛兵の主力部隊が集結していた。

 火の手が回った町は、火の粉が舞い木材の焦げた匂いが漂う。

 既に家屋は崩れ落ち瓦礫がれきが散乱していた。

 燃え上がる炎を背に手足を動かす数体の黒い影。

 金切り声を上げながらゆっくりと動いている。


「ここから先は、絶対に通すな!」

「我ら衛兵隊の威信いしんにかけて阻止そしするのじゃ!」

「弓隊!前!・・・矢っ!放て!」


 かけ声と共に弓隊の矢が次々放たれ、弧を描きながら動く黒い影に落下する。

 黒い影の侵攻は一瞬止まるが、また何事も無かったかの様に前へ進む。


「皆、さがれ!」「俺がヤル!」

 

一人の武者が弓隊の前に進み出ると、背ほどもある大弓をつがえ、赤く光る目に狙いを定め、矢を放つ。


「ブンッ」と重く鈍い音・・・


 一本の矢が黒い影へ、続けて数本の矢が黒い影に一直線に走る。


「ブンッ」「ブンッ」


 黒い影は、キイイイッと悲鳴を上げる。

 矢を射られた”魔物”は、その場でクルクルと回転し奇声を発する。

 魔物の硬い皮膚に対応した撃退用の鏑矢かぶらやである。


「よしっ!効いているぞ!」

「突っ込め!」


 薙刀を構えた重装備の武者たちが黒い影に向かって突っ込んで行く。

 数人が左右に弾かれ地面に転がる。

 しかし、はちの様に魔物に襲いかかる重装備兵はひるまず薙刀を黒い影に突き立てた。

 魔物の甲高い奇声と共に黒い影は動かなくなり・・・やがて消えた。


 ◆

 朱雀大路の六条あたり。小十郎の率いる騎馬隊が六波羅に向かう魔物たちの背後から攻撃を仕掛け掃討そうとうしていた。 


「ふううう」


 小十郎は、呼吸を整える様に大きく息を吐いた。

 四つ足で地面に立つ妖獣。牙を剥いて小十郎を威嚇いかくする。


―――既に数十匹は、斬り倒したか?

―――手に持つ長巻ながまきの刃は、既に刃こぼれし、これ以上は斬れない。


 こちらの隊は、素早い動きの妖獣に善戦したもののほぼ全滅の状態である。

 今も小十郎のすきねらい襲いかかろうと小十郎をにらむ。

 妖獣の後方には、馬の四倍はある巨大な土蜘蛛が家屋を破壊し進んでいる。


―――この装備、この手勢で巨大な土蜘蛛を防げるのか?


「ふううう」


 目の前の敵をにらむと、大きく息を吸い長巻を構え直す。


「小十郎っおおお」


 空から声が聞こえた。

 小十郎の背筋にゾクッと震えが走り、瞬間、空を見上げ目を見開く。


「待たせたなあああ」


 空から小さな古那が降って来る。

 ストンと馬の背に着地する。


「六波羅は、かたが付いたぞ! 後はここだけだ!」


 と、言うと馬の背を蹴りひとっとび。牙を剥く妖獣に向かって跳躍した。

 銀色の光の残像が妖獣たちに跳び移るたび、獣たちが地面に倒れ泡の様に消えて行く。


 妖獣たちを一掃した所で古那が小十郎の騎乗する馬の背に跳び移った。


 立ったままの小十郎は、目を見開いたまま動かない。

 目の前で次々と倒れ、泡の様に消えて行く妖獣と古那の声が不釣り合いに思えた。


 ゾクッとした”もの”が背中から肩、首筋にかけ登り、頭の天辺を抜けていった。


―――この男に勝てるのか?


 自分自身の問答に口元がこわばる。


「さあっ。小十郎。あのデカい敵を倒に行くぞ」


 古那の一言で小十郎は、現実に引き戻された。

 我に戻った小十郎は古那の涼し気な顔を見る。


「・・・・・・」


 そして手に持つ長巻ながまきほうると、腰に差す太刀のつかを握り、さやから抜き放った。

 小十郎は歯を食いしばる・・・


「ぐっうううう」


 太刀を強く握り直し、上段に構える。

 そして何か意を決した様に一直線に巨大な土蜘蛛に向かって突っ込んでいった。

 


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