推測-2

 中庭を調べる蓮と透に別れを告げた椎名たちは、翳を先頭にして教室棟へ足を踏み入れた。堂々と進んで行く翳とは裏腹に、流華はしきりに天井を照らしている。ここは蓮と流華にとってテケテケとの馴初めの場だから仕方がない。


「どうする〜? 一室ずつ調べて行く? それとも三人いるから別行動〜?」


「一人で一階担当かー……流華はどうよ」


「私は反対……。ほかにどんな化け物がいるのかわからないのに単独行動は危険だよ」


 かぶりをふった流華を見、椎名は同意を示す。


「かげりんさー、あたしらに化け物の気配とかを察知するのは無理だよ。だから手懸かりを探すのはあたしと流華が担当するから、かげりんはそっちを警戒してくんないかな?」


 首を傾げる翳だが、すぐに状況を理解して頷いた。確かに二人には奴らの接近を知る手段は音と声しかない。もし隠密に特化した存在がいたら危険だということだから、その提案を承諾し、翳は意識を化け物たちに向ける。すぐ近くで蓮と透の声が聞こえ、化け物から逃げていることを知ったけど、すぐに隠れたから大丈夫のはずだ。


「まず一階かー?」


「……三階にしようよ。三階は屋上以外の逃げ場がないでしょう?」


 流華の提案に従って三階へ向かう。翳は常に周囲を警戒しながら進むため、必然的に足並みが遅くなる。


 教室棟の三階はかつて透を捜すために訪れた場所だ。それが今や脱出に必要な何かを探して訪れることになるとは思いもしなかった。


 椎名が一足先に屋上へ通じるドアを調べに行ったが、あの時と同じで開かない。一階ごとに三人は一室ずつ見て回る。しかし、AからD組まで見ても、あるのは椅子と机ばかりで化け物を封印していたように見えるものも、古いものも見当たらない。


 二階を調べ終わり、ぶち破られたドアの前に集まった三人はそれぞれかぶりをふる。


「……収穫無しだなー。そもそも化け物を封印させるに相応しいものって何だよ」


「……神札とか勾玉とか?」


「神札があったらとっくに噂になっているでしょ〜? 若人は神札を見たらすぐに破くからな〜」


「破かないよ……」


「ねえ、この校舎は大昔からあるの?」


「いや、大昔から存在はしてないよな?」


 頭を悩ませながら、椎名は廊下の窓に寄りかかる。そもそも校舎にあるものなのかさえ、怪しくなってきた。暴風とはいえ、風が欲しくなった椎名は開く窓がないかと振り返り――。


 ガシャン!! ガチャン!!


 目の前のガラスが割れ、飛び込んで来た黒い影が椎名を突き飛ばした。


「しーな!!」


 駆け寄ろうとした流華だが、飛びかかるガラス片に続いてまた飛び込んで来た黒い影が彼女の手前に立ち塞がった。


 それは古典的な死神を彷彿させるボロボロの黒いローブを深々と纏った何かで、ただのボロ布が宙を舞っているようにしか見えないが、両袖から覗く穢れた鉤爪を持っていることに気付いた翳は、前に立つ流華を問答無用で押し倒した。


 その瞬間、死神は二人が立っていた空間を切り裂いた。その下では「ふぎゅ」と潰された流華に翳からのだめ押しまで加わるという光景が繰り広げられた。それでも鉤爪で肉を切られるよりマシだろう。


 椎名も即座に立ち上がり、押し潰された流華の腕を掴むと側の階段を駆け下りた。その背中に続いた翳は防火扉を閉めて時間を稼ぐ。


「本棟へ戻るぞ!」


「急いで!」


 一階で叫ぶ二人に返事をし、翳は面倒な階段を途中で飛び降りた。彼女の身軽さに驚きつつ、二人は本棟へ向かう。


「うぉい……! ここも友達だらけかよ?!」


 破壊されたドアを抜けて渡り廊下に出た三人を出迎えたのは、校外を囲む霧の中から飛び出して来た数多の死神だ。三人の登場に気付いていないのか、死神たちは襲って来ない。


「蓮たちが中庭調査だ……もしうろついてるならヤバいぞ!」


 見つからないうちに、と渡り廊下を走るが、椎名は二人の姿を捜して陽炎のように揺れる雑草の隙間を照らす。


「蓮ならもう中庭にはいないよ! 急い――」


「っ! しーな、伏せて!!」


 その声に椎名は反射的に振り返り――視界が捉えたのは、自らに迫る死神と鉤爪――それを理解した瞬間、身体に衝撃が走り、椎名は自分が切られたと思った。だが、気付いた時には自分の身体は水浸しの床に押し付けられていて、翳のうめき声が聞こえてきた。


「おい、翳!」


 椎名は身体を起こし、自分に覆い被さって血を流している翳に気付いた。


「まだ何体もいる……急いで!!」


 流華も椎名に駆け寄り、彼女に手を貸して翳を抱き起こした。


「流華、先に行って保健室を!」


「……うん!」


 痛がる翳を椎名に預け、流華は一足先に本棟へ駆け込んだ。

 

 その後を追って椎名も走るが、それを咎めるように死神が立ち塞がった。暴風を受けて猛るボロ布の隙間からは何も見えないが、自分たちへ向けられる敵意だけはハッキリと見えた。


