04.覚醒_02

 マースによって放たれた眠りの魔法に、アタシは思わず身を守ろうと手で顔を隠した。指の隙間から魔法による強い光が漏れ込み、眩しさで目が眩む。

 時間と共に次第にマースの杖の光が弱まり、眩んだ目も見えるようになる。アタシは、


(眠くな……らない、あれ?)


 確かにマースの魔法がアタシに向かって放たれたハズであるが、別に眠くとも何ともない。マースが魔法の発動に失敗したのだろうか?まあ、相手は少年であるし、呪文の詠唱にも躓いていたようなので、もしかしたら本当に失敗したのかもしれない。肝心のマースは目を瞑って杖を振りかざしたままだ。一応マースに確認を取ってもみる。


「ねえマース、アタシ眠くならないんだけど、どうしたらいい?」

「へっ?わ、わああああああああぁーーーっっ!?なんで、なんで眠らないんですかっ!?」


 一瞬ぎょっとした表情をした後、困惑の叫びを上げつつ何故と聞いてくるマース。相当焦っているようで、杖をかざしたまま壁際にへたり込んでいる。別にアタシは不眠症を患っている訳でもないので、その質問に対しては逆にこっちが聞きたいくらいだ。

 そうこうしているうちにマースの叫び声を聞きつけたのか、テントの外から黄淡色の髪色をした青年が駆けつけてきた。


「マース様!何事ですかっ!?」

「グレッグ!千歳さんが眠らなっ!魔術っ、効いてっ!協定が!伝心の儀が!」


(マースが混乱している)


 壁際でへたり込んだまま、青年に対してまともな文言になっていない言葉で返答をするマース。相当混乱しているようだ。だが何を思ったのかグレッグと呼ばれた青年は腰に付けている剣を抜いた。


 -シャキンッ-


「女ァ!マース様に何をしたぁ!?」

「ええーっ!?あっ!ちょっと待ってよ!アタシ何もしてないよぉ!?」


 アタシの目の前に突き付けられる剣。アタシは青年に向かって混乱しつつも両手を上げ敵意は無い事を見せる。だがしかし、アタシには本当に身に覚えがない。ただベッドに座ってマースと話していたら、突然マースが魔法を掛けてきただけだ。勿論、アタシがマースに対してやっていたスキンシップ、大人の女が少年を抱きしめる、って行為がこの世界の論理的にアウトと言うならばアタシは糾弾されることもあるのかもしれないが、少なくとも剣を向けられるほどの事をやったとはアタシは思っていない。

 さてどう弁明したものかとアタシが迷っていると、


「ああーっ!だめ!グレッグ!違うんだ!千歳さんは悪くないんだ!だから剣を納めて!」

「女ァ!キサマどこの国の刺客だ!?我らの領地の流着の民に偽装してマース様に近づくとは不埒な輩め!」


 そのグレッグをなだめようとマースまで叫び出す。グレッグは怒り過ぎてマースの言葉が耳に入っていないのか、一向に剣を収める気配がない。アタシはどこの国の刺客でもない、ただの一般人だ。完全に濡れ衣である。グレッグの怒号とマースの叫びで一気にテント内が騒がしくなっており、その喧噪を聞きつけたのか、このテントの周りにいたであろうグレッグ以外の男達もぞろぞろとテント内へ集まってきた。


「なんだ?なんだ?」

「ここあの流着の民の女のテントだろ?」

「おっ、すげぇ身体、あの女、異世界の戦士か?」


(なんかいっぱいきたぁ!?)


 剣に皮鎧やチェインメイルを来た屈強な戦士風の男、杖とローブを纏った魔法使い風の男などが様子を伺いテントへ顔を出してきた。その間もグレッグはアタシに剣を突き付けたままだ。天井の照明に照らされてギラリと光るグレッグの剣。


(ひえっ、折角生き延びたのにまた切られる)


 ちょっと前に斧で切られたばっかりなのに、また剣で切られるのは御免だ。アタシは両手を上げたまま冷や汗を垂らしながらマースへ視線を送る。そうしているとマースが這いずり寄りながらグレッグのズボンを手で掴み叫んだ。


「グレッグ!早く剣を納めて!千歳さんは悪くないんだよ!」

「マース様!?ちょっ、マース様!?」


(そう!もっと言って!アタシは無実だよぉ!)


