第41話 思わぬ来訪者

 翌日は朝から小雨が降る、生憎の天気だった。

 気が付けば季節は夏から秋になっていて、朝晩は冷え込むようになってきた

 メリダが急いで作ってくれた朝食を済ませ、私はスコーンとピコピコハンマーで叩き合って遊んでいた。

 アリスがビスコッティと並んでソファに座って、静かにホット青汁を飲み、リナとララが人間状態のエメリアをくすぐって遊んでいた。

 そんな暇な時間を過ごしていると、玄関の扉がノックされ、エメリアが扉を開けた。

「こんにちは」

 入ってきたのはメリスさんで、窓からみえる外では、テントの撤収作業をやっていた。

「あれ、どうしたの?」

「はい、研究所の寮が完成したので、そちらに移ろうかと思いまして。研究所本体の方は、まだ工事中です」

 メリスさんが笑みを浮かべた。

「分かった、本格的に寒くなる前でよかったよ」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、ありがとうございました。これ、少ないですが家賃ということで……」

 メリスさんが差し出した封筒を、私は素直に受け取って笑みを浮かべた。

「まだ寮しかありませんが、よろしければ遊びにきて下さい。あと、時々ドームをお借りするかもしれません。その節は、よろしくお願いします」

「うん、空いてるからいつでもどうぞ」

 私は笑った。

「テントは畳んで庭におきますので、回収をお願いします」

「分かった、ありがとう」

 メリスさんは頭を下げ、玄関の扉を閉めた。

「パステル、ゲームの続きをしよう。千回叩くか、ピコピコハンマーがぶっ壊れるまで、お互いに叩くんでしょ!!」

 スコーンは笑った。

「そうだね。やろう!!」

 私は笑った。


 メリスさんたちが畳んでくれたテントを回収し、また広くなった庭を眺めていると、小雨の影響もあって、人通りが少ない門の先にある道に、家の呼び鈴を押そうとしている女性が二人いた。

「はい、どうしました?」

 私は声をあげ、門に向かって近寄っていった。

 しばらくすると、ド派手な発砲音が聞こえ、私の目に着弾して土が飛び散った。

「うわっ!?」

『シノ、威嚇射撃。目の前の二人は拳銃を抜こうとしてた』

 無線にシノの声が聞こえ、私はどうしていいか分からなくなった。

 見た目も発する気配もごく普通の人なので、危険人物とは思えなかったのだ。

「凄いですね、五十口径ですが。あっ、これは失礼しました」

 女性二人が同時に両手を揚げ、敵意がない事を示した。

「こちらこそ失礼を。よく見抜きましたね。防御もしっかりしているようで、さすがです。私はミス・パンプキン。こちらはハウンドドッグ。いうまでもなく、コードネームです」

 にこやかな笑みを浮かべるミス・パンプキンに、私は思わず顔が引きつってしまった。

「こ、コードネームということは、裏仕事の……」

「はい、仲間です。ちょっと用事がありまして、スカーレット・ニードルとウォードッグに……失礼、ビスコッティとアリスに会いに伺いました。お二人ともご在宅ですか?」

「はい、いますよ。どうぞ……」

 門を開けて二人を招き入れた瞬間、家の扉をバタンと凄まじい勢いで開き。ビスコッティとアリスが世界新記録でも出しそうな勢いで飛び出てきて、門を通ったばかりのミス・パンプキンとハウンドドッグに思い切り殴りかかったが、二人にあっさりねじ伏せられ、指で作った拳銃の人差し指を押し当てた。

「バン!! 二人とも戦死ですよ。甘いです。警戒していないときほど警戒していると、いつも教えているでしょう」

 ミス・パンプキンが笑った。

「わーい、これで六百六十六連勝!!」

 笑顔を浮かべたハウンドドッグを強引に引き剥がそうとして、ジタバタしていたアリスが、やがてため息を吐いた。

「なんの用だ。ここには近寄らない約束だぞ」

「はい、全くです。いい加減放して下さい」

 わざと未舗装にしてある庭の道に叩き付けらたビスコッティとアリスが、泥でベトベトになった服をバタバタやって少しでも泥を落とし、ミス・パンプキンとハウンドドッグが改めて門を潜った。

