とある冒険者の活動日記

NEO

第1話 大洋を超えて

 私たちを乗せた飛行機は、リンド王国の王都近くにあるトルシエ国際空港に向かって降下していた。

 私はパステル・ウィンド。職業、冒険者。

 地元であるアルス王国から大洋を越え、十七時間半のフライトはエコノミーではなかなか堪えるものがあった。

「パステル、せめてビジネスクラスに出来なかったのですか?」

 隣の席に座る幼なじみのビスコッティが、小さく笑った。

「私もそれを考えたんだけど、パーティ八人全員のお金を集めても、これでギリギリだったじゃん」

 私は笑った。

 今回の旅の目的は、トルシエ国際空港から車で数時間かかる密林で見つかったとされる前人未到の迷宮だった。

 冒険者といってもスタイルは様々だが、私たちは迷宮に強いといういわゆる『ダンジョン攻略組』という感じだった。

「さて、ついたらレンタカーだね。荷物もあるからトラックにしておいた」

 私は笑った。

「またトラックですか。ビシバシしますよ」

 ビスコッティが笑った。

 そのうち機内アナウンスが聞こえ、飛行機は最終着陸態勢に入った。


 トルシエ国際空港に無事到着した私たちは、入国審査を終え到着ロビーに出た。

「はぁ、疲れましたね」

 パーティメンバーのシノ・キャリバーがため息を吐いた。

「そんなもの手荷物預けにするからだよ」

 私は笑った、

 彼女の手には、巨大な対物ライフルがあり、いかにも重そうに持っていた。

「私の魔力では、これを入れられるほどの大きな空間ポケットは作れません。知っているくせに」

 シノは私の頭を小突いた。

「はいはい、他も大丈夫だね」

 私は笑みを浮かべた。

 パーティ構成は、私とシノを入れて八人。

 まずは名前だけ列挙すれば、私、ビスコッティ、シノ、スコーン、ララ、リナ、ユイ、アリスだ。

「よし、いくよ」

 私はレンタカーを借りに、窓口に向かった。

 係のオッチャンにパスポートと予約票を見せると、空港の車寄せまで回送してくるので、待っていてくれとの事だった。

 扉を押し開けて外に出ると、真夏の日差しが照りつけていて、そうじゃなくても日焼けしている肌を、さらに焦がした。

「……穴ぼこ」

 いきなりスコーンが呪文を放ち、車寄せに穴を空けて中に収まった。

「うん、ひんやり」

 スコーンが笑みを浮かべた。

 しばらく待っていると、見知らぬ顔の女性が近寄ってきた。

「あのさ、私リズっていうんだけど……」

 にこやかにそこまでいった時、いきなり黒塗りの高級車が目の前に止まり、中から出てきた男二人がリズと名乗った女性を捕まえ、無理やり後部座席に押し込むと、そのまま去っていった。