 マースはグレッグのズボンを引き下ろさんばかりにぐいぐいと下に引っ張る。グレッグはズボンがずり落ちそうになったのか、片手でズボンを抑え込んだ。その間にマースは周りの男達が顔を見せている事に気づいたのか、連中へも忠告をする。


「あっ、君たちは持ち場へ戻って!千歳さんは見世物じゃないんだ!ほら!戻って!」


 マースはグレッグからアタシを庇いつつ、他の男達に出て行くよう促す。


「しかし、マース様……」

「へいへい、俺らは戻りますよぉっと」


 アタシを睨んだまま粘るグレッグ。他の男達はマースの命令を聞き、そのままテントから出て行った。


「グレッグ!」

「……申し訳ありません、マース様」


 -シャコン-


 マースのひと際強い言葉に、グレッグは根負けして不服そうに剣を納めた。グレッグが剣を納めたのを見て、アタシも両手を下し安堵の声を上げる。


「た、助かった…」


 グレッグはマースの必死の引き留めにやっと冷静になったのか、マースに説明を求めた。


「マース様、いったい何があったのですか?」


 マースもグレッグが冷静さを取り戻したことを確認し安心したのか、立ち上がりぱんぱんとローブに付いた土を手で払いながら説明をする。


「ふぅ。グレッグ、この方は、日高千歳さん。伝心の儀をまだやっていないけど、僕らの言葉がわかるみたいなんだ」

「なんと!そのような人間が」


 やたら驚いた表情を見せるグレッグ。アタシ自身ちょっと前までこの世界の言葉が分からなかったので、むしろ驚きたいのはアタシの方なのだが。


「それで大魔女様が来るまで、もう一回寝て貰おうと魔術を使ったんだけど、千歳さんに効かなくて、僕、混乱して大声をあげちゃったんだ。だから千歳さんは悪くないんだ、僕が悪いんだ」


 落ち着いたおかげか、マースは今度はしっかりと説明してくれている。


「ふーむ、事情はわかりました。日高千歳様、先ほどは大変ご無礼を致しました。」


 グレッグは少し考えこんだ後、アタシに向き直り自分の胸に手を当て謝罪の言葉を口にする。アタシも誤解は解けたと知り、胸をなでおろす。


「あ、ははは……うん、誤解が解けたみたいでよかった。それで、あの、アタシ、これからどうしたらいいのかな?」


 ひと騒ぎあった直後で恐縮だが、アタシは二人を交互に見つつ今後の方針を聞いてみる。アタシは砂浜で気絶した後、気づいたらここで保護されていたため、状況も読めず何をどうしたらいいのか本当にわからない。相手は軍隊だ、さっきのグレッグの勘違いみたいに、勝手に動いて敵国のスパイだとか思われたら困る。

 グレッグは少し考えこみ、


「そうですね……マース様、旦那様に報告し、指示を仰ぎましょう」


 と、マースへ提案をする。


「うん、僕も父上に聞いてみるのが一番いいと思う。千歳さん、少し待っていてください」


 マースも同じ意見だったようだ。アタシにここで待っているように告げる。


「う、うん?わかった」


 よくわからないが、了承してしまう。アタシの悪い癖だ。それにしても、


 (父上って、このキャンプに伯爵本人が来ているの?)


 伯爵が直々にこのゴブリン討伐隊に来ているらしい。貴族なんてのは前戦には出ない、ましてやゴブリン狩りなんて、と勝手なイメージを思っていたが、ここの伯爵はそうじゃないらしい。


 二人はアタシにテントで待つように告げ、テントを出て行こうとする。途中、グレッグが外の人間に向けて声を掛ける。


「ジェームズ!ショーン!来てくれ!」


 グレッグが誰かの名前を呼んだ。すると魔法使い風の男と戦士風の男の二人がテントにやってきた。


「グレッグ、どうした?」

「なんだぁグレッグ、夜だってのに忙しいなぁ」


(あ、この人達さっき見たな)


 彼らはさっきの騒ぎの最中にこのテントへ集まってきた連中の内の二人だった。


「二人とも、この女性の見張りを頼む」


 グレッグが男二人にアタシの見張りをするように告げるのが聞こえた。グレッグはその後アタシに向き直り、


「千歳様、我々は旦那様に報告に行きますが、その間この二人を護衛として付けます。どうか我らが戻るまでこのテントから出ないよう、後、騒ぎを起こさないようお願いいたします」


(護衛なのか見張りなのかどっちなのよ、ん、まあどっちもか)


 さっきの騒ぎの原因は勘違いを起こしたグレッグ本人なのだが、何故か騒ぎを起こすなと釘を刺された形になった。それを疑問に思いつつもそれでも素直に従ってしまうのがアタシだ。


