第21話 敵討ち
息を切らせて取調室に入ってきた若い警官に、その場にいた者たちの視線が集まった。
警官は捜査していた内容を報告した。
「ガイシャ、室伏の死因が判明しました。やはり、頸動脈を損傷したことによる失血死でした。鋭利な刃物で切られたとみられます。殺害時刻は昨日の十二時から十八時にかけてと思われます」
「凶器は見つかったのか?」
「ええ。現場から十メートル離れた森の中に捨てられていました。血液から、ガイシャの殺害に使われたもので間違いありません」
「そうか。ありがとう」
報告を聞いて、堂宮刑事は何か考え込むそぶりを見せる。
だが、警官はまだ報告事項があるようだった。
「さらにすごい事がわかりまして、古川が殺害される直前に、ある人物が古川に会っていたんですよ。しかも、遺体が発見された
警官はメモに目を通しながら、口早に説明する。
「誰だ?」
「今日の夕方、山小屋で発見された
警官の話が耳に入ると、俺と椿は心臓が止まりかけた。
まさか……生野があいつらを……?
確かに生野が殺害前に古川と会っていたらしいことは、忘年会の時に聞いていた。
だが、明確に生野が古川たちを殺害した証拠があるのか? そもそも、動機は一体何なんだ? むしろ生野は、誰かが犯行を行おうとしていたのを必死で止めようとしていた。
しかし、警官は動機とみられる根拠を持ち合わせているようで、
「先日発見された、生野樹里の姉、美幸の遺体が身に着けていた衣類から検出された液体のDNAですが……見事に古川や室伏のものと一致しましてね」
「なんだと……⁉」
堂宮刑事の表情が驚きの一色に染まった。
警官はさらに続けた。
「ええ。あいつら、人の尊厳を
警官の口調も荒々しかった。
いうまでもなく、俺の身体に戦慄が走った。隣にいる椿は目を強く閉じ、現実を見たくない様子だった。
遺体を見た様子からひどい目に遭ったことは想像したが、あのいじめグループたちはそれを平気で犯したのだ。
もし生野がやったとしたら……動機は姉の殺害に対する敵討ちか……。
「それなら、事情を知った妹の生野樹里が二人に恨みを持ったとしても無理はないな」
「そもそも、この被害者の二人。相当の前科持ちですよ。県の内外で強盗や傷害事件を何回も起こしています」
俺たちの知らない、あいつらの前科が報告されている。
書類が販売されているA4のコピー用紙五百枚分。すべて、あの二人のしでかした犯行のすべてだ。
俺へのいじめのように、人間の尊厳を平気で踏みにじる奴なら、美幸さんを絶望のどん底に突き落として、更に命を奪うなんて毛ほどにも思わないだろう。
こんな人の皮をかぶった悪魔に美幸さんは……!
俺の腹の中で、あいつらに対する怒りがふつふつと沸き起こってきた。
警官は刑事に話を続けた。
「本人はまだ意識が戻っていないので事情を聴くのは後日になりますが、明確な証拠が出てきたらこの事件は解決かと」
「ああ……では……」
その時、台を強くたたく音が取調室の壁を揺らした。
俺の隣で、椿が立ち上がって台に顔を向けていた。しかし、その表情は怒りのエネルギーのに満ちていた。
「樹里がそんなことするわけがないです! 彼女、むしろ犯行を必死で止めようとしていたんです。私たち樹里の家で日記を見つけたんです」
生野樹里の部屋で見つけた、彼女の日記。“あの人”が行おうとしていた後始末を、彼女は必死で止めていた。
さらに、昨日生野とみられる女性と男が言い争っているのを目撃した証言を得られている。
椿はそれらのことを交えて、堂宮刑事に反論した。
「だから、樹里が犯行を行うなんて考えられないんです」
しかし、堂宮刑事は険しい顔を見せた。
「そうか。でも、その男というのは山小屋にいたのかい?」
「それは……」
いきなり威勢がなくなる椿。
堂宮刑事は逆に椿に反論した。
「生野樹里はけがを負っていたが、あれ、室伏と争った時についた傷じゃないのかい? 室伏には何者かに切られた傷があったが、力の弱い女性なら刃物などの武器がないと難しいだろう」
そして堂宮刑事は古川殺害時のことにも触れた。
古川はペットボトルに仕込まれていた毒物を飲んで死んでいた。
「第一の殺人の時も同様だ。古川の死因は毒物による中毒死と分かっている。どこかで購入した毒をペットボトルに仕込んで、飲ませて殺害したんじゃないのか? 大の男に無理やり飲ませるなんて、不可能だからな」
さらに堂宮刑事は鋭い視線を突き刺すように椿に向けた。
「君ねえ、被疑者と仲がいいのはわかるし、庇いたいのも理解するよ。だけど、いったい誰が犯人だというんだい?」
「それは……」
椿は噤んでしまった。
犯人候補はいる。だが、犯人である物的な証拠がない。今のままでは、情報提供も、告発もままならないだろう。
「とりあえず、事情聴取はここまでだ。また何かあれば呼ぶから、その時は頼むよ」
***
終盤は一方的だった事情聴取は終わり、俺たちは常盤署の外に出た。
すでに午後六時前。とっくに日は落ちてしまい、星空が広がっている。
椿はすっかり気を落としていた。
「あーあ……なんで樹里が犯人だって決めつけるのよ……。必死で止めようとしてたのに、あの二人を殺すなんて考えられないわ……」
「うん……」
生野が犯人でないことは、室伏の殺害時刻や生野の怪我の様子からもわかることだ。生野の傷は明らかに室伏殺害時に負ったものではない。この山小屋に来た時、もしくは来るまでに付けられたものだ。
そして、犯人の見当はついている。だがそいつが犯人だという決定的な証拠もない。
「やっぱり、証拠集めしないとね……。今のままだと捜査に首突っ込むなって言われておしまいよ」
「だよなあ……」
一番いいのは本人の前で告発し、警察に自首してもらうことだ。
可能であれば、生野からも事情が聞きたかった。ただ、今は面会謝絶なのでそのほかの方法で情報を集めるしかない。
椿は息を大きく吸い込むと、深呼吸した。
そして、気分を切り替える。
「明日、もう一度証拠集めするわよ。樹里の無実が証明されるまでが私たちの仕事!」
「一応樹里は見つかってるけどな」
思わず苦笑いした。
「なによー。今のままだと樹里のお母さんに本当の意味で報告できないわよ」
「わかってるって。依頼人のために動くのが俺たちなんだろ?」
顔を膨らませ抗議する椿に対して、俺は言葉を返す。
椿は自分の胸を叩いてウインクした。
「そういうこと! とにかく、明日探偵事務所着いたら作戦会議! いいわね?」
「了解!」
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