11.デビルズエインフェリア_02

 緑のヴァルキリー。その正体はゴブリンの魂の集合体。そして主人格は英雄弓ゴブリンと来たもんだ。


(また訳の分からないことをしてしまった。フラ爺にまた何やらかしたんだって言われそう)


 アタシは自分のやらかしたことに困惑しつつ、翼を広げたままゆっくりと地面に下りた。

 上空の緑のヴァルキリーの姿をした彼は、引き続き黒いヴァルキリーとの射撃戦を続けている。アタシの目にはぱっと見、黒いヴァルキリーが矢を放ってからワンテンポ遅れてから矢を撃ち出しているように見えたため、


(いきなりヴァルキリーの身体に変わってすぐに戦えるモノなの?大丈夫かな?)


 アタシは劣勢なのではないかと判断し、少し心配になった。なので彼を見上げながら声を掛ける。


「手伝うー?」

「要らねーヨ!てめぇはそこで見物してナ!ケケッ、こいつぁ良い身体だゼ!力もスピードも元の身体とは比べ物にならねエ!オマケに空まで飛べル!ケケケッ!」


 彼はアタシの助太刀を断った。不敵に笑いながら弓を放ち続ける緑のヴァルキリー姿の弓ゴブリン。彼の戦いをよーく観察して見たところ、彼は空中でバサバサと黒い翼を羽ばたかせながら、黒いヴァルキリーが矢を放った直後に即座に自分の矢を打ち返し、相手の矢を空中で撃ち落している。狙いは完璧で、アタシが見ている間中は1発も外していない。撃たれた後に撃ち返しているが、矢同士がぶつかっているのは場所はほぼ互いの距離の中間、このことから狙いを付けて矢を放つまでの速度は黒いヴァルキリーよりも圧倒的に早いようだ。


(何あの芸当、迎撃ミサイルか何か?)


 電波誘導でもしているのかとすら思わせる彼の正確な射撃に感心するアタシ。ただ緑のヴァルキリーは黒いヴァルキリー本体を狙っている様子は無い。今の彼の連射速度ならすぐにでも敵を撃ち落とせそうなものだが。


(黒ヴァルキリーを狙わず矢だけ落としてるのは、もしかして自らの力を試してる感じ?)


 ふてぶてしいまでの笑顔のまま、撃たれた矢を即座に自分の矢で撃ち落とす中身弓ゴブリンな緑ヴァルキリー。対照的に黒ヴァルキリーからは困惑の色が見て取れた。


(あっちはほぼ無表情だけど焦ってるのはなんとなく分かる)


 黒いヴァルキリーはオードゥスルスの人形だと言う割には意外と感情豊かなのではないか?などとどうでもいいことを思いつつ、そのままヴァルキリー同士の戦いを見上げていたところ、アタシの中のプレクトからお呼び出しが掛かる。


(なあなあ、千歳。ちょっと提案があるんだけどさ。あそこで倒れてるヴァルキリーなんだけどさ)

「え?なにプレクト?あそこのヴァルキリー?」


 プレクトが地面に倒れている最初に捕まえたもう1体のヴァルキリーに用事があるらしい。とりあえずまだ消えずに倒れてるヴァルキリーに近づいたアタシ。

 するとプレクトが提案の内容を伝えてくる。


(ヴァルキリーの中にゴブリンの魂入れたらゴブリンなヴァルキリーになったじゃん?)

「うん、そうだけど」

(俺の魂がこのヴァルキリーの中に入ったら、俺ヴァルキリーになれないかな?)


 プレクトの提案の意味を理解し、


「……おっ、そうきたか」


 ぽんっと手を打ったアタシ。プレクトはこの地面で伸びているヴァルキリーの身体を乗っ取ってしまおうということらしい。もともとヴァルキリーは魂の無いオードゥスルスの操り人形。そして今はもう動いてすらいない。貰えるものは貰っておいて損は無いだろう。


「確かに、プレクトの身体も手に入るし悪くはない、かな?」

(そうそう、頼むよ千歳)


 アタシが殺して喰ってしまったプレクトだが、身体が手に入るなら幾分罪滅ぼしにもなろう。アタシは彼の提案を飲むことにした。


「わーかった、やってみよっか」


 アタシはパンパンッと手の汚れを払いしゃがみ込み、地面に倒れこんでいる黒いヴァルキリーの首に左手を添える。そして頭の中でプレクトの魂を左手に誘導した。


「首掴んだけど、入れそう?」

(行けるかも、よっと、よし、行ってくるー)


