15.ローデンでの過去 警備隊への処罰

 少女に教えられたとおりに地下への入り口から梯子を下って降りたベルシスは、暗い地下道を一人進んだ。


 神殿、ないしは墓所のような雰囲気の地下道を進んでいたのだが、ベルシスには森の中で感じた様な恐怖感は無くむしろどこか懐かしさすら感じながら進むと、重そうな扉が目の前にそびえていた。


「開くのか?」


 小さく呟き扉を手で押すと、すんなりと扉は開き、ローデンの街並みが視界に飛び込んできた。


 安堵したベルシスだったが、何やら騒動が起きているらしい方角を見やると領主の館の周辺に赤々と明かりがともっているのが見えた。


「火事か? それともグレッグの野郎が反乱でも起こしたか!?」


 自分を売った警備隊長の名前を口にしたベルシスは度し難い怒りが込み上げてきて、我を忘れて領主の館へと走り出す。


 背後の方でもざわめきが聞こえたので振り返ると、ベルシスを示しながら幾人かが騒いでいた。


 どうやら出てきた建物に問題があったようだが、ベルシスは今はそれどころではなかったので、敢えて無視をした。


 そして領主の館にたどり着き、その物々しさにある種の覚悟を決める。


 領主の館を取り囲んでいたのは自分を売った警備隊長グレッグ配下の警備隊員だったからだ。


(警備隊の反乱……か)


 最悪の事態を想定しながらもより館に近づくと、ベルシスの目にはローデン領の領兵や警備隊の一部が館を守るようにグレッグの警備隊と相対しているのが見えた。


 いかにも一触即発と言った空気を感じる。


 今までのベルシスならば気圧されたであろう物々しい雰囲気だったが、死地を抜けたばかりのベルシスには何も怖くは無かった。


 松明をもって館を取り囲む警備隊の背から、館を守る者達や領主に向けて声高に叫ぶ。


「――ベルシス・ロガ、帰参致しましたっ!!!」


 大きく息を吸い込んでからの怒号のような帰還の言葉に振り返った警備隊の兵士たちは、亡霊でも見たかの様に驚きを露にした。


「ロガ将軍!」

「ボレダン族に囚われた筈じゃ……」


 口々に囁き合う声が響いた。


 囁きはざわめきに変わり、警備隊に伝播していく。


 ベルシスは戸惑うような空気に、彼自身も戸惑った。


 反乱を起こそうと言うのには随分と生ぬるい、と。


 だから、声を大にして問うたのだ。


「この騒ぎはなんだ!」

「け、警備隊長グレッグ殿が勝手に囚われた将軍の尻拭いをするのは嫌だと……」

「おい、馬鹿、止せ!」


 気圧された一人の兵士がベルシスの問いかけに応じると、他の兵士が慌てて止めに入る。


 だが、ベルシスは聞こえてきたその言葉に心底腹を立てた。


「私をボレダン族に差し出しておいて尻拭いとは片腹痛い! グレッグは何処だ! 奴はカナギシュから幾ら貰っている! カナギシュはボレダンを攻め、そのほ殆どを討ち取ったぞ! 次は何処だ? 帝国か? そして、貴様らは帝国侵略の最初の先兵となったかっ!!」 


 怒りと言うのは、厄介なものだ。


 ベルシスとて言葉が過ぎれば禍根が残ると知ってはいる、だが一たび放たれた言葉はとめどなく口をつく。


 どこかで、どこかで冷静さを取り戻さなければと理性は囁くのだが、感情が言う事を聞いてくれない。


 怒りに震えながら警備隊に向かって歩くと、彼らは気圧され道を開ける。


 ベルシスの言葉にざわめきが大きくなり、事の重大さに今更気づいた風だった。


 肩を怒らせ警備隊を割って表れたベルシスの姿に、館を守っていた領兵も一部警備隊も驚き、館を守っていた兵士の一人が飛び出てきた。


「ロ、ロガ将軍! ボレダン族が敗れたとは、本当ですか!」

「事実だ。二、三百ほどが最後の矜持を発揮して私と共にカナギシュの包囲陣を突破したが、死地を求め戦に戻った。私は借りを返さねばならない。……名前は?」

「ローデン警備隊、百人隊長ブルームと申します、閣下」

「グレッグに与せぬ警備隊はここに居るだけか?」

「この騒ぎに乗じて何事も起こらぬように、非番の者共々、街中で待機しております。それに警備隊長はゾスを守る軍の要であればこそ従っておりましたが、この場にいる者の中でも個人として忠誠を誓う者はいないかと……」