「わかった、ここで黙って待っていればいいのね?」

「はい、どうかよろしくお願いいまします。では、マース様、行きましょう」

「うん、わかった。では千歳さん、すぐ戻ります。それまでお待ちください」


 マースは去り際にアタシに向かって、右手を体に添え左手を横方向へ水平に差し出してお辞儀をする。


(なんか見た事ある、ボウ・アンド・スクレープとか言うんだっけ。流石貴族の息子、様になってるぅ)


 ボウ・アンド・スクレープは欧州の男性の挨拶だ。女性の場合はカーテシーと呼ばれるスカートの裾を広げつつやるお辞儀があるらしい。マースの丁寧なお辞儀に、アタシもベッドから降りてカーテシーで返してみた、ズボンを履いていて裾を広げられないので仕草だけだが。


「んふふっ」

「えへへっ」


 (ちょっと恥ずかしくなって笑っちゃったけど、マースが笑ってくれたのでバッチリ、多分)


 その後マースとグレッグはテントを出て行った。取り残されるアタシと見張りの男二人。

 アタシは特に二人に話しかけることも無く、ベッドでぼーっと座ってマースを待っていた。そうしていると魔法使い風の男が話しかけてくる。


「どうも、流着の民のお嬢さん。私はジェームズ、こっちはショーンと言います。どうかお見知りおきを」


 この魔法使い風の彼はジェームズと言うらしい。突然話しかけてきたので少し吃驚したが、物腰は柔らかで悪い印象ではない。


「え、ああ、どうもジェームズさん、アタシは日高千歳だよ」


 名乗られたら名乗り返す、礼儀は大事だ。するとショーンと呼ばれた戦士風の男も話しかけてくる。


「よお流着の民のねーちゃん、すっげえ筋肉だなぁ。俺も戦士だけどよぉ、元の世界では戦士でもやってたのかい?」


 こっちは随分荒くれっぽいというか、粗暴というかそんな印象だ。ただ筋肉を褒められるのは嫌ではなかったので素直に答える。


「え、別に戦士って訳じゃないよ?ただおばあちゃんから格闘技を習っていただけ」


 アタシは本当におばあちゃんの練習メニューに沿って空手をやっていただけだ。この身長と筋肉は天性のモノだの恵まれているだのなんだのと学生の時の部活の顧問に言われた覚えがある。勿論、おばあちゃんの練習メニューが他と比べて普通だったかと言われれば微妙なところだが。


「ほう、お婆様から?」

「はぁ~、それでか。最初見た時はオーグレスかと思ったぜぇ?」


(オーグレス?なんか失礼なことを言われている気がする)


 響きから想像して、オーガ、それの女性形だろう。オーガもゲームやアニメでよく出てくるので知っている。人型で筋骨隆々の大男。日本でいうなら鬼に当たる。桃太郎に退治されるあの角の生えた鬼だ。


「ちょっと、アタシに角は無いよ」

「わはは、確かにな、すまねえすまねえ。だがホレ、俺の筋肉だって負けてねえぞ」


 そう言ってアタシに自分の腕の筋肉を見せつけてくるショーン。確かにいい筋肉をしている。背中に背負った大きな戦斧を振るうのには苦労しないだろう。

 ショーンとそんなことを話していたところ、ジェームズがアタシに近づき、クンクンと匂いを嗅ぎだす。


「この良い香りは……?千歳さん、何か香水でも使われていますか?」

「香水?別に使ってないけど……」


 変なことを聞いてくるジェームズ。香水を使うと鼻がムズムズしてくるのでアタシは香水は基本的に使わない。


(香水……あっ、そう言えばアタシのウエストポーチどこ行った?)


 香水と言われてサラガノから貰ったガラス瓶の事を思い出す。あれは香水ではなく体力の回復する魔法具みたいな感じだが、パヤージュの居たゴブリンの村でウエストポーチにしまって以来使っていない。今手元にはガラス瓶どころかウエストポーチ自体がないが、どこかで落としたのだろうか。


(まあ、触手かゴブリンと戦った時にでもどこかで外れたんでしょ、マースが戻ってきたらここで拾われてないか聞いてみよ)


 などと考えていたところ、ショーンも匂いを嗅ぎつつアタシの顔間近に近づいてくる。


「おぉ~、ホントだ、なんかすげぇいい匂いすんなねーちゃん」

「ち、ちょっとっ!アンタ!近いって!ちーかーいーっ!」


 アタシのパーソナルスペース内にやすやすと侵入してくるショーン。マースのような少年なら兎も角、大人の男に近寄られると流石に抵抗感がある。アタシはそれを嫌がりショーンの顔を手で押しのける。だが反対側からジェームズも近づいてきた。


「ミス千歳、これは、凄い……」

「ひゃあぁっ!?ちょっと!?何すんのアンタ!?」


 そう言ってジェームズはアタシの髪に無遠慮に触れてくる。ゾクリと悪寒の走ったアタシは、思わず悲鳴を上げ、ベッドから降り二人から離れた。だが、二人の様子が何かおかしい。


「ミス千歳……もう少し、もう少しだけ……」

「ねーちゃん、ちょっとだけ、もうちょっとだけ嗅がせてくれよぉ……」


(なんなのこの二人!ってか目が!この人達なんか目がイっちゃってるんだけど!)


