03.ゴブリンの村_01

 ここは異世界オードゥスルス、アタシ達二人は無人島ごと虹色の空に攫われて、なんの因果かこの世界に迷い込んでしまった。生き残るため、元の世界に戻るために、異世界の竜騎士サラガノの導きに従って無人島の北側に出現した謎の陸地へ向かう。


 -ヴゥゥゥゥゥゥ-

「メグ、どう?何か見える?」


 照りつける太陽はだいたい真上、ボートの計器ディスプレイにはちょうど13時と表示されている。アタシはボートを運転しながら後部座席のメグに謎の陸地の様子を聞く。後ろのメグは無人島から持ってきた双眼鏡で陸地を観察している。


「砂浜と、その後ろに大きな森……あっ、砂浜に桟橋?がある?あそこならボートを停められそうだよ千歳ちゃん」

「よし、じゃあそこに決まり。そこから陸地に上がろ」


 メグの見つけた桟橋の方に向かってボートを移動させる。次第に裸眼でもはっきり見えてくる陸地。メグの言うとおり、そこには砂浜とその後ろちょっと坂を上がったところには大きな森。砂浜には桟橋があった。アタシ達は桟橋にボートを横付けし、陸地に上陸する。


「よっ、と。うっわ、なにこれ?ボロボロじゃん」


 桟橋を確認すると大分長いこと使われていなかった様子で、木で出来た桟橋のところどころが腐敗して穴が開いたり今にも折れそうになっている。アタシはとりあえず一番マシそうなところを選んで歩いて見る。


 -ミシッ、ミシッ-


「千歳ちゃん大丈夫?この橋歩けそう?」

「大丈夫……いやあんまり大丈夫じゃないかも」


 腐敗の進んだ桟橋が一歩進む度にミシミシと音を立てる。アタシは自慢のバランス感覚でなんとか渡りきり砂浜まで到着したが、メグが歩いて大丈夫かは分からない。メグを歩かせて途中で足元の木が折れて桟橋にズボッとハマったりしたら目も当てられない。足場の補強かまたは足場の代わりになる物があった方が良さそうだ。アタシはメグにボートで待つように告げる。


「この桟橋危ないから、ちょっと待っててー。森で足場に使えそうな木とか拾ってくるからー」

「うんわかったー、千歳ちゃん気を付けてねー」


 メグをボートに残して砂浜を進む。見渡した限りでは砂浜と森以外何もなく、人の気配もない。


(静かだな……)


 波と風の音以外何も聞こえない。アタシは足場になりそうな木を探すため、丘を登り森へ向かう。

 丘を登りきったところで、アタシは森と平行に右側へ延びる道がある事に気付く。獣道?いやもうちょっと広いか?草がそこいらに生えているものの、多分人の手が入った道だ。


(誰かいるのかな?いるなら森の中探すよりそっち方がいいんだけど)


 森に向かうのを止め、道に沿って人が居そうな方向へ向かう。

 少し進むと幾つか建物らしき物が見えてきた。


(なんだ、村があるんじゃん。ゲームで言うなら始まりの村ってやつ?)


 そんな能天気な事を考えつつ、村に向けて歩く。次第に村に近付き、そのまま村の中へ。


(人の気配がしない、誰もいない?)


 村に入ったアタシは、村に全く人の気配がしない事に気付く。立ち止まって辺りを見回す。壁に穴が開いて植物に被われてる家、ところどころ石の壁が黒くくすんでいる家、木材が腐敗していて今にも崩れそうな家、木蓋が割れてる井戸、車輪が外れて動けなくなっている幌馬車などなど……。


(ずいぶんとボロボロな……廃村かな?ならまあ使えそうな板だけでも探して貰って行こ)


 そう思ってまた歩き出したところ、


 -パキッ-


 足元で何かが折れる音がした。気になったので足元を見る。


(なんだろ?)


 しゃがんで自分が踏んづけた物をよく見る。ボロボロの布、それに刺さった数本の棒きれ、栗色のもじゃもじゃしたもの、白い……骨。


(骨?なんの骨?)