 すぅっと黒いヴァルキリーの中へ入りこんだプレクトの魂。アタシはヴァルキリーから手を離し、立ち上がって数歩下がって様子を見る。


 -メキメキッ-

 -パキンッ-


 何かが軋む音、何かが折れるような音が聞こえる。


(大丈夫かなこれ)


 またビクンビクンと跳ねる黒いヴァルキリーの身体。その様子を見てまた不安になるアタシ。そのまま見守っていると、ヴァルキリーの姿が変わっていく。

 折れていた背中の翼が治り、茶色い翼に変わる。長い水色の髪が、短い茶髪に変わる。ベコベコに凹んでいた鎧が元の形に戻り、漆黒から茶色と銀色の混ざったデザインの鎧に変わる。

 そして茶色い翼のヴァルキリーはゆっくりと立ち上がった。ヴァルキリーは骨格や背丈だけでなく、顔まで変わってどことなく少年っぽい顔つきになっている。そしてヴァルキリー、いや、彼はゆっくりと目を開けた。


(黄色い虹彩に黒目、茶色い翼に茶髪。なんていうか、ヴァルキリーっていうか、猛禽類っぽいイメージになった感がある)


 思っていたよりもずっと精悍な顔つきな彼に関心するアタシを余所に、彼は翼をバッサバッサと動かしながら自分の身体をキョロキョロと確認している。


「これっ!自由に動く!俺の身体!?俺の身体になってる!?なあ千歳!みてこれっ!!」


 ぴょんぴょん跳ねながらアタシに身体を見せてくるプレクト。ほんのりあどけなさを残すその表情は喜びに満ちていた。


「思ってたよりもずっと男の子っぽい顔つきしてたんだねプレクト」


 プレクトがどうなるか不安だったアタシは幾分安堵し、見たまんまな彼の容姿の感想を言う。最初会った時は彼は目を潰されていたため、しっかりと顔つきまでは確認出来なかった、というよりあんまりな惨状で顔を直視出来なかった。魂としてアタシの中に入った後も、顔はどこかおぼろげでハッキリとはわからなかった。だが今はよくわかる。中性的ではあるが、喜び跳ねている彼の顔は彼女ではなく間違いなく彼だった。キリっとした鋭い目つきの、整った顔立ちの少年。


(なんでこの容姿でゴブリンに襲われたんだろ?もしかしてゴブリンは顔で判断してる訳では無い?匂いだけで判断してるのかな?)


 アタシは彼の男の子っぷりを見ているとゴブリンに襲われた理由がわからなくなる。外見だけならただの少年だ。まあ完全に異種族なゴブリンにとっては人の男女の外見の差など些細な事で、匂いで男女を判別しているのだろう、と思うことにした。


「あれ?顔まで変わってんの!?」


 アタシの感想を聞いたプレクトは、そう言って自分の顔を両手でぺたぺたと触り始める。目、耳、鼻、髪と触ってじっくり確かめた後、


「やった!そうだよ!俺は男なんだから!そりゃちょっと中途半端なところはあるけどさ!!ヒャッホー!」


 -トンッ-


 喜び勇むプレクトはそのまま地面を蹴り、空に飛び上がって行った。見上げれば木々の隙間から彼が自由自在に空を飛んでいるが見える。ぐるんぐるんと回りながら宙を舞う彼の飛び方からも喜びが伝わってくる。


(あれ、これもしかしてゴブリンもプレクトも蘇ったのでは?アタシの喰った魂にヴァルキリーの身体を乗っ取らせて蘇らせる?結構スゴイことしてるのかなアタシ?)


 今更だが、今アタシの身体の中に残っている魂は一つも無い。潰した魂を除けば、喰った魂は全部ヴァルキリーの身体を得て今空を飛びまわっている。


(喰ってもヴァルキリーの身体を乗っ取れば蘇らせられるのなら、もしかしてもっとカジュアルに喰っていいのでは?なんだ、悩む必要全然なかったじゃんアタシ)