 近づいてくる二人の目は、何かに憑りつかれたかのように血走っていた。


(んんん、なんか怖い!よし!逃げよう!)


 テントを出るなと言われたが、流石に貞操の危機を感じたのでマース達には悪いがこのテントを脱出させてもらう事にする。マースなら後で説明すればわかってくれるだろう。


 -バサッ-


 アタシは裸足のままテントのカーテンを勢いよく払いのけて外へ逃げ出した。空を見上げると暗く、星空が見える。アタシは外の状況を確認した。そこには、いくつかのテントが立ち並び、その周りにはさっきテントに吊り下げられていた球体がいくつか吊るされて辺りを照らしていた。そこに、剣や盾、弓などを持った男達がそのテントの周りで休憩している。

 アタシは近くにいた弓を持った男に助けを求めた。


「ねえちょっと!あんた達の仲間の、ジェームズとショーン、だっけ?なんか変なんだけど!あいつらいつもああなの!?」

「ああ?なんださっきの女か。ジェームズ達がなんだって……ん?なんかお前良い匂いするな?」


 弓の男もクンクンと匂いを嗅ぎつつアタシに近寄ってくる。


「えっ?ちょっと……」


 アタシの匂いを嗅いだ弓の男の目も次第に血走り、アタシの身体に触れてこようとする。


「すげえ、良い匂い……なあお前……ちょっとこっちに……」

「ちょっ!なんなの!アンタもなの!?」


 アタシは弓の男を払いのける。後ろの元居たテントの方を見ると、ジェームズとショーンがアタシを追いかけて来ていた。相変わらず目は血走っている。


「ちょっとやだぁ!ねえ!アンタ達助けてよ!なんかあいつら変なんだけど!」


 後ろから追ってくる3人を指差しながら、座って焚火を囲んでいた連中に助けを求める。だがその連中もアタシの匂いを嗅ぎだす。


「なんだこの匂い……おぉぉ」

「うっおぉ?なんだ?身体が……勝手に……」

「ねーちゃん……こっちでちょっと遊ばねえか……」


 前も後ろも囲まれてしまった。もう殴り飛ばしでもしないと逃げられない。だがアタシは出来ればここの人間を殴りたくはなかった。ここで揉め事を起こしたくない。この世界へ転移させられ、ゴブリンに襲われてメグと離れ離れになり、やっとマースと出会って少しは安心出来そうと思っていた矢先である。更に、ゴブリンみたいなモンスターなら兎も角、普通の人間を殴り殺すすほどの覚悟はアタシには無かった。アタシはちょっと格闘技が得意なだけのただの人だったからだ、人殺しなんて以ての外だった。だから躊躇した。その躊躇が命取りになった。


「ミス千歳……ああ」

「なあ、ねー、ちゃん……」

「へ、へへ、ちょっとだけ……だ」

「やっ!いやだっ!嘘でしょ!?なんでこんなっ!?」


 アタシは男達に捕まり、男達の手がアタシの身体を、胸を尻を股間をと這いずり回る。アタシはその瞬間にゴブリン達の顔を思い出してしまい、頭の中が恐怖と悪寒でいっぱいになってしまう。力で振りほどこうと思えば出来たハズだが、恐怖でいっぱいになったアタシは身体が動かせなくなった。


「離してっ!離してよっ!離してぇぇっ!やだあああっっ!!」


(怖いっ!怖いっ!怖いっ!怖いっ!怖いっ!)


 アタシはまるで少女のような悲鳴を上げる。恐怖で身体が固まり、叫ぶことしかできない。その間中も男達の手がアタシの身体を蹂躙していく。


「やっ……いやぁっ……やめて……」


 アタシは恐怖で顔が引きつり、悲鳴すらも満足に上げられなくなっていく。

 その時だった。


「何を……何をやっているんだお前たち!!」


 夜のキャンプで少年の怒声が響く。その叫びには強い意志と強烈な怒りが感じられる。


(マース!)


