転.2

 都。

 夜更けだと言うのに、村とは違って小路は人で賑わい、いくつもの灯篭が立ち並んでいた。

 実に華やかな風景で、転生する前の世界を思い起こさせるような情景だった。


 だと言うのに、俺の心は沈んだまま……ただ静かに外を眺める。

 普段なら外へと散策――という流れなのだが、そんな体力も気力も……毛ほども残っていない。


 ふと、窓に自分の姿が映し出されていた。

 目元が赤く、涙痕がハッキリと浮き上がっており。

 瞳は光を灯さない、淀みきった黒い瞳が真っ直ぐとこちらを見つめる。


 ハハ……、本当――


「ひっどいツラ……」


「……何が酷いの?」


「うん?……そりゃあ――あれだよ。

 自信満々で突っ込んだのに、助けられた挙句――涙を流してる姿を見ら……れ――って、うわぁ!?」


「あ、ほんとだね!

 大丈夫?傷が痛む?」


 返ってくるはずも無い独り言。

 それが返ってきたのは、予想外の出来事で……。

 そして、それを返した相手は……もっと予想外だった。


 ひょこっ、と身軽そうに俺の前に現れたのは――あの時の白い少女だった。

 彼女は、心配そうにこちらを覗き込んでは……俺の頬に手を当てて涙痕をなぞった。


「君……、いつから」


「ここに着いてからずっと居たよ?」


「……マジで?」


「うん、本当だよ。

 それより!傷は大丈夫?まだ痛い?」


「いや……、傷は関係な――」


 涙を流したのは、精神面に受けた痛みであって、肉体的な痛みではないと伝えようとした。

 だが、そこでおかしな事に気が付く。


 重傷した当初は、猛烈な痛みを放っていた腹部だが。

 今は無いと言っていいほど、疼きが治まっていた。

 恐る恐る腹に巻かれた包帯を解いていくと、傷一つない肌が姿を現した。


「……傷が、塞がっ……て」


「ふぅ〜、なら良かった!」


「君は……一体?」


「あ、自己紹介がまだだね。

 私は――」


 驚きで固まっている俺を他所に、笑顔を浮かべる少女。

 呆気に取られていても、確信を着くように少女は自分の名前を明かそうとした……が、


『アル君。……今、いいかな?

 夜食を持ってきたんだ……開けてくれないか?』


「ウェイっ!?」


 唐突にレナの声が、彼女の名乗りを遮る。

 しかも、予期せぬ方向から呼びかけられ、変な声を出してしまった。


『ア、アル君?入るよ?』


「あ、ちょい待っ――」


 待ってくれと言葉にする前に、一歩間に合わずドアが開いていく。

 半裸の状態プラス、少女を連れ込んでいると思いかねないこの状態……とてつもなく、不味い!!


 最悪、変な修羅場になってしまう……というか親父にこの状況を知られるのが嫌すぎる!!

 が、もう遅いよな……。グッバイ!俺の世間体!!


「……えっと、レナ。これはだな……」


「あれ?……話し声が聞こえたから、誰かいると思ったけど――誰もいない……。

 って半裸になって何してるのさ!?」


「ゑ?」


「え?じゃない!早く服を着ないか!!

 ショックを受けたのは判――」


 レナは顔を真っ赤にさせて、矢継ぎ早にそう叫ぶが……生憎と俺の耳には入ってこなかった。

 誰もいない……ってどういう事だよ。

 だって、確かに彼女は――


「ふふっ……」


 困惑する俺を他所に、尚も怒涛の勢いで捲し立てるレナ。

 そんな俺たちのやり取りに、彼女は楽しそうに――そして、どこか寂しそうに微笑んでいた。


◇◇◇◇



「さて……と、話を戻し――」


「じー」


「……おーい」


「じぃー」


「…………」


 何とか取り繕って、部屋から追い出した直後。

 話を元に戻そうと、少女の方へと向き直ったが……レナから手渡された夜食に気がとられ、呼びかけに応じる様子がなかった。

 気のせいかな?……口からよだれを垂らしているように見えるんだが。


「……食べるか?」


「いいの!?」


 一向に話が進まない気がしてそう提案すると、食い気味に反応を返す。

 備え付けのテーブルの方へ、彼女を誘導しながら疲れたようなため息を吐いた。

 何だか、今日は振り回されてばかりのような気がする。


 朝食を終えた瞬間、ランズのおっさんに拉致られるわ。

 襲来した飛竜に手ひどくやられるわ。

 助けてもらった冒険者に心を折られるわ。

 ……散々な一日だな。


「さぁ、どうぞ。お上がりよ」


「うん!いただきまーす!」


「おーう……、って!ちょっと待て!!」


「――?どうしたの?」


「手で食べようとしないで、スプーンを使えよ!?」


「……あ、そうだったね!忘れてた!」


 えへへ、と照れ臭そうにしながらスプーン一杯にすくった料理を頬張った。

 美味しいという思いを現すように、ご機嫌に鼻歌を口ずさむ。

 やれやれと向かいの席に腰を下ろすと、彼女は料理をすくったスプーンをこちらへ差し出した。


「うん?どうした?」


「貴方も食べるでしょ?」


「いや……、俺はいいから。

 君が全部食べなよ、あんまり食欲が――」


「そんなのダメだよ!