 近くでまじまじと確認する、骨だ。ボロボロの布にはよく見ると花の刺繍がある。布に刺さった棒には羽根、これは矢だ。栗色のもじゃもじゃは、毛。アタシは何も考えずにその毛を引っ張る。


 -ゴロン-


「うひゃっ!?」


 アタシに毛を引っ張られ転がった物、それはどくろ、しゃれこうべ、つまり人の頭蓋骨であった。アタシは軽く悲鳴を上げて後ろに飛び退く。白骨なら最近火葬場でおばあちゃんの骨を拾ったので見たばっかりだが、流石に生の白骨死体を見たことは無い、これが初めてだ。


(うっわ、本物の白骨死体だ)


 落ち着きを取り戻したアタシはその白骨死体を観察する。


(何かから逃げようとして、矢で撃たれた?)


 白骨死体はうつ伏せに倒れ、背中に矢が数本刺さっている。手は何かを掴もうとして、いや腕を何かに向けて伸ばしているような感じを受ける。アタシはその伸ばしている腕の前腕辺りを思いっきり踏んづけたらしい。


(うわぁ、ごめんなさい。成仏して)


 アタシは白骨死体に向けて両手を合わせ仏に祈る。ひとしきり祈ったところで白骨死体が手を伸ばしていた方に視線をやると、壁に穴が開いて植物まみれになっている家がある。興味本位でその家に近づき、穴から家の中を覗く。


(人?いや、あれも死体だ、倒れてる)


 穴が空いているお陰で日の光が入り込み、家の中がよく見える。家のど真ん中で仰向けになって倒れている白骨死体があった。この白骨死体は、さっきのやつより少し小さく、髪は栗色で長さが背中くらいまであって、そして何故か服を着ていない。


(ううっ、まただ、髪長いし女の人かな……成仏して)


 アタシは家の中の白骨死体にも手を合わせる。

 こうなると他も調べたくなるのが性分だ、近くの壁が黒ずんでいる家にも近付いて見る。


(これ、焦げた跡?火事かな?)


 家の石壁をよく見るとすすが付いており、焦げた跡だと言うのがわかった。扉は焼け落ちたのか付いていない。中に入ると暗くてよく見えなかったので、アタシは島から持ってきた乾電池式のペンライトで中を照らす。部屋の隅っこに黒焦げの騎士の人形が1つと、小さな真っ黒い物体が2つ、寄り添うように転がっていた。


(これは……子供の……)


 嫌な想像が頭を過り、堪らずアタシはこの家を飛び出た。


(アレは違うアレは違うアレは違う!アレはアタシの考えている物とは違う!)


 自分の頭の中でたどり着きそうになった結論を必死に否定する。そうだ、アレはアタシの想像している通りの物じゃない、きっと。

 黒ずんでいる家を飛び出た後、アタシは当初の目的も忘れ、他の家も回って中の様子を見て回る。どの家も壊れるか焦げていて、家の中や周りには矢が刺さってたり、一部が欠損した白骨死体が散乱していた。そして、ほぼ全ての女性と思われる白骨死体は、服を着ていなかった。


(この村おかしい……なんでみんな殺されてんの?なんで女の人はみんな服を着ていない?)


 アタシは頭の中が疑問でいっぱいのまま、最後に残ったボロい木の家の扉を開ける。


 -ギィィ-


(うわ、ここクッサ、んでここも暗い)


 扉を開けるなり酸っぱい悪臭がする。暗い部屋の中、指で鼻を摘まみつつ、部屋の状態を確認するためペンライトで中を照らす。


「……!?」


 そこで見た光景に、アタシは悪臭から鼻を摘まむ事すら忘れ、声にならない声を上げてその場に固まる。家の中のテーブルや棚、床などにギッシリと並べてあったのだ、頭蓋骨だけ、まるでトロフィーでも並べるかの様に。