 マースの声が聞こえた。男達に揉みくちゃにされるアタシの少し向こう、元居たテントの辺りにマースとグレッグの二人が戻ってきていた。


「ち、千歳様!?貴様ら!千歳様に何をしている!」


 グレッグも叫ぶ、だが男達はアタシへの動きを止めない。

 アタシはマースの姿を見つけ、恐怖に削られながらも僅かに残った理性で、叫んだ。


「マース!助けてっ!助けてぇっ!!」


 アタシは思わずマースに助けを求めていた。たった12~13歳くらいの子どもに、アタシは必死に助けを求めていたのだ。怖かった、助けてほしかった、今のアタシに頼れるのはマースしかいなかった。

 アタシの助けを求める声を聞き、マースは険しい表情のまますぐに杖を高く掲げ、呪文を唱え始める。


「水の女神メルジナよ!その慈悲深き力を持って彼の者達に眠りを与えよ!スリープインバイト!」


 -キィィィン-


 マースの杖が青く光り、アタシの周りの男達を瞬く間に眠らせて行く。バタバタと倒れていく男達。解放されるアタシの身体。


「はっ、はっ、はっ、ああっ!あああっっ!」


 アタシは自由になるや否や、マースに走り寄り、抱き着いた。


「マース!マース!マース!うわああっっ!怖かったっ!怖かったよぉっ!!」

「わわっと、もう大丈夫ですよ、千歳さん。この状況、何があったのですか?」


 アタシが飛びついたせいで少しよろけるマース、だが彼は優しく抱きしめ返してくれる。その手はとても暖かかった。アタシは混乱しつつも、マースに事情を話す。


「テントの二人が、アタシにっ!周りの人達にも助けてって言ったのにっ!みんなっ!みんなでっ!」

「落ち着いて、落ち着いて下さい、千歳さん。ゆっくり、まずはゆっくりと息をしましょう」


 混乱し恐怖で息が上がっていたアタシは、マースに諭され、ゆっくりと深呼吸をする。


「はっ、はっ、はーっ、すーっ、はーっ」

「そうです、その調子です、そう、ゆっくりと」


 アタシは深呼吸のおかげかいくらか落ち着いてきた。だからマースに事の次第を説明しようとした。だが、


「マース、あのね……えっ?」

「千歳さん?……え?グレッグ?どうしたの?」


 アタシはマースの隣りにいたグレッグの顔を見て硬直する。マースもグレッグの顔を見て普通ではないと言う事に気づいたようだ。グレッグの目も、あの男たちの目のように血走っていた。


「千歳、様……とても、良い、匂い、ですね……」


 そう言ってグレッグはアタシの服の中に無理やり手を潜り込ませ胸を弄る。グレッグが無理やり服の中へ手を突っ込んだため、フリル付きのブラウスの胸のボタンがバツッと千切れ跳んだ。


「いやあああああーーっっ!!」


 アタシは安心しきっていたところへの揺り戻しの一撃で、半狂乱になって叫ぶ。


「グレッグ!?なんで!?やめるんだ!!グレッグ!!」


 マースが困惑の声を上げる。さっきまで普通に話していたグレッグが、アタシを襲った男達と同じ行動をしだしたのだ。困惑しない訳がない。マースの静止の声を聞いてもグレッグの手は止まらず、アタシは悲鳴を上げつづける。


「グレッグっ!ああっ!もうっ!!」


 隣りのグレッグに向けて、杖を思いっきり振りかぶるマース。


「ごめん!グレッグ!」


 -バキィッ-


「あがっ?」


 マースがグレッグの後頭部を杖で思いっきり殴った。グレッグはそのまま地面に倒れこみ、気絶する。

 グレッグの手から解放されたアタシは、ガタガタ震えながら堰を切ったように叫び出す。


「もうやだぁぁっっ!!帰りたいよぉっっ!!おばあちゃんっ!メグっ!ああああーっっ!!」


 マースに抱き着いたままアタシは恐怖が降り切れてついに泣き出してしまう。アタシの心はもうボロボロだった。もう帰りたい。おばあちゃんに会いたい。メグに会いたい。

 そんなアタシを、マースは優しく抱きしめてくれる。


「大丈夫、大丈夫です。僕が付いていますから。大丈夫です、大丈夫」

「うああぁぁっ、うぅあぁああぁーっっ!」


 マースに背中をポンポンと叩いて貰いながらアタシはマースの胸で思いっきり泣いた。


「えぐっ、マース、ひぐっ、ううっ、マース……」

「大丈夫ですよ、僕はここにいます。大丈夫です」


 マースはアタシが泣き止むまで、優しい声であやしてくれた。マースの手が、とても暖かかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る