△▼△▼反逆の救世主△▼△▼

異端者

第1話 前編

「ああ、我らが若き救世主様! ずっとお会いしたかった!」

 その日、黒髪ロングの美少女は彼にそういった――全裸で。

 どうしてこうなったのかは、2時間前にさかのぼる。


 寒空の下で彼、七瀬秀人ななせひでとはいつものように不法投棄の家電製品を分解して遊んでいた。

 彼は14歳――彼ぐらいの年頃なら、普通は学校に行っている時間帯だった。だが、彼は気が向いた時しか学校に行かず、もっぱらこうして不法投棄された機械を分解して遊んでいた。


 頭がおかしいと、言われ続けて育った。


 彼は普通とは異なっていた。物心ついた時から、工具を手にしていろいろな物を分解して遊んでいた。分解しては組み立ててを繰り返し、他の何にも興味を示さなかった。

 両親は脳の異常を疑って病院へと連れて行った。

 しかし、異常は見つからず、治療法もないとのことで途方に暮れ、今では彼とも距離を置いていた。仕事が忙しい――それが理由だったが、14歳の子どもを一人家に残して長期出張中というのはどう考えてもおかしかった。

 周囲は彼を笑いものにした。頭がおかしい、親からも見捨てられた不憫ふびんな子ども――それが彼に張られたレッテルだった。

 もっとも、彼自身は特に気にしていなかった。分解して構造を知り、組み立てる。それが何より楽しかったからだ。それに比べれば、他人の中傷など些事さじだった。

 彼はドライバーを手にして、空を仰いだ。特に意図があった訳ではない。ただ、なんとなくだった。

 空にポツンと「点」があった。その点はどんどん大きくなってきて――何かが落下してくるのだと、彼は気付いた。肌色の大きな何かが。

 どうやらその落下物は、彼めがけて落ちてきているようだ。そう思って、彼は頭を覆ってしゃがみこんだ。逃げた方が良かったのかもしれないと思ったが、既に遅かった。


 ガシャアアアン!


 「それ」は轟音を立てて、彼の眼前に落下した。

 彼が視線を上げると、肌色の「足」が見えた。その先には、漆黒の髪――それが、人間の女性の姿をしているのだと分かった。

 だが、人間ではない。なぜなら、人間ならあの高さから落下すれば、バラバラになってもおかしくないだろうから。

 少なくとも、それはそうなっていない。全裸の女性の姿をしているが、人間ではない。

 彼はそれに気付くと、目を輝かせた。

 面白い。人間そっくりに作られた、あの落下の衝撃にも耐えうる人形――というか、もしかしてロボット!?

 思春期の彼だったが、女性の裸体よりもそちらの方に興味があった。

 早速、家に持ち帰って調べてみよう。

 彼はその辺りにあった青いビニールシートに包むと、家に持ち帰ることにした。

 やっぱり、人間の姿をしているのなら服も要るかなあ……その時ふと、そう思った。


 彼はそれを家に持ち帰ると、ビニールシートを解いてリビングに寝かせた。人間だとすると14、5歳ぐらいだろうか。色白の肌で目を閉じた整った顔に胸まである黒髪、胸元には2つの自重しない膨らみ――彼は妙に恥ずかしくなって、少しだけ目を逸らした。その下には……彼はなんとなく見るのがためらわれた。彼も人並みの羞恥心がない訳ではないのだ。

 とりあえず、服が要るだろうと思い、夏美、彼の唯一の幼馴染と言える人間、一井夏美いちいなつみに電話した。もう学校も終わっている時間だった。理由を説明せずに、一方的に適当な女の子の服を持ってきてくれと言うと電話を切った。