「それにしても、落ち着いたいい家ですね。私も欲しくなってしまいます」

 ミス・パンプキンが笑った。

「十丁目で見つけた空き家、あれ分譲でしょ。買っちゃえば!!」

 ハウンドドッグが笑った。

「なるほど、それも一考ですね」

 ミス・パンプキンが笑った。

「全く、なにをしにきたのですか?」

 不機嫌そうな顔で、ついでに私をビシバシしながら、ビスコッティがゆっくり歩いていった。

「全くだ。まさか、ドジ踏んで逃げてきたわけじゃないだろうな?」

 やはり不機嫌そうなアリスが、ビスコッティと交互に私をビシバシしながら、ゆっくり歩いていった。

「ちょっと、パステルさんが可哀想だよ。お仕置き!!」

 ハウンドドッグがアリスに『膝かっくん』をして転ばせ、ビスコッティをビシバシして私を地面に下ろしてくれた。

 ちなみに、ビスコッティのビシバシは、右手で胸ぐらを掴んで宙吊りにして逃げないようにして、ひたすら往復ビンタをかますという極悪なものだった。

 ハウンド・ドッグはアリスより少し背が高い。

 それを利用して、ハウンドドッグはアリスの胸ぐらを掴んで、思い切りビシバシしはじめた。

 ビシバシを終えたハウンドドッグはアリスを地面に立たせ、胴体に痛烈な右回し蹴りを叩き込んだ。

「よし、これで終わり!!