「チッ……人気者はこれだからな〜」


 両袖から鉤爪を覗かせた死神は椎名に向かって滑降し――。


 ……ミ〜ツ〜ケ〜タ〜……。


 突然、中庭の茂みからカマドウ女が姿を現し、ショベルカーのような腕を用いて死神に襲いかかると、その頭部を掴んで中庭に引きずり込んだ。死神もジタバタとボロ布と鉤爪を振り乱すが、カマドウ女は気にもせずにその身を喰らい始めた。


「助太刀感謝! ありがとよ!!」


 助けてくれたわけじゃねぇだろうけど、そう受け取ってやるよ。そう心の中で叫んだ椎名はその場から逃げ出した。


 バタバタと走る間も、自分の身体に生温い感覚が染み込んで来ていることに気付いた椎名だが、自分が持って来たガーゼとか包帯とかは全部使い切った。手当てには清潔なものが必要だ。


「こっちだよ! 急いで!」


 流華は購買所の真向かいにある保健室を見つけ、椎名に手を貸して翳を運ぶ。


「開いてればいいけどな……」


「それなら壊すまでだよ!」


 流華の返しにニヤリとした椎名は引き戸に触れ、一抹の危惧とは裏腹に引き戸はあっさりと動いてくれた。だが、流華が浮かび上がらせた光景に椎名は驚愕の声をあげた。


 破れたままのカーテン、割れたガラスが散乱する棚、ひしゃげたベッド、部屋の中央に置かれた丸イスに座る人影……確実に何かが起こる前触れだ。


「クソッタレ……化け物動物園の次はお化け屋敷かよ……」


 力なく座っている誰かに聞こえるように声をあげた椎名は、翳を流華に預けるとその人影に近付いた。振り向いて襲って来ても即座に反撃か逃走かを選べるように足先に力を込めたまま、少しずつ慎重に近付く。


 丸イスに座るその人影は、薄汚れたブレザーを着ていることがわかり、椎名は一気に影の前に出た。


「……あそこに包帯が無かったわけだ」


 丸イスの人影は、身体中に包帯を巻かれたまま絶命している女子生徒だった。至る所に黒い花が咲き、拷問されたかのように傷だらけだ。そのあまりの惨たらしさと初めて見る人間の生々しい死体に椎名は慌てて飛び退くと、胃から込み上げて来たものを押し戻した。


「……包帯は?」


 入り口に立つ流華に促され、口を押さえつつ壁沿いを進む。切り刻まれた女から少しでも離れて捜索がしたかった。動かない保証なんてないし、限られた明かりの中で目当ての品を探すのは簡単じゃない。ゲームみたいに光ってくれれば楽なのに……。


 くだらないことを考えた自分を諌めつつ、流華の援護を受けながら探索範囲を広げる。そうして比較的綺麗な棚の奥に目当ての品を見つけた。この惨状で生き残っていたものがあるとは幸運だ。まだ神様に見捨てられていない証拠だろう。


 未開封の包帯。ガーゼは見当たらないが、これだけでも神様からの贈り物のように見える。流華に合図し、包帯を投げ渡した椎名はその場から駆け出し――。


 その瞬間、漂う腐臭が背後から背中を撫でた。それに気付いた椎名は――前方に向かって飛び込んだ。それと同時に、斬り裂かれた空気の悲鳴が響き、流華が驚愕の声をあげた。振り返った椎名の目に飛び込んで来たのは、ガクガクと左右に揺れる頭を連れた切り刻まれた女の姿だ。


 切り刻まれた女。校舎のどこにあったのか、右手には切っ先が折れた刀を握り締め、文字通り薄皮一枚でぶら下がる左腕を揺らしている。


 椎名は弾かれたように保健室を飛び出した。鈍重とはいえ、刀を振り回されるなんて冗談じゃない。


 引き戸を叩き閉めた椎名は、流華とともに翳を支えて正面階段を駆け上がる。


 本棟を調べる予定だったのに、もう悠長に探し物なんてしていられなくされた。流華は椎名を追い越して二階を調べ――静かにと合図した。


 教室棟への渡り廊下に通じるドアの手前に、長髪のテケテケが犬のように丸まっている。寝ているのか休憩しているのかわからないが、一階での騒ぎに気付いて下りて来なかったことが驚異的な幸運だ。


 テケテケがいると合図し、流華は椎名に手を貸して旧実習棟へ向かう。


 眠っているのなら、地球が終わる日まで眠っていろ。そう心の中で毒づいた流華だが、それがまずかった。


 ドアの手前に来た時、テケテケを肩越しに一瞥した流華は――暗闇の中でもはっきりとわかる金色の双眸と目が合った。その瞬間、もはやおなじみとなった不快な咆哮をあげてテケテケは動き出した。俊敏さを警戒した流華だが、何故かそのテケテケには片腕が見当たらない。


 うずくまっていた理由はこれか……。鈍いなら逃げ切れる……!


「行こう! しーな!」


 旧実習棟のドアは抵抗なく開き、背後のテケテケは目先の脅威にはならない。


「くやしかったら噛みついてみな!」


 意地の悪い声で叫んだ椎名はドアを蹴り閉めた。意識せずとも意地の悪い笑顔が飛び出す。


「行くよ! 追いかけて来ているのはあれだけじゃないから!」


 意味のない挑発を繰り出す椎名の腕を掴み、流華は翳を安全に手当出来る場所を探しに向かう。


 消化器が横たわる長い廊下を照らした時、技術室から透が顔を出した。


 生きていたことがわかった安堵から、椎名は彼の名前を呼ぼうとしたが、静かに、と全国共通の合図を送られた。そのまま手招きされ、二人は技術室に飛び込んだ。

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