「なに……これ……」


 これが出せた精一杯の言葉だった。だが喋れたお陰か、少し心が落ち着いてくる。アタシは目を瞑り、ゆっくりと呼吸をする、部屋が臭い。


「スゥー……ハァー……くっさ」


(落ち着け、落ち着け、状況をよく見ろ)


 目を開けて部屋の様子を見る。ギッシリ並べてある頭蓋骨の他に、剣や盾、杖なども並んでいるのが見える。それも1本や2本ではなく、そこそこの数が並んでいた。アタシは近くの床にあった杖を拾ってペンライトで照らして見る。


(これ、まだ新しい……?)


 杖の先には緑色の宝石が付けてあった。手に持った杖にペンライトの光を当てつつゆっくりと回して調べてみるが、見た目からも触った感触からもまだそんなに古くないと言う感じがした。アタシは杖を床に置き直し、他の剣や盾も物色してみる。


(剣も盾も綺麗っていうか新しいっていうか)


 未使用品とは行かないが、ほぼ新品に近い代物だった。


(なんでこの廃村に?)


 今までこの村を調べた限りでは、ここにいるのは死体だけだった。人の気配もない。再び頭の中が疑問でいっぱいになる。その時だった。


 -ギシッ-


「!?」


(この部屋にアタシ以外の誰かがいる)


 部屋の隅から木の軋む音が聞こえた。何者かの存在を感じ、アタシは手に持っているペンライトの光を消して壁を背にしてゆっくりとしゃがむ。


(臭さに気を取られすぎて気づくのに遅れた。誰だ?誰がいる?)


 音のした方向を警戒し、じっと動かずに相手の出方を待つ。そうして暗さに目が慣れてくる頃、


「शश……」


(女の人の声?)


 微かだが部屋の隅から女性の呻き声が聞こえた。暗い部屋の中を見回して見たが、人の気配はその女性以外しない。アタシは警戒しつつもゆっくりと声の聞こえた方に歩いて近付く。近付くにつれて、元々臭かったこの部屋の臭いとはまた違った悪臭がしてくる。端的に言えば、


(イカ臭い……栗の花の臭いってやつ?)


 アタシも生娘じゃあないので、この臭いには覚えはある。それにしてもこの臭いの強さは異常だ。臭いに耐えつつ、前にいる女性をペンライトで照らして確認する。


(臭いの元は、これか)


 目の前には、裸で仰向けに、血と汗とほんのり黄色い液体でぐちゃぐちゃになって倒れている女性がいた。顔は乱れた長い髪で覆われており、表情は読み取れない。


(まわされた?それも相手は二人や三人じゃなさそう、この量だと)


「……!?」


 眩しさでペンライトに照らされている事に気づいたらしく何か呻いているが、声が小さくて聞こえない。アタシはその女性に近づいて膝を付き、声を掛ける。


「ねぇキミ、大丈夫……じゃあ無いわよね、生きてる?」

「!? ृग़ऴॗ……」


 女性はアタシの声に反応して後ずさる。ひどく怯えているように見えるが、無理もない。だが彼女はかなり衰弱しているらしく、ほとんど動けていない。この衰弱っぷりでは立つことすらままならないだろう。虫の息ってやつだ。身体をよく見るとそこらへんに黒いアザやひっかき傷があり、酷い暴行を受けていたのが分かる。

 彼女はアタシの方から必死に這いずって逃げようとしたが、数秒も経たないうちに力尽きて動きを止める。彼女は今その場で仰向けのまま息を切らせて弱弱しい呼吸音を上げている。


(相当弱ってる……。この子、放っておいたら間違いなく死ぬよね……。どうする、助ける?だけどアタシ達にだって余裕がある訳じゃないんだけど)


 いつもならこんな状態の子を見つけたらすぐにだって助ける。が、アタシ達は現在、絶賛異世界漂流中だ。行く当てだって確かじゃないし、医療器具なんて島に置いてきたサバイバルキットの中に絆創膏と包帯、風邪薬とかが少しある程度。病院も救急車も警察だってこの異世界には来てくれやしない。


