廻間麗奈⑬

「おい、もうすぐ麗奈先輩の大会があるって」



「我らがマドンナの麗奈先輩の道着姿が見れる最後の機会だ! 絶対会場で優勝を見届けてやる」



「まあ優勝は固いよな。あの美しさで何でもできるとかマジで神」



 教室で男子生徒が廻間先輩の事で盛り上がっている。別学年で部活が異なる生徒からもここまで期待されているのは廻間先輩だからだろう。


 この前、乙輪さんの話を聞いてから廻間先輩のことが気になっている。


 あまり根詰めなきゃいいのだけど……。


 授業が終わり、下校しようと靴箱に行くと部活着姿の廻間先輩がいた。その姿はどこか疲れているように見える。



「廻間先輩?」



「やあ千尋くん。待ってたよ」



 僕に手を振るその手首には以前僕があげたハンカチが結んである。



「どうしたんですか?」



「実は……今日の練習後、少しだけ時間をもらってもいいかな?」



「はい。大丈夫ですよ」



 この後特に用事もないので、僕は二つ返事で承諾をした。



「よかった。じゃあ17時くらいには今日の練習は終わると思うから、挌技場……いやここでまた待ち合わせしようか?」



「わかりました」



「練習が終わったらまた連絡するよ」



 そう言って廻間先輩は靴箱から去っていった。廻間先輩の部活が終わるまで図書室で時間を潰そう。




 ─────




「ごめんね。遅くなってしまった」



 時計の針が18時になるかならないかのところで廻間先輩が靴箱に走ってきた。急いで来てくれたのだろう、息が切れている。



「いえ全然大丈夫です。練習お疲れ様です。これよかったら」



 自販機で買っておいたスポーツ飲料水を渡す。



「ありがとう。あとでお金を渡すよ」



「い、いえそんな……。廻間先輩にはいつもお世話になっているのでそのお礼です」



「そうかい? ならありがたくいただくよ」



 廻間先輩の息が整ってから、一緒に下校をした。


 廻間先輩からあんな風に一緒に帰ろうと誘われたのは初めてだ。何かあったのだろう……。


 考えていると、廻間先輩が口を開いた。



「私……最近、悩みがあってね」



「悩みですか?」



「…………プレッシャーに負けてしまいそうなんだ」



 廻間先輩が俯きながらとてもか細い声でつぶやく。



「部活では優勝が当たり前というプレッシャー、勉学では先生たちからトップが当然であろうというプレッシャー……まだそれだけならいいんだ。


 昨日、仁と参考書を買いに行った時に相談したんだ。そうしたら『僕も期待してる』『麗奈は失敗なんかしない』『一緒の大学に行こう』って……。両親も同じようなことを言っていたよ」



 顔を上げた廻間先輩は練習前に見た時と同じくとても疲れているようにみえた。



「小さい頃からであることをずっと、ずっと期待されて、失敗すると失望の目を向けられる…………正直、疲れているよ」



「せ、先輩………」



「すまない。こんな愚痴を千尋君にしてしまって……」



「いえ…………」



 申し訳なさそうに微笑んだ廻間先輩の顔は僕が出会ってから初めて見るものだった。


 結局僕は何て言葉をかけていいのかわからず、この日はそのまま廻間先輩と別れてしまった。




◼️




「春日井先輩、聞いてくださいよー」



「また何かあったの?」



「はい。超ショッキングなことですよ」



 大きくため息をする乙輪さん。いつも元気なのにここまで落ち込んでいるなんて、余程のことだろう。



「昨日の練習中、麗奈先輩がケガしちゃったんです」



「えっ……け、怪我?」



「はい。最後の大会出れない可能性が高いんですよ」



「そ、そんな…………」



「はあ。もう部員のみんなもショックを受けてて……。私もモチベが駄々下がりですよ」



 廻間先輩が怪我で大会に出場できない可能性が高いという一大ニュースは瞬く間に学校中に広がった。




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