 人にとって食事というのは、体を動かすのに必要なエネルギーを得る大切な行いなんだから!

 少し食べちゃったけど……まだまだ量はあるし、ね?

 とっても美味しいよ?」


「う……、判ったよ」


「うん!

 さぁ、ほら?」


 彼女に気圧されて、あ~んという形で食べさせてもらった。

 ね?美味しいでしょ!と言うかのように、したり笑顔を浮かべながら自分、俺という順番で食べ進めていった。


 どうしよう……、料理の味が全くしない。

 確かに美味しいのかもしれないが、料理の味など分かった物じゃなかった。

 美少女に食べさせて貰う、且つ間接キス。

 情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。


「うん!食べた食べた……、美味しかったね!」


「そ、そうだな。

 ……腹ごなしも済んだし――本題と行こうか?」


 キリっとした気持ちを持たないと、今のふわふわとしたままでは危険だと思った。

 俺の知的好奇心が爆発して、彼女に引かれてはいけない。

 ゆっくりとした口調を心掛けるように、咳ばらいを行って真剣な表情を浮かべた。


「……君は一体何者なんだ?

 どうして、レナには君の姿が見えなかった?

 何故、俺には君を見ることが出来る?」


「それは――」


「もしかしなくても、君は精霊!?もしくは天使かな!?」


「えっ……!せ、精霊?天使?」


「いや……、もしくは悪魔って可能性が――。

 ……待てよ、悪魔なら人を害するって創作物には書かれているし。

 かと言って、精霊や天使といった超次元的存在がこんなに友好的に接してくれる筈もないし――」


「あ、あの……」


「もしかしなくても、君は賢者様なんだろうか!

 さっきの無様な行いを憐れに感じて、本当の魔法を教えてくれる的な流れに……。

 いや、待て待て待て!

 どっちかと言えば、叱責されるんじゃないのか!?

 何も無い状態から、魔法という物に行き着いたというのに、使えないとはどういう事か!!って。

 やべぇよ!弁明の仕様が――」


「い、いいから!一旦落ち着いて!!

 私は、君の言う――精霊や、天使、悪魔、賢者様……って言う人達じゃないよ!」


「…………デ、デスヨネ――」


 すいません、落ち着けるのは無理でした。

 後、俺が思っていた展開になりませんでした。

 ……ちくじょぉぉぉぉおおおお!!!!


 少しは俺の思い描いた通りの展開になってくれてもいいじゃないかよ!

 あ、だめですか。そうですか。

 

 変人扱いに王手をかけてしまった感がしなくもないが、再び咳ばらいで何もなかったように取り繕う。

 若干、大丈夫?みたいな視線を向けられたが、気のせいだ。気のせい。


「……悪い、取り乱した。

 もう一度聞くけど――君は、一体何者なんだ?

 人じゃない……のか?」


「……それは」


「…………それは?」


「………………判らない♪」


「……………………はっ?」


「だから判らないんだよー」


 個包装がされた箱からは何が出てくるかなという、ワクワクする感覚を抱いていたのだが……。

 ちょっと待って、理解が追いつかない。

 今のは聞き間違いかな?


「判らない、ってのは……どういう――」


「そのまま通りだよ。

 何で、さっきの女の子が見る事が出来なくて、貴方には見る事が出来るのか。

 そして、私が人なのか……そうでないのか。

 それが、判らないんだー」


「……つまり君は――自分の正体が何か判らない……っと?」


「うん!そう!」


「いや……、そんな自信満々に頷かれても……」


「むぅー……。だって仕方ないじゃない!

 生まれてからずーっと、私は誰とも話せなかったんだから!」


「誰ともって……。

 じゃあ、俺との会話が――」


「そう!初めなんだよ!

 誰かと話すって、こんっなに……楽しいんだね!」


 呆れ半分、驚き半分といった心境の中――彼女はころころと表情を変化させていた。

 このひと時を目いっぱい楽しむように。


「あ、そういえば。

 自己紹介がまだだったよね?

 いい加減、貴方呼びも飽きてきちゃったし」


「……レナの呼び掛けの時に、聞いてなかったか?」


「……他人から教わるより、私は貴方から直接聞きたいんだー。

 だから……改めて、教えて欲しいかな?」


「……俺は――アルクス。アルクス・アルカーナ。

 君は?」


 自己紹介のやり直しをご所望され、なぜかくすぐったく感じ素っ気なく名乗った。

 そんな態度を気にするでもなく、少女は何度か俺の名前を口にしながら、考え込むように下を向いた。


 そして、数分後。

 何かが決まって、すっきりしたような笑顔を浮かべた彼女は、改めて自分の名前を口にした。

 ちゃっかり、愛称で呼ぶように促して。


「私は――ノルン。ノルン=ガルディエーヌ・ユグドラシア。

 ノルンか、ノルって呼んでね!アルク♪」

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