 ハウンドドッグが笑った。

「……おい、共闘だ」

「……はい、分かっています」

 アリスとビスコッティが呟くと、玄関前はド派手な乱闘がはじまった。

「え、えっと、そのあの……」

 私は呆然としてしまい、思わず拳銃を抜いてしまった。

 その途端、発砲音が聞こえて私の足下に弾丸が着弾し、騒ぎの中からハウンドドッグが私に飛びついた。

「あなたはいい人。だからダメ。それは、本当に必要な時だけに抜いて!!」

 私が拳銃をホルスターにしまうと、ハウンドドッグは私の手を引いて乱闘のど真ん中に放り込んだ。

「遊ぼう!!」

「ぎゃああ!?」

 攻撃が私に一点集中し、一瞬でヘロヘロにさせられた。

「どけ、邪魔だ」

「パステル、退かないと後でビシバシですよ!!」

「すでにビシバシだよ!!」

 さすがにこれにはブチ切れて、私は一番弱そうなビスコッティを狙った。

「この野郎!!」

「踏み込みが甘い!!」

 ビスコッティが完全戦闘モードで私といったん距離をあけ、指をバキバキ鳴らして、額に怒りマークを浮かべながら構えた。

「……やばい」

 私はジリジリと後ずさって徐々に距離を開けた。

「殺しはしませんが、痛いですよ……」

 にこりともせず、私を見つめたビスコッティの怒りマークが消え、凄まじい殺気を漂わせはじめた。

 その時発砲音が聞こえ、ビスコッティの肩を弾丸が掠めて飛んだ。

 くぐもった声をあげたビスコッティは、その場にひっくり返ってしまった。

「これが必要な時だよ。あんなの相手にしたら、ただじゃ済まないから。ナイフくらいだしちゃうかもしれないし。命は大事だよ!!」

 ハウンドドッグが笑った。

「はぁ、どうなるかと……。ビスコッティも頭が冷えただろうし、傷の手当てしてやるか」

 私は地面に倒れたままのビスコッティに近づくと、地面にひっくり返ったまま泣いていた。

「ちょっと、プロなら泣かないでよ……」

 私は苦笑して、呪文を唱えた。

「ほぎゃあ!?」

 傷が塞がると当時に、ビスコッティが悲鳴をあげた。

「な、なに!?」

「なんですか、その回復魔法は。相手に対する愛情が足りません。もっとこう……勉強し直しです!!」

 ビスコッティが私をビシバシし、ついに気合いがなくなってしまった私の意識は、きれいにすっ飛んだ。


 気が付くと私はきれいにされて、自室のベッドに寝かされていた。

「あっ、起きた。スコーン、起きたよ!!」

 見守ってくれていた様子のハウンドドッグが、窓際で誰かのポエムを音読していたスコーンに声をかけた。

「あっ、起きた!!」

 スコーンがおならをして椅子から立ち上がり、私の額に手を当てた。

「大丈夫、熱も下がったよ。一時的なものだね!!」

 スコーンが笑顔になった。

「あれ、何時間経ったか分かる?」

「私が発見した時から約一時間かな。乱闘が終わる気配がなかったから、金だらいを人数分落としたら、やっと冷静になってくれたよ。今はお風呂に入ってるはず」

 スコーンが笑った。

「そっか、それじゃ私も入るかな」

 私は笑みを浮かべ、ゆっくり状態を起こした。

「あの金だらいなんなの。すっげぇ痛かったけど!!」

 ハウンドドッグが笑った。

「そうなねぇ、変な魔法ならいくらでもある。ちなみに、重さを変えられるよ。今回は一番軽い五百グラムだったけど、結構痛かったでしょ?」

 スコーンが笑った。

「そっか、面白いな。私は魔法は使えないし、パンプキンもダメなんだよ。アリスはなんか使えるようになったみたいだけど、基本はビスコッティだけなんだ。これで、仕事をやっているだよ!!」

 ハウンドドッグが笑った。

「それは大変だね。ビスコッティの攻撃魔法はイマイチだからなぁ。回復専門だと思うから」

「あー、こっちじゃそうしてるんだ。ビスコッティの攻撃魔法は半端ないよ。いつも使うのは『アイス・アロー』とかいう氷の矢を使うけど、頑固な敵には『アイス・ボール』とかいう、でっかい氷の球を放って、敵を氷漬けにして粉砕するんだよ。これ以外は人に教えるなっていわれてるから、いわないけど!!」

 ハウンドドッグが笑い、スコーンが目をギラッと光らせ、細く笑みを浮かべた。

「いいこと聞いたよ。ねぇ、ハウンドドッグ。拷問は得意?」

「得意ってほどじゃないけど、心得くらいはあるよ。誰をシバキ倒すの?」

 ハウンドドッグが楽しそうにいった。

「ビスコッティ。使える魔法を全部吐かせる」

「それは大変だね。そういう事が得意なミス・パンプキンでも、多分吐かないと思うよ。魔法はそのくらい大事だっていってた!!」

 ハウンドドッグが笑った。

「……うん、まともな魔法使いだね。師匠として嬉しいよ。まあ、よしとしようかな」

 スコーンが笑った。

 

