第11話 行方不明者

 和やかだった同窓会に緊張が張り詰めた。声の主は室伏むろぶしたく。彼は連れである松山まつやまとともに不快感マックスな様子で俺たちを見ていた。

 室伏はやけに低い声で話をつづけた。


【なあ……生野いくの、聞いていいか? お前……昨日の朝、大谷城おおたにじょう神社で古川ふるかわと会ったよな。何……話してたんだ?】

【え……】


 生野の口はかすかにふるえ、目は泳いでいた。

 同時に、恐怖と後悔がこもった声。


【え……べ、べつにただ挨拶しただけだけど……。でも何で知ってるの?】

【松山、お前と古川を見たって言ってた。そのあと、古川どうしてた?】

【……知らないわ。あたし、お参りしてすぐに出て行ったから。古川くんはその後も神社にいたと思う】

【本当か。じゃあ……なんで古川はここに来ていないんだ?】

【……急用があったんじゃないの?】

【急用で出席できなくなったなら、普通、連絡入れるだろ?】


 徐々に室伏の怒気が強くなっていく。

 生野は応答に戸惑っている。

 一方で俺はその光景を見ることしかできなかった。室伏の鬼のような表情と特有の低音の声で、恐怖に支配されていたからだ。


【連絡、来てないんだろ?】

【……】


 ついに生野は返す言葉を失った。

 画面を向こうで、彼女は顔をうつむけていた。

 室伏は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


【図星だな。何か言えないこと、あるのか】

【……本当に知らないわよ】


 しかし、生野に加勢する声があった。

 生野の画面の隣で、彼女の友人である神原かんばら椿つばきが覚悟を決めたような顔をこちらに向けていた。


【ねえ、室伏君。樹里が古川くんに会ったからって、なんで彼女が疑われないといけないの? そもそも、樹里が何をしたっていうの?】

【神原、黙れ。俺と生野の話だ】


二言の砲撃に怯まず、椿は室伏に挑みかかる。


【証拠がないのに、樹里を疑っていいわけ?】

【……相変わらずうざい女】

【どうなの? 話してよ】

【黙れ】


 完全に堂々巡りだ。どうにかしてこの場を切り抜けないといけない。

 弱い自分には傍観者とならざるを得なかった。だが、幾らなんでも室伏の態度は一方的すぎる。あいつは古川と違い、口数こそ少ないが、その性格は粗暴そのもの。古川がいなくても、その厳つい表情と恐ろしく低い声で、他人を威圧出来てしまう。

 昔を思い起こさせるような、見るに堪えないシーンだった。


【あー、もう。せっかくの同窓会の雰囲気ぶち壊しじゃないか。みんな、一度落ちつこうぜ?】


 その声は及川おいかわみつぐ、室伏や松山と同じ野球部員の男だった。


【室伏も頭冷やせよ。古川も本当に急な用事で来られなかったんだと思うし……】

【……急用なら連絡入れるって言ってる】


及川は燻る炎を鎮めるように室伏をなだめた。


【ならみんなで探せばいいだろ。大谷城神社でいなくなったんだろ?】

【……】


 及川の言葉に室伏は押し黙った。


【……わかった】


 そして、室伏は低い声を唸らせて終始無言だった松山に呼びかけた。


【クソみたいな同窓会だぜ。松山、帰るぞ】

【そうだな】


 そういうと室伏はいきなり画面を落とした。同時に隣画面にいた松山の画面も暗くなる。


 同窓会に張り詰めていた不穏な空気が、次第に落ち着いていった。

 隣の画面を見ると生野と椿はき物がとれたように安堵の表情を見せていた。

 俺も心臓にのしかかっていた重石も取れた気がした。


【樹里、大丈夫?】


 椿は生野を気遣って顔文字とともに声をかけていた。


【うん。ありがとう、椿】


 力無くうなづく生野を気遣いながら、椿は室伏たちに腹を立てていた。


【何よ、いきなり……、雰囲気ぶち壊しじゃない】

【……】


 生野は何も言わず、ただ下を眺めていた。そしてボソボソと呟く。


【ま、帰ってくれたのが幸いって感じかしらね。このまま同窓会に居続けられたら、楽しみをめちゃくちゃにされてたわ】


 椿は改めて及川に礼を述べた。


及川おいかわくん、本当に助かったわ。ありがとうね】


 しかし及川は後頭部をかきながら、笑顔を見せていた。


【いやいや、あいつらはこうでもしないと黙らないからさ。だけど、俺の仲間が迷惑かけてすまなかった】


 及川が謝ることじゃないだろうに。

 及川は兄貴分な性格で、誰に対しても寛大だった。だが、彼自身も同じ野球部員であった古川たちを仲間として認識しつつも、素行の良くない人間とみなしていた。

 ともあれ、及川のおかげで危機を脱したのだ。


 その後、俺たちはしばらくたわいもない話を続けた後、同窓会はお開きとなった。

 椿と生野は先にログアウトしたため、会場には俺と及川が残っていた。

 俺は及川に礼を言った。


【助かったよ、及川】

【いやいや、お前がいう必要ないだろ?】

【でも、俺にとっては“天敵”だし……どうなるかと思った】

【どれだけトラウマになってるんだ】

【はははは……今もすっごく……】


 いじめの記憶なんて簡単に消えるものではない。

 俺の苦笑いに及川も笑っていた。

 俺たちはそのまま最近話題の動画クリエイター、Y-ムーバーや最近のゲームのことで盛り上がった。

 夜も更け、及川は缶ビールの後片付けを始めた。


【じゃあ、俺もそろそろ寝るわ。明日、常盤に戻らないといけないし】

【帰るって、まさか古川を捜しに来るのか?】

【そう。一緒に捜すって言ってしまったからな。あいつらは素行は悪いけど、同じ野球部員だった仲だしさ】

【やっぱ及川は優しいな】

【そうか? まあ、お前も色々あって疲れただろ。じゃあな、おやすみ】

【おやすみ】


 そういうと及川の画面が暗くなった。俺はパソコンの電源を落とすと、周りを片付けた。


 こうして何とか忘年会は終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る