「私は今朝の訓練時にボレダン族に差し出されたが、訓練に参加した者でそれを止めた者はいなかった。彼らはグレッグに従っているのでは?」

「お怒りはごもっともでございますが、彼らも家族が帝国各地にいる者達でございます。警備隊長の指示で今のように度を越した騒ぎは起こせても、将軍を敵に売り渡すような真似は致しません」


 若いながらも百人隊長であるブルームと言う兵士は、ベルシスの言葉に引くことなく言い切った。


 その事でベルシスは自分の頭が冷めてくるのを自覚する。


(……確かに、家族がどんな目に合うか分かったものじゃないのにこんな杜撰な策に参加するのもおかしいか……)


 得するのはカナギシュと賄賂を貰っているグレッグばかり。


 それに今は時間がない、怒りをぶつけて時間を浪費する暇はベルシスには無かった。


「ブルームの申す通りか! お前たちはグレッグの企みに乗り帝国を売り渡した売国奴ではないのか!」

「お、恐れながら、それは違いますっ!」

「されど、お前たちは私を売り渡される現場に居ながら何もしていないっ!」


 私の言葉は夜気を切り裂き、兵士たちを一瞬黙らせた。


「……だが、お前達にはそれほど怒りを抱いていない。何故ならば、ローデン地方の国境警備の最高責任者が買収され、帝国に弓引いている状態であるからだ。上が弛めば下も弛むのは道理」


 実際には非常に腹を立ててはいたが、ベルシスは怒りを飲み込み言葉を続ける。


 今は優先すべき目的は別にある。

 

「それに、私は私を救うために命を投げ出したボレダン族の勇士を救いに行かねばならない。いずれ沙汰は下るだろうが、それは今ではない。その沙汰とて、律を正さねばならないと言う名目で行われるもの。……三日間、お前たちは荒れ麦を食事とする」


 荒れ麦はパンを焼くには今一つだが栄養価は高く、ゾス帝国では飼葉に混ぜて馬の餌にしている麦だ。

 

 つまりベルシスの告げた刑罰は馬と同じ食事を取れと言うものである。


 ゾス帝国の歩兵にとっては屈辱的な刑罰だが、これを行う際は指揮官が次はそうならぬように奮起せよとはっぱを掛けているのが通例だ。


 ベルシスを売った罰にしては軽過ぎるが、領主の館を囲んだ一事のみに対してでも軽い刑罰である。


 驚く警備隊員たちはベルシスの言葉にさらに驚いた。


「それとて、今日、これからの働きによっては不問に付しても良い。警備隊は打って出る。己が罪を恥と思うのならば、今宵の働きで禊とせよ!」

「ふ、不問ですか! まさか、警備隊長も?」


 軍律は鋼でなくてはならないのに、刑罰を下さないのかとブルームが驚き問いかける。


 ベルシスもそこまでは甘くないと首を左右に振り。


「グレッグは軍法で裁かねばならない、見つけ次第捕えよ」

「心得ました!」

「警備隊諸君、将軍を売ったお前たちを率いて私は出撃する」


 ブルームに答えた後、ベルシスは鋭く館を取り囲んでいた警備隊員たちを睨みつけて言い放つ。


「お前たちが私について来ないのではないかなどとは考えていない。私はカナギシュに攻められたボレダン族すら率いて生きて帰って来れた。何故、同胞のお前たちを率いることが出来ないなどと思う物か! 警備隊諸君、お前たちの恥じ入る心と義務感が恐怖に打ち勝つと信じている。だが、もし誰も従わないとしても、ブルーム率いる百人だけは私に従うだろう。彼らはその時より私の近衛部隊となる」


 領主の館の周りにいた兵士たちは静まり返った。


 一方でブルームや彼の部下たちは一斉に雄たけびを上げた。


「おお! 我らの働きを見ていてくださり感謝いたします、閣下!」

「戦の準備だ! 閣下を助けたボレダンの連中を救いに行くぞ!」


 そこに幾人かの警備隊の士官が、取り囲む兵士たちをかき分けて現れた。


「閣下! 我らの武勇はブルームにも劣りませぬぞ!」

「是非お連れください!」

「閣下の寛大な処置に感謝いたします、この償いは今宵の戦働きにて!」


 街中で待機していた警備隊の百人隊長やこの場にいた百人隊長が飛び出て来たのだ。


 ベルシスはこのようにしてローデンの国境警備隊の人心を掌握し、その実権を握った。


<続く>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る