(とは言え、放っておけはしないし、どうするにしてもこのまま汚されたままってのはね)


「っと、とりあえず、拭くね」


 アタシはペンライトを片手に、ポケットからウェットティッシュを取り出して彼女の身体を拭いてみることにした。ウェットティッシュを肌に当てると、彼女はビクリと震えるものの、最早抵抗する力すらないのか大人しく拭かせて貰えた。


(うわ、めっちゃ粘ついてる、汚ったない)


 ウェットティッシュで彼女の顔と髪、上半身から下半身までと汚れを拭いていく。彼女の身体を拭いてて気付いたが、彼女に付いている液体はまだ乾ききっておらず、濡れていた。事が起きてからまだそんなに時間が経っていないのかもしれない。

 ウェットティッシュを使い切った頃には、彼女の身体は随分綺麗になった。彼女の身体はチョコレート色の綺麗な肌をしており、乱れた髪を整えて改めて顔を見ると、かなりの美人だと言うことがわかる。が、顔も殴られたのか黒いアザが出来ている、せっかくの美人が台無しだ。そして、


(耳長いな、エルフってやつ?)


 ここが異世界だと言うことを改めて思い出す。目の前のチョコレートエルフは、目を瞑ったまま黙って微かな吐息をたてているが、今にも衰弱死しそうで危なっかしい。


(助けてあげたいけど、でもどうやって……あっ、そうだ。あれ使えないかな)


 アタシはここでサラガノに貰ったあの不思議な薬の事を思い出す。ウエストポーチから青い宝石の付いたガラス瓶を取り出し、フタを開けてみる。


(ん、いい匂い)


 アタシの身体が仄かな青い光に包まれ、心地よい匂いとともに緊張と悪臭から来る疲れがすぅーっと軽くなっていく。


(スタミナ全回復って感じかな。これがこの子にも効けばいいんだけど)


 アタシはこのガラス瓶を床で倒れているチョコレートエルフにも嗅がせてみることにする。


「これ、嗅いで見て」


 チョコレートエルフの鼻付近にそっとガラス瓶を差し出し、匂いを嗅がせる。すると彼女の身体が青い光に包まれる。


(効いてほしい……ダメかな?)


 アタシはガラス瓶をウエストポーチにしまい直して様子を見る。彼女はしばらく弱弱しい呼吸を続けていたが、次第に呼吸の強さが戻ってくる。


(効いてる?)


 そのまま様子見を続けていたところ、彼女が初めて目を開けた。水色のとても綺麗な瞳でアタシを見つめてくる。アタシは彼女の目の前で軽く手を振ってみる。


(手の動きを目で追った、目は大丈夫っぽいけど)


「ねえキミ、動ける?」

「……लग़ॏय़?」

「あっ、そうだね、アタシ異世界人だから言葉通じないよね、ははは」


 相変わらず言葉が通じず何言ってるかわからないのだが、彼女は喋るだけの体力は回復したようだ。とにかくここに置いておくわけにはいかない。アタシは再びボディーランゲージでのコミュニケーションを試みる。

 アタシは自分と彼女をペンライトで指差した後、入口の扉に向けて指を差す。


「アタシが、キミを連れて、ここから出る、OK?」

「ॺॵश॑ॳिफ़ॏ९……?」


(この感じは伝わってないな)


 さてもう一回と思っていると、彼女はゆっくりと身体を起こし、しばらく周りを見渡す。そして何を探しているのか部屋の隅の方に手を伸ばす。だが伸ばした手はそれ以上先には進まない。どうも負傷で足が動かせなくなっているのか、必死に手で這いずって行こうとしている。アタシはペンライトの光で彼女の向かおうとしている先を照らした。やがて照らされた光の先で目当ての物を見つけたのか、それの方向に向けて手を伸ばし何かを呟く。