  風呂に向かうと、なにかの言い合いをしている声が聞こえてきた。

「あれ、まただよ。穏やかにできないものかな」

 ハウンドドッグがしょんぼりしてしまった。

「あ、ああ、大丈夫。今度は止めるから!!」

 小さく息を吐いたハウンドドッグが服を脱ぎ、私とスコーンも服を脱いでカゴに入れると、三人で脱衣所に入った。

「……なにしてんの?」

 浴室の扉を開けると、私は思わずジト目になってしまった。

 中ではビスコッティ、アリス、ミス・パンプキンがタイルに石けんを塗りたくり、ツルツル滑って遊んでいた。

「こら、マナー違反だぞ!!」

 ハウンドドッグが叫び、スコーンがため息を吐いて呪文を唱えた。

 すると、湯船から大量の湯があふれ出て、タイルのスベスベを押し流した。

「次ぎにやったら燃やすよ!!」

 スコーンが怒鳴った。

「……はい、ごめんなさい」

 ビスコッティが体の泡を落とし、湯船に浸かった。

 他の三人も同じように泡を落として仲良く湯船に浸かり、穏やかに会話をはじめた。

「全く、いい大人が……」

 私はため息を吐いた。

「つい乗ってしまって」

 ミス・パンプキンが頭を掻いた。

 その時、風呂の湯船の端からお湯の中を回転しながらやってきたスコーンをキャッチして、股の間に座らせた。

「どう、おならロケット!!」

「……おいおい」

 私は苦笑した。

「マナー違反!!」

 私の横にいたハウンドドッグが、スコーンの耳を引っ張った。

「痛いよ!!」

「ダメだよ!!」

 スコーンは逆にハウンドドッグの耳を引っ張った。

「ここは家のお風呂だもん。どうでもいいじゃん!!」

「イタタ!?」

 ハウンドドッグが慌てて離れた。

「やったな。こうしてやる!!」

 ハウンドドッグはスコーンの髪の毛を引っ張り、短髪なのに無理やり三つ編みを作った。

「イタタ!?」

「どうだ!!」

 私は勝ち誇るハウンドドッグにゲンコツを落とし、スコーンの三つ編みを解いた。

「いいから静かに入りなさい。全く」

 私は苦笑した。

「分かった!!」

 ハウンドドッグが素直に返事した。

「分かったよ。それにしても、ビスコッティたちはなにを話しているのやら……」

 私たちより少し離れた場所で、アリス、ビスコッティ、ミス・パンプキンが話しをしていた。

「聞かない方がいい会話だよ。近づかないように、私がお目付役で付き添っているんだ」

 ハウンドドッグが笑った。

「そっか、無理に聞こうとは思わないし、必要なら話してくれるでしょ」

 私は笑みを浮かべた。


「うん、情報収集だ。ああみえて、ミス・パンプキンはそれが得意でな」

 風呂上がりのビールを飲みながら、アリスが笑みを浮かべた。

 ちなみに、セコい事にビスコッティ専用冷蔵車に詰まっている缶ビールを飲むと、飲んだ分を補充するか、三クローネを支払わないといけないと、勝手にルールが定められている。

 格安店で買えば、缶ビールは一本二クローネくらいだが、アリスは面倒だと箱買いして、キッチンに適当に床へ放り出していた。

「そうなんだ。なんの情報だかは聞いておかない事にする」

 私は笑った。

「まあ、聞かない方がいいだろうな。しかし、風呂から出てこないな」

 アリスが笑みを浮かべた。

 今度はミス・パンプキンとハウンドドッグ、ビスコッティが湯に浸かりながら話しているはずだった。

「まあ、お前らも飲め。大した用事じゃないのに、わざわざくるとはな」

 アリスがキンキンに冷えた缶ビールを、私とスコーンに渡してきた。

「私はあまり飲めないけどね」

 思わず苦笑してから、私は缶ビールのプルトップを開けた。

「ビールは苦手なんだけどな……」

 スコーンが苦労して缶のプルトップを開け、チビチビ飲みはじめた。

「そういえば、ミス・パンプキンがマッピングの仕方を教えて欲しいといっていたぞ。まあ、仕事で家に侵入する事もあるし、いつも脱出経路の策定に手間取るからな。来た道を引き返せばいいなら苦労しないが、予備経路をいくつか用意するのが普通だからな」