 安楽死云々で散々悩んだのが今更馬鹿馬鹿しくなるとともに、プレクトが蘇る事が出来て心底ほっとしている。ゴブリンの巣では焦って答えを急いでしまったが、アタシに人殺しは責が重すぎた。力を振るって殺すことは簡単でも、その後の罪悪感でアタシの心が潰れてしまう。身体は悪魔に変わってもなんだかんだアタシの心は日本の一般市民のままなのだ。戦士であるキートリーのように割り切れたりはしない。アタシは自分の心を守るために、今後も一切人殺しはするつもりはない。そもそもアタシは勝手にこの世界に転移させられ非日常に放り込まれたのだ、別に元の世界が嫌で好き好んで異世界に来た訳じゃない。この異世界に染まるつもりはないし、今だって元の世界に帰ろうと頑張っている最中、元の世界の日常に戻れなくなるような選択肢を取る予定はさらさらない。


(蘇ったんだから人殺し云々はノーカウントってことで、それでいいよね、それでヨシ!)


 やっと罪の意識から解放された。気分も晴れ晴れしてくる。アタシは首のチョーカーを触り、マースを想う。


「じゃあ最後のヴァルキリーを仕留めて、ちゃっちゃとマース達のところに戻りますか!」


 アタシは上空のヴァルキリーを見上げつつ橙色の闘気を両手両足に纏わせて、両拳をガツンと突き合わせ気合を入れた。


 罪の意識から解放され、最後の1体のヴァルキリーを仕留めるため、気合を入れて闘気を纏った両手を突き合わせたアタシ。


 -ババババババババッ!-


 そんなアタシの頭上、空中に居る緑のヴァルキリーの方から、機関銃のような音が聞こえてくる。


「んなっ!?何の音?」


 空からの異音に驚きながら空を見上げ、頭上のヴァルキリー達の様子を確認してみる。すると緑ヴァルキリーが電動ミシンの如く弓の弦を引いては離しを繰り返し、矢を打ち続けていた。


「ケケケッ!オラッ!遅ぇゾ!撃ち返して見ろヨ!」


 笑いながら連射を続ける緑ヴァルキリー。あまりにも連射が早いため、光る矢が1本に繋がっているように見える。1本の光る線となった矢は、少し離れた場所の空中に飛んでいる黒いヴァルキリーに向かって飛んでいた。黒いヴァルキリーは最初の数発こそ矢を撃ち返していたが、相手の連射速度にはまるで敵わず、ついには撃つのをやめて回避するように飛び始めた。


(黒いヴァルキリーが撃ち返すのが間に合わなくて逃げに入った?)


 最初の数秒こそ飛ぶ軌道を変え回避していた黒いヴァルキリー。だが緑ヴァルキリーは瞬時に相手の回避パターンを読み偏差射撃を加えだす。黒いヴァルキリーは偏差射撃により回避しきれなくなったのか次々と翼に矢が刺さって行く。


 -ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!-


「ぐぅっ!?」

「動きがワンパターンすぎてバレバレなんだヨ!オラオラ!このままだとハリネズミになっちまうゾ!?」


 -ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!-


 容赦なく撃ち続ける緑ヴァルキリー。撃たれている黒いヴァルキリーの翼は、ついには両翼共に右から左までミシンで縫い付けられたかのように矢だらけになり、飛べなくなって失速、らせん状に回転しながら垂直に地面に墜落した。


 -ドシャッ!-


「がはっ!?」


 アタシから少し遠く、50メートル程度離れた位置に黒いヴァルキリーが落ちた。よろよろと立ち上がった彼女の翼には痛々しいまでに矢が大量に刺さっており、最早再度空に飛び上がる事は出来ないだろうと思われた。


(えげつないねえ、まあアタシも人の事言えないんだけどさ)


 -トンッ-


 アタシは地面に落ちた黒いヴァルキリーに一気に接近する。一瞬で彼女の目の前に出現したアタシ。アタシはあえて攻撃をしないで彼女に話しかけてみる。


「降参するつもりはない?」

「日高……千歳、貴女を不死者と認め、魂の解放をっ……」


 そう言って腰のロングソードを抜き、アタシに斬りかかってくるヴァルキリー。昨日もそうだったが、降参するつもりはさらさら無いらしい。


 -ブゥンッ-


 アタシに向かって振り下ろされるヴァルキリーのロングソード。ダメージ負っているせいか、その動きは昨日よりもずっとすっとろい。


「そっか」


 -パキィィィンッ!-


 アタシは素っ気ない返事をした後、ヴァルキリーのロングソードを闘気を纏った左手の裏拳で弾き返した。大きな音を立て根元から弾け折れるヴァルキリーの剣、砕け散り弾け飛ぶ鋼の破片。