「……みなかった事にした方がいいよ。この国では、結構ある話だから」

 私は苦笑した。

 まあ、なんかのマフィアが逃げた女を捕まえにきた。

 それだけの事で、あとはこの国の治安維持組織の仕事だったが、信用はしない方がいいので、みなかった事にするのは身を守るために絶対必要な事だった。

「……穴ぼこ。人数分」

 スコーンが全員分の穴を掘り、私たちはひんやり気持ちいい土中に身を埋めてレンタカーを待った。


 手配したオンボロトラックくると、私たちは穴から出て埋めもせず、トラックに乗った。

 運転席にはスコーンが座り、私が助手席。他のメンツは、重機関銃付きの荷台に飛び乗った。

 ただでさえ物騒な国なのに密林地帯に飛び込んで行くので、オプションの重機関銃付きを用意したのだ。

 シノが対物ライフルの銃口に被せていたお手製のカバを取ってマガジンをセットし、アリスが重機関銃に取り付いた。

 いい忘れていたが、パーティメンバーのユイは、ひょんな事から仲良くなった小さな風の精霊である。

 私の肩に乗りどこで調べたのか必要情報を伝えてくれたので、私はそれを地図に書き込んでいった。

「みんなにいっておくけど、今回はエルフのテリトリーはないよ。あったら、人間が森の奥まで入れないから」

 私は荷台を向いて声を上げた。

 森の民ことエルフは敵対とまではいわないが、自分のテリトリー内に人間が入り込む事を嫌がるので、あの手この手で森から追い出そうとする。

 まあ、こちらが武器を使わない限り、相手も武器を使わないだけまだマシだった。

「いくよ!!」

 スコーンがオンボロトラックを出し、荒れた舗装の道路を走りはじめた。

 この国はロクに街道警備もしていないというのは知っていたので、魔物や盗賊は当たり前のように出ると考えてよかった。

 トラックの荷台では全員が双眼鏡で辺りを警戒しながら、なるべく速度を上げて進んでいった。

 オンボロとはいっても元は軍用トラックなので、頑丈さでは申し分ない。

 乗り心地を除けば順調に走っていたが、目の前に検問をやっている様子が見えてきた。

 私は双眼鏡を覗き、その様子を観察した。

「……アリス、シノ、撃っちゃって!!」

 私が叫ぶと、アリスが重機関銃を撃ち、シノが対物ライフルで攻撃をはじめた。

「い、いいの!?」

 スコーンが声を上げて。

「アクセルを床まで踏み込んで。なんで、王国憲兵隊の制服を着たお偉い警官が、こんな場所で木の柵を組んでバリケードなんて作ってるの。盗賊!!」

 私は笑みを浮かべ、スコーンが呪文を唱えた。

 放たれた巨大な火球が、バリケードの周りにいた数人を吹き飛ばし、さらに茂みに隠れていたらしい数名を消し炭に変えた。

「さすが、うちの主砲!!」

 私は笑った。

「ダメだよ。真似しちゃ!!」

 ハンドルを握るスコーンが笑った。

「さて、急いだ方がよさそうだね。こんな場所でテントなんて張りたくないから」

 私は笑みを浮かべた。


 地図を参照しながら道路を進んでいくと、左に曲がる林道との分岐点に当たった。

「スコーン、ここ左ね」

「分かった」

 スコーンがウィンカーを出そうとしたが、壊れているようで作動しなかった。

 まあ、後続車もいないということで問題なし。

 そのまま林道に入り、スコーンはすぐの地点でトラックを止めた。

「ここから先はビスコッティだよ。私は荒れた道が苦手だから!!」

 運転席からスコーンが降りて荷台に飛び乗り、代わりにビスコッティが運転席に座った。

「さて、この先ですか?」

「そう、林道の延伸工事の最中に見つかったみたいで。この先にあるはず」

 私は笑みを浮かべた。

「分かりました。いきましょう」

 ビスコッティがトラックを出し、荒れた路面をガタガタ走りはじめた。

 荷台のスコーンが呪文を唱え、荒れた路面をできる限り平坦にしてくれたが、それでも派手に揺れるトラックは、時々倒れそうになりながら林道を進んでいき、正面に石造りのボロボロになった建物のようなものが見えてきた。

「あれですね。なんともいえない魔力を感じます」

 肩に乗っているユイが、小さく笑った。

「よし、あそこか。見たところ、大した事はないか」

 私は地図を見てマークしてから、双眼鏡で確認してみた。

 建物のようなものは劣化が激しいようで崩れないか心配だったが、私は大丈夫と判断して一人頷いた。

 程なく、ビスコッティが操るトラックは建物のような場所に横付けして止まり、私は助手席から飛び下りて、腰から商売道具の一つである小型のナイフ……ではなく、見た目はそうだが刃がないヘラのようなものを取り出した。