 アリスが笑った。

「マッピングって、そこを隅々まで歩かないとダメだよ。構造図があれば見当はつくけど、精度に欠けて使い物にならないかも……」

 私は苦笑した。

「そこをなんとかお願いしたいのです。なにか、コツのようなものがあれば……」

 いつの間に風呂から上がったのか、ミス・パンプキンとハウンドドッグ、ビスコッティが服を着て、私の周りに集まっていた。

「あっ、三人ともビールを飲んでいますね。また冷蔵車に入れないと!!」

 ビスコッティが三人分の缶ビールを取りだし、一度冷蔵庫の缶を取りだし、床の箱からせっせと一番奥に収納し、また缶を元に戻した。

 まあ、それはいいとして……。

「マッピングは自己流で覚えるしかないですよ。まあ、家なら家で構造さえ分かれば、大体の目安は分かりますが」

「それで結構ですよ。例えば、この家はどうですか?」

 ミス・パンプキンが空間ポケットから、大きな家の構造図を取りだして、リビングのテーブルに広げた。

「これはどうですか?」

 ミス・パンプキンとハウンドドッグが笑みを浮かべた。

「こら、巻き込むな。それは、今度の仕事のやつだろ」

「ダメです。パンプキンは怖いので、師匠をビシバシします!!」

 ビスコッティが、いつものビシバシをスコーンにぶちかました。

「ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい」

 ビスコッティは笑みを浮かべた……なんてのは、どうでもいいとして。

「構造図を見るくらいよくない?」

 私は笑みを浮かべた。

「それは、この仕事の秘密を知る事だぞ。責任を負う覚悟はあるのか?」

 アリスがビールを一口煽った。

「はい、分かっています。あくまでも、パステルさんは私が出したクイズに答えただけです。この構造図を知っているのは四人チームの私たちだけ。もちろん、対価はお支払いしますし、すでに私とコネがある方々をこの町に配置してあります。安全は保証をしますよ」

 ミス・パンプキンが笑った。

『こちらシノ。怪しい人物が続々とこの町に入ってきている。警備団に連絡は?』

 無線でシノの声が聞こえた。

「はい、警備団の団長さんにはお話ししてあります。そうでなかったら、いかにも怪しい私やハウンドドッグは、この町に入れなかったでしょう」

 ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。

「そっか……。シノ、話しは通ってるらしいから、大丈夫だよ」

『了解。監視を続ける』

 シノから返答があり、私は小さく息を吐いた。

「そういえば、なかなか優秀な狙撃手がいるようですね。ご挨拶したいものですが、狙撃手は見つからずに監視をするのが主任務。絶対に、顔を出さないでしょうね」

 ミス・パンプキンが笑い、ハウンドドッグがニヤッとした。

「この家の屋根にいるよ。すぐに分かった。まだまだ、隠れ方が甘いよ!!」

 ハウンドドッグが笑った。

「あれま、気づかなかったよ。あとで、シノに話しておこう。それで、この構造図か……」

 私は図面を見て検討に入った。

「入る場所は玄関かな?」

「はい、そこしかないのです。危険なのは承知です」

 ミス・パンプキンが息を吐いた。

「それで、普段は二人で行動している私たちが組んで、四人でやる事にしたんだよ!!」

 ハウンドドッグが笑った。

「そっか、それでこんなものを……。うーん、確かに隙がない。窓を突き破るわけにはいかないし……」

「ここのガラスは防弾です。破壊するのは現実的ではありません」

 ミス・パンプキンが真面目な顔で、呟くように声を出した。

「そっか、そうなると出入りは玄関しかないかな。危険だけど、それは変えようがないね。こことここ、絶好の罠ポイントだから気をつけて。まあ、アラームが鳴る程度だろうけど、それが油断ならないから。気になったところにマーキングしていいのかな?」

「はい、どうぞ」

 私はペンを取り出し、罠や構造上なにかありそうな場所を次々に丸で囲って満足した。

「あくまで、図面をみて私が感じた事を書いただけだよ。当てにはならないかな」

 作業が終わって、私は笑みを浮かべた。

「いえ、参考になります。ありがようございました」

 ミス・パンプキンは頷き、ハウンドドッグが空間ポケットから札束をポンポン取りだしはじめた。

「報酬は三百万クローネです。口止め料も込みですよ」

 ミス・パンプキンが笑った。

 合計三百万クローネの現金がテーブルに置かれ、ミス・パンプキンが図面を畳んで空間ポケットにしまった。

「うん、パステル。絶対に秘密だぞ。じゃないと、私とビスコッティはお前を始末しなければならん。だから、巻き込みたくなかったんだがな」

 アリスがため息を吐いた。

「もう忘れたから大丈夫。それに、町中に怪しい人がいるんでしょ。問題ないよ」

 私は笑った。

「これは、私の責任です。なにも起きないように、必要な人材を配置しました」

 ミス・パンプキンが笑った。

「まあ、いいがな。とりあえず、ビールを飲もう。温くなったらもったいないからな」

 アリスが笑みを浮かべた。


 メリダが忙しいので早めに昼を食べた頃、外の天候は荒れ模様になってきた。

「夏と秋の入り口らしいね。ちょうど雨期か」

 私は窓の外を見ながら、小さく笑みを浮かべた。

「はい、これが仕事の時に邪魔なんです。痕跡を残してはいけないのですが、どうしても床などに足跡が残ってしまいますし、ずぶ濡れでターゲットに近寄ろうものなら、顔に水がかかれば、起きてしまいかねません。まあ、そこはなんとかするのですが……ビスコッティの掃除は速いですよ。床の拭き掃除から始末したターゲットの掃除まで、手早く片付けてくれます」

