第46話 スイッチ

 僕の顔にはアザがあり、手の爪も完全に生え揃っていなかったが、新しい生活が待ちきれなくて、故郷を後にする事にした。

 故郷からマコトのいる愛知を経由し、名古屋に到着した。名古屋に知り合いがいるわけではないが、それなりに都会だし、何かありそうな気がしたので、名古屋を再出発の土地にした。荷物もダンボール一箱分で、車も家もなし。何もないけど『何とかなるべ』と楽観的に考え、やる気と気合いのみで、僕は新しい生活のスタートを切った。


『自分1人でどこまでできるか、これからが本当の戦いだ。一丁やったるでぇ!』


 僕が故郷を離れた頃、僕だけではなく、周りの仲間もそれぞれが半端な自分と向き合い、ゆっくり動き始めていた。

 マコトはブラジル人に囲まれ、しばらく愛知で働き、そこで知り合ったブラジル人のマルコと商売を始めた。じゅんやとみのるは、僕達の跡を継ぎ、規模は小さいが団結力のある強いチームを作った。てつは、子供が出来、結婚しチャラ男を卒業して、家族を食わせていく為に一生懸命に大工の仕事に励んでいるようだった。

 一番驚いたのはまさだった。まさは、これからは高齢化社会だからと似合わない事を言って、介護のグループホームを設立した。体中、刺青だらけの介護士。任侠ヘルパーみたいだった。まさの兄貴もヤクザを辞め、真っ当な職に就いていた。それ以外のメンバーも、それぞれ真っ当に頑張っていたが、残念ながら、比山さんの組に流れる人間もいた。

 肝心な僕自身は、未経験な仕事を挑戦する形で入社していたということもあるが、入っては辞めを繰り返すような転々と職を変えていた。たまに聞く、仲間の活躍がプレッシャーで焦りを感じ、グレーな仕事をしたりもしていた。グレーな仕事は、僕に合っていたのか、入社して2ヶ月目で業績トップ、3ヶ月目で主任になった。

真っ当になる為に名古屋まで来て、更に人間落としてたら、身も蓋もない。人には言えないような仕事で活躍しても意味がない。完全に悪循環だった。

 真っ当な仕事では、周りから嫌な顔をされ、グレーな仕事では即戦力と重宝される。僕は自分の不器用さを恨みながらも、投げやりにもなれず、行き場のないストレスだけが溜まっていった。社会的知識も立場も理解しないままに、道のど真ん中を歩こうとするからつまづいて当たり前なのだが、沸々と怒りを溜め込んでいる僕には、何かを説くことも、関わろうともしてくれなかった。


『このまま行けば、過去の栄光ばかり話すようなクソ親父になる』そんな事を毎日考えながら過ごしていた時に一つのキッカケがあった。

 婆ちゃんが亡くなったとお袋から数年振りに連絡が来たのである。僕は昔から年に2度ある親戚の集まりが嫌いだった。親戚が集まると、いつも従兄達と比べられ、いつも肩身が狭かったのを覚えてる。

 そういう関係なので婆ちゃんとも、そんなに親しくなかったし、子供ながらに、話を合わせるよう接し、半笑いで罰が悪そうに過ごしていた。

 僕としては葬式よりも親と会う事で頭がいっぱいで、何とも言えない緊張感を持って葬儀場へ向かった。葬式で約5年振りに親と対面したが、やっぱり親とは会話どころがお互い目線をやることもなかった。

淡々と葬儀は進み、無事婆ちゃんを見送った。

『なんだ、呆気なかったな』と殆ど誰とも会話することなく、帰宅しようと煙草に火をつけ車に乗ると、親父の目を盗み、お袋が僕の所に小走りでやってきた。


『ちゃんと食べてるの?』

『ああ。』

『お前はどんなになっても、息子なんだから、いつでも帰ってきなさい。』

そう言って、お袋は車に戻って行った。親子の会話は、それで十分だった。


 僕は幼い頃から、色々と障害があり、言葉を話し出す年齢の前から手術をしたりと、とにかく手のかかる子供であった。子供ながらにそんな自分が嫌で、精神的病にかかったり、自殺を図ったりしていた。色々と、数知れない苦労と心配をかけながら育ててくれた親に、僕はまた心配かけていた。

 僕は頭の奥底にあるスイッチをお袋に押してもらった気がした。それから、ようやく僕はつまらないプライドを捨てる事ができるようになり、空回りしていた歯車が少しずつ噛み合い始めてきた。お袋のおかげだ。


そして、それから2年後。僕達は地元に集結した。

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