 一瞬目を見開き、吃驚した顔を見せるヴァルキリー。だがすぐに真顔に戻り、折れた剣を投げ捨てて後方に跳び退く。そしてどこからか瞬時にロングボウを取り出したヴァルキリー。このまま昨日のように射撃戦に移るつもりだろう。

 だがアタシは射撃戦に付き合うつもりはないし、逃がすつもりもない。


 -ギュンッ-


「弓はダメ」


 アタシは闘気を込めた両足で一気に踏み込み、跳び退いたヴァルキリーに追いつき密着する。そしてアタシは左手で彼女の弓を外側に押し出し射線をずらしながら、そのまま右手で彼女の首を掴んで持ち上げる。


 -ガシィッ-


「あぐっ!?」


 アタシに首ごと吊り上げられ、苦しそうな顔をしながらバタバタと暴れるヴァルキリー。


「つっかまっえたー♪」


 アタシはこれから喰うヴァルキリーの味を思い出し上機嫌になる。それで彼女を持ち上げたまま右手の闘気を抑え、ヴァルキリーの中に魂を送り込もうとした。


「いただきますだよ、ヴァルキリーさん」


 食事の挨拶をして、吸精しようとするアタシ。だが、喰えない。ヴァルキリーを喰うのに必要で、昨日は余るほど持っていた物が、今は無いのだ。


(しまった、今のアタシ、持ってる魂ゼロだわ)


 ゴブリンの魂は全て緑ヴァルキリーの中に、最後の魂だったプレクトもヴァルキリーの中に入っており、アタシが持っている魂は現在在庫無しの状態だ。注入できる魂が無ければヴァルキリーを食べることが出来ない。


「く、喰いたいのに、喰えない……」


 メープルシロップ味のヴァルキリーを喰えると楽しみにしていたアタシだったが、彼女を喰えないとわかり露骨にがっかりとする。その間にもヴァルキリーはアタシに首を掴まれたままバタバタと暴れている。暴れられたままではまたいつ攻撃されるかわからないので、出来れば大人しくさせたい。それで今までのヴァルキリーのようにこのまま地面に叩きつけて大人しくさせても良かったのだが、


(喰えない子を苛めるのもなんかなぁ)


 喰えないのにただ苦しめるだけ、というのはアタシの自分ルールに引っ掛かる。ただ殺すのはノーだ。となると、


(どうしようこの子)


 アタシはこの黒いヴァルキリーの処遇に完全に困っていた。アタシはヴァルキリーを喰えない、殺す気も無い。でも相手は言葉は話せても意思疎通は出来ず反抗する気満々だ。そんな相手どうしろと言うのだ。しばらく黒いヴァルキリーを右手に吊るしていたところ、


「オイ、ソイツは俺の獲物ダ。手を出すんじゃねエ」


 アタシの傍に上空からふわりと緑ヴァルキリーが降りてきた。相変わらず不遜な態度の彼は、アタシの捕まえたこの黒いヴァルキリーを自分の獲物だと主張する。


「獲物って、このヴァルキリーをどうするの?」

「どうするっテ?嬲って食うに決まってんだロ?ケケケッ!美味そうな肉してるからなァ?」


 元ゴブリンの緑ヴァルキリーとしては当然な回答なのかもしれないが、アタシの自分ルール的には容認できない。


「苦しませるのは容認できないなあ、もっと他に方法はないの?」

「ああ?てめえ俺に指図するつもりカ?俺はてめえの子分でもなんでもねえんだヨ!なんならてめえから殺してやるゼ!」


 そう言ってアタシを睨みつけ弓を構える緑ヴァルキリー。


「ちょっ!ちょっと待って!?」


 アタシは焦って彼に止めるよう要請する。黒いヴァルキリー以上の機関銃みたいな射撃能力を見せるこの緑ヴァルキリーと戦うのは避けたい。苦戦必至だからだ。


「待って!待とう?まずは落ち着いて話しようよ?ね?ね?」


 アタシは冷や汗を垂らしつつ、空いている左手を前に突き出してストップのジェスチャーをして彼に待つように告げた。すると彼の動きがピタッと止まる。


「あっ?なっ、なんだッ!?身体が、身体が動かねエ!?てめえ俺に何やっタ!?」

「何って、何も……」


 弓を構えたまま微動だにしなくなる緑ヴァルキリー。アタシは何が起きているのか分からない。


(魔眼なんて使った覚えないし、そもそもこの弓ゴブリンに魔眼は効かないし)