 ミス・パンプキンが笑った。

「あなたたちが遅いだけです。最後に出るので、何回酷い目にあったか」

 ビスコッティが苦笑した。

「それで、ここにきた本当の理由。そろそろ明かしたらどうだ?」

 何本目かかの缶ビールのプルトップを開け、アリスが笑みを浮かべた。

「それは、ハウンドドッグがうるさかったのです。どんな環境で平時は過ごしているのかと。私も興味があったので、素直に遊びにきただけですよ。なかなかいい雰囲気ですね」

 ミス・パンプキンが笑った。

「うん、これはいいね。私たちなんで、ボロ宿の一部屋を借りてるだけだよ。サカスシティの!!」

 ハウンドドッグ笑顔に、ミス・パンプキンのパンチがめり込んだ・

「街の場所まで教えなくていいです。全く」

 ミス・パンプキンが、アリスが放った缶ビールを受け取り、プルトップを開けて飲みはじめた。

「痛いな~。ああ、そうだった。諸般の事情で、しばらくこの町に滞在する事になるかもしれないんだけど、宿はある?」

 ハウンドドッグが笑みを浮かべた。

「うん、あるにはあるけど、ここは街道沿いではあるけど、バスとかトラックは通過しちゃうからね。小さい宿が一件だけあるよ」

 私は笑って胸ポケットの無線機を取り、宿のオッチャンを呼び出した。

「おーい、二人分空いてる?」

『なんだ、客か。空いているぞ……といいたいところだが、新しくできた食堂の味がもう評判になってな。たまたま立ち寄ったトラックの運転手が、無線で仲間内に連絡したらさっそく行こうと、普段ならここを通過してしまう連中で、広場がすし詰め状態になっているほどだ。そこに長距離バスが加わって、休憩に俺の宿を使ってくれるから空き部屋は物置兼用の予備部屋しかない。そこはダメだろ?』

「そうだねぇ、物置もなくなっちゃうしあまりにも可哀想だからね。分かった」

 私は苦笑して無線機を胸のポケットに戻した。

「なんだか大混雑みたいで、一件しかないボロ宿が満室らしいよ。困ったね」

「そうですか。では、その辺りの路地でテントを張りましょうか」

 ミス・パンプキンとハウンドドッグが笑った。

「うん、そういうの大好き。慣れっこだし!!」

 ハウンドドッグが笑った。

「そっか……。この家でいいならいいよ。空き部屋が一つしかないし、ベッドが一つしかないけど」

 私は苦笑した。

「それはいけません。みなさんに迷惑が掛かってしまいます」

 ミス・パンプキンとハウンドドッグが笑った。

「おいおい、簡単に泊まっていけなんていうもんじゃないぞ。要するに、今までのヤサがバレて攻撃されたから、ここに逃げてきたんだよ。ただの見学でくるはずがないからな」

 アリスが頭を抱えた。

「はい、そうでしょうね。心情としてはそうしたいのですが、この家自体が危険になってしまいます」

 ビスコッティがため息を吐いた。

「お察しの通りです。ここしか逃げ込むあてがなかったので、急ぎ逃げてきたという事もあります。ですから、私たちはこの家から出ていかねばなりません。どこかに適当な場所はないでしょうか?」

 ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。

「ダメだよ。あんまりだよ。この家に泊めてあげないとダメ!!」

 スコーンが声を上げた。

「いえ、みなさんにご迷惑です。ここは……」

「ダメ。ビスコッティ、早く部屋に案内して!!」

 スコーンがビスコッティの手を引っ張った。

「……お勧めはしませんよ。どうしてもというなら、ミス・パンプキンが覚悟を決める必要があります。どうですか?」

 ビスコッティが問いかけると、ミス・パンプキンはしばし考える様子をみて、小さく笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。泊めて頂けるなら、全力で守りましょう。ハウンドドッグも喜ぶでしょう。守るで思い出しましたが、シノさんはまだ監視中でしょうね。ハウンドドッグ、代わってきなさい。タダ飯を食べるつもりはありません」

「分かった、屋根裏だね。微かな気配を感じるよ。でも、代わってくれっていわれても代わってくれないと思うよ。それが、狙撃手ってもんだから。私も狙撃が得意だから分かるよ。一緒にやる。屋根裏部屋とかあるの?」

 ハウンドドッグが問いかけてきた。

「あるよ。そこだったか」

 私は笑った。

「シノはね。私はそこから屋根に上るよ。その方が見落としが少ないから」

「えっ、こんな大雨なのに?」

 私が聞き返すと、ハウンドドッグは笑顔で空間ポケットから雨具を取りだし、笑みを浮かべた。

「それじゃいってくる。ビスコッティ、屋根裏に案内して!!」

「はいはい」

 ビスコッティは苦笑して階段を上っていき、廊下の中央にある跳ね上げ式の階段を下ろした。

「この上です。全く……」

「うん、ありがとう!!」

 ハウンドドッグが階段を上っていき、ビスコッティが階段を格納状態にした。

「おい、知らんぞ。全く」

 アリスが苦笑して、何本目かの缶ビールのプルトップを開けた。


 午後は特になにもなく、大嵐になった窓の外を眺めながら、スコーンと鉄道模型のジオラマを作っていると、頭上で二回発射音が聞こえた。

 ミス・パンプキンが無線で素早く状況を確認し、ちょっと前に手渡した町の詳細マップと周辺マップをリビングのテーブルに広げ、コンパスを当てて距離を確認した。

「……問題ありません。この町が急に栄えはじめたので、様子を見にきた盗賊団の偵察隊だったようです。発砲で気が付いた自警団のみなさんが始末したようです」

 ミス・パンプキンが笑みを浮かべ、マップをテーブルから片付けた。

「それならいいけど……。シノとハウンドドッグ、疲れないかな」

 私は小さく零した。

 それを聞いたわけではないだろうが、二回の廊下にある階段が開けられ、銃を肩に提げて下りてきた。

「おっ、お疲れさま!!」

 私は階下から声をかけた。

「大した事はないよ。助っ人ができたから、助かる」

 シノは笑って自室に入り、銃を置いてそのまま風呂に向かっていった。

「へカートⅡですか。マニアックな対物ライフルですね。不要なときに、銃をみせて歩いてはいけませんよ」

 ミス・パンプキンが笑った。

「本人も分かっているんだけど、魔力の問題で収まる空間ポケットが作れなくて、そのまま持って歩くしかないんだって」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですか、それは失礼しました」

 ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。

 私とスコーンが再びジオラマを作りはじめ、ビスコッティがアリスと指相撲をし、リナとララが剣の手入れをしていると、ずぶ濡れでメリダが帰ってきた。

「食堂が大忙しです。嬉しい悲鳴ですね」

 ポタポタ床に水を垂らしているメリダに、スコーンが虹色ボールを放り、受け取ったメリダの体を乾燥しはじめた。

「ありがとうございます。さっそく、夕食を作りますね。あれ、見ない方が……」

「ああ、ミス・パンプキンとハウンドドッグって、同居人が二人増えたから食事も追加でお願いね」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、分かりました」

