04.覚醒_06
-バサッ-
「お邪魔しまーす、う?」
カーテンを避けテントにはいると、このテントの上にも光る球体が照明として吊されていた。中は広く、中央に仕切りがあり、仕切りの手前にはテーブルやイス、簡易ベッドなどが置いてある。そしてテントの端には水色の宝石の付いた杖が一つ立てかけてあった。
そのテントの中で、キートリー嬢は中央のイスに座り、肘掛けに頬杖を付いて少し気だるそうにアタシを見ている。彼女の隣では従者のサティさんが目を瞑ったままピッと姿勢良く直立している。
アタシが呆然と立ち尽くしていると、キートリー嬢がアタシの足元をチラッと見た後、真顔のままアタシの顔を見て話す。
「貴女、靴は?」
そう言われて自分の足元を見る。
「靴……あっ」
アタシは元居たテントから裸足のまま逃げ出していたのだ。ここへ来るまではボースに抱えられていたため気づかなかったが、アタシの足は土で汚れていた。
(どうしよう、っていうかアタシ靴、あのテントにあったっけ?)
砂浜で気絶するまではアタシはスニーカーを履いていた。動きやすさとサイズ的な問題で、アタシは普段はスニーカーしか履かない。流石におばあちゃんの葬儀の時は黒いパンプスを履いて行ったが、アタシの足のサイズに合う物がなかなか見つからずに苦労した覚えがある。
それでアタシのスニーカーがこのキャンプ地で起きた時のテントに有ったか?と言うと、答えはNOだ。
(服だけじゃなく、靴まであの砂浜に置いてきたのかアタシは)
ただ、例えスニーカーが有ったとしても、アタシがあの状況で冷静にスニーカーを履いて逃げられたか?と言うとそれも微妙なところだったが。
そんな訳でキートリー嬢には素直に答えるしかない。
「靴は、無いです……」
アタシはそう言って申し訳無さそうにキートリー嬢に顔を向ける。キートリー嬢はアタシの返答から少し間を置いた後、
「サティ、日高千歳さんの足を拭くものを。あとはワタクシの予備の靴があったでしょう?それを持ってきてくださいまし」
頬杖を付いたまま、サティさんに指示を出した。
「かしこまりました。お嬢様」
そう言った後に目を開けたサティさん、テントの奥から白いタオルを持ってきて、アタシにキートリー嬢の向かいのイスに座るよう手で促す。
「千歳様、こちらへお座りください」
「は、はい」
アタシはサティさんに勧められたイスに恐る恐る座る。キートリー嬢の視線が気になり何となく落ち着かない。
アタシがイスに座るなり、サティさんがタオルでアタシの足を拭こうとしてくる。
(流石に足まで拭いてもらうのはちょっと気が引ける)
「あのっ、自分で拭きますから……」
と断り、アタシはタオルだけ渡してもらおうと手を差し出すが、
「いいえ、私がお拭きいたします」
と、タオルごと手を引っ込めたサティさんに断られてしまう。
「でも、こういうのは……」
粘るアタシだが、サティさんも引いてくれる気配がない。アタシがそんなやり取りをサティさんとやっていると、頬杖を付いたままのキートリー嬢から横槍が入る。
「日高千歳さん?貴女はワタクシに取っては客人なのです。客人を持成すのは主人の礼儀。ワタクシの客人に自分で足を拭かせる訳にはまいりませんの。大人しくサティに足を拭かれていただけて?」
やれやれと言った感じで諭してくるキートリー嬢。この世界の礼儀はアタシにはよくわからない。だがこのまま粘っても彼女のアタシへの心証が悪くなるだけだ、ここはキートリー嬢に従うのが無難だろう。
「あの、ごめんなさい。じゃあ、サティさん、お願いします」
アタシはキートリー嬢に頭を下げた後、サティさんに向き直る。
「はい、では、足を少し上げてください」