 アタシが困惑していると、緑ヴァルキリーの黄土色の白目だけの目が、通常のヴァルキリーと同じエメラルドグリーンの瞳に変わった。そしてすっと弓を降ろす緑ヴァルキリー。その後、彼の厳しい表情がふにゃりと崩れて笑顔に変わる。


「ご主人様ぁー♥ご無礼をお許しください♥」

「えっ」


 いきなり猫なで声で話しかけてくる緑ヴァルキリー。アタシは彼の突然の変わりように付いていけない。


「この弓野郎、ちょっと反抗的っすよね。みんなでシメておきますんで」

「んんんー?」


 目の前の緑ヴァルキリーの人格というか、魂が入れ替わった。一番外に見えている魂の形が変わったのだ。アタシの前に立っている緑ヴァルキリーは、先ほどまでの英雄弓ゴブリンではなくなっている。

 そしてじっくり魂の形を見てみると、今の緑ヴァルキリーの魂の形には見覚えがあった。昨日喰ったヴァルキリーの魂によく似ている。


「あっ、キミってもしかして昨日喰った元ゴブリンのヴァルキリーな子?」


 かなり当てずっぽうだったが、アタシは魂の形から思いついた彼の存在を口にしてみる。


「そうですご主人様ぁ♥俺っすぅぅ♥」


 両手を組んでくねくねと腰を振りつつアタシを熱い視線で見上げる緑ヴァルキリー。どうやら当たりらしい。主人格が英雄弓ゴブリンから元ゴブリンなヴァルキリーに変わった。先ほどまでとは打って変わって、反抗的な態度は全くなく、完全に従順な態度に変わっている。


「んんんんーーー???ま、いっか!なんだかわからないけど助かったから、ヨシ!」


 いろいろツッコミたいところはあるが、緑ヴァルキリーとの闘いは避けられたようなのでヨシとした。左手で緑ヴァルキリーの彼に向けて指差し確認のポーズを取るアタシ。そんなアタシの右手では黒いヴァルキリーが首を掴まれたまままだバタバタと暴れている。まずは彼女の対処が先だ、アタシは頭を切り替える。


「そうだ、ねえキミ、この黒いヴァルキリーを大人しくさせる方法なにかない?」


 喰えない、殺しちゃダメ、でも暴れる相手にはもう大人しくしてもらうしかない。しかしアタシはいい手段が思いつかなかったので、緑ヴァルキリーの彼に向けてバタバタ暴れる黒いヴァルキリーを掲げて聞いてみた。


「うーむ、それなら……」


 緑ヴァルキリーは顎に手を当てて、羽根つき兜の羽を揺らしながら少し俯き考え込んだ後、


「痺れ毒付きの毒矢を使ってみるのはどうっすか?丸一日は身動き取れなくなると思いますよ?」


 ぱっと顔を上げ顎に当てていた手の一指し指を立て、毒矢の使用を提案してくる。痺れ毒の毒矢と言えば、たしか英雄弓ゴブリンがパヤージュの救援隊や、プレクトを仕留めるのに使ったらしい毒矢だ。


「痺れ毒、痺れ毒かあ、ヴァルキリーに効くのかなぁ?」

「んー、ちょっと自信ないっすけど、ダメ元でもやってみる価値はありますぜ?」


 彼はアタシの疑問にダメ元でいいからと毒矢の使用を提案してくる。そして相変わらずアタシの右手に捕まれたままバタバタと暴れている黒いヴァルキリー。活きが良いのはいいのだが、少しは落ち着いてほしい。と言うか首が締まったままなのだが苦しくは無いのだろうか?ずっと掴んだままなのだが、昨日のように酸欠でチアノーゼになるような様子も無い。もしかしたら魂を入れていない素のヴァルキリーは、酸素すら必要ないのかもしれない。そうなるとこの黒いヴァルキリーは何をエネルギーとして活動しているのかという疑問にぶち当たるのだが。