「ॿॏेफ़॔स……」

「何?何を探しているの?」

「ॿॏेफ़॔स……」

「あれ?あの杖の事?」


 私は立ち上がって先端に緑色の宝石の付いた杖を手に取り、またしゃがんで彼女の前に差し出す。


「この杖でいいの?」

「लल……」


 彼女はアタシから杖を受け取ると、大事そうに杖を抱きしめた。しばらくその様子を見つめていると、彼女は杖を抱きしめたまま顔を上げ、アタシに何か語りかけてくる。


「ृृय़ऽुঃॗॉࣱख़शऻऺज़ूिॐॅऴ」

「だから何言ってるのかわかんないんだってぇ」

「ॄ०ॺঃ़ऽ८ॉ、ख़शऻय़ॴिज़ूॖ」


 何かを伝えたいのはわかるが、何を伝えたいのかがわからない。このままでは埒があかない。アタシは再び自分と彼女をペンライトで指差した後、入口の扉に向けて指を差す。


「アタシが、キミを連れて、ここから出る、OK?」

「ॿॏेफ़ृक़य़९ॉॖॖिॐॅऴ、ख़शऻय़ॴि……」

「ああー!面倒くさい!もう勝手に連れてくからね!」


 そう言ってアタシはペンライトをポケットにしまい、羽織っているシャツを彼女に着せて杖を持ってる彼女ごとお姫様だっこスタイルで持ち上げる。彼女は思ってたよりもずっと軽い。


「ॿॏेफ़ृक़य़ऴऴॗॉ、ॐऻॹ!」

「うっさい!ここから出るの!ここに居たってまた動けなくなるだけでしょーが!」


 チョコレートエルフは何か抗議の声を上げているようだが、この際無視する。そのまま入口に向かってズンズンと進むが、足元に剣と盾が転がっているのを思い出してアタシは途中で足を止めた。


(貰えるものは貰っていこう)


 一旦チョコエルフを床に置き、置いてあるものを物色する。一瞬チョコエルフが悲しそうな顔をしたような気がする。物色を続けると木と金属パーツで出来た丸っこい盾が目に入る。


(これ、ベルトで腕に固定できるみたい。この盾貰ってこう。剣は、使い方わかんないからいいや)


 丸い盾をベルトで左腕に固定し、再びチョコエルフを持ち上げようとする。


「ख़शऻ्फ़ुঃॲ!」


 チョコエルフが何か言って床の物に手を伸ばす。その先には鞘に入った剣が置いてあった。


「この剣も持っていきたいの?しょうがないな、ほら、持てる?」


 そう言ってチョコエルフに剣を渡すと杖と一緒に大事そうに抱え込んだ。チョコエルフの様子を見てここでアタシはふと気づく、


(ここの剣と盾、盗品っていうより略奪品、か?)


 チョコエルフの介抱に必死で考えるのを忘れていたが、ずらりと並んだ頭蓋骨、略奪品と思しき装備、少し前まで暴行されてたっぽい様子のチョコエルフ。状況から考えるに、明らかに何か危ないヤツらが、さっきまでここに居たってことである。


(あれっ、もしかしてヤバいのでは?そんでこの子はさっきからそれを伝えようとしている?)


 今更危険を感じたアタシは、ささっとチョコエルフを持ち上げ、入口の扉を蹴り開けて家を出る。


「とりあえず、逃げ……!?」


(何かいる)


 家を出た先に何者かの気配を感じ取り、アタシは周りを見渡す。


(一つ、二つ……って数じゃない、囲まれてる?)


 隠れているのか、姿は見えない。だが確実に居る。それも沢山。


「ॿॏेংऺऴॖज़ूॖ!」


 -ヒュンッ-


 チョコエルフが叫ぶと同時に左から何かが飛んでくる。アタシは咄嗟に飛んできたものを左腕の盾で防ぐ。


 -カンッ-


 飛んできたものは少しの衝撃と共に盾に防がれて地面に落ちる。アタシが盾を構えたことによりずり落ちそうになったチョコエルフは咄嗟にアタシの首に抱き着いた。


(何が飛んできた?)