サティさんはそう言ってアタシに足を上げるよう促してくる。サティさんの言動は極めて事務的だ。主人の指示とはいえ、どこの誰ともつかないアタシの足なんて物を拭かされているのだ、いい気分なワケもない。アタシはイスの上でゆっくりと右足を上げる。するとサティさんの持っているタオルがアタシの足に触れ、汚れが落とされていく。タオルのフワフワの感触で足がちょっとくすぐったい。
「ではこちらも」
「はい」
アタシは右足を下ろし、今度は左足を上げる。サティさんはアタシの左足もタオルで綺麗に拭いて行く。
そうしてアタシの両足が綺麗になった頃、サティさんは後ろから靴のようなものを差し出してきた。
「お嬢様の靴です。サイズは合わないかもしれませんが、本日はこれでご容赦ください」
そう言って茶色の皮のブーツをアタシの前に出す。紐で縛るタイプのブーツだ。ブーツの丈が結構有り、アタシの脹ら脛の中程まである。
「あ、はい、ありがとうございます」
そう言ってアタシはサティさんとキートリー嬢に頭を下げる。キートリー嬢は何が気になるのか、さっきからずっと真顔でアタシの顔をじーっと見つめている。
(なんだろ、アタシが異世界人だから、なんか気になる事があるのかな)
と、疑問に思いつつ、アタシは愛想笑いしつつキートリー嬢に頭を下げた。すると唐突にキートリー嬢が質問してくる。
「その、いちいち頭を下げる仕草、なんなんですの?」
「えっ?」
(あっ、そっか、ここは異世界だった)
恐らく挨拶やお詫びをする際に頭を下げる文化が無いのだろう。そもそも元居た世界でも頭を下げるのは日本人だけで、海外ではしないらしいが。隠す必要も無いのでそのまま説明をする。
「これは、アタシがもともと居た国の挨拶の一つで、相手に感謝や敬意を表す挨拶になります。アタシ、これが癖になっちゃってて、ついやってしまうんです」
「ふぅん……そうなんですの」
キートリー嬢は興味あるのか無いのか、頬杖を付いたままジト目でアタシをじーっと見ている。そんな事をやっている間に、いつの間にかサティさんによってアタシの足にはブーツが履かせられていた。
「キツくありませんでしょうか?」
「あっ、いえ、大丈夫だと思います。ありがとうございます」
サティさんに向かって、またつい頭を下げてしまう。そんなアタシをキートリー嬢はじーっと見つめている。
(なんだろう、凄く落ち着かない)
キートリー嬢はさっきからずーっとアタシから目線を外さない。警戒されているのだろうか。そう思っているとキートリー嬢が聞いてくる。
「日高千歳さん?御夕食は?」
「へっ?夕飯ですか?」
(そう言えば、起きてから何も食べてない)
アタシは元居たテントで起きて以来、何も食べていない。と言うか昼前、島を出る前におにぎりを幾つか食べた後は何も食べていなかった。だが、その割にはあまり腹が空いていると言った感覚はない。起きてからいろいろあったため、それどころじゃなかったのだろう。そんな訳でキートリー嬢には、
「食べては、ないです」
と答えた。するとキートリー嬢が頬杖をやめ、両手を軽くパンパンと鳴らす。
「サティ、日高千歳さんにパンとワインの準備を」
そう言ってキートリー嬢はサティさんにアタシの夕食の準備をさせようとする。
「畏まりました、お嬢様」
軽くメイド服のスカートを摘まみ上げるお辞儀をした後、そそくさと夕飯の準備をし出すサティさん。
アタシとしては、泊めて貰う上に食事まで用意してもらうのは気が引けた。それに腹もそれほど空いていない。なので断ろうとするのだが、
「あのっ、アタシそんなにお腹は……」
「日高千歳さん?」
キートリー嬢の言動は落ち着いてはいるが、確かな迫力を感じる。恐らくは、同じ事を二度も言わせるな、そう言いたいのだろう。
「あっ、はい……」
