ロンドの草稿 その一 1
神聖騎士ヴォルギウスを初代とする名門、ドラマーレ家に
グレウスには四人の姉と二人の妹がいましたが、男の子は彼一人です。
当然、
とくに母のしつけはたいへん厳しく、物心ついたときには三つの外国語に歴史、地理、地学、天文学、数学、国語などの勉強に追われていました。
そればかりでなく、子どもたちのあいだの遊びにおいても、つねに一番でなければなりません。かけっこも、馬の早駆けも、弓矢も、カード遊びですらも。
これはたいへん疲れることなのですけれどね。
でも、少年のグレウスは伯爵家の跡取りの自覚と自負を持っておりましたから、べつだん母のしつけをおかしく思っていないのでした。
ところで、容易に想像がつくと思うのですが、ドラマーレ家の家族構成は、かなり比率が女にかたよっています。
六人の女の子に、ドラマーレ家の跡取り娘のグレウスの母アルテミナ、そして祖母と八人の女に対して、男は三人。それも、グレウスの父は婿養子ですから、奥方にまったく頭があがりません。にぎやかな女たちにかこまれて、男性陣はきゅうくつな思いをしておりました。
ことにいけないのは、グレウスです。
グレウスは両親、祖父母の愛をひとりじめしていたので、姉たちの嫉妬と反感を買っていました。
姉たちはいつも四人がかりでグレウスをいじめました。大事な跡取りのグレウスを傷つけることはできないので、かげにまわってネチネチといじめるのです。たとえば、グレウスの遊び相手にえらばれて、お城にやってきた子どもを古井戸につきおとしてケガをさせるとか。
そのおかげで、グレウスは何人の友達をなくしたことでしょう。みんな恐れて早々に城を出ていってしまいます。
貴族の幼少の遊び相手は、しかるべき家柄の騎士や従者からえらばれ、大人になれば、そのまま側近になるという大切な意味を持っているのに、グレウスは十二歳になっても、まだ一人の友達もいないのでした。
「姉上! いいですか? もし今度、私の遊び相手を傷つけたり、怖がらせたら、おじいさまに言って、そのへんの家に嫁がせてしまいますからね」
「ひどいわ。グレウス。わたしたちがジャマなのね」
「どうせ、黙ってても伯爵家はおまえのもの。せめて今のうちに自分の生まれた家で好きなことをして、何が悪いの?」
「姉上たちのはやりすぎです。いいですね? 今日の園遊会で、もし相手の子に悪さしたら——」
「おお、怖い、怖い。わかったわ。今日はおとなしくしています」
「今日だけじゃない。これからずっと、おとなしくしていてほしいんだ」
姉たちは四つの人形のようにそっくりな顔で、いっせいにグレウスをにらんできます。
いやになることに、ドラマーレの血筋の人間は、みんなよく似ているのです。髪の色、ほくろの位置、ちょっとした違いはあるけど、面差しは似かよっていました。
もちろん、グレウスも。でも、祖父ゆずりの金髪はグレウス一人だったので、そういうところでも姉たちにやっかまれていました。
「いいですね? 姉上たち。約束をやぶったら、嫡男の権限でこの家から追いだしますからね」
姉たちは顔をよせあって、何やらささやきかわしています。そして四人を代表して、一番上の姉ベレッタが言いました。
「ここは一つ、取引といきましょうよ」
「なんですか?」
「あなたが今日一日、わたしたちの言いなりになってくれたら、もうお友達作りのジャマはしないわ」
「なんですって?」
カッとなるグレウスに、ベレッタはすまし顔で笑った。
「それほどひどいことはさせないわ。ちゃんと子どもの遊びの範囲でね。ケガもさせないし、危ないめにもあわせない。あなたの名誉も損なわない。でなければ、お母さまが、また……」
母のことを言われると、ぞっとする。
「わかりました。でも、私の口から相手の悪口を言わせたり、暴力をふるわせたりはなしですよ」
「そんなことはさせないわよ。ねぇ」
「ねぇ」
四人の姉は声をそろえて、クスクス笑う。
なんだかイヤな感じはしたが、グレウスはしたがった。なんと言っても今日たった一日の我慢で、このさきずっと姉たちからいじめられなくてすむのだ。
「それじゃ来て」
グレウスがつれていかれたのは、四番めの姉、一つ年上のエミリエンヌの部屋だった。
「やっぱり年から言っても、エミリのでなければね」
「どれがいいかしら」
「女の子らしいピンク色がいいわ。ねえ、エミリ。あなたが先月、誕生祝いで着たドレスでいいかしら?」
「ええ、いいわ。お姉さま」
エミリエンヌの衣装をひっくりかえしての大騒ぎに、グレウスは青くなった。
「ちょっと待ってください。まさか、ぼくにそんなものを着せようというんじゃないでしょうね?」
「そのとおりよ」
「冗談じゃない! 跡継ぎのぼくが、そんな恥さらしなマネができますか!」
「いいじゃないのよねぇ。あなたったら、羽根つきの人形にもなってくれないし」
羽根つきはユイラで新年にする遊びだ。羽根を落としたほうの人形役の男が女装させられていく、女の子のゲームだ。
「そうよ。声変わり前なんだから、誰も気にしないわよ」
「これを着て、あなたの遊び相手がまごまごするのを見物するの。だって、絶対、あなたとわたしたち、区別がつかないわ」
「イヤなら今度の子も追いだしてやろうかしら」
しぶしぶ、グレウスは着替えた。あわいピンク色のフリルをたっぷり使った女の子の服。おまけに長い髪のカツラまでかぶせられて、口紅をつけると、グレウスはもうどこから見ても女の子。
「んまあ、悔しい」
「ドレスがよく似合うこと」
「しゃくだわねぇ」
グレウスは不思議な気分だった。
鏡のなかのグレウスは、今まで一度も見たこともない別の誰かだ。自分でもビックリするほど可愛らしい少女。姉たちの誰より、鏡のななから見返している少女は美しい。
(君は誰?)
それは、たったいま生まれてきた少女。
グレウスが鏡にむかって微笑むと、姉たちも笑った。
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