 -ヒュウッ-


 ここで風切り音と共に、上空から茶色と銀色の混じった鎧のヴァルキリー、プレクトが降りて来た。


「なぁー千歳、痺れ毒の毒矢ってこれの事?そこに落ちてたんだけど」


 プレクトが矢が数本入った矢筒を持ってきた。拾ってきたであろう場所を指差しつつアタシに聞いてくる。彼の持ってきた矢筒には見覚えがある。


「あ、それ英雄弓ゴブリンの矢筒だ」

「おっ、丁度いいところに。そう、それっすよプレクトさん。それを待っていたんすよぉ」


 プレクトにすらへりくだった態度を取る緑ヴァルキリー。手をスリスリと揉んでいる。


「えぇ……なぁ千歳、コイツなんか見た目も性格変わってない?」


 プレクトがジト目で極端に態度の軟化した緑ヴァルキリーを見ている。緑ヴァルキリーの目が普通のヴァルキリーと同じエメラルドグリーンの瞳に変わっているのは元より、先ほどまでの不遜な態度から従順すぎるほどの態度に変わっているのだ、プレクトが怪しがるのも無理は無い。


「いやぁ、性格というか、魂が変わっちゃってるからねえ……」


 アタシは頭をポリポリと掻きつつプレクトに答える。どうも緑ヴァルキリーは多数のゴブリンの魂が一辺に入り込んだ結果、複数の人格、多重人格者みたいなことになっているらしい。


「まあさっきのヤツよりはいいけどさ、千歳、はいこれ、矢筒」

「プレクトありがとー、この矢をヴァルキリーに刺せばいいいいのね?」

「そうっす、そんな深く無くていいっすよ。ちょろっと刺さればいいっす」


 アタシはプレクトから渡された矢筒から矢を1本取り、緑ヴァルキリーの指示に従ってアタシの右手に捕まれたまま暴れる黒いヴァルキリーの右わき腹あたりにぷすっと刺した。


「ぐっ!?」


 微かな悲鳴を上げる黒いヴァルキリー。そして矢じりが肉に埋まらない程度の深さまで刺した後、すぐに引っこ抜いて矢筒に戻した。彼女のわき腹からは血は流れず、ただ穴が空いている。


(血が流れてないのに毒が効くとも思えないんだけど)


 アタシはヴァルキリーに毒が効くのか疑問に思いつつも、彼女に毒が回るまで少し待った。

 すると、黒いヴァルキリーの動きが次第に鈍っていく。


「あ……あぁ……」


 ついに彼女は身体を動かせなくなり、アタシの右手にぷらーんと垂れ下がった。ただ気絶したわけでは無いようで、時折瞬きしつつ目だけはアタシを見つめている。


「ヴァルキリーに毒、効くんだ……」


(血の通わない人形相手にも効くって、この世界の毒がどういうモノなのかさっぱりわからない)


 とりあえず黒いヴァルキリーは一応大人しくなったので一旦地面に降ろした。とは言えこのまま放っておいて毒が抜けてまた暴れ出されても困る。そんな訳で何か縛り付けるようなものが無いか緑ヴァルキリーとプレクトに探してきてもらう事にした。

 辺りを見渡しながらバッサバッサと羽ばたいて飛んでいく緑ヴァルキリーとプレクト。すると間も無く緑ヴァルキリーが戻ってくる。


「ご主人様ぁ、近くのゴブリンの巣にロープがありましたよ」


 そう言って緑ヴァルキリーはちょっと汚れたロープを持ってきた。近くのゴブリンの巣と言うと、プレクトが捕まっていたあの巣だろう。アタシは彼からロープを受け取ったが、


(これ汚れているって言うか、ところどころ赤い物が付いてるんですけど。血だよね血)


 出所が不穏なロープにアタシはイマイチ釈然としない顔する。決しておだやかでないこのロープ、とは言え無いよりマシだ。アタシはロープで黒いヴァルキリーの手足と翼を縛って拘束する。彼女の翼をロープで縛るついでに、刺さりまくっている矢も痛々しいので全部抜いておいた。1本1本抜くたびに痛そうな悲鳴を上げていたが、これは治療行為みたいなものなので苦しいだろうけど我慢してほしい。彼女は血も流れないので出血多量で死ぬこともないだろう。


「まあ、これで毒が抜けてもすぐには逃げられないでしょ。はあ……疲れた」


 ヴァルキリーを縛り終えたアタシは、そのまますとんと地面に座った。


「千歳お疲れー」


 プレクトも戻ってきてアタシの右隣りに座る。


「ご主人様お疲れ様っす」


 緑ヴァルキリーもアタシの左隣に座った。

 縛った黒いヴァルキリーを前に座り込む元ヴァルキリー二人と女悪魔一人。

 空はもうすっかり暗くなり、月が昇っていた。

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