「さて……」

 建物の扉は固く閉ざされていて、魔法は不得手の私ですら感じる結界のようなものが張ってあるのを感じた。

「ビスコッティ、結界ある?」

 私が問いかけると、拳銃の点検をしていたビスコッティが頷いた。

「それじゃ、解除よろしく」

 私は一歩下がり、ビスコッティが呪文を唱えている間、ちらっとトラックをみてみんなが不意の敵に備えて迎撃態勢を取っている事を確認した。

 たまに、結界を解除した途端、いきなり扉なりなんなりが開いて、魔物が飛び出てくる事もあるため、みんな経験則で分かっていた。

「これ、かなり高度な結界です。解除に時間がかかります」

 ビスコッティが目を閉じて呪文を唱えている間、私はヘラをそっとしまい、腰から拳銃を抜いてスライドを引いた。

「みんな、これ直感だけど多分なにかが起きると思う。迎撃態勢はしっかりとね」

 私が声を掛けると、シノが対物ライフルのマガジンを交換し、アリスが重機関銃のチェックをしているようだった。

 ビスコッティの結界解除の呪文詠唱を聞きながらジリジリと待っていると、やがてバキンと音がして結界が解除された。

 牽制を兼ねてシノが扉に一発撃ち込むと、扉の一部が欠けて吹き飛び、中の淀んだ空気が猛烈に吹き出してきた。

 同時に扉が倒れて砕け、ゴブリンが十体ほど飛び出てきたが、アリスとシノの射撃で簡単に片付いた。

「……ゴブリンか。これが出来て何年経ったか分からないけど、そんなに長生き出来ないはずなんだけどな」

 私は顎に指を当てて考えた。

「よし、とにかく入ってみよう。いつも通り、私が先行するから」

 私は拳銃をホルスタに戻し、カンテラに日を点してから空間ポケットに手を突っ込み、対戦車弾頭をつけた無反動砲、RPG-7を肩に下げた。

 私の役割はみんなに先行してマッピングを行い、罠があれば解除するマッパーだった。

「さてと……」

 空間ポケットからクリップボードを取りだし、私はマッピングをはじめた。

「まずは、罠チェックと……」

 私は先ほどのヘラを取りだし、石畳のようになっている床をコンコン叩いていった。

「……おっと」

 他の場所と違う音が聞こえた場所をチョークで囲み、そこの石を外すために隙間にヘラを差しこんだ。

 そっと石を外すと、単純な機械式の罠だった。

「……」

 私は自衛のために最低限の結界を張ると、罠の破壊に取りかかった。

 ヘラで歯車を砕くと、私は額の汗を拭った。

 こんな調子で程々の場所まで進むと、私は胸ポケットの無線機を取り出してみんなを呼び寄せた。

 前衛の剣士ララと魔法も剣も使えるオールラウンダーのリナ、格闘戦も銃器の扱いも申し分ないアリス。そのあとに、基本的に狙撃担当のシノと魔法担当のスコーンとビスコッティが並び、ユイはいつも通り私の肩に乗った。

「いつも通りいくよ」

 私はカンテラを手に慎重に前進していった。


 マッピングの結果、どうやらこの迷宮は単純な一本道が延びているだけのようだった。

 隠し扉などにも注意を払っていたが特に変異はなく、罠だけには気を付けて私たちは迷宮の奥に進んでいった。

「ここには、限定的ですが時間停止の結界が張られています。それで、崩壊しなくてすんだという感じでしょう」

 ビスコッティが壁をコンコン叩きながら呟いた。

「そっか、それで偶然閉じ込められたか、最初から防御用に配置されていたのか、ゴブリンが出てきたのか……」

 私は小さく呟いた。

 そのまましばらく進むと、カンテラの明かりの中に、なにかが現れた。

「ん?」

 よく見るとそれはひざ丈くらいの小さなマッドゴーレムだった。

 迷宮でたまに見かけるが、ゴーレムとは魔法で作られた動く人形で、単純な命令しか実行できないのだが、こんな小さなものでは役に立たないだろう。

 取りあえず無視して先に進もうとすると、そのゴーレムは素早く動いて私の行く手を阻んだ。

「……シノ。撃っちゃって」

 私は後方に下がって、伏せ撃ちの体勢だったシノに声を掛けた。

 無言でシノが引き金を引くと、簡単に動くゴーレムに弾丸が命中してマッドゴーレムが崩れて飛び散った。

「……なにかあるな」

 私は拳銃を抜き、全員が頷いてララとリナが抜刀し、アリスが拳銃を構えた。

「スコーン、魔法!!」

「分かった!!」

 スコーンが呪文を唱え、マッドゴーレムが飛び散った残滓を火炎魔法で炙った。

「強力な魔力を感じます。気を付けて!!」

 肩の上に乗っていたユイが警告の声を放ち、ビスコッティが呪文を唱えはじめた。

「まだ斬り込まないで!!」

 剣を構えたララとリナが頷き、私はRPG-7を肩に担いだ。

 間もなく飛び散ったゴーレムの残滓が再び集まると、また先ほどと同じように復活した。

「……法術じゃない。呪術か」

 私はポツリと呟いた。

 魔法の事を法術と呼び、呪術の事を通称『呪い』という。

 これで、違いが分かるだろうか?

