冥護の槍士と十六夜の鬼 ～一寸法師鬼譚・帝都編

第12話 羅刹の鬼 後編

　その美しい母鬼は、切れ長の目をさらに細め、目の前の二人を交互に見た。

　褐色の赤い肌、肩口で結（ゆ）われた黒髪、妖艶で美しい顔立ちに漆黒の瞳。額（ひたい）から生える二本の短い角。そして時折のぞく鋭く尖った二本の牙。

　古（いにしえ）の伝説にある羅刹（らせつ）の女鬼である。

　齢（よわい）、何歳であろうか？

　その妖艶な美しさは、人の生気（せいき）を吸い、血肉を喰らい保っているのか？

　背丈（せたけ）ほどある大太刀を涼（すず）し気に担（かつ）ぎ、肌に刺さる殺気を漂（ただよ）わす。

「かかって来い！」

　その美しい顔からは想像できない程の殺気を放った。

「・・・・・・」

「古那殿。ここは拙僧（せっそう）が御相手する」

「フンッ」

　母鬼が鼻を鳴らす。

「貴様ごときが、私に敵（かな）うと思うてか」

「小さいの・・・主（ぬし）のその奇妙な技と闘いたい・・・」

　と、肩に担ぐ大太刀を右手で振り上げると、今、名乗りを上げた弁慶の動きを制する様に太刀の鞘先（さやさき）を弁慶の喉元に向け、睨（にら）んだ。

「・・・・・・」

　母鬼が目の前に立つ弁慶の目を見据（みす）える。

「・・・・・・」

　そして目を細めると細い顎（あご）をしゃくる。

「貴様あ・・・血が混ざってるな・・・」

「・・・・・・」

　と母鬼は低い声で言うと、ゆっくりと舌なめずりをする。

「ふんっ。面白い、先に相手してやろう」

「これを使えっ」

　母鬼は部屋の中央に飾（かざ）ってあった大太刀を一本、手に取ると弁慶に投げ渡す。

「ガシャン」

　突然投げ渡された大太刀を弁慶が左手で受け取った。

　金銀で装飾された蒔絵（まきえ）ごしらえの鞘（さや）が光に反射して煌めいた。

「・・・」

　辺りが静まり返る中、母鬼が過去を懐（なつ）かしむ様に話を続ける。

「その太刀はなあ・・・」

「“鬼”を斬る事ができる太刀じゃ」

「昔・・・私が打倒した者から奪（うば）い取った太刀」

「その太刀で国（くに）が一つ買える程の代物（しろもの）じゃ」

「私に勝ったら・・・その太刀を貴様にくれてやるぞ」

　と口元を引き上げニヤリとする。

「・・・・・・」

　そして母鬼は、手に持つ背丈ほどもある大太刀を収めていた鞘（さや）からゆっくりと刃を抜き放つ。

　恐ろしいほどに鮮明に浮き立つ刃紋（はもん）の大太刀を自分の肩に担（かつ）いだ。

　◆血戦

　羅刹の母鬼は殺気を纏（まと）い、一歩、二歩、ゆっくり弁慶に近づきながら大太刀の長い柄（つか）を握り直した。

　ザンッ！と母鬼が残像を残し跳躍する。

　と同時に肩に担（かつ）がれた大太刀が横一閃。弁慶の首元を狙（ねら）う。

「ドゴンッ」

「ガシャンッ」

「ドコンッドコンッ」

　大男の弁慶がまるで人形の様に壁に吹き飛ばされた。

　勢い余った大男の体は家具もろとも壁に打ち付けられる。

「弁慶の兄貴っ！」

　三郎の声が漏（も）れる。

「・・・」

「フンッこんなものか？・・・」

　母鬼が牙を鳴（な）らす。

「・・・・・・」

「ガランッ」「ガランッ」

　壊れた家具を払いのける様に床に倒れた弁慶が身体を起こす。

「ヒュウー」「ヒュウー」

　甲高い息の音と共に弁慶が立ち上がった。

　母鬼が含み笑いを浮かべる。

「やはり・・・楽しませてくれる・・・」

　弁慶が身体の埃（ほこり）を払いながら、古那に目を向けた。

　古那も仁王立ちで両腕を組み、含み笑いを浮かべる。

「・・・」

「フッフフッ」

「ハッハッハ」

　突然、弁慶が肩を震わせながら笑い、天井を見上げた。

「ああっ」

―――　儂は、何と冷静なのか・・・

―――　以前の儂なら・・・我（われ）を失い暴（あば）れていたが

―――　ああっ・・・古那殿・・・感謝申し上げたい・・・

　弁慶は左手に持った大太刀を顔の前に掲（かか）げると、太刀の柄（つか）を握り、鞘（さや）に収まった大太刀をゆっくりと引き抜いた。