キートリー嬢の言動にあっさりと折れたアタシ。そんな訳でテーブル上には私のためにパンとワインが用意された。
用意してされたパンを見ると、細長いパンが何枚かに切り分けられている。そして、
(固そう)
ふっくら焼きたてパンとは言い難い見た目だ。口の中の水分全部吸い取ってなお噛み切れないんじゃないかとすら思わせる。
対してワインは金属製のコップに入れられている。見た目はまあ普通のワインだが、アタシはそもそもワインをほとんど飲まないので味云々は飲んでみないとわからない。
アタシが固そうなパンとワインの前でまごまごしていると、キートリー嬢が両手を組み、アタシから顔を逸らして目線だけ合わせながら言ってくる。
「さ、Bon appétit」
が、アタシには彼女の言葉の一部が聞き取れなかった。
「えっと?」
(ぼなぺてぃ……って何?言葉は全部伝心の儀だかで翻訳されてるんじゃなかったっけ?ってアタシ伝心の儀やってなかったわ)
「あら、伝わりませんでしたわね、お召しになって」
またイスの肘掛けに頬杖を付くキートリー嬢。今度は何を言っているのか分かった。どうも言葉ではなく音として認識される単語もあるらしい。魔法での翻訳も完全ではないのだろうか。
「は、はい、頂きます」
そう言ってアタシはパンとワインに手を合わせ、パンを掴もうと手を伸ばす。
「その、手を合わせるのはなんなんですの?」
ここで待ったを掛けてくるキートリー嬢。ちょっと椅子から前のめりに突き出し、興味深そうにアタシの顔を覗き込んでくる。
アタシは伸ばした手を引っ込め、キートリー嬢の質問に答える。
「え?あ、これはアタシの国で食事を食べる際に行う挨拶で、食べ物を作ってくれた人、料理してくれた人、食事を取れる事に感謝の気持ちを込めて、手を合わせていただきます、ってこの挨拶をするんです」
アタシにとってはこれが普通なのだが、彼女にとっては奇妙に見えるらしい。
「ふぅん、そうなんですの」
素っ気ない返事をして、椅子に深く座り直すキートリー嬢。
「ああ、止めてしまってごめんあそばせ、さあお召しになって」
再び彼女の許しを得て、アタシは手づかみでパンに口を付ける。
(んっ、固い)
案の定パンが固い。ついでに冷たい。トースターか電子レンジで温めてバターかマーガリンを塗りたい気分だ。それでもなんとか噛み切り、もしゃもしゃと咀嚼するアタシ。
(確か島に電子レンジがあったハズ、あれがあればなぁ)
と、そんな事を思ったアタシは、思ったことをポツリと口から漏らしてしまう。
「電子レンジがあったらなぁ」
失言だったかもしれない。ここは異世界だ。更に目の前には異世界の人間がいる。発言には細心の注意を払うべきなのだ。
「その、電子レンジとは、なんなんですの?」
「うわっ!」
(びっくりした、なんで隣にいるの)
キートリー嬢はいつの間にかアタシの隣りのイスに座っている。彼女はアタシの顔をじーっと見つめてきて、表情は真顔だがアタシの発言に興味津々なのは分かった。
彼女は黙ってアタシの回答を待っている。顔が近い。こうして間近で見ると分かる、三白眼な彼女の目、これも含めて、鼻も口もとても整った顔立ちをしている。
(綺麗な子だな)
アタシは彼女の顔に見惚れていた。彼女は何も言わないアタシに対し、ぱちぱちと数回瞬きをした後、再び聞いてくる。
「電子レンジ、どういうものですの?」
「えっと、あれは……」
(電子レンジの原理とかよくわからない、ってかマイクロ波がどうのって、どう説明すりゃいいのよ)
アタシはあまり機械に強い方ではなく、電子レンジの説明に困ってしまう。なので無い頭を捻って考えたキートリー嬢への説明がこれである。
「電気で食品を温めるんです」
(ざっくりしすぎだアタシーッ!)