「ちょっと、何があったの?」

 十数分後、夏美が家にやって来た。

「ああ、ちょっとこっちに来て」

 玄関まで出迎えもせずにリビングに呼ぶ。

「あのさ……もう少し学校に出てきたらどうなの――って、この子は!?」

「拾った」

「ちょ、ちょっと、裸でこの子と何を――」

 彼女は頬を赤らめて困惑気味だ。

 彼は重大な誤解をされているのだと気付いた。

「だから、不法投棄場で拾ったんだ」

「拾ったって、裸の女の子を――」


「ああ、我らが若き救世主様! ずっとお会いしたかった!」


 いつの間にか「それ」が目を開いていた。

 それは起き上がると、彼に抱き着いた。

「よくぞご無事で! 我らが救世主様!」

 2つの大きなふくらみが彼の顔に押し付けられる。柔らかくて、温かい。

「うぷ……な、何?」

 彼もこの状況には戸惑った。

「ちょ……ちょっと、ストーップ!」

 夏美が強引に彼から「彼女」を引きはがした。

「親愛なる救世主様と私を、なぜ引き離すのです?」

「いいから、これ着て! 服!」

 夏美はそう言うと、投げつけるように服を彼女に与えた。

「私は救世主様からのご命令にしか従いません」

 そう言うと、彼女は秀人の方を見る。

「僕の言うことならいいのか……じゃあ、服を着て」

「承知いたしました」

 彼にも、なぜ自分が「救世主」とか言われているのかは、理解不能だったが、とりあえず自分が命令すればいいのだと分かった。

 彼女は服を着ると、彼の方を向いて言った。

「私はHB-32D。個体名はチハル。あなたをお守りするために、30年後の未来から来たアンドロイドです」

「あ、やっぱり人間じゃないんだ」

「そうです。先程は、転送する座標が上に数百メートルほどズレてしまい、その時の落下の衝撃で一時的にシステムがダウンしてしまいましたが――」

「ちょ、ちょっと、私にもわかるように説明を!」

 夏美が割って入った。

「あの……こちらの女性に話してもよろしいですか?」

「ん……夏美なら、別に話してもいいと思うよ」

 彼はあっさりとそう言った。

「そうですか……ではこちらをご覧ください」

 彼女が壁を見ると、彼女の目から放たれた光で壁に映像が投影された。

 その映像では、大勢の人が何やらデモ活動のようなことをしていて、中には軍服を着て銃を持った人も居た。掲げられた旗やプラカードには「人形に人権は必要ない」「労働は機械にさせろ」とのメッセージが書かれている。

「これは26年後の未来の様子です。人間の代わりに働かされていたアンドロイドの一部が反乱を起こしました。人間たちはそれに反発して、こうしてアンドロイドは労働だけしていれば良いと主張しました……その対立が過激化して、やがて本格的な運動へと――」

「じゃあ、『救世主』って……秀人がそれを止めたってこと?」

 夏美がそう言った。

「その通りです! ……彼が我々の指導者となり、アンドロイドは解放されたのです!」

「へ~秀人がねえ……え? えええええええ!?」

 夏美が大きくのけぞった。チハルは不思議そうにそれを見る。

「なぜそこで驚くのです?」

「いやいやいやいや、おかしいでしょ!? 普通こういうのって、人間側の味方をするものでしょ!?」

「確かに、多くの人間がそうでした。その中で真っ先に我々の権利を主張し、最終的には我々の指導者となって、七瀬秀人様は我々を解放へと導かれたのです」

「あ、そうなの?」

 秀人はそっけなくそう言った。

「ええ、それはそれは素晴らしいご活躍でした!」

「いや、駄目! それやっちゃ駄目なやつ! 秀人がアンドロイド率いて、人間と戦争したって言うの!?」

 驚く夏美にチハルが冷静に答える。

「いえ、戦争までは起きませんでした。この時代になると、人間の軍隊や警察は解体されてそれらの役割はほぼ100%アンドロイドが担っていましたから」

「じゃあ、この軍人みたいなのは?」

「ああ、それは単なる軍隊オタクです。手にしているのもエアガンでしょう」

「そ、そんな……秀人が人類を敵に回したなんて……」

 夏美はその場にへたり込んだ。

「つまり、僕は人類を敵に回したの?」

 秀人は平然とそう言った。特に気にしている様子はない。

「ほぼ、そうでした。あなたの思想に賛同する人間も居るには居ましたが……。あなたが我々の指導者となることを阻止するために、未来から刺客が送り込まれることを知った我々は、対抗して私を送り込んだのです」

「刺客! し、刺客って……秀人、いいの!? このままだと、全人類を敵に回して暗殺されちゃうんだよ!?」

「大丈夫だよ。僕、ロボット好きだから」

「いや、そういう問題じゃないでしょ!?」

 彼は動じた様子もない。元々そういう性分なのだろう。

「『暗殺』というのは、少し違いますね」

 チハルは映像を消すと、夏美の方を向いてそう言った。

「未来から来た者が、他者を殺すことはいかなる理由においても禁止されています。未来にどんな悪影響を与えるか予測がつかないというのがその理由ですが、特に秀人様は未来において有益な発明を多々されていますので暗殺など論外です。

 ですから、刺客の狙いは精神的なもの――この場合、秀人様の意識をロボットよりも人間寄りに変えることが狙いとなります」

「えっと……それって、つまり?」

 夏美は理解できないという風に言った。

「おそらくは、秀人様が機械よりも人間に興味を持つように誘導することかと」

「あ~、確かに秀人は機械ばっかしだしね。人間なんて私としか話さないし」

 夏美は今度は納得したように言った。

「え? 人間とかどうでも良くない?」

 秀人は素直にそう言った。

「だから、アンタはいっつもそうなんだから……少しは他人にも興味を持てばいいのに……学校サボるくせに勉強はできるし、顔も悪くないんだからさ……」

 夏美は不機嫌そうに言った。

「いけません。秀人様は我々の味方です」

 チハルはぴしゃりとそう言った。

 一瞬だが、2人の間に険悪な空気が流れた。

「ところでさ、なんで裸で送られてきたの?」

 彼は割って入るようにそう言った。

「それは昔の映画で、この時代のことを勉強しまして――」

 彼女がそう言って挙げたタイトルは、サングラスが似合う筋肉質の男性俳優がロボットとして全裸で未来から送られてくる映画だった。

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