　美しい直刃の刃紋がキラリと光り、鋭利な剣先が現れた。

「・・・・・・」

　その研ぎ澄まされたその刃（やいば）に男の顔が映る。

　そこには闘気を滲（にじ）ませ、瞳を輝かせる自分の顔。

　そして尖った牙が映っていた。

「うおおおっ」

　弁慶が、母鬼に向かって走り、跳躍する。

「・・・」

「ガキンッ」

　鋭く振り抜いた渾身の一太刀。

　大太刀と大太刀が交差する。

　甲高い金属がぶつかる音に火花が散る。

　弁慶の一撃を受けこらえた母鬼が、一歩さがり踏（ふみ）み止まる。

　交差した刃（やいば）の向こうに美しく笑う面妖（めんよう）な顔と白く尖った牙が覗（のぞ）く。

「ぬおおおおおっ」

　鍔（つば）ぜり合いのまま、母鬼が弁慶を力で押し戻す。

「キンッ」

　二人は、後ろに飛ぶように跳躍する。

　と同時に母鬼が上段より太刀を振り下ろす。

　これを弁慶が紙一重でかわす。

　瞬間。振り下ろした太刀がひるがえり下段から斬り上げられる。

「バシュ」

　血しぶきが天井に舞う。

　床に一滴、二滴と血が落ちる。

「シャ」「シャ」

　母鬼の重心が下がったと思った瞬間、息もつかさず鋭い大太刀の突きを繰り出してくる。

　辛うじて弁慶は繰り出された大太刀を凌（しの）ぐ。

　◇

　二人の太刀を交える金属音と家具が破壊される音が続く・・・

　弁慶は、間合いを取る為に横に転がる。

　そして、首にかけた長い数珠を外し左手に握りしめた。

「念仏（ねんぶつ）でも唱（とな）えるかえ？」

　母鬼の期待した高揚感が言葉となって投げかけられた。

　肩を上下させ大きく深呼吸をすると、カッと目を見開く。

　念仏（ねんぶつ）を短く唱（とな）えると、弁慶の体がフワリッと揺（ゆ）れた。

　右手に鬼切りの太刀、左手に数珠。

　まるで生き物の様に操（あやつ）る太刀と数珠で攻撃を仕掛ける。

「シャア」「シャア」「キンッ」

「ほううう。面白い！」

　母鬼は、左右の攻撃を見事にかわし、隙（すき）を見ては刃（やいば）を繰り出す。

　攻撃しているはずの弁慶の着物が裂け、徐々に血が滲（にじ）む。

「・・・」

　母鬼の刃が弁慶を捉（とら）えた。

　薙（な）いだ刃が弁慶の首を狙う。

「キッ」

「何っ！」

「何故（なぜ）っ斬れぬっ」

　左手に巻きつた数珠が、大太刀の刃を受け止め、弁慶の首を護る。

「何じゃその数珠は？」

「ギリギリ・・・ギリギリ」

　母鬼はすかさず前蹴（まえげり）りを弁慶の腹に食らわす。

「ぐっ」

　踏み込む母鬼。後ろに跳び退る弁慶。

　二人は睨（にら）み合う。

　母鬼は大太刀を右上段に構えると細く息を吐いた。

　高く掲げられた大太刀が闘気で霞（かす）んだ。

「貴様ああああ斬り倒す！」

　母鬼が前に出る。

　◆決着

　二人は幾合ほど打ち合ったか。

「ふっ」「ふっ」

　さすがの偉丈夫な二人も次第に息が上がり、体から蒸気を発する。

　時折、母鬼のはだける着物姿に父鬼がハラハラし始める。

　弁慶が息を吸い、力を溜める様に呼吸を整える。

　そして上段に振りかぶり太刀を振り下ろした。

「キイインッ」

　先ほどとは異なる金属音・・・

　母鬼の大太刀が折（お）れ飛んだ。

　一瞬、弁慶の力が緩（ゆる）んだ。

　母鬼は弁慶の左手首を握（にぎ）ったかと思うと、右手で首を掴（つか）み、この大男を投げ飛ばした。

「ぐふっっっ！」

　床に叩きつけられた弁慶。

　意識が一瞬飛ぶ。

「ぐふっ」

　母鬼は、床に仰向（あおむ）けになった弁慶に跨（またが）り、弁慶の動きを制した。

　母鬼の熱気をおびた褐色の肘（ひじ）が、弁慶の首根っこに強く押し当てられる。

　そして母鬼の美しく面妖な顔が弁慶の顔に近づき牙をむいた。

「どうじゃあああ・・・降参（こうさん）か・・・」

　低く甘（あま）い声でたずねた。

「・・・・・・」

　既に弁慶の闘気は消えていた。

「殺せっ」と言い放つと目を閉じた。