 メリダが笑みを浮かべ、さっそく調理を開始した。

「食事まで……。ありがとうございます」

 ミス・パンプキンが笑みを浮かべた。

「大事なお客様ですから。ハウンドドッグも呼ばないと」

「そうですね。頂かないと失礼です」

 ミス・パンプキンが無線を取りだし、ハウンドドッグと会話を交わし、しばらくすると下げたままだった階段を下りてきた。

 ちゃんと雨具を脱いで体も拭いたようで、水滴はついていなかったが寒そうだった。

「なに、ご飯くれるの。嬉しい!!」

 ハウンドドッグが笑顔になった。

「うん、味は保証するよ」

 私は笑った。

 そのうち、キッチンからいい香りが漂ってきた。

「私たちは、仕事中はロクなものを食べていません。冒険者ライセンスは持っていない、まあ、それ専門の職業ですが、常に戦闘状態ともいえます。こんなに美味しそうな香りは久しぶりですね」

 ミス・パンプキンとハウンドドッグが笑った。

「冒険者ライセンスなかったんだ……。それでも、仕事がくるんだね」

「はい、私たちもたまにありますよ。酒場で飲んでいて、お誘いがくることが。苦労するわりにはあまりお金にならない仕事ばかりなので、基本的には断っていますが」

 ビスコッティが苦笑し、アリスが笑った。

「そういう仕事を積み重ねていくと名が売れて、段々高額の仕事が増えるようになるんです。もっとも、ビスコッティやアリスのように、冒険者がメインではないので、どうしてもそうなるのでしょうが」

 ミス・パンプキンが笑った。

「はい、お待たせしました」

 メリダが笑みを浮かべて、大皿に盛ったパスタやサラダなどを並べはじめた。

「おっ、美味しそう!!」

 ハウンドドッグが笑みを浮かべた。

「それでは、頂きましょうか」

 ミス・パンプキンが笑った。


 食事が終わると、今日はみんなちゃんと寝ようといい含め、風呂で体をきれいにして温まってから、食堂にいくというメリダを見送り、私たちは玄関の戸締まりをして全員で二階に上った。

「ここの部屋、自由に使っていいよ」

 私が扉を開けると、エメリアが拭き掃除をしていた。

「あっ、ごめんなさい。この部屋の掃除を忘れていたのでやっています。拭き掃除が終わればおしまいなので」

 エメリアがせっせと床の拭き掃除をはじめた。

「あっ、気になさらないで下さい」

「いえ、これが仕事なので……」

 三角巾姿のエメリアが笑みを浮かべ、ささっと慣れた様子で拭き掃除を終わらせた。

「お疲れ!!」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、おやすみなさい。私はお風呂に入ってから休みます」

 エメリアが掃除道具一式を持って階下に下りていくと、私は改めて室内を二人にみせた。

「まあ、なにもないけどね。窓は防弾だし、心配はないかな」

 私は笑った。

「はい、ずいぶんゴツい防弾窓だと思っていましたよ。アリスの仕業ですね」

 ミス・パンプキンとハウンドドッグが笑った。

「うん、どういうわけか、防御に対しては慎重で。さて、寝よう。なにかあったら、ベッドサイドの赤いボタンを押してね。警報がなるから」

 私はミス・パンプキンに部屋の鍵を渡し、廊下に出てから扉を閉めた。

「さて、思わぬお客さんだな。食堂は年中無休だし、メリダもトロキさんも倒れなきゃいいけど」

 私は笑みを浮かべ自分の部屋に入った。

 銃の手入れでもしようと、小さなテーブルに拳銃を乗せると、部屋の扉がノックされて、ハウンドドッグがやってきた。

「ん?」

「銃なんて抜いてどうしたの。掃除?」

 楽しそうに私に近寄り、ちょうど取り出してあった銃のクリーニングキットを手に取り、あっという間に分解整備を終えてしまった。

「は、早いね」

「こんなの、慣れだよ!!」

 ハウンドドッグは笑った。

「そっか、寝られないの?」

「うん、まだ早いし、逃げてきたばかりだから。いい人の側がいい!!」

 ハウンドドッグは笑った。

 そういえば、どうみてもハウンドドッグは私と同年代だ。

 それでこの仕事とは、知らないながらも大変だという察しはついた。

「そっか、暇つぶしになにか語ろうか」

「うん、話題はなんでもいいよ!!」

 とまあ、こうしてハウンドドッグとの夜は過ぎていったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る