ようやく気づけた気持ち
「いらっしゃい和希君」
「今日はお邪魔します」
六月も中頃になり、もうすぐ夏の季節が近づいて来た。
霞が家に寝泊まりするようになってから大分経った頃、今日は霞の方の家にお邪魔していた。週末ということで霞の家に泊まる段取りが組まれ、こうして彼女の家でおばさんと対面していた。
「あの人も早く帰ってくれば良かったのだけど今日は会社の飲み会なのよね」
「あはは、仕方ないですよ突然でしたし」
おじさんには明日挨拶をすることになりそうだな。
そうやっておばさんと話をしていると霞が戻ってきた。
「お風呂の準備出来たよ。和希、一緒に入ろう」
「入りません」
「……むぅ」
「あら、昔は一緒に入ってたのに?」
分かってますよねおばさん……。
クスクスと笑っている様子から完全に分かって言ってる。俺はそんな様子のおばさんに溜息を吐き、着替えを持って風呂場に向かった。いつぞやのように霞が付いて来るかと思ったがそんなことはなく、割と真面目に平和な入浴時間を過ごすことが出来た。
「上がりました」
ホッカホカに温まった体に満足しつつ、リビングに戻ると大変不満そうな霞が俺を出迎えた。
「……むぅ!!!」
「えっと……?」
俺に対して不満そうな顔を向けたかと思えば、次におばさんを睨みつけるように見つめる霞……本当にどうした? 何があったかを聞くまでもなく、霞はふんと鼻を鳴らして入れ替わるように風呂場に向かった。
「どうしたんです?」
「あの子、普通にお風呂に突撃しようとしたから釘を刺したのよ。流石に和希君も恥ずかしいでしょう?」
「……そうですね」
それは大変助かった。
……でもねおばさん、非常に申し訳ないが一回だけ霞が突撃してきたことがあったんだ。どうやらその時のことは知らないらしく、これは伝えると更にややこしくなりそうだから絶対に口にするわけにはいかない。
「何か手伝いますよ」
「いいのよ。久しぶりに来てくれたんだからゆっくりしてて」
「でも……」
「ね?」
「……はい」
仕方ない、楽にさせてもらうことにしよう。
霞が居ないし暇だが、おばさんが料理をすることで発生する音を聞くのも良いBGMになっていた。思えば昔もこんな音を聴きながらここで霞と好き勝手遊んでいた気がする。
「……あ」
っと、そこで俺はアルバムを見つけた。
霞の成長記録、なんて書かれているからたぶん霞の写真が集められてるんだろう。
「おばさん、これ見てもいいですか?」
「いいわよ~」
許可をいただいたので御開帳である。
中を見ると小学生の頃の霞がまず出迎えた。今のような姿からは想像出来ないほどのちんちくりんな姿だが、その隣に居る俺も似たようにちんちくりんだ。この頃は男女の違いなんて気にしたことはなく、お互いに裸で居てもゲラゲラ笑い合うような馬鹿騒ぎをしていたか。
『ねえねえ、なんでそれブラブラしてるの?』
『なんでだろうなぁ。ほれほれゾウさんだぞ~!』
『きゃははっ! 可愛い!!』
……今になって考えるとほんと俺たちってお互いにアホだよなぁ。
懐かしくもありある意味黒歴史でもある過去に苦笑し、俺は流れるようにアルバムを見て行った。
「……あ」
そうして見ていくと目を留めたのは中学三年生の頃の写真だ。
今まで基本的に俺が傍に居たのに、その頃から霞が一人で写る物が増えてきた。しかもどこか表情は硬く、笑顔も少なくなっていることが良く分かる。
カメラを構えられたから仕方なく撮っているような、そんな印象が笑わない霞の姿から窺えた。
「……この頃からだもんな」
俺と霞の距離が開き始めたのはこの頃からだ。
そうして高校生になってからも霞が一人の写真は続く。体は成長し、女性としての魅力をこれでもかと兼ね備えた美しい姿……でも、その表情は全く笑顔ではなくてやっぱりつまらなそうだった。
「でもほんと、霞って綺麗だよな」
「私がどうしたって?」
ボソッと呟いた俺に答えるように霞の声が聞こえたと思ったら、ドンと背中から一人分の体重が圧し掛かってきた。
当然それは霞だったわけで、どうやらかなり長く俺はアルバムに夢中になっていたらしい。背中に伝わる温もりと柔らかさもそうだが、お風呂上りということもあって霞から凄く良い香りが漂ってくる。
「アルバムなんか見てたんだ」
「……あぁ。ちょっと懐かしい気持ちになってたよ」
そう言うと霞は何も言わずに俺の肩に頭を乗せてアルバムを見つめた。俺は再びアルバムに視線を戻し、ゆっくりと次へ捲り始めた。お互いに何も言わず、捲られていくページを眺め続ける俺たち……そんな不思議な時間がご飯の用意が出来るまで続くのだった。
「私と霞の料理はどっちが美味しいかしら」
夕飯時、そんな究極的な質問をされた。
相変わらずニヤニヤと笑っているおばさんとは対照的に、霞はギロリと効果音が聞こえるくらいに俺を見つめてきた。
「……えっと」
正直なことを言わせてもらえばどちらかに優劣なんて付けることは出来ないくらいに美味しいのは確かだ。今日作ってもらったのは豚カツだけど、二人の調理過程が似通っているからか感じる食感などはほぼ同じと言ってもいい。
霞はおばさんから料理を教わったって言ってたけど、本当にその通りなんだなと分かるほどだ。
「……ごめんだけどこう言わせてください。どっちも美味しいです」
本当に許して、そんな俺の気持ちが伝わったのか霞もおばさんも仕方ないなとそれ以上は聞いてこなかった。おじさんは居なかったが三人での食事、久しぶりのことなので色んなことを話した。
俺のことであったり霞のことであったり、俺と会わなくなった頃の霞のことや今の霞のこと……おばさんが気になるであろう色んなことを事細かに質問された。
「おばさん色々聞いてきたな……」
「そうだね……」
そして夕飯を終えた頃には俺と霞は疲れていた。それだけおばさんの勢いに圧倒されたわけで、俺は改めておばさんの凄さを思い知った気がする。でもそれだけ霞のことを気に掛けている証拠でもあり、同時に俺も気に掛けられていたということだ。
「……そう言えば何だかんだ霞の部屋に来るのも久しぶりなのか」
「そうだね。ほら、行くよ」
あの時は部屋までは来なかったからなぁ。
霞に手を握られ、階段を上って二階に向かう。
そして、かすみのへやと彫られた扉の前……ここも何も変わっていない。霞がドアを開け、俺はそのまま中に入った。
「いらっしゃい和希」
『いらっしゃい和希君!』
部屋に招き入れる霞の表情が、昔の彼女とやっぱり重なった。
あの頃のように分かりやすい笑顔ではないが、それでも楽しそうな様子の霞はあの頃と何も変わらない……あぁそうか、そうだったんだ。
「……俺は」
あの頃から……昔からずっと、俺は霞と一緒に居ることが大好きだったんだ。
この手の平から伝わる温もりも、彼女の傍に居る安らぎも、その全部が愛おしかったんだ。
「和希……?」
「……………」
気づけば俺は霞を抱きしめていた。
困惑するように見つめてくる彼女を……俺は離したくなかった。
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