「これ、解呪できるか微妙だけど、ちょっとやってみるよ」

 私はRPG-7を再び肩に下げ、ゴーレムの前に立って呪文を唱えた。

 迷宮でたまに変な罠があるのだが、それは大抵呪術である。

 そのため、それを解除する方法は知っていた。

「……よし」

 私の声と共にゴーレムがすっと消え、先に進めるようになった。

「全く、これも一つの罠だね。さて、いこうか」

 私は笑みを浮かべた。


 変なゴーレムを倒したあと、私たちはゆっくり迷宮の奥に進み、やがて突き当たった。

「……なんだこれ?」

 私は思わず声を出し、みんなが笑った。

 そこには祭壇のようなものがあり、その上に乗っていたのは闇色のオーブと黄金のヤカンだった。

 そっと祭壇に近づくとヤカンには古代文字が彫り込まれていて、ポケットの手帳を取り出して解読してみると、『ご自由にどうぞ』だった。

 こういう時に油断してはいけない。

 他に異変がないことを確認すると、私はそっとヤカンの蓋を開けた。

 中には湯気が立つお茶が入っていて、いい香りが漂ってきた。

「……ユイ、これどう思う?」

「はい、無害ですね。毒が入っている可能性はありません」

 ユイが肩の上で笑った。

「そっか、ちょっと飲んでみよう」

 念のため、ヤカンの下をチェックしたが、特になにも異常はなかった。

 ここは冒険者精神で思い切って、やたらと重いヤカンを持ち上げて祭壇から下ろすと、筋力自慢のアリスがヤカンを持ち上げ、みんなが常に持ち歩いている金属製のマグカップを取り出して笑った。

「よし、頂こうか」

 アリスが笑って全員のカップにお茶を注ぎ、まずは私が飲んでみた。

「……麦茶だよ」

 それは、どこかほんわかする熱い麦茶だった。

「うん、美味いな。全部飲んでしまおう」

 アリスが笑い、結局みんなで何杯も飲んでヤカンの中が空になった。

「はぁ、冷たい方がいいんだけど……。これ純金製だよ」

 私は少し軽くなったヤカンを持ち上げて、細部まで確認した。

 すると、ヤカンの脇にはひっそりとポッチがあり、古代文字で『温かい』『冷たい』と書かれていた。

 試しに『冷たい』を押すと、再びヤカンが重くなり、蓋を開けて中を見ると冷えた麦茶が入っていた。

「……変なヤカン。持って帰るか」

 私は空間ポケットにヤカンを入れ、もう一つのオーブをみた。

 オーブとは何らかの魔法を封じ込める事が出来る水晶球のようなもので、色が真っ黒だけにそこはかとなく危険を感じたが、念のため鑑定する事にした。

 オーブの下の祭壇には、『ご自由にどうぞ』と彫り込まれていた。

「……うーん」

 私はまず祭壇をチェックして問題ない事を確認すると、オーブの様子を観察した。

「最高硬度のオーブか。これだけでもかなり高価だけど、なにが込められてるのかが問題だな」

 ヤカンは問題なかったが、こういう魔法道具は鑑定が難しい。

 変な魔法が封じ込められていたら、ロクな事にならない。

「……大丈夫だね」

 オーブに手を当てて封じ込められている魔法を感じ取ると、少なくとも危険なものではない事は分かった。

「ビスコッティ、安全だと思うけど念のため確認して」

「そうですね……」

 ビスコッティがオーブに手を当て、魔法の解析をはじめた。

「……失敗作ですね。回復魔法を封じようとして、中途半端に魔力だけ封じられているようです。安全ではありますが、魔力を抜くとオーブが壊れてしまいます。値段は下がってしまいますが、このまま持ち帰りましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「分かった。これを囮にしよう……」

 私はオーブを抱え、たまたま近くにいたスコーンに渡した。

「よく分からない迷宮だったけど、収穫はあったか」

 私は笑みを浮かべた。


 迷宮というよりは祠といった方が正しい建物から出ると、いきなり大集団が押し寄せてきて、スコーンが持っていた黒いオーブを手に取ると、かなりの数の札束を置いて去ってった。

「あれ、どこからくるんだろうね。どこにでもいるし」

 私は苦笑した。

 どういうわけか、迷宮から出ると必ず無言の買い取り屋集団が現れ、手に持っていたものを勝手に高額で買い取って去っていく、まるで暗殺者のような連中だった。

「ふぅ、終わったね。帰りの航空券は日付指定なしだから、便が確保できるか分からないけど、空港に戻ろう。まさか、こんな短時間で終わるとは思わなかったよ」

 私は笑って、トラックの助手席に乗った。

「キャンセル待ちするほど、この国にきたがる人も少ないでしょう。急ぎましょうか」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、トラックを転回して林道をガタガタ走りはじめた。

 覚悟はしていたのだが、帰りは順調で変な検問や危惧していた魔物との遭遇もなく、私たちは順調に空港にたどり着いた。

「よし、窓口にいこうか」

 私たちは航空会社のカウンターにいき、無事に二時間後の便の席を確保出来た。

「それにしても、今回の収穫は黄金の変なヤカンだけですか。オーブが売れたのでプラス収支ですが、なんだか損した気分です」

 ビスコッティが笑った。

 みんなも笑い、私も笑った。

 まあ、冒険なんてこんなもの。

 そうそう派手な事はないが、だからといってつまらないわけではない。

 私は笑みを浮かべ、ホームにしているアルデス王国行きのチケットをみたのだった。

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