 自分が今盾で防いだものを確認する。アタシはそれに見覚えがあった。


(これは、村の白骨死体に刺さっていた……矢だ!じゃあ今のは?弓矢?弓矢で狙われている!?)


 危険を感じ取ったアタシはチョコエルフを抱えたまま、木の家の右壁沿いに移動し壁に背を合わせる。ここなら弓矢の死角になるハズだ。だがそんなアタシの甘い考えはすぐに崩れ去る。


「९ाॗॉ!」


 チョコエルフが右側を指差しながら叫ぶ。すぐにチョコエルフの指差す方に目を向けると、何者かが茂みの奥から弓矢を構えてアタシ達を撃とうとしているところだった。


「クソッ!囲まれてる!エルフ!アタシから離れるんじゃないよ!」


 アタシはチョコエルフを抱えたまま村の入り口の方向へ全力で走る。


 -ヒュンッ-


 後ろで矢の飛んできた風切り音が聞こえたが、命中はしなかった。アタシは後ろを気にしつつ背中からは狙われにくいよう家々をバックに背負える位置を狙って走るが、


「ॢॐॺऻॹॲ!」


 チョコエルフが今度は左側を指差しながら叫んだ。


 -ヒュンッ-


 左の家の屋根から矢が飛んでくる。


 -カンッ-


 アタシは走りつつ盾を左側に構えて飛んできた矢を防いだ。後ろも右も左からも弓矢で狙われている。前方の村の入口以外に逃げ道は無い。


(兎に角、一旦村を出てメグのところまで戻る!途中でこいつらを撒けなかったらそのままボートで島まで逃げるしかない!)


 だがアタシの逃亡プランは速攻で崩れ去る。


「ゲァッ!ゲッゲッ!」

「ゲゲッ!」

「ゲァッ!ゲァッ!」


 まるでここは通さんぞと言わんばかりに、何体もの人型の化け物が村の入口に立ちふさがっていた。

 その化け物は、緑色で、背は低く、尖った耳を持ち、とても醜悪な顔をしている。手にはこん棒のようなものを持ってるやつ、小さな斧を持っているやつなど様々だ。そしてそんな化け物をアタシは見たことがある、ここじゃない、元の世界で。


(あれは……ゴブリンだ!)


 ゴブリン。ゲームやアニメで出てくる、序盤の定番モンスター。集団で行動し、道具を使い、人間を襲い、男は喰らい、女は犯す。そんな最低な化け物だ。それが目の前にいる、それもわらわらと何体も。

 そんなゴブリン達はアタシ達が目に入るや否や、全員こちらの方に襲い掛かってくる。


「グゲーッ!」

「うわっ!こっちくんなッ!」


 アタシは走る方向を村の入り口から右の森に変更し、ゴブリン共から逃げる。だが、チョコエルフが今度は前の森を指差しながら叫ぶ。


「८सज़!」


 -ヒュンッ-


「あっぶなっ!」


 森の中から飛んできた矢は、運よくアタシの顔の僅かに左を掠めて外れた。ギリギリで矢を躱せたことに安堵する暇もなく、後ろからはこん棒と斧のゴブリンが走り寄ってくる。

 アタシは近くにあった幌馬車の傍に避難する。ここなら前方は幌馬車、右が石壁の家になっており、その方向から飛んでくる矢からは死角になるが、後ろと左から寄ってくるゴブリン共とはもう戦うしかない。アタシは覚悟を決めた、チョコエルフを幌馬車の足元にそっと置く。


「ॿॏेংऺऴॖज़ूॖिॐॅऴ!」

「ここでじっとしててよ!」


 チョコエルフがアタシのシャツの裾を掴んで訴えているが、構っている暇もない。アタシは振り返って迫ってくるゴブリン共に向かって戦う構えを取る。


「ふざけんな!ヤラれてたまるか!全部ブッ倒してやる!」

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