全部混ぜて、 (2022.4.1)

 嘘をついた。


「俺はあの子のこと、好きだよ」


 その嘘は広がって、広がって、やがて本当になって帰ってきた。


「うん、あたしもきみのこと、好き」


 少し頬を赤らめた様子と、春風のような暖かい笑みは、僕の心を静かに締めつけた。


  ◇◆◇


「だからね、最初は嘘だったんよ」

「ほえー」


 真正面で同じ料理を食す彼女は、無関心そうに相槌を打つ。

 今晩はなんてことない炒め物と、なんてことないサラダと、なんてことない味噌汁と、なんてことない白米だ。ただし彼女は白米が嫌いなので、おびただしい量のふりかけがかかっている。

 もっきゅもっきゅとゆっくり咀嚼する彼女を眺めながら、自分も味噌汁をすする。うん、味はバッチリ。

 炒め物にも手をつける。こちらは少し味が濃すぎたかもしれないが、まあ彼女はこのくらいの方が好みだろう。


「玉ねぎのドレッシングは?」

「ああ、出し忘れたわ」


 自分で取って、と言うと、ものすごーく嫌そうな顔をされた。いや、僕使わないし。

 はぁ、と彼女はでかいため息をついて仕方なーく立ち上がり、冷蔵庫まで数歩歩いて、ドレッシングを取って、数歩で帰ってくる。なぜその程度の手間を人に押し付けようとするのだろう、という疑問は浮かぶ度に沈める。今更だ。


「次は出してよね」

「覚えてたらねー」


 彼女はドレッシングの蓋を開けるなり、惜しみなくサラダへとかけた。それから少し短い箸で混ぜ、口へと運ぶ。少し眉間に皺を寄せた。


「……かけすぎた」

「そりゃそうだろうな」


 油だなぁ、と彼女が呟く。


「てかさ、あれよあれ……立ち食いそばみたいにすればいいのよ」

「立ち食いそば? どゆこと?」


 ハテナを頭に浮かべてから、彼女の言いたいことを瞬時に推測する。

 話の流れ的にはサラダが関係してくるはず。しかし突拍子のない人で有名な彼女のことだ、ここまでの話のどこかから何かを引っ張り出すか、または彼女が今までに考えた何かと繋がっているか、といったところだろう。

 立ち食いそば。脳内でズズッと麺をすする音が流れた。うん、明日は麺類祭りにしよう。朝はうどん、昼はラーメン、夜はそば。これでどうだ。


「えっと……ほら、元から立ってればいいじゃん? そしたら立つ気力もいらずに動けるよ」

「……ああ、まあそうだね」


 冷凍うどんが家にあったはずだから……と、頭の中で話が逸れていたうちに彼女が答えを言った。どうやらドレッシングの話の続きらしい。


「てことで、夢のマイホームでは検討お願いします」

「きっと却下するかな」


 ちぇっ、と彼女がつまらなさそうに言う。名案だと思ったけどな〜、とか宣っている。

 その後、食べ終えるまで一言も話さなかった。


  ◇◆◇


「てか、なんで?」


 彼女は食後、すぐに聞いてきた。

 これまた突拍子のない子だ。


「何が?」


 さすがに何の話か予測できる気がしないし、予測する気も起きない。早々にお手上げ万歳だ。

 しかし彼女の方も、それが想定の反応だったらしく、間髪入れずに続ける。


「なんでそんな嘘をついたのさ」


 好奇心半分、怒り半分といった感じの表情で見つめられる。あくまで平然を装っている感じだ。

 心が冷えていく音がする。


「……なんでだろーね」


 彼女だって、何か都合の悪いことや、口に出したくないことを問われると逃げる癖がある。僕だって今日くらい、逃げたっていいだろう。

 じゃあなんであの話をしたのか。それは、まあ、単なる気まぐれだ。


「もう覚えてない?」

「……まぁ、ね。何年も前の話だし、そんな細かいところまで覚えてないよ」


 嘘に嘘を重ねる。

 本当は覚えてる。何度も何度もあの日のことを思い出して、安心しているから。


「……お前さん、昔から記憶力悪いもんな」

「そう、だね」


 日記でも書いときなよ、と耳タコな台詞を聞いてこの話は終わった。彼女はゲームを立ち上げ、僕は皿洗いを始める。

 彼女自身、もやもやとした気持ちはあるのだろう。オーラに出ている。でもそれをぶつける先がなくて、解決する方法もなくて、仕方なく押し潰してそうだ。

 そんな姿を見て自分ももやもやする。

 あーあ、最初からあんな話、しなければよかったのに。自業自得だ。とんだ馬鹿だ。


「しーさん」


 全食器をパパッと洗い上げ、彼女のあだ名を呼ぶ。彼女は面倒くさそうに返事をした。


「ん」


 両手を開いて首を傾げてみせる。彼女はその様子を真顔でしばらく見つめた挙句、ゲームの方に戻ってしまった。

 くっ、釣れない。仕方なく自分から歩み寄って、後ろから抱きしめてやる。


「……何」

「なんとなくー」


 すごく面倒くさそうな声を出されるが、気にせず彼女の体温や匂いを楽しむ。

 暖かくて幸せだ。思わずため息が出る。

 思えば昔から、よく抱きしめて抱きしめられていた。キスした回数よりも行為した回数よりも、下手すると手を繋いだ回数よりも多いだろう。それは僕らの身長差がちょうどいいからとか、好きな人とハグをするとストレスが減るとか、そういうのが関係している……気がする。

 そうやってしばらくの間抱きしめていると、いい加減何かを諦めたらしい彼女がコントローラーを置き、振り返って僕の頬にキスをした。

 はぁ、と彼女はため息をついて、優しく腕を僕の腰へと回す。


「嘘つきめ」

「はいはい」


 耳元に落とされた恨み言はそっとスルーした。


  ◇◆◇


「識ちゃんのこと、結局どう思ってるの?」


 休日練、お昼休憩のとき、不意に池神いけがみが聞いてきた。限りなくニヤついた顔をしている。


「うーん……」


 俺は少し悩んだ。

 フルネーム、八間はちま識。小さくて、同じクラスで、同じ図書委員で、幼馴染の女の子。昔から仲良くしていた。良い「友だち」だ。

 でも、ここで「普通の友だちだ」なんて答えても、池神は納得しないだろう。結局いつまでもちょっかいを出されるのだ、こういうのは。

 ならば、嘘でも「好き」と言っておくべきなのだ。この先の面倒を思えば。


「俺はあの子のこと、好きだよ」


 さらっと言ったはずの台詞が、心を動かしてやまない。まるで本当に好きだったみたいだ。

 ……なんてね。嘘だよ、俺の体は今日も健全。脈拍も変わることなく、スローテンポで打ち続けている。


「……! ほんと!?」


 みるみるうちに池神が元気になる。

 ……ああ、待って。


「ねぇ堀川! 彩野が識ちゃんのこと好きだってー!!」

「ちょ、ばかっ」


 どちらにせよ面倒なパターンだった、と気づいた時には、既に全てが遅かった。

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