アタシは自分で自分にツッコミを入れる。いくらなんでもざっくりしすぎでこれでは伝わる物も伝わらない。キートリー嬢は顎に手をやり少し考えた風に顔を横に逸らした後、アタシの方に向き直りアタシの出した雑な回答へ真面目に聞き返してくる。
「電気……それは魔力みたいなものですの?」
「えっと、それはこの世界の魔力の使い方がよくわからないのでなんとも……」
マースが眠りの魔法を使っていたのは覚えているが、キートリー嬢が例えに出した魔力が他にどう使われているかまではわからない。なのでハッキリとした回答が浮かばずアタシが返答に詰まっていると、
「あら、それもそうでしたわね。サティ、少しいいかしら」
キートリー嬢がテーブル側に立っているサティさんに目配せする。
「はい、お嬢様」
サティさんはキートリー嬢の指図を受け、テントの端に立てかけてあった青い宝石の付いた杖を手に持った。そしてテントの中央付近に移動して外側を向き、両手で杖を頭上に掲げ、呪文を唱える。
「水の女神メルジナよ、その慈悲深き力を持って我と大地を守り給え、プロテクテッドエリア」
-キィィィン-
甲高い音と共に、サティさんの持つ杖が青く光る。サティさんの栗毛色のミディアムヘアがフワリと浮きあがり、杖が放つ青い光からいくつかの光が小さい塊となって、テントの布をすり抜けて外へ四方へと散っていく。そして、数秒後、
-コォォン-
テントの外、遠くの方で先ほどの音より少し低めの音が響いた。詠唱の言葉でなんとなく何をやったのかは想像付くのだが、一応確認してみる。
「えーと、今のは何をやったんですか?」
「私の魔力を媒介として魔術を行使し、結界の張り直しを致しました。基本的に結界がある限り何者もこのテントへは近寄ってこれません」
サティさんが杖を下ろし、アタシに振り返って返答する。大体想像通りだった。女三人でテントで休んでてゴブリンに襲われたらどうするのだろうとずっと思っていたが、この結界魔法があるなら安心なんだろう。でもちょっと気になる部分があったので聞いて見る。
「基本的に?って例外があるんですか?」
「はい、マース様ですね」
「マースが?」
マースが何がどう例外なのか。不思議に思っているとキートリー嬢が説明してくる。
「さっき貴女達がこのテントへ来た時も、実は結界は張ってあったんですの」
「え?そうだったんですか?何もなかったように普通にここまで来ましたけど……」
アタシはボースに抱かれたままこのテントに来たが、近くに来るまで特に何も結界らしきものには当たらなかった。一体どこで結界を潜ったのか全く分からない。アタシが不思議がっていると、サティさんが答えを教えてくれた。
「ここに来る途中、マース様が結界に穴をあけたのです。こう、指でクルリと」
そう言ってサティさんが人差し指で空中にクルっと円を描いて見せる。
「そう、マースは指一本で術式を解きますの、こうやってクルリと。攻撃、防御に限らずほぼ全ての術式を瞬時に解きますわよ」
キートリー嬢もサティさんを真似して指をクルリと回して空中に円を描いて見せる。
「アレは普通の人間に真似できる芸当ではありませんの。本人は数年前になんとなく試してたらいつの間にか出来てたとか言っておりましたが、本当に困りものですわ。なんとなくで結界に穴を開けられたら溜まりませんのよ」
そう言ってキートリー嬢が苦笑しながら肩を竦めた。
サティさんがテントの照明の光が反射してキラリと青く光る杖を持ったままアタシに説明する。
「なので今、改めて結界を張りなおし、結界の穴を修復致しました。これでマース様以外の者がこのテントに近寄ろうとした場合、私の結界が侵入者を阻みます」
アタシは口に含んだ固いパンと格闘しつつ、マースについて頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。
「マースって、もしかして天才ってやつですか?」
「魔術の扱いに関しては、その通りですの。大魔女曰くまだまだ成長途中、だそうですけれど」
あの可愛い顔からは想像できないが、マースが相当な実力者だというのは分かった。
「マースの事はさておき……サティの言うように、魔力とは杖を媒体に魔術を発動する際に使用する力、まあそのままですわね」
「うーん、っと、要は魔法を使う力、で魔力ってことですか」
そうアタシが勝手に納得していると、キートリー嬢は首を横に振った。
「魔法ではありませんの、魔術ですのよ」
「えっ」
アタシには魔法と魔術の違いはわからない。なので説明をしてもらう。
「魔術とは原理があり、理論的な裏付けがある、人が組み立てて使う技術です。魔術工学と言った学術分野があり、日々研究がなされています。逆に魔法とは完全に無から有を作り出す奇跡の力です。一般の人間ではどう努力しても使えません。私が使うのは魔術になります」
サティさんが丁寧に説明してくれる。
(魔術も全部魔法だと思ってた)
この世界では魔術と魔法には明確な違いがあるらしい。今度からは気を付けて言葉を使い分けるようにしようと思う。
「となると、マースとサティさんは魔術師、ってことになるんですか?」
「はい、マース様はボーフォート第零八魔術小隊長の魔術師、私は肩書はキートリーお嬢様の従者ですが、分類的には魔術師になります」
「なるほど」
(メイド姿の魔術師さんかぁ、いいなぁ)
サティさんはいわゆるミニスカメイドではなく、クラシカルなロングスカートなメイドだが、アタシはこっちの方が好きだった。と言うのも、ロングスカートならアタシの筋肉が隠れるからである。アタシがミニスカを履いたら太ももの筋肉が丸見えで凄い滑稽な姿になるであろう。
マースといいサティさんといい、ポンポンと魔術を使っているのを見ると自分も使えないかなと期待してしまう。なので固いパンを一切れ食べたところで食事を止め、二人に聞いてみる。
「魔術って誰でも……アタシみたいな異世界の人間でも使えるんですか?」
「術式を学べば基本的には誰でも、ですわね」
キートリー嬢が含みを持たせた言い方をしてくる。基本以外があるのだろうか。
「魔術を行使する為には、術式の学習と、この世界の女神、私の場合はメルジナ教ですが、その教徒となる必要があります。また、教徒であっても体質によっては魔術を行使出来ない方もいらっしゃいます」
そう言ってサティさんがキートリー嬢に目を向ける。
「はぁーっ、ワタクシ、その特異体質にあたりますの。座学は完璧なのですが、実際魔術を行使しようとすると、術式がブレて霧散してしまうのですわ」
溜息をついて少し残念そうに言うキートリー嬢。と、なるとアタシも使えるか怪しい。
(座学、苦手なんだよねぇ、あとアタシ仏教徒だし)
魔術の勉強がどんなものかは分からないが、座学があるとなるとまずそこで躓きそうだ。そんなことを考えていると、キートリー嬢が何かを思い出したような顔をして、サティさんの傍に歩いて行って何か小声で話している。
「お願い出来まして?」
「……よろしいのですか?お嬢様?」
「ええ、よろしくってよ」
(何をするんだろ?)
アタシがちびちびとワインを飲みつつ二人のやり取りを不思議がっていると、
「んっ?」
二人がテーブルから離れて、サティさんがアタシに向かって杖を掲げた。
「水の女神メルジナよ、その冷たき怒りを持って我が敵を切り刻め、アイスバースト」
-キィィィン-
魔術発動の甲高い音と共に、サティさんの杖の先から500ミリリットルペットボトルくらいの太さの円錐形の氷の氷柱が1本出現し、凄いスピードでアタシに向かって飛んでくる。
-ヒュゥンッ-
「えっ?ちょっ!?」
アタシはイスに座ったままですぐには立ち上がれず、咄嗟に片手で飛んでくる氷柱を掴もうとする、が、
-スゥッ-
「あら?消えましたわね」
「消えましたね、お嬢様」
「消え方がマースの術式解きに似てますわね」
「そうですね、お嬢様」
氷柱はアタシが触れる寸前に霧となって消えた。不思議そうに話し合う二人。
「こっ……殺す気ですかっ!?」
流石のアタシもこれには怒った。あんなもの刺さっていたら今頃アタシは串刺しで血だらけである。立ち上がって二人に抗議する。
「あら、失礼、マースから眠りの魔術が効かないと聞いていましたので、この手の攻撃魔術も効かないのかと試してみましたの。無事に効きませんでしたわね」
大して悪びれもせずさらっと答えるキートリー嬢。ケガはしてないけど精神的に全然無事じゃない。
「千歳様、申し訳ありません。大怪我をしないよう威力は出来るだけ落としたのですが」
「あれでも刺さったら死にますよぉ!」
サティさんが真顔で謝ってくるが、500ミリリットルペットボトル程度の太さでも、ゴブリンの矢とほとんど変わらないスピードで突っ込まれたら刺さって死ぬに決まっている。この人はアタシをモンスターか何かと間違っているのではなかろうか。それに加減してあの太さなら、本気で撃ったらどうなるのやら。チョコエルフのパヤージュの使っていた風の魔術もそうだが、この世界の魔術は生身の人間相手においては割とオーバーキルではなかろうか。
「例え刺さっていたとしても、傷を治す魔術だってありますのよ?」
「直す前に刺さって死んだらどうするんですかっ!」
「その時は、その時ですの。今生きているのですから、それでいいではありませんの」
キートリー嬢は、まったく懲りない悪びれない。この世界の人々は基本的な価値観が違うのか、そもそもこのお嬢様が可笑しいだけなのか。
どっと疲れが押し寄せたアタシは、ワインをぐびっと一気に飲み干し、緊張で乾いた喉を潤しつつ、ポツリと呟く。
「つ、疲れた、シャワー浴びてもう寝たい……」
失言だった。キートリー嬢がシュバッと素早くアタシの隣りに座り、アタシに質問してくる。
「シャワーとは、なんですの?」
「あっ、あぁ~~、暖かいお湯とかを身体に浴びて汗と汚れを落とす器具ですぅ~」
アタシは疲労と心労でもう投げやりだ。
(もう解放してえ~)
だがキートリー嬢はアタシの気持ちとは逆に目をキラキラさせて食いついてくる。
「湯浴み?湯浴みですの?それはここまで持ってこられれますの?」
「あぁ~、島のアタシの家に行けば浴びられますけどぉ~、ここに持ってくるのは無理だと思いますぅ~」
アタシの返答を聞いて見る見るうちに萎んでいくキートリー嬢。
「そ、そうですの……」
(凄い残念そう。そんなにシャワー浴びたいのかな)
さっきまで威風堂々だったキートリー嬢が露骨にしょんぼりしている。が、少し考え込む様子を見せた後、
「千歳さんの島に行けば、浴びられますの?」
と、彼女が真顔で聞いてくる。
「ええ、そうです……あ、でも転移の時に設備が壊れてたらダメかもです。島出てくるときに確認してないので」
水自体はログハウスのタンクにたっぷりと溜まっていた。水の問題は、井戸が枯れていたら面倒だが、湧き水はまだ出ていたような気がする。水を温める電気の方だが、発電機が使えるが、燃料には限りがあり、おいそれとは使えない。なのでシャワーを浴びられるかは、ソーラーパネルが生きているかどうかにかかっている。
「では、明日、千歳さんの島に参りましょう」
「えぇっ?」
キートリー嬢がアタシの両手を握って行ってくる。突然な話過ぎた。
(ちょっと前までゴブリン狩りが遅れて怒ってたのに)
「お嬢様、ゴブリン狩りの方は」
「もちろん、ゴブリンも狩りますわよサティ。確かマースの話では、千歳さんの島はシュダ森の南に位置していましたわね?ですので、シュダ森のド真ん中を突っ切りつつ千歳さんの島へ向かいますの」
「ほ、本気ですか?というかそんなことして危なくないですか?」
サティさんは兎も角、キートリー嬢は魔術が使えないらしいというのはさっき聞いた。そんなお嬢様がゴブリン跋扈するあの森のど真ん中を突っ切るなど自殺行為ではないのか。アタシが不安そうな顔でサティさんに目線で助けを求めると、
「お嬢様の実力であれば、問題はありません。私が手助けする必要すらありません」
「えぇ……」
魔術の援護すら要らないお嬢様とはなんなのか。
「一応ワタクシ、ボーフォートの独立歩兵大隊長をやっておりますの。武術にも多少心得がありまして、中央突破は得意中の得意ですのよ」
「お嬢様、侵攻してきたジェボード軍1000人を一人で蹴散らしたのを多少と言うのは如何かと」
「そうですの?お父様なら別にそれくらい片手間でやりますのよ?」
「あぁ……」
(めっちゃガチの人じゃんこの無双お嬢様)
魔術無しでどんな戦いをするのか分からないが、少なくともアタシなんかが心配するような相手ではないようだった。
と、ここでアタシは閃く。メグの救出、この人に手伝ってもらえばいいのでは?と。
「あの、交換条件とかダメですか?」
「内容によりますわ」
スパっと言い捨てるキートリー